12節 行くなら今だ
ラウルとジュリオは数年前から友人だった。
彼は、娘と妻、そして身分を失い、この世のクズと化してしまった男に出会った。
救いも行き先も、生きる意味も――
――本当に全てを失った男だった。
情け深いラウルは、そんな男にしょうがなく付き合い、アファロスという街で居場所を与えた。さらに、その人の親友と名乗れるくらいまで仲良くなったのだ。
《俺はジュリオがアファロスへ来てから、ほぼ初めに仲良くなった人だ。俺はやつの――プロミネンテの親友だ。》
少なくとも、ロメロという男の存在を知るまで、ラウル自身はそう思っていた。
なぜなら、ロメロと会ってから、ジュリオの性格が変わった。どこか落ちこんでいて、どこか自分を必要としていた彼が変わった。
変化を感じたラウルは、ジュリオにその理由を聞いたが、ジュリオはプライベートを保った。何も言ってくれなかった。
突然バーを頼まれたのも、
あの三人がバーに来るようになったのも、
ロメロのことを知ってるヤツを知らせるように言われたのも、
彼は不思議に思っていた。
疑わしく思っていた。
なぜ俺に何も言わない?
――そう思って当然だ。
そこで、彼はジュリオが危険なことに巻き込まれたのではないかと思い始めた。精神的に不安定なジュリオを知った彼の身からすれば、おかしくはないことだろう。
自分の友達のために必ず見破る――と言う一心で、彼はここ数カ月を過ごしてきたのだ。
けど、成果は無に等しかった。ジュリオにはほとんど会えないし、三頭のライオンたちも重要なことは何一つ言わない。むしろ、彼らが自分の事を監視してるようにさえ見える。
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「証拠さえあれば…」
暇を持て余して、カウンターに座っていたラウルがつぶやいた。今日も、三匹のライオンが帰っていくのを見送ることしかできなかった。
これがもはや、彼にとっての日常となりかけていた。何も得られずに、バーでひたすら働く。
昨日、アレハンドロがバーに来なかったら、それはもっと続いていただろう。
「…やっと帰ったか」
カウンターに座っていた老人がぽつりと言った。
「あいつら、今日も何も重要なことは話さなかったな… ラウル、お前の言ってたこと、だんだん疑わしくなってきたぞ」
と、大きな帽子から目を少しのぞかせて言った。
ラウルはその目が気に入らなかった。
「もう少し待ってください。昨日だってロメロの名前が聞けたじゃないですか?」と、ラウルは強く訴えた。
何も得てないわけではないと伝えようと、色々考えたが、何も言えずに、結局黙り込んでしまった。
老人は無料で貰った酒を飲み終え、グラスをテーブルに置いた。そして、ため息とともに、ラウルを睨んだ。
実は、
――この老人は、ラウルが雇った探偵だった。
ジュリオが何も話してくれないことに疑念を抱いたラウルは、彼を調べるためにわざわざ雇ったのだ。その正体は知らないが、彼のおかげでこの街のあちこちで起きていることを知らされている。
なので、探偵というよりは、情報提供者のようなものだ。
しかし、その数ある事件の中で、ジュリオが関わっていそうなものは何一つなかった。
「ロメロの名前がなんだって言うんだ?
78の伝説に会いたいような人はそこらへんにいても何もおかしくない。そもそもこの話は昨日もしたはずだ…」
探偵はラウルのことを段々と信用しなくなっている。それは当然なことでありながらも、ラウルにとっては捨てがたいことだった。
何しろ、探偵を味方につけることは、正義を味方につけるようなものだ。この危険な世界では保険は欲しいものだ。
「言っちゃ悪いが、こっちにも都合があるんだ。ラウル……」
ラウルの件に時間をかけることは、彼の本来の目的のための時間を削ることになりかねない。さらに、成果がなかった場合、それはロストタイムにさえなりかねない。
探偵は少し残念そうな顔をして、ため息とともに、
「…もう無駄な調査はやめる。」
と、はっきり言った。
ラウルは唾を飲み込んだ。さすがの彼でも、探偵にも都合があるのは分かっている。でも同時に自分が狂っていないことも証明したい。
ロメロというあまりにも重要な人物が関わっていることだから、裏に何かがあってもおかしくない。そして、そいつと関わっているジュリオが危険な目に遭ってしまうかもしれない。
《アイツが再び苦しむに違いない。》
でもどうすれば良いのか?
こんなに時間がないというのに何をすれば良い?
このままでは、何もしなければ、一向に成果が得られないことだけは確かだ。
『ここで、大胆な選択をするのも良いのかも知れない。』
下を向いていたラウルは、冷汗をかきながらも、探偵の顔を見上げた。
そして、彼に言った。
「……だったら…ジュリオの――
――ジュリオの家に行きましょう。」
その声は不安でありながらも、少しの自信を纏っていた。
そんなラウルの様子を見て、探偵は少し目を開き、微笑んだ。
「急に大胆になるな…」
その通りであることは、ラウル自身も分かっていた。しかし、時には大胆な選択が必要であることも、彼は分かっていた。
探偵は帽子を直し、着ていたコートを整え、
「…でも、良いだろう。実際、そうでもしなければどこにも行かないからな」
そう言って、探偵は立ち上がった。
今までずっと座っていたせいでよく見えなかった背丈が顕になり、ラウルは少し気圧された。
「けど――」
探偵は髭をかきながら、ラウルに向けて、
「――行くなら今だ。」
と、念を押した。
ラウルは彼の言葉に再び唾を飲み込み、探偵を見つめた。
そして覚悟を決めた。
※※※
壁に貼ってある、幼い子供が書いた絵を少し見てから、ラウルは店の扉を閉めた。
「閉店時間を勝手に早めても、何も言われないのか?」
と、探偵はラウルに聞いた。
「言い訳ならあります…いくらでも…」
そして、ドアノブにぶら下がっている「ABIERTO(開店)」の看板を裏返し、二人はバーを出た。




