第4話 ごめんなさい
「な、薙乃さん、どうしましょう……」
まだこの場所まで捕捉液は届かないはずだ。俺は廊下の内側にある階段に目をやる。
防火扉は閉まってない。が、一階側は閉められてる可能性もあるか?
「俺が引きつけとくから、君は階段を降りろ。一階から外に避難するんだ。防火扉が閉まってても、鍵はないから慌てず開けて出ろ」
言って、俺は廊下の中央に進む。
モンスターは四体ともが廊下の角に立ち止まって、こちらに捕捉液を放とうとしていた。
「薙乃さんは……」
「俺は階段は無理だ! 早く行け!」
彼女が駆け出す気配と、モンスター達が捕捉液を放ったのは同時だった。
捕捉液はやはり、階段よりも向こう側に小山を作る。
おそらくあの液をタイヤが踏めば、俺は走れなくなるだろう。
ああそうか、こいつらのこれは無駄撃ちじゃなかったのか。
威嚇と包囲のための……。
「エレベーター来ました!」
「は!?」
振り返れば、一人で階段を降りたはずの彼女はまだそこにいた。
階段の隣に設置されたエレベーター。
まさかそこでボタンを押して待ってたのか!?
「非常時にエレベーターに乗るな!」
「だって、薙乃さんが階段は無理だって……」
「俺は置いてけって言ったろ!? こいつらが狙ってんのは君だけなんだ!」
「で、でも……」
こんなとこで言い合ってる時間はない。
「分かった乗るから一階押せ!」
俺は一息に叫ぶと強引なターンでエレベーターに飛び込む。
モンスター達の足音が精一杯の早足に変わる。
ゆっくり閉まる扉がもどかしい。
最初に辿り着いたモンスターが、扉めがけて捕捉液を放つべく腕を広げる。
俺達に見えたのはそこまでだった。
動き始めたエレベーターにホッとするも、閉まった外扉に放たれたらしい捕捉液の衝撃にエレベーターが揺れる。
ああくそ、途中で止まらないでくれよ……。
「なんとか間に合いましたね」
「ああ、下に降りれば……」
そこまでで、ようやく気づいた。
このモンスター達はどこから来た?
ゲートが開いたのは校内だったのか?
この下に、もっとたくさんのモンスターがいる可能性は?
校内の廊下は外側を教室で囲まれたロの字の内側にあって、逃げながら見た窓からでは、校外の様子までは見えなかった。
静かにエレベーターが減速する。
俺は咄嗟に1階のボタンを2度押しでキャンセルする。
開きかけた扉は、閉めるボタンで強引に閉め直した。
「……今、の……」
引きつるような、掠れた声。どうやら彼女も見てしまったらしい。
廊下には、何人もの生徒が倒れていた。
倒れた生徒の上を、さっきと同じモンスター達が瓦礫でも踏むかのように通り過ぎる。
そう、だよな。
さっきはたまたま、ちょっとした怪我人しか出なかったけど、巡力の少ない人間は取り込まれないってだけで、殺されないわけじゃないもんな……。
俺は最上階の7階を押す。じわりと動き出すエレベーター。
いやダメだ、6、7階は狭くて逃げる場所がない。
バチンと5階のボタンを叩く。5階なら、大中の講義室に屋上だってある。
6、7階はキャンセルするか……?
いや、5階の状況次第ではすぐに移動が必要だ。
「薙乃さん、ごめんなさい……」
「君が謝る事じゃない。それよりちょっと狭いけど、俺の後ろに回って。あの液体自体に殺傷力はなさそうだから、俺の後ろに隠れていれば、一度は凌げる」
「で、でもそしたら薙野さんが……」
「俺は傘持ってるから」
言いながら、車椅子に取り付けた小型収納から折り畳み傘を出して広げる。
正直、捕捉液の着弾速度を考えると、こんな傘押しつぶされて終わりだろうけどな。
俺を盾にしろってんじゃ、頷きづらいだろ。
あの一瞬で、一階のやつらは彼女の存在に気づいただろうか。
さっきの光景を思い浮かべる。モンスターは一匹もこちらを振り返らなかったが……。
……気づいただろうな。
やつらは彼女の巡力を辿れるんだ、見えたかどうかは問題じゃない、か。
俺は息を吐いて気を引き締める。
エレベーターはさっきのモンスターがまだうろついている3階を通過し、シンと静かな4階を通過した。このまま、5階も誰もいなけりゃいいんだが……。
「私、薙乃さんにずっと謝りたかったんです。あの時何もできなくてごめんなさいって。それと、今日は本当にありがとうございました。すごく嬉しかったです」
言いながら、彼女は無理矢理俺の前に回り込む。
「おい、後ろに……」
「甘えてしまって、ごめんなさい。今度はちゃんと、一人で逃げますから……」
狭いエレベーターで、俺に背を向けて立つ彼女のスカートが俺の膝に当たっている。
スカートの裾は、小さく震えていた。
「わ、私、これでも協会で能力トレーニングしてるんで、大丈夫、です……」
今にも泣き出しそうな彼女の顔が、一瞬、階の合間のエレベーターの窓ガラスに映る。
いや、全然大丈夫じゃない顔だが?
エレベーターの扉が開く。
5階には、まだモンスターは来てないようだ。
ホッとした俺を置いて、彼女は宣言通りに駆け出した。
「待て! 下手に動くと危な――」
刹那、ドンと強い衝撃を受けて、俺の言葉は途切れた。




