第3話 足手まとい
「ひぇぇ……」
情けない声を上げる彼女の腕をひとまず離して「走るぞ」と声をかける。
あいつらがこの角につくまでに次の角に辿り着けば、あいつらから俺達は狙えない。
「あれって、捕捉液ですよね……」
隣を走る彼女が呟く。
ああ、あれが固くなって、ニュースでよく見るバキバキのやつになるのか。
こんな風に生活地区に突然モンスターが現れる事はたまにある。
ランダムゲートがいつどこに開くか、正確なところは誰にもわからないからだ。
それでも、磁場の乱れやらなにやら難しい研究をしてる人達が、毎日の地区ごとのランダムゲート発生率を発表している。
それが30%を越えれば、学校はオンライン登校となり、50%を越えれば休校になり『自主避難を推奨』となる。まあ、最近では皆慣れてしまったのか、自主避難する奴も少ないが。
おそらくこの近くにランダムゲートが開いてしまったんだろう。
朝の予報では発生率は5%だったのにな。
これだから予報は当てにならないなんて言われてしまうわけだ。
不意にぞくりと悪寒を感じて振り返る。
ようやくさっきの角までやってきたらしいモンスターが、こちらに足を広げようとしている。
捕捉液はこんな距離まで届くってのか。
「まずい。教室に――」
廊下に並ぶ教室は技術室に家庭科室、鍵がかかっている可能性が高い。
彼女も一つ二つと扉を引くが開く様子はない。
「あっ、トイレ!」
彼女が叫ぶが、その先のトイレは女子トイレで、男子トイレはさらに向こうだ。
「いいから早くぅ!」
彼女に強引に腕を引かれて、俺の車椅子は片輪走行で女子トイレの入り口に入った。
次いでベシャベシャっと聞こえた音。
……いや、思ったよりも遠いな……?
そろりと入り口からのぞけば、捕捉液は技術室にすら届かないあたりに小さく山を作っていた。
続いて、残りの二体も捕捉液らしきものを吐く。
それも、さっきとあまり変わらないあたりに着地した。
「なんだ、ここまでは届かないのか」
「今のうちに逃げましょうっ」
「ああ」
と走り出してから、ふと思う。
「君だけ逃げればいいんじゃないか?」
俺は久しく測っていないが、小学校入学時の巡力測定ではごく一般的な量だ。
「わっ、私一人で逃げるんですか!?」
彼女の足が止まる。
「止まるな、追いつかれるぞ!」
俺の声に二、三歩進んだ彼女が、また立ち止まって不安げに振り返る。
「くそっ」
俺は仕方なくハンドリムを掴んでぐんと漕いだ。
「言っとくが、俺が足手まといになる可能性の方が高いんだからな!?」
「は、はいっ、ごめんなさいぃっ」
「別に叱ってるわけじゃない。危なくなったら俺を置いて逃げろって事だ」
「……っ、そんなこと……」
次の角を目指して全力で走る。チラと後ろを見るが、モンスター達はまだ姿を表さない。
……なんだ? 足が遅いとはいえ、こっちだって少しもたついた。もう姿を見せてもいいはずだが……。
この角を曲がれば、最初に彼女が囲まれていた二年の教室の廊下だ。
教室の前にはもう誰もいない。俺たちが走り回っているうちに全員避難できたようだ。
ホッとした途端、教室側の廊下から人影……じゃない、これはモンスターだ!
振り返れば、こちらの廊下からはモンスターが二体。
「二手に分かれたのか。足は遅くても、頭は使えるんだな」
ゴクリ。と自分の喉が鳴る音が、やけに大きく聞こえた。




