表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/33

第10話「赦」

 リビングの壁掛け時計は午前八時を指している。だらしなくソファに身を預けた姉さんのパジャマのポケットから携帯電話の電子音が鳴り響いたことにより、この団らんが終わるのだと察した。

「あ、あ、祥子から電話だっ! あの子、昨日フラれちゃったとかで話聞いてほしいらしくて……へ、部屋で出てくる~! じゃあね!」

 小さな携帯電話を握りしめた姉さんがパタパタとスリッパの足音を立てて二階の階段を上がっていく。

 残されたのは俺と母さんのふたり。ああ、あの人はこういう人だったと懐かしんで表情を弛める。

「清楚とはほど遠いね」

「ふふっ。凛花が聞いたら怒るわよ。でも、奏汰くんの落ち着きを分けてあげてほしいぐらいよね」

 それを聞いたら姉さんがまた怒るよ? なんて会話に顔を見合わせて笑う。天真爛漫な姉と、物静かだがお茶目な母親のふたりに再会できた俺の胸はいまだ締め付けられる思いでいっぱいだが、変わりのない二人の姿にこの団らんを終わらせる覚悟が決まった。

「それじゃ、俺も部屋に戻るよ」

「ええ。いってらっしゃい」

 普通の声。普通の日常。たったそれだけのことがこんなにも愛くるしいということを人生の最後にしれた喜びに満ちあふれていた。

「うん。……ありがとう母さん」

 母に背を向けてリビングから二階に繋がった階段を一段ずつ上っていく。本当はもっと二人と過ごしたかったという未練も残っていたが、これ以上長くここにいると存在しない過去の地縛霊になってしまいそうだ。

 トントントン。と階段を上り、自室のドアを開ける。懐かしい風景の部屋に戻って思い出に浸りたい気持ちも残ってはいたが、人生最後の出来事にドッと疲れてしまってベッドに倒れ込んだ。

 カーテンの隙間から漏れる光。付けっぱなしのサーキュレーターが空気を揺らす。懐かしい香りがするタオルケット。この頃に使っていたシャンプーの香りが残った枕……こんなにも懐かしい物に囲まれた俺は幸せ者だと目を閉じる。

 神なんて存在を信じたことはなかったけど、走馬灯としては充分な夢を見させてもらったから最後くらいは信じてもいいって思えた。


 もう何も怖くない。未練もない。後悔もない。


 目を閉じれば、眠ってしまえば終わってしまう過去の夢も……この走馬灯にもいつか終わりがくる。

(俺の生い立ちに同情した閻魔が浄玻璃の鏡で見せてくれたのかな)

 だとしたら次は三途の川だ。夢の中ではふたりの命を救った俺も、現実世界では大切な家族を傷つけて死に至らしめてしまったんだ。

 身包み剥がされて罪の重さを量れば相当だろう。それでもいい、この先の俺は地獄に行くだろうから天国の母さんと姉さんには会えないけど……叶うならば、来世なんてものがあるのなら……俺はもう一度あなたたちに会いたい。


 何十年も費やして求めていたものは……赦し。

 俺自身が、最後に自分自身を許せたことが冥土の土産になる。


 ありがとう。これでもう、思い残すことは無い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ