第34話 巡力
道角さんに脱出ルートの案を話すと、図書館内に避難していた人の中からロープーウェイやエレベーターに詳しい人を募ってくれた。
そうして、俺の図面は5人の大人の目でチェックを受けて、その日の昼には設計部分のGOサインが出た。
俺が見落としていた意外な部分の指摘もあったし、もっと効率的な回路案ももらって、これからのロボ作りにも生かせそうな知識をたくさん得た、充実した午前中だった。
図面が完成した後も大人達は、今後こういった天井高型のダンジョンが出た際に外から中に降ろせるような井戸状の折り畳み式装置を作ったらどうかとか、そんな話でずっと話し合っている。
柊木さんは途中から「もうわかりませんんんん」と離脱していたが、彼女が理解している必要はないので大丈夫だ。むしろ彼女にはこの先で頑張ってもらわないといけないので、今はゆっくり頭を休めていてほしい。
さて、今回の形式はエレベーターというよりもロープーウェイに近い仕様となったが、どちらにせよ一番大事なのはゲートの外に取り付ける滑車だ。
俺はロボに固定されたスマホで時刻を確認する。
もうすぐ14時か。
今俺たちは、俺と柊木さんで作った強力なロープと滑車を格納したロボに乗り込んでいる。
このロボで、まずはゲートの外に出る。そして滑車とロープを取り付けて戻ってくるという算段だ。
ちなみに、ロープや滑車の材料は、ダンジョン内に飲み込まれた各種車両から拝借している。
この辺りの材料調達も、大人達の協力を得られてからはスムーズだった。
柊木さんの操縦席も、図書館の移動図書カーの運転席を借りたのでもう固く冷たい椅子ではない。
ちなみに、これらを作った後、巡力ポーションは俺が飲んだ。
ポーションは、俺が覚悟していたほど酷い味でもなかった。
まあ、飛び降りたての頃は内臓もそこそこやられてたので、検査で色々まずいもんも飲まされたからな。
俺にしてみれば、バリウムほど飲みにくくはない。
味はバリウムのほうがマシだが、俺はあの息の詰まるようなペンキ感が苦手なんだよな。
ともかく、俺の方が柊木さんよりも巡力を保有できる量がずっと多いので、ポーションは俺が飲んだ。
まあ、限界を越えればまた前のように熱を出したりする可能性もあるし、様子を見つつではあるが、俺の体は上位ポーション1本分の巡力を残さず保有した。
次は、俺の巡力を彼女に必要な分だけ回す。
「薙乃さん……恥ずかしいです」
「大丈夫だ。俺も恥ずかしい」
「何にも大丈夫じゃないですぅぅぅぅ」
俺の右手と柊木さんの左手、俺の左手と柊木さんの右手をそれぞれなるべくピッタリ、ずれないように重ね合わせると、結果的に向き合って両手で恋人繋ぎをすることになるわけだ。
「気にしない気にしない。別にそうおかしいポーズじゃねーって、俺らも仲間と巡力分ける時よくするしさ」
玄雨さんがそう言って励ます。
いかついコンカー達が戦場でこんなポーズをしてるのは、なんだかもっと嫌な気がするが……。
玄雨さんがスッと俺のそばにきて、小声で尋ねる。
「つか啓君めっっちゃくちゃ眩しいんだけど、君って巡力上限いくつなん? 俺が今まで見てきたコンカーの中でもダントツの眩しさってか、もしかして400とか超えてたりする?」
400……?
……もしそれが本当なら、あのポーションは1本で200ほどの巡力が入っているんだろうか。
「いやー、ほんとに薙乃さんたちの子なんだなぁ……」
玄雨さんは、遠い記憶の中二人を思い浮かべるように目を細めながら離れた。
「よ、400……ですか……?」
柊木さんが、聞いたこともないような数字にひきつっている。
そうだよな。140ですら滅多にいないのに、400なんて……。
そんなの世間にバレたら、親元から離されて中央に閉じ込められる……だけで済むんだろうか?
ぞくりと、背筋に悪寒が走る。
両親が、俺に嘘をついてまで俺の力を隠していたのは、何より俺のためだったんだな……。
「えっ、あれ? パートナーちゃんも聞いてなかった? うわ、俺また口滑らした!?」
青くなる玄雨さんの『また』って言葉が引っかかる。
この人多分、口が災いの元になるタイプだな……。
俺は尋ねた。
「ええと、巡力量って他のコンカーさんも見れば分かるものですか?」
「んー、そーだなぁ、うちの探索チームは俺含め3人とも分かると思うけど、他は……医療の子と操作のあの子は分かるかな。あとは局長もザックリわかるだろーな」
無駄かも知れないと思いつつも、俺は玄雨さんに、巡力量についてはなるべく口外しないでくれるように頼む。
「おう、わかった!」
という快い返事は、やたらと軽く聞こえたが、気のせいという事にしよう。
俺は前に向き直ると、心ここにあらずといった様子で「400……」と小さく呟いている柊木さんに、声をかける。
「柊木さん、巡力を流すよ」
「は、はい……」
大丈夫だろうか。
俺は少しずつ右手から巡力を流し始める。
……いや、全然ダメだな。
流した巡力は、ほとんど受け取られることなく二人のてのひらの隙間からあふれて消えた。
「柊木さん集中して、こぼれてるよ」
「わわっ、ま、待ってくださいっ」
「うん、一度止めるから、準備ができたら言って」
「は、はい……」
柊木さんがゆっくり深呼吸をする。
「……柊木さんが動揺するのも、正直分かるよ。俺だって、もう長いことずっと……『もっと巡力があれば』なんて思ってたんだし……」
「えっ、もしかして、薙乃さんも驚いてるんですか!?」
「そりゃそうだよ。むしろ、俺が一番驚いてる」
「そ……、そうですよね……驚きますよね……。聞いただけの私でも、こんなに驚いてるんですから……」
ぽかんと驚いたままの顔で呟いた柊木さんが、本当に心底驚いた様子で、俺は思わず笑ってしまう。
「ちょ、ちょっと笑わないでくださいっ」
「ごめんごめん」
玄雨さんが、柊木さんの後ろでさっきよりさらに青い顔をしている。
まさか俺も知らなかったなんて思ってなかったんだろうな。
「もう大丈夫です。落ち着きました」
柊木さんの言葉に、俺は「じゃあいくよ」と巡力を流し始める。
今度は順調だな。
巡力はスルスルと柊木さんの左手に吸い込まれていく。
「もう少し量を増やしていい?」
「はい」という柊木さんに、俺は少しずつ流す量を増やしていく。
あんまりもたもたやっていては、配置についているコンカー達が待ちくたびれてしまうからな。
ん、今ちょっとこぼれたか……。
柊木さんは気付いていないようだ。俺は少しだけ量を減らした。
「なんか、薙乃さんの巡力ってぽかぽかあったかくて、お風呂に入ってるみたいですねぇ……」
幸せそうな顔をしてるところ悪いけど、もうちょっと集中してほしい。
彼女を驚かせずに伝えるには、何と言ったらいいか……
「ありゃりゃ。柊木ちゃん、ちょいちょいこぼれてるよ」
玄雨さんの言葉に、柊木さんが「ひゃいっ」と肩を揺らす。
うん、盛大にこぼれた。
そんなこんなで、ロープや滑車を作ってロボも改造したが、柊木さんは現在巡力満タンだ。
安全対策もエアバッグにシートベルトにヘルメットと、これまでより格段に充実している。




