第26話 ポーション
体格の良い男は、いかつい顔でほんの少し微笑んで尋ねる。
「今後も君達は我々を手助けしてくれると思っていいのかい?」
俺は柊木さんをチラと振り返ってから、正直に答えた。
「そうしたいのは山々ですが、巡力が残り少ないため、お力にはなれないと思います」
男は「ふむ」と頷いて、胸元から小瓶を一つ取り出した。
「これは、私の個人的な差し入れだ。支局のものではないよ」
コックピットのガラスが開いている隙間から、小瓶が差し入れられる。
これは……巡力回復ポーションじゃないか。
こんな高価なものをヒョイと受け取っていいのか……?
脱出時に操作系能力者が飲むほうがいいんじゃ……。
「大丈夫だよ。こういうのはあるところには沢山あるもんだ」
つまり、俺たちがこれを一本もらったところで在庫に余裕はある。と……?
俺の後ろから柊木さんが尋ねた。
「ならどうして、脱出しないんですか?」
男の表情がけわしくなる。
男は口元を手で覆うと、俺達だけに聞こえるように答えた。
「実は、今こちらにいる操作系の全員で道を作っても、出口に届きそうにない」
つまり、追加で操作系能力者がダンジョンに来るまでは、この図書館を守り続けるしかない。ということか。
しかしそれを正直に話せば人々はより不安を強めてしまうだろう。
それで、あの時は操作系能力者が疲弊していると伝えていたのか。
「皆には黙っててくれるね?」
男は大柄な体格と渋い顔面にも関わらず、しーっと唇に人差し指を当てて、ウインクをしてみせる。
「わかりました。ありがたくいただきます」
俺が頷くと、柊木さんが後ろから降りてきて瓶を受け取る。
「まだ見習いの子には重い言葉かも知れないが、私は君達に期待しているよ」
「ひ、ひゃいっ」
相変わらず大事なとこで噛むな、柊木さん……。
「しかし、ロボットが作れるなんて本当にいいなぁ。私もこんな能力がよかったよ」
男は俺のロボを見上げて残念そうに笑うと、一瞬のうちに姿を消した。
身体強化の方がよっぽど正統派ヒーローっぽい気もするが、まあ、それはそれとして、ロボはいい。間違いない。
そりゃ俺だってこんな能力だったらいいと思うよ。
とはいえ、柊木さんは『ロボを作る能力』だとは思ってないし、実際『ロボを作る能力』ではない。
たまたま『ロボも作れる能力』だったそれで、勝手にロボを作っているのは俺だった。
うん?
つまり、柊木さんを『ロボで戦うコンカー』にしてるのは、俺か?
「これって、今飲んだほうがいいですか?」
ヘロヘロと自分の席に戻る柊木さんの膝が笑っている。
このままでは有事の際に走って逃げることもできないだろう。
「そうだな、今飲んでおこうか」
しっかり寝て起きれば、巡力は今の半分は回復するだろうことを思うと多少勿体なくはあるが、彼女が咄嗟にこれを飲めるとも思えなかった。
キュッと小さな音を立ててガラス瓶の蓋が開く。
ドキドキワクワクした顔で瓶を傾ける柊木さんを、俺はちょっとだけ不憫に思う。
「ふぇぇぇええええぇぇなんですかこれぇぇぇぇぇぇ!?」
「気持ちは分かるけど、それ全量飲み切らないと効果発動しないから、吐き出さないようにな……」
「薙乃さんっ、これマズイって知ってたんですか!?」
「息を止めて、一気に流し込もう」
「そういうアドバイスは先にしてくださいよぅぅぅぅっ」
「美味しかったら、よかったのにな……」
「ぴぇぇぇぇ……」
やっとの思いでポーションを飲み干した半べその柊木さんがふわりと淡い光に包まれる。
「ほわぁ……」
お、これはかなり高いポーションだな?
回復量が柊木さんの巡力許容量を上回りそうだ。
「右手だけでいいから、ロボにも巡力を注いでみて」
俺に言われて、柊木さんが慌ててハンドルを握る。
俺はカチカチとボタンを操作して、巡力経路を切り替える。
俺が左手で握る操縦桿から、余った巡力が俺の中に入ってくる。
このロボに巡力を溜めるような設備はないが、いくらかでも俺に溜められれば儲け物だ。
俺は、両親に言われていた指定ラインを超えて溜まってゆく巡力に集中した。
俺は今、どのくらい巡力を溜めることができるんだろうか。
幼い頃はあんまりこれを溜めすぎると体に良くないと言われて、トイレに行く度体外に流すよう言われていた。
実際、うまく流せなかったり、忘れたり、遊びに夢中で今度にしようなんてやってると、俺はすぐ熱を出して寝込んだ。
小学校に入る頃に指定されたこのラインを俺はずっと守っていたが、確か三年生になったらもう少し上げようなんて母さんも言ってたんだよな。
両親がいなくなってもう今年で七年だ。
あの頃の倍かそこらは入るんじゃないか?
じわじわと溜まる巡力は、俺のいつものラインの倍ほどになった。
「ふぅ、終わったみたいですね。私、元気いっぱいになりましたよっ!」
柊木さんが座席の上でぴょこんと跳ねる。
俺はその衝撃を座面のサスペンションがしっかり吸収したことに満足感を感じつつ頷いた。
「回復ポーションってすごいんですねぇ。私、初めて飲みました。薙乃さんは飲んだ事があったんですか?」
「いや、俺は無いけど――」
ガシャンと一斉に割れる図書館の窓ガラスに、俺は急いでハンドルを回した。
暴風が室内を吹き荒れると、本や千切れたページが舞い飛ぶ。
ゴガガン! とロボに当たる本や物に「ひぇぇ」と柊木さんが怯える。
コックピットを大きく開けてなくてよかった。
乗り降りできるほど開いていたら、ハンドル操作ではとても間に合わなかったな。
風がおさまると、図書館の一階の視界はすっかり開けてしまっていた。
書架はそのほとんどが出入り口から遠く離れた建物の奥に溜まってしまっている。
窓の外には、コンカー達が折り重なるようにして倒れている。
どういう状況だよ。
俺は救護スペースを振り返る。
あちらには障壁を張れる人がいたようで、負傷者が吹き飛ばされるような事にはならなかったようだ。
『お前が、頭か』
頭に直接響くような声。
ロボの前には、大剣を手にした立派な身なりのモンスターが一体、立っていた。




