第38話 これから ※竜雲(ボス)視点
「あー……その……。……悪ぃな」
俺は視線を泳がせて、首の後ろに手を回す。
「謝罪はいらないんだけど、休みは欲しいんだよねぇ……」
苦笑するように呟いた箕輪が、ノートパソコンの画面をこちらに向けた。
「ゲートは今のところ安定、縮む様子はないよ」
「は? じゃあ、もう……?」
俺は思わず目を見開く。こんなに早く片が付くなんて、思ってもいなかった。
もう、中では門川の奴らがボスを倒したってのか。
「早ぇな……」
俺のつぶやきに箕輪がうんうんと頷きながら答える。
「そうだね。こんな大きさのゲートは前代未聞だし、もっと何日もかかって、ボクたちにもお呼びがかかるものと思ってたよ」
中に入れないのは残念だが、この早さでボスが倒せたなら、中の人間の生存率も高そうだ。
「それじゃあ、ボクはちょっと寝るから。今度は竜くんが見張り番ね」
箕輪はそう言って車の座席の背もたれを倒す。
「おう、お疲れさん。しっかり休んでくれ」
答えた俺は、箕輪が開いて行ったノートパソコンのゲート監視画面が見えるとこで、自分のタブレット端末で森江支局のメンバーと連絡を取ったり、書類仕事を片付けた。
――それからたっぷり9時間が経った。
俺の残りわずかな忍耐力は、限界を迎えていた。
箕輪が「ふわぁ、よく寝たぁ……。うう、座席で寝過ぎて腰痛くなっちゃったよ」と起きてきた。
時刻は深夜の2時を回っている。
「なんで誰も出てこねーんだよ!!」
俺はどうにもならない苛立ちに叫ぶ。
「ボクに言われても知らないよ」
「斎賀を呼べ。うっかり手が滑って突き落としてやる」
「それは全然ウッカリじゃないからね!?」
箕輪は文句を言いつつも、ノートパソコンを開くと何やらカタカタやり始めた。
「ええと、寝てる間に考えてて……」
いや、お前。寝てる時くらい頭休めとかねぇと、それこそずっと働き詰めだろ。
「これはボクの勝手な仮定なんだけどさ」
そう前置きをして、箕輪はいくつかの図を俺に見せた。
「もしゲートの大きさと、ダンジョン内部の大きさが比例するとしたら、今までのゲートのダンジョンのサイズがこう。で、天井の高さが大体ここからこのくらいね」
箕輪の言葉に合わせて、マウスポインターが数字の上をなぞっていく。
「この割合がそのまま適用されるとしたら、今回のダンジョンは、天井高が少なくとも300メートルを超えてると思うんだよね」
「300メートル……?」
「そう、東京タワーくらい」
「はぁ!? そんなん、中にいる操作系の人数だけじゃ脱出路が作れねぇだろ!」
「うん、だから出て来ないんじゃないかなーって思ったんだ」
「そんなら、こっちから操作系のやつを送ってやるしかねーだろ」
「まあそれは、中央がそう判断したら。だね。ボクは一応この仮説をまとめて中央に提出しておくから」
箕輪はそう言うと、ノートパソコンをカタカタやり始めた。
「俺に出来ることは何かねぇのか」
「じゃあ、ボクと待機中の医療班の人達に差し入れ買ってきてよ」
結局、パシリ以外に俺に今出来ることはねぇのかよ。
「……くそっ」
悪態をつきながら車からエコバッグを引っ張り出す俺に、箕輪が声をかける。
「もー、なんでそんなイライラしてるのさ? いつもの竜くんらしくないよ。そんなに中の子が心配?」
「ああ」と俺は即答した。
そうだな……。こいつにだけは言っておいたほうがいいか。
俺がどうしようもなくマズイ行動をとってしまった時、ちゃんと切り捨ててもらえるように。
「箕輪、お前にだけは言っとく。俺は、あいつを助けるためなら、命も立場も捨てちまうかも知れねぇ。そうなった時は……」
「ちょっ、何その本気ぶり!? 柊木ちゃんはまだ中学生だよ!? しかも付き合ってるとかでもないんでしょ!? 流石のボクでもドン引きしちゃうよ!?!?」
……。
待て待て。そうじゃない。
そうじゃないぞ!?
「待て箕輪っ、誤解だ! そうじゃない!!」
俺はドン引きの箕輪の両肩を掴むと、慌ててこれまでの経緯を説明した。
長い話だったんで、途中で買い出しにも行ったし、もちろん実働班に差し入れと声かけもしてきた。
箕輪は最後まで聞いてから「それで昨日はわざわざ薙乃くんを迎えに行ったんだ」と苦笑した。
「ああ、叔父さんとやらの顔も見たかったしな」
「もしそれで、薙乃君の叔父さんが、竜くんの気に食わないような奴だったらどうする気だったのさ」
「玲子さんの弟が、嫌な奴なわけねぇだろ」
「はー……、心酔って怖いねぇ」
「恩があるって話だ。別に酔っちゃいねぇ。ただ薙乃が今どんな場所でどんな暮らしをしてんのか、俺が直接見ときたかったんだよ」
「ふぅん、反省してるんだねぇ」
「……これ以上、後悔したくねぇからな」
そんな話をしてるうち、空が明るくなってきた。
「よし、送信っと」
箕輪がタンッと勢いよくキーを叩いた。
「お、中央に出したのか?」
「うん、資料しっかり集めたら、ボクの仮説を裏付ける数字がズラッと揃ったからね。これは間違いないと思うよ。今日の会議に回してもらえれば、早ければ今夜くらいには意見がまとまるんじゃないかな」
「そんでも今夜か……。俺もちょっと寝るかな」
「そうそう、竜くん結局2時間しか寝てなかったしね。今のうち休んでおかないと、本当に頑張らないといけない時に動けないよ」
「そーだな」
俺は苦笑して座席に寝転んだ。
箕輪に話してよかった。
人に話すことで、俺も少しは整理できた。
過ぎちまった過去は、どんだけ悔やんでも、取り返せない。
俺は、これからの人生全部で、あいつの面倒を見る。そう決めた。
つーか、今から俺にできることなんて、これしかねぇしな。
そのためにはまず、しっかり休んで、あいつらがここから出るときにサポートしてやらねぇとな。
しばらくぶりに、スッキリした気分で目を閉じれば、睡魔はすぐに迎えにきた。
んん……。
日陰とはいえ、日中の車内は流石に暑ぃな……。
箕輪みたく暗いうちに寝とくべきだったか……。
それでもずいぶんと軽くなった身体に、やっぱり睡眠は大事だと痛感する。
今……何時だ……?
腕時計に視線をやれば、時計の針は14時に近づいていた。
8時間くらい寝たのか。ここ最近の睡眠時間としては最長だな。
車のドアを開けた瞬間、俺は地の底から湧き上がるような強い巡力を感じた。
ピピピピピピと箕輪のノートパソコンが警戒音を鳴らす。
「竜くん起きて! ゲートから何か来る!!」
俺は車から飛び降りて一瞬でゲートに駆け寄る。
ドパッとゲート周りの空間まで巻き上げるようにして、勢いよく飛び出してきたのは、薙乃たちが乗ってたのに近い雰囲気のロボットだった。




