第31話 ねぐせ
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、と繰り返される電子音。
これは俺のスマホのアラームだ。
腕を伸ばしてベッドから枕元のスマホを手繰り寄せ……るつもりが、腕はヒヤリとした金属に触れた。
そこでようやく、ここがベッドでないどころか家でもないことを思い出す。
「んん……」
ふわぁと大あくびをして眠い目を無理矢理開けば、叔父さんと柊木さんがこちらを見ていた。
「おはよう啓くん、よく眠れたかい?」
「んふっ、おはよう、ござい、ます、んふふっ」
……柊木さんが、なんか必死で笑いを堪えようとしてるんだが?
「啓くん、ねぐせすごいよ」
「あー……」
手で頭を撫でてみれば、なるほど爆発しているようだ。
柊木さんはついに堪えきれなくなったのか、ぶふうと盛大に吹き出した。
まあ、ねぐせなんて一発芸みたいなもんだし、笑ってくれていいけどさ。
柊木さんは時折ごめんなさいと謝りつつ、いつまでも腹を押さえて丸くなって笑っている。
どうやらツボに入ったらしいな。あれ多分、腹痛いんだろうな。
俺は操縦席脇に取り付けていたスマホを操作する。
スマホは俺のも柊木さんのもロボ稼働中に充電されていてバッテリーは十分だ。
操縦席の周りには、図面の引かれた紙が散乱し、定規や鉛筆がその上に転がっていた。
ああ、昨夜は結局、脱出用の案を考えながら寝落ちたんだな……。
手の届く範囲の物を拾える程度に拾っていたら、叔父さんが手伝いに来てくれた。
柊木さんはようやく落ち着いてきたのか、呼吸を整えながら、真っ赤な顔に滲んだ涙を拭いている。
いや、俺のねぐせで泣くほど笑えるか?
ある意味すごいな。
「柊木さん、大丈夫? ちょっと相談があるんだけど、実は昨日門川支局の道角支局長から……」
柊木さんは、話を聞こうと俺の顔を見上げた途端、吹き出した。
「なっ、薙乃さ……、だ、だめですぅ、そのっっ、頭……っっ、っっっ!!」
重要な話なんだが……。
はぁ、仕方ない。まずは俺のねぐせをなんとかするか。
俺は自分の髪を手で押さえる。
しかし撫でつけても撫でつけてもこの髪の跳ねっぷりはどうにもなりそうにない。
「あ、啓くん、ウエットティッシュがあるよ。あとタオルとかパンも差し入れてもらったから、顔を拭いたら朝ご飯にしよう」
俺はタオルをもらって帽子がわりに頭に巻く。こうしときゃそのうち落ち着くだろう。
叔父さんの話によると、これらの差し入れは昨日の迷子の女の子、みのりちゃんの母親からもらったものらしい。
昨夜、道角支局長は避難者の皆に、このダンジョンにはモンスターがもう出ないと伝えていた。
きっとボスを倒した後に探索系コンカー……玄雨さん達がダンジョン内を駆け回って生き残りがいないか調べてくれたんだろう。
自宅に生活用品や貴重品を取りに帰りたい人は、昨夜から順次コンカーの付き添いの元、近隣住民同士でグループを作って図書館と家とを往復していた。
住宅は崩れていて危険なところも多いため、図書館から出る時には必ずコンカーと一緒に移動することが条件だったが。これは空き巣対策でもあるんだろうな。
そんなわけで、図書館の近隣住民の人達はそこそこ食料や日用品を確保できたようで、昨夜からは館内の避難者同士で物々交換が盛んにおこなわれていた。
図書館の1階は、昨夜からは主にコンカー達のスペースとなっていて、隅の方の比較的無事な場所では町内会長や道角さん達が集まって地区ごとに向かう人や順番、付き添うコンカーの配置を考えたりと、一晩中会議が続いていた。
ボスもあんな風に朝から晩まで働いてるんだろうな……。
俺は、昨日の朝会ったばかりの森江支局のメンバーの顔をぼんやり思い浮かべる。
別れたのはほんの昨日だというのに、なんだか色々ありすぎて、遠い昔のことみたいに思えてしまう。
柊木さんが、目尻に少し涙を滲ませたまま俺の隣に上がってきた。
ロボットは今アームを階段状に下ろしているので、誰でも簡単にコックピットまで上り下りできる。
「薙乃さん、叔父様と仲直りされたんですね、よかったです」
小さな声で柊木さんがささやいた。
そうか、柊木さんはそれも心配してくれていたんだな。
「柊木さん、昨日はごめん。無茶させてしまって。あと、……心配してくれてありがとう」
柊木さんは目をぱちくりとさせて、それからエヘヘと照れ笑う。
「はい。いえ、お安いご用です」
いや、安くはないだろう。
一瞬とはいえ、昨日はドでかい図書館の全てに柊木さんの巡力を巡らせたんだぞ?
下手すればあの時点で柊木さんが気を失っていたっておかしくなかった。
しかも俺はそれを、自分の独断で、何の相談も無しにやった。
「いや、昨日のは流石に無茶だった。本当にごめん」
「謝らなくても大丈夫ですよ。薙乃さんはハッキリ無茶するって言ってましたし、私は自分の意思で、その無茶な案に乗ったんですから」
「……そうだったか?」
「はい。薙乃さん、あの時もごめんって謝ってましたよ。なので、もう謝罪は受け取り済みなんです」
「そうか……」
咄嗟の事で、細かい会話までは覚えていない。
なにしろあの時の頭の中は、ほとんどが設計図で埋まってたからな……。
柊木さんが小さく笑って言う。
「薙乃さんって、思ったよりずっと素直な方ですよね」




