14節 口論寄りのディベート
「――説明してもらおう。ラウル。」
ジュニオールは部屋に入らず、彼らを扉に寄りかかりながら見ていた。
ラウルは、震えながらその目を見つめた。
「ジュニオール…なぜお前がここに!?」
探偵は焦りもせず、怯えもせず、ただ隅で二人を見ていた。
「それはこっちのセリフだ。…まあ、一つ言うなら、鍵を閉め忘れた…」
彼は家の鍵を指にぶら下げ、その金属の甲高い音が鳴り響いた。
「じゃ……ロベルトやウンベルトも…」
「ああ。外で待ってる」
クソッ――とでも言うかのように、ラウルは舌打ちをした。
ジュニオール単体なら、まだ逃げることができたものの、あの三人を相手するとなると、できることが著しく減る。
「そうか…」
ラウルは周りを見渡し、何か、使えそうなものがないかを探した。
「もう諦めろ。お前とそいつでは何もできないことくらい分かっているだろ。」
それを聞いた探偵は
ふん、と嘲笑いをした。
彼の非常に落ち着いた様子は、少し気に障ったが、ジュニオールは、敵意の強いラウルだけに注目した。
※※※
ジュニオールは少し前から、ラウルの態度に変化が起きていたことに気づき始めた。
最初はジュリオに対し、変な視線を向け、反発が明らかだった彼が、ここ一ヶ月、急に静かになったのだ。
もちろん、特別おかしいことではないが、少し奇妙でもあった。それと並ぶように、あの変な年寄りもバーに来始めたからだ。
そして昨日、アレハンドロの来店により、ラウルはさらに少しおかしくなった。それは恐らくロメロの名前を聞いたせいだと、ジュニオールは察した。
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「――説明しろ、ラウル」
「……」
「なんだ? そんなに言えないことなのか? まあ、勝手に人の家に入ったぐらいだから、それなりの理由ではあるだろうな?」
ジュニオールに挑発され、ラウルは少し腹が立った。
《あいつがもう少し低ければ――》
しかし、言い訳をしたところでどうにもならず、彼はただ自分の手を強く握った。
「ジュリオ……」
音にもならないほど小さな声で、そうつぶやいた。
「なんて?」
うまく聞き取れず、ジュニオールは聞き返す。
「…ジュリオの…ためだ‥」
ラウルは先ほどより少し大きな声で言った。
は?――というかのように、ジュニオールはラウルを見た。
聞き間違いじゃないかと、そう質問する前に、
「お前が聞いた通りだ…ジュニオール。」
と、少し震える声で、ラウルは答えた。
「…何を?」
断言されてもなお、ラウルの発言は受け入れがたい。
「友達のことを思って何かおかしいか?」
ラウルはそう言って、ジュニオールと目を合わせた。その目を見て、ジュニオールは困惑した。
ラウルの言葉は正論に聞こえなくもないが、そのための行動が正常ではないせいで、ジュニオールにとっておかしい言葉だった。
なおさら、ラウルの目が確信に満ちていたからだ。
「いや、これはどう考えても――」
「――“おかしい”、と言うのか?」
ジュニオールは一歩後ろに下がり、その大きな体で床を踏み鳴らした。
ラウルの口調が突然変わったせいか、まるで目の前にいる人物が変わったかのような錯覚を見たのだった。
普段は深く濁った青色のラウルの目が、天井から差し込む光によって、水のような、透き通るような青となっていた。
しかし、それによって彼の険しい目つきも顕になり、同時に溜め込んでいた不満もかき乱された。
「そりゃそうさ…おかしいさ!! 普通に考えたらこれは意味のない、おかしい行動だ…」
ラウルは一人で話し始めた。
「俺だっておかしいと思うさ。こんな俺みたいなヤツが勝手に人の家に入るなんて、今まであり得なかった。けどな、それよりずっとあり得ない事があったんだ… ジュリオが....ジュリオが変わった」
彼は感情を抑えきれず、説明を続けた。
「最初は嬉しかったさ…
友人が元気になったからな!
でも、でも!! どこかおかしいんだ…
…今のジュリオは正常じゃねえ…」
探偵とジュニオールは、黙って彼の話を聞いていた。
「それにはすぐ気づいたんだ…
ある日、ジュリオと会話をしていたら、彼は娘の名前を口にしたんだ。あのジュリオがだぞ!?
亡き娘の名前を、何事もなかったかのように、出したんだ!!」
それはジュリオの過去を知る彼だけが理解できる事だった。他の人には、それは何を意味するかは到底分からない。
「その後、アイツは俺にバーを頼んだ。『少しの間だけだ』と言いながら、もう数カ月経つ。
それがおかしいんだ。凄くおかしいんだ…」
ジュニオールは何度か、暴走気味のラウルの話に割って入ろうとしたが、彼は話すのをやめなかった。
「きっと…きっとこれはロメロのせいなんだ…
ヤツがジュリオに何かをした。そうだ!!
それしかあり得ない…」
――またこの話か。
とでも言うように、探偵はため息をついた。
「勝手な妄想をっ…」
ラウルを止めようと、何かを言おうとした時、ラウルは突然、大きな声を出した。
「じゃあ教えろよ!!」
その声は恐らく外にまで聞こえただろう。
「なぜそこまで話を聞いてあげたのに、
なぜそこまで頼ってくれたのに、
なぜそこまで特別に扱ってくれたのに、
なぜあいつは…なぜ今は何も言ってくれないんだ? なぜ…なぜ俺を信じないんだ?」
いつも礼儀正しくバーの店員をやっている裏では、彼は物凄いストレスを抱いていた。
それは怒りと言うより、困惑に近いもの。先程も言った通り、彼にしか分からないことだった。
その思いをひたすら隠し、誰にも言わず、伝えようとせず、抑えようとした。
しかし、人間である以上、それは敵わない。
ジュニオールは、最後の一文一句まで言って、息切れしたラウルに対して、少し笑った。
「お前、何を言ってんだ?」
それは冷たくも、彼には珍しい落ち着いた口調だった。
「はぁ…?」
ラウルは呼吸を整えながら彼を見た。
彼は再び微笑み、
「お前、ジュリオを舐めすぎじゃねえか?」
と、青い目を真っ直ぐ見ながら言った。
ラウルはそれを聞き、眉をひそめた。
「はぁ?」
「はぁってなんだよ? 事実を言ってるだけだ。」
ジュニオールは乱暴でありながらも、ロベルトみたいに感情的になるほどではなかった。
むしろ、彼は口論が得意なタイプだ。
「お前の話を聞いてると、お前はジュリオをただの自己満足の道具としてしか見ていないようだ」
――何を言ってる?
と言いたかったラウルはただ聞いていた。
「お前が怖いのはジュリオが変なことに巻き込まれることじゃねえ。お前が本当に恐れているのは、プロミネンテがお前のことを忘れてしまうことだ。」
ジュニオールは的のド真ん中を当てた。
「お前は今までプロミネンテの友達という凄い称号に頼ってきたんだ。」
彼は念押しした。もうこの時点でラウルとの口論――いや、ディベートの勝敗が決まっていた。
「ッんなこと!」
「――では答えろ。ジュリオはお前の友達――本当にそうなら…」
ジュニオールは彼に真剣な眼差しを向けた。
「――なぜお前はジュリオのことを疑ってるんだ?」




