第13話「今日の終わり」
停電から復帰してしばらく……。俺と姉さんの動揺も鎮まり、あらためて髪を乾かしてきた姉さんがスキンケア用品のバスケットをテーブルに運んでからテレビを付けた。
「え……っ!?」
懐かしいガラケーでメール履歴を遡っていた俺は素っ頓狂な姉さんの声に振り返る。どうやら、テレビに映し出された光景に絶句したようだ。
「う、嘘ぉ……!」
液晶の左上には《緊急速報》の文字。ヘリコプターの騒音に掻き消されまいとマイクを持ったアナウンサーが現場の様子を必死に告げる。
画面に映し出されているのは大規模な土砂崩れ災害。それはあの日、俺がふたりの家族を喪うことになった事故だった。
いつものドライブコースを塞ぐ大量の土砂。休日の高速道路は渋滞していて逃げ場がなかった。声を失う姉さんと、その状況に慌ててテレビを見に来た母さんはふたりして青ざめた。
「どうして……」
青ざめた母さんが俺を見る。その言葉は土砂災害と、そして俺自身に向けられたものだ。どうして? と、問われれば俺だってどうして? と返したくなる。
長すぎる走馬灯に冷静になった脳みそが様々な疑問を俺に投げつけてくる。俺はせめて夢の中ぐらいは助けたいと思っていたふたりが助かって、今もこうして家族の時間を過ごしている。俺は……どうしてここに《《戻って》》こられたんだ?
何度となく見た今日この日の悪夢。何度も繰り返していた最悪の夢。ここが夢なのか現実なのか、そして俺はタイムワープでもしてしまったのか分からないことだらけだ。もしも、もしここが現実で俺が時間遡行したんだとしたら……俺は、過去を変えられたのか?
母さんの問いかけに返事もできず俺は己が身を震わせた。目の前では大量の土砂に呑み込まれた車両がミニカーのように転がっているのに、この中にふたりがいないという事実。だが事実、あの日の事故を回避して未来を変えてしまったんだ。
もしこれが、あの日の続き……願っても届かなかった過去の未来だとしたら?
身体の震えが止まらない。恐怖ではなく、武者震いの類だろう。この走馬灯は夢では無い。ならば、俺は……次こそ守りたい。今度こそ……幸せになりたい。
これは、俺の物語。大切な人生を取り返す、最初の物語――
自分としても、どうしてこの日に戻ってこられたのかが分からないのだ。
幸せな光景を悪夢と名付けて、何度も繰り返し見ていた<この日>の夢……。
これは夢なのか? それとも現実なのか……? タイムワープなんて信じられない
だが、あの悲劇を回避して未来を変えてしまったのなら……?
もしこれが、あの日の続き……願っても届かなかった過去だとしたら?
そう思うと全身が震え出すのを感じた。俺は……過去を変えたのか……?
母と姉が生きている世界に戻ってきたというのか……? これは夢では無い。
ならば俺は……次こそ守ろう。次こそ……幸せになろう……。
失って初めて気付いた大事なものを、取り返す……最初の物語。
「か、奏汰……ぁ」
ブルブル震えている俺の肩に姉さんの指先が触れた。そして、こちらへ歩いてきた母さんの手も俺に触れる。愛おしい家族の温度がここに在る。
「奏汰くんの言う通り……だったわね」
涙目の姉さん。声を震わせる母さん。この日に存在しない団らんの風景。
これが神の悪戯なら、なんて残酷で幸福なのかと思ってしまう。俺はやっと自分の手で血縁なんて関係の無い絆で結ばれた母と姉を救えたのだから。
無気力だったガキの俺も救われる気持ちだ。母と姉に依存したまま友だちも作らずに、勉強も運動も苦手で何ひとつ特技も趣味も無い無気力なガキが人生の終わりに一番大切なモノを守れたんだ。
見えるか俺? お前にも、こんなに素晴らしい未来が用意されていたんだぞ。俺は肩に触れるふたりの手に手を重ね、心の底から安堵した声でつぶやいた。
「生きててくれて、ありがとう」




