第39話 恐怖 ※薙乃視点
俺たちの乗った機体は、地上60メートルほど……つまりマンションの20階あたりの高さまで上がると、じわりと自由落下を始めた。
「ぴえぇぇ」
今聞こえたのが柊木さんの断末魔なのだとしたら、可愛すぎるな。
エアバッグは装備しているが、その程度で何とかなりそうな高さじゃない。
どうも現在の俺の巡力総量では、気合いを入れるにしても全力を出すのはまずいようだ。
もっと繊細な巡力コントロールができるようにならないとな。
「柊木さん、ちょっと改造してみる。集中して」
こんな無重力の最中に、我ながら無茶振りをしていると思う。
それでも、柊木さんは「ひゃいっ」と健気に返事をした。
俺と柊木さんの被っているヘルメットは額の内側部分に巡力を流しやすい金属版が取り付けてあり、そこから2つのヘルメットを太い配線で繋いでいた。これで、額を付けなくてもそれなりの精度で彼女の能力を使うことができる。
ロープを等間隔に切断して、コックピットを保護するドームガラスとロボット本体に等間隔に装着。
次いでドーム状のコックピット上部を切り離す。
これで多少歪ではあるがドームをパラシュートがわりに減速したい。
ボッと音を立ててガラスドーム部分が離れる。
剥き出しのコックピットに座る俺たちを風が襲う。
こんなことならフルフェイスのヘルメットにすればよかった。
減速には成功したが、まだまだ安全な着地には程遠い。
何かないか!?
何か、他の手は……!
――そうか、手だ!!
俺は収納していた両アームを広げて飛行機の翼に似せて改造すると、風をとらえるように角度を調整する。
さらに減速はしたが、着地予定の公園はとっくに通り過ぎてしまった。
公園を囲むオフィス街の向こうは住宅地だ!
なんとか旋回を……!!
瞬間、吹き込んだビル風にドームがあおられ角度を変える。
マズイ!
空気を掴み損ねたロボは、大きく揺れて急速に落下した。
激突する!!
俺は翼を操作して姿勢を変えると、ロボの脚でビルの壁を蹴る。
ビルへの激突は避けても、落下は避けられない!!
「落ちるよ!」
柊木さんには着地時に歯を食いしばるよう伝えてある。舌を噛むとまずいからな。
予定よりずっと落下速度はあるが、可能な限り減速はさせた。
後は、衝突タイミングで、俺が機体の全方向に向けたエアバッグを開くだけだ。
剥き出しのコックピット前方に、地面が迫る。
俺はこんな景色を前にも……。
外せないタイミングに指先が震える。
――ああ……違う。
これは俺が、落ちるのが怖くてたまらないんだ……。
気付いてしまった途端、スーッと指先から血の気が引いてゆく。
今はダメだ!
今だけは、耐えてくれ!!
俺は柊木さんを守らなきゃならないんだ!!
エアバッグを、俺が開かなきゃ――……!!
動かない指先に青ざめる俺の前に、何かが現れた。
「まぁた無茶しやがって、お前らはっ!!」
聞き覚えのある声。
次いで、ズガガガガガッと地面の抉れる音が耳を貫く。
けれど、体に加わる衝撃はささやかだった。
「ぇ……」
俺たちの乗ったロボは、ボスの両腕にしっかり受け止められていた。
「……ボス……」
こわばってしまった指先を、何とかほどいて、胸元まで引き寄せる。
どうしてエアバッグを自動化しておかなかったんだろう。
手動の方が最善のタイミングで開けるなんて。
どうして自分の過去を棚に上げていたんだろう。
たくさんの巡力を手にして、知らず気が大きくなっていた?
俺の身勝手さが、傲慢さが、危うく柊木さんを殺してしまうところだった。
その事実に、ぞくり、と背筋が震える。
「わぁ、ボスっ、助けにきてくださったんですか!? ありがとうございますっ」
後ろから聞こえる柊木さんの声が、何だか遠い。
「おう、つーかお前ら何でそんな無茶ばっかするんだよ。これじゃ俺の心臓いくつあっても足んねぇだろ」
「えへへ」
「何でそこで照れんだよ、どっこも褒めてねぇよ」
「えっ、そうなんですか!?」
キキィッと車の止まる音がして、バタバタンッと扉の音が続く。
「ほいほーい、医療班連れてきたよーっ。みんな生きてるーーっ?」
えっほえっほと走ってくるのはきっと箕輪さんだろう。
「薙乃さん? 大丈夫ですか?」
……あれ、おかしいな。
「おい、しっかりしろ! 聞こえてるか、おい!?」
外はまだ明るい時間のはずなのに、すごく……暗……い……。
そこまでで、俺の意識は途切れた。
貧血で倒れる俺の肩を支えてくれたのは、父さんみたいな大きくて温かい手だった。




