第19話「夏の終わり」
――誕生日が好きだった。
夏休み中で、誕生会を開く友だちもいない俺は家族が祝ってくれる自分の誕生日が大好きだった。
家族のアルバムに収められた写真の数々。家族の写真は二歳から始まっていた。タイマー撮影が無かった時代なのか、インスタントカメラのフレームには俺と母さんと姉さん。親父は写真が苦手らしくて、いつもフレームアウトしていたからハッキリと顔が写った写真は無いに等しい。
今年も写真を撮るのだろう。母さんが用意してくれたデコレーションケーキにさ、18本のロウソクはさすがに多すぎだってとか笑いあいながら。
きっと姉さんはパーティーだからと俺の好物ばかり買って帰ってくる。母さんも姉さんも一年の中で一番俺の事を考えてくれるという今日この日が好きだった。
だけど今年は違ったんだ。真面目な声色で母さんがこう言った。
「本当のことを話そうと思うの」
あ、これはサプライズだな? なんて内心ワクワクしていた。何も違和感が無かったんだ。むしろ違和感が無かったからこそ、なんの話をするのかと不思議だった。
「なに、母さん」
母さんの隣に姉さんが座る。いつになく真剣な表情なのが面白くて姉さんに視線をやると長い睫毛を伏せた姉さんはキュッと唇を結んだ。
なんだろう? このときになって初めて違和感が仕事をした。
「奏汰くん……あなたとお母さん、凛花は……血が繋がっていないの」
「……え?」
こういうのって衝撃がくるもんだって思ってたのに、まず言葉として認識できなかった。本能で回避したのかもしれない。俺はその言葉を理解できなかった。
「奏汰くんはね、一歳のときにお父さんが連れてきた子で……」
何を言ってるんだろう? 一歳のときに親父が、連れてきた……? 姉さんと母さんと血縁が無い? 頭の中が疑問符でいっぱいになってから……瞬間的に理解した。
「どういうことだよっ!」
荒げた声でリビングがビリビリと震えた。理解した瞬間、怒りのような感情がピークに達した。血縁が無い、それを伝えてきたということは、俺は仲間はずれで、家族というコミュニティから除外されたってことだ、俺は存在を否定されたんだ……気が動転した。
冷静になれなかった。ただただ悲しさと、それに勝る怒りで喚き散らした。母さんに酷い言葉を浴びせ、止めに入った姉さんが平手で俺を撲った。
撲たれたことがショックで、そこから姉さんにも汚い言葉で罵った。だって、俺は今日がこんな日になるなんて知らなかったんだ。
誕生日の翌日はドライブに行こうって約束していた。よく家族で遊びに行っていたアウトレットパークに行って、誕生日プレゼントを買ってもらうんだって喜んでいた。楽しみにしていた、楽しみだったんだ。だけど怒りは収まらなかった。
……翌日。俺の部屋の前でノックする母さんがしきりに謝罪を述べていた。その程度では傷ついた心を癒やせなかった。やがてノックの音が弱くなって、母さんの声が涙まじりになった……そして姉さんの声が重なるように俺を呼んだ。
「家族ふたりで行ってこいよ」
それが、最後に交わした言葉。姉さんは母さんを宥め、やがて音が無くなった。本当に二人で出掛けたんだと俺はさらに憤慨した。
部屋の中をひっくり返して物にあたり、苛々とした気持ちを時がいやしてくれるまでひとりぼっちで悪態をついていた。
窓から射し込む光がかげり、少し落ち着いた俺は部屋の中を片付けはじめ、帰ってきたら詳しい話を聞いてみようと……ゆっくりと自分を取り戻していた。
だから、帰宅の遅いふたりに気付いたとき、テレビのニュース速報を見たとき、嫌な予感という冷たい汗が全身をビッショリ濡らしたのはよく覚えている……。
「……っ……ん」
白い光がカーテンの隙間から射し込んでいた。長い夢を見ていた? シーツを握りしめていたのか指先が痺れている。長い走馬灯のような気怠げな目覚めに俺はいま自分の寝ている場所を確認した。
家具を見る。携帯電話を見る。いまだ懐かしい、俺の部屋。
携帯電話に表示されたカレンダーは夏休みが終わって新学期を迎えるその日を示していた。大きく背伸びをしてからリビングへと階段を降りる。
朝の食卓。俺と母さんの分だけで、どうやら姉さんは先に出勤してしまったようだ。ダイニングテーブルに並べられた食事を見て腹の虫が鳴る。
「顔、洗ってきなさい。今日から新学期よ」
母さんの声が未来を教える。二回目で、初めての未来が広がっていく。




