第30話 カラス
「聡史さん……」
その目……、一体いつから泣き続けてたんだよ。
俺は、文句の言葉も忘れて苦笑する。
「目、腫れすぎだろ。冷やしたほうがいいんじゃないか?」
「ううぅ、啓くんんんん、無事でよかったよぉぉぉぉ」
まだ泣くのかよ。
「いやちょっと、泣いてる場合じゃないんだって。聡史さん、俺今車椅子なくてさ、もうずっと前からトイレ行きたいんだけど」
「えっ」
叔父さんが俺の言葉に顔色を変える。
「僕、車椅子借りてこようか?」
「この辺には無事なの無いと思う。入り口のもんはほとんど吹っ飛んだし、ここって車椅子はあの入り口に置いてあるので全部だろ?」
「ええっ、じゃあ……」
うろたえる叔父さんに、俺は両手を伸ばした。
「聡史さん、連れてってもらえるかな」
叔父さんは一瞬驚いた顔をして、それから「久しぶりだね」と涙の滲む笑顔で答えた。
***
トイレを済ませた俺が、叔父さんに背負われてロボまで戻ってくると、ロボの前に誰かが立っていた。
あれは……、治療の時に順番をゆずってくれたコンカーの男か?
両手に大量の本を抱えていて、顔が見えない。
「ああ、やっと帰ってきた。って、どうした。具合悪いのか?」
どうやら、山盛りの本で俺の足までは見えていないようだ。
男は積まれた本の上に、紙やら鉛筆やらをどっさり載せられている。
そばには、図書館の車椅子も置いてあった。無事だったのがあったんだな。
「道門さんに、君が動いたから様子見てくるように、って言われて来たんだけどさ、寝てる女の子一人こんな人気のないとこに置いてっちゃダメだろ」
言われて、確かにその通りだと気づく。
「だから、君が戻るまで見張ってるほうがいいかなーってここに立ってたらさ、図書館の人が来て、君に頼まれたものだって、こんなどっさり本持たせて、本の上にもさらに細々置いてくもんで、一人じゃ下ろすにも下ろせないし君はなかなか帰ってこないしで、どうしたもんかと思ってたとこだよ……」
「すみません、ありがとうございます、助かりました」
礼を伝えるものの、俺はおぶられてる状態だし、このままでは受け取れそうにない。
叔父さんが「少々お待ちくださいね」と、慌てた様子で操縦席に俺を下ろして本を受け取りに行く。
叔父さんが三往復して本を全部受け取り終わると、つり目三白眼で前髪の短いコンカーの男は「はー、やっと解放されたぁ」と肩を回した。
「本当にありがとうございます」と、俺はもう一度礼を言う。
コンカーの男は、人懐こい笑顔でニッと笑った。
「いやあまあ、今日は君達に助けられたし、こんくらいのことはなんでもないんだけどさ、本当にもう女の子一人置いてくんじゃないぞー」
そう言って立ち去ろうとした男が、ふと振り返って俺の顔を見る。
「俺、なーんか君の顔、見たことあるような気がすんだよなぁ……」
首を傾げて俺の顔をガン見する男に、ぼんやりと、こういうタイプのナンパってありそうだよな。と思う。
「君の名前って聞いてもいいか? えーと、仕事としてじゃなくて、個人的なやつな。あ、おれは玄雨。玄米の玄と雨でクロウな。苦労人のほうじゃないからな!?」
この人よく喋るなぁ……。
「はあ……。薙乃ですけど……」
答えた俺に、玄雨と名乗った男は目を丸くした。
「薙乃!? ってことはまさか、お前があの薙乃さんのとこの『可愛すぎるうちの子』ってやつか!?」
「それって俺がいくつの頃の話ですか……」
「えーっと、少なくとも今から十年近くは前だな」
俺のツッコミに、玄雨さんが真面目に答える。
「いやー、そっかそっかー。薙乃さんとこの息子さんだったのかー。俺あの頃毎日薙乃さんの『うちの子可愛すぎる自慢』を聞かされてたからなー。なんか、こんなに大きくなってるなんて感慨深いなぁ」
……今日初めて会った人に、成長を喜ばれている……。
俺をしみじみと眺めていた玄雨さんがハッと何かに気付いたような顔をする。
「その足……、やられたのってここでか?」
「いえ、ずいぶん昔です」
「そっかぁ……、それじゃポーションもきかねぇか……」
残念そうに呟いた玄雨さんが、俺を見上げてニカッと笑った。
笑ってもつり目の目尻は下がらないようだが、歯を見せて笑う顔はなんだかとても人懐こい。
「ま、なんか困ったことがあれば、門川支局の俺、玄雨を遠慮なく頼ってくれていいからな。つっても戦闘は俺より君のほうが強そうだよなー。俺の専門は探索だ。役に立てそうなことがあれば気軽に声かけてくれよー」
最後までペラペラ喋りながら、ひらひらと手を振って玄雨さんは帰って行った。
……そういや俺が小さい頃、親父と公園でカラスを見ていた時に、急に鳴いたカラスの声が思いがけず大きくて俺が『カラス、うるちゃい』と半べそになっていたら親父が『俺んとこのカラスもうるせーんだよなぁ』とげんなり呟いていたのをふと思い出す。
もしかしたらこの人の事だったのかも知れないな……。




