4節 親切な人たち
太陽はこれまでにないほど輝き、時計は午後3時半を指していた。
午前中と比べて極端と言えるほど、通りを歩く人はほとんどいなくなった。
※※※
「ぐぅ~~」
あのバーから出て間もなく、空腹が僕を襲ってきた。
《そういえば、到着してから何も食べていないか…》
なので、僕は食べ物を探しに出かけた。
自分がひどい金欠状態であることを踏まえ、そこら辺の店で、できるだけ安いものを買うことにした。
「ソーセージ入りのパン、一つください。」
数分間探した後、近くにあった小さな屋台を選んだ。
「はいよー!!」
変なバンダナを頭に巻いたおじさんは、案外気持ちのいい返事をしてくれた。
そしてすぐに注文を作り始め、僕はその様子をただ眺めた。
彼はその作業の最中、僕を見ずに、
「――君、もしかして外から来たのかい?」
と、彼はいきなり核心を突く質問をしてきた。
「な、なぜそれが…?」
「ハハ、見れば一目で分かるよ。アファロスに住む人の目は、死ぬほど見て来たからな。
もちろん、細かい事情までは分からねぇけどな。」
それには少し安心した。
やはり、僕は気付かない内に、怪しさ丸出しだったのかも知れない。
「まあ、でも嬉しいよ。誰かが遠くから来てくれるなんて。」
彼は顔についた汗を腕で拭いた。
「最近は増税とか色々で、この街での商売は厳しくなっているからなぁ…」
「増税?」
「ああ。君が知っているかは分からんが、この街はほとんど壁の外の工場のおかげで成り立っている。工場はいわゆる、街の商業の柱だ。」
僕はうなずいた。
「それがなあ、最近国からの政策で、他の街への関税が上昇している。以前はあった安定性が崩れてきて、その影響が意外なところで現れるんだ。脱走者の増加もそれが原因だろう」と、彼はかなり円滑に話した。
その途中、彼は何か、他に言いたそうなことがあるかのように僕を見た。しかし、言うのはやめたようだった。
「とにかく、君みたいな、よその人が来てくれるのはありがたいことだよ。」
《一般市民も大変なんだな。》
単純な思考の持ち主はそう思った。
同時に、少し――
いや、結構意地悪な質問が浮かんだ。
――もし、僕が脱走者だったとしても、喜びますか?
……。
「何を考えてんだか…」
自分のバカな質問に対して言った。
おじさんは、「コイツ大丈夫か?」とでも言うかのように僕を見たが、何も言わず作業を続けた。
その手の動きは、まるでプロのような、見てて安心するものだった。
「まいどあり!!」
彼は熱々のパンを僕に渡し、僕はそれを受け取った。
サイズは想像していたのよりは大きく、見るからに美味そうだった。
「ありがとよ、おっさん!!」
ちょっと離れてから、僕は感謝と謝罪を込めて言った。彼はただ手を振った。
結局、おっちゃんの誠意で、ちょっとおまけをしてもらった。
財布に残るお金は25頭と5指。
少ないが、1週間は問題なく過ごせるだろう。
「――と言っても、いずれ困るよな…」
※※※
座る場所を探していると、ある公園の側で、ポスターで埋め尽くされた壁画を見つけた。
《ここにもあるのか…》
こういう壁画は、「報道塀」と呼ばれ、ほとんどの街に一つか二つぐらいある。
こんな所で見つけるのは驚きだ。
ポスターの主な内容は、地元の事件から国全体を巻き込むほどの政治的な話題までと、実に幅が広い。
僕の目に入ったのは、
『カルディアでの大量殺人』
『東部全域での増税』
などの重大情報。でも、だからって特別興味を惹かれたわけではなかった。
さらに歩いて、小さな広場にたどり着いた。背景には、街の中心である「メリク湖」が見えた。
僕はベンチに座り、パンを食べ始めた。
曇った空の下、僕は腹を満たす。
風が耳元を優しく撫でていく。
そして側には数人の子どもたちが遊んでいる。
どう考えても穏やかなこの状況を、僕の心は楽しませてはくれないようだ。
なぜなら――
未だにあの少年、バーへの道中に見たあの子の目が頭から離れないからだ。
《なぜ何もしなかったんだ…?》
ここに住む普通の人と違って、僕は警官たちが脱走者に何をするか知っている。子どもの頃、そういう場面を何度も見てきたからだ。
どこから逃げたかにもよるが、基本的には脱走者は元の街に戻されることはない。
街の外で何かしらの罰を受け、灰だけが戻される。自衛隊に入れられ、無理矢理戦争に連れて行かれるとも聞いたことはある。
子どもの場合は片目を失った状態で村に返される。『何も見てない』の証しになるらしい。
中には自殺する子もいれば、犯罪者になる子もいる。
こんな話は、知っていたとしても誰も口にしない。それを話そうとする者は黙らされる。
最悪なのは、この街の人々が脱走者を軽蔑していることだ。
もし誰かが僕が脱走者だと知ったら、迷わず通報するだろう。「社会のためだ」と思いながら。
どんな事情があったって、きっと同じ目に遭う。間違いなく、彼らはクズ…
「――と、言うのもこの辺にしておこう。」
実際、この街の全員がそうであるわけではない。きっと、事実を教えたら見方が変わる人だって一定数いるはずだ。
結局、僕の目的はこういう現状を変えること。
こうした事実を皆に伝えることだ。
「そのためにはまず、ロメロを見つける。」
きっと彼なら、この状況を変える手助けをしてくれるはずだ。
――と、考え事をしてる最中、
「おおい!! そこのヤツ! 俺らといっしょに頭球やんねぇ!?」
と、側で遊んでいた子どもたちが誘ってきた。
誘ってくれた事自体は嬉しいが...
「悪いが、俺は“そこのヤツ”じゃねぇ。僕の名前はアレハンドロだ。
というか、この顔は君たちと頭球したいように見えるか?」
僕は思ったことを躊躇なく返した。子供相手ならあまり言葉を選ぶ必要がないから。
「だって、結構前にパン食べ終わったのに、ずっと下を向いていて、つまんなそうだったもん。」
もう一人の子が言った。
《なんと子供らしい発想か。》
おかげで心が少し穏やかになった気がした。
「それはすまなかったな。でも、こんな僕にもやるべき事があるんだよ。」
《そう、こういう子供たちのためにも…》
僕は口を拭き、ベンチに置いた荷物を持って立ち上がった。
「やるべきこと?」
「そうだ。」
「靴についた犬のうんちを掃除するとか?」
「そうそう、犬のうんちを…え?」
僕は恐る恐る、靴の裏を見た。
途端に僕は絶望した。
隣にいた子どもたちは僕の無様さを見て、一斉に笑い出した。
僕はとりあえず靴を地面に擦って、心の涙を拭いた。
※※※
石畳を思いっきり踏み、その小さな段差につまずきながらも、僕は歩き出した。
《向かう先は「bar de bares(バーの中のバー)」》
今回こそ、大事な情報を掴んでみせる。




