第16話「永遠子」
人生のコンティニューは突然始まった。こういうのって、いわゆる転生……とでもいうのだろうか?
死の瞬間に願った『帰りたい』という想いが叶い、俺はいまこうして実家のリビングにいる。何故転生したのか? そんなことを考えても仕方がないって分かっているけど、いまだに俺はいつ終わるか終わらない夢にビクビクしている。
家族との夕食を終えて、風呂に入る。美味しい食事も湯船の温度もしっかりとこの身体に染みこんでくるから夢……ではなさそうだ。
風呂上がりの濡れ髪のまま、ボーッとリビングのソファに座る。テレビも付けずにキッチンから聞こえる洗い物の音を聞いていた。
「どうして雨がふるって思ったの?」
母さんの声だ。食器なんて食洗機があるのだからわざわざ手洗いしなくてもいいのに、たまに母さんはクセのように皿を一枚ずつ洗っている。
「どうして、って……どうして?」
本当のことは言いづらい。だから質問に質問で返すことではぐらかした。
「あの事故、ね。同じだったの……奏汰くんのお父さんと」
「一緒……? 確か、父さんは事故で亡くなったって……」
親父はこの家で暮らしていた。俺はいわゆる連れ子ってやつだから物心ついた頃には母さんの存在は覚えているけど……生憎、親父の姿は写真でしかしらない。
たぶん物心付く前には死んでいたんだと思う。母さんは親父の話をするとはぐらかしてしまうし、俺自身も多感な年頃にはいると自然と聞かなくなった。
「事故よ。奏汰くんのお父さんは崩落事故で亡くなった……あの日、私がそうなるように土砂に呑み込まれて……」
母さんの瞳が悲しみに曇る。エプロンを外した母さんは俺の横に座って肩を抱いてくる。あたたかくて柔らかい腕がふわりと母のほうへと引き寄せる。
「奏汰くんが私の息子になったのは乳児期だから覚えてないわよね」
懐かしいなぁ、と笑って真っ暗なテレビを見つめる母さんの視線は液晶の向こうに何を見ていたんだろう? それは崩落のニュースだったのかもしれない、俺と同じように。
「お父さんとの結婚生活は短かったの。一年も無かった……でも、奏汰くんのことはミルクを飲んでいた頃から知ってるわよ」
「え、それって……」
どういうことなんだろう? 俺が知っている母さんは母としての姿だけで、プライベートな部分というのは非常にミステリアスだ。
優しくて穏やかで、世話好きで子ども好き……あとは母校が俺と姉さんと同じということ以外は何も知らない。
「だから、残された奏汰くんに本当のことをいつ伝えようかって考えていたの。小学校じゃまだ早いかな、中学校だと傷ついちゃうかな……だったら十八歳の誕生日はどうだろう? って。奏汰くんの心がちゃんと受け止められるようにって」
それなのに、自分は本当の子どもだと疑ってなかった俺は純粋さ故に母と姉を糾弾した。酷い言葉を浴びせ、汚い言葉で罵り。初めての絶望に荒ぶった。
好きな男の子どもとはいえ、赤の他人である自分を育ててくれた母親を全力で拒否したんだ……だって、そうだろ。俺がいなけりゃ苦労もしなかった筈だ。
「母さんは……俺が残されたときに、産みの母親に渡そうって思わなかったの?」
「本当のお母さんはご存命よ……。でもね、奏汰くんの親権がお父さんにあるのは何故なのか……ううん、違うわね。これは母さんのワガママ、可愛いあなたを渡したくなかっただけ」
だいたい親権というものは母親側に渡ることが多い。言葉を濁す母さんの目蓋が悲しそうに伏せられる。
「つらい話をしてしまってごめんなさい」
「…………」
謝る母さんの目に涙が浮かんでいた。あの日の土砂崩れを回避できたことは喜ばしいけど、父さんを亡くした日を思い出してしまったのかもしれない。
肩に回された細腕が震えていて、かすかに鼻を啜る音が聞こえてしまった。弱った母さんの姿に俺は……
何も言えなかった。
淑やかだけど芯の通った強い女性だと思っていた。そんな母さんが涙を流している姿を見て、何も言えなかった。
男として情けない話だけど、女性の涙を見て……どういう反応をしていいのか分からなかった。
「俺は……俺は、気にしてないから……」
そう言って、母さんの腕からそっと逃げだした。涙に震える声で「おやすみなさい」と声を掛けられて……俺は、逃げるように部屋へと戻った。




