第23話 積載荷重6トン
ドガンと大きな衝撃と共に建物が揺れる。
窓に張り付くようにして真下を見れば、図書館周辺の警備をしていたコンカー達が地に倒れていた。
まずい、防衛線が突破されたのか。
フロアに恐怖と絶望の声が上がる。
遠目から見る限り、ここまで見たモンスター達に飛んだり跳ねたりするようなやつはいなかったはずだ。
急に2階や3階が襲われる可能性は少ないだろう。
「薙乃さん、下が危ないです!」
柊木さんが立ち上がる。
「そうだな、行ってみるか?」
「はいっ」
彼女の返事に迷いはなかった。
俺達にできることなんてたかが知れてるが、それでも二人なら誰かを助けられるかも知れない。
「聡史さんはここで待ってて」
叔父さんは一瞬悲しそうな顔をしたけど、涙を浮かべたまま微笑んだ。
「……分かった。気をつけてね……」
うん? もうちょっと危ないから行くなとかやめろとか言われるかと思ったんだけどな。
柊木さんが「すみません、車椅子が通ります!」と宣言して歩き出す。
俺も遅れないようハンドリムを操作する。
「啓くん! もう捨てなくていいから!」
ざわめく人の間を進む俺達の背に、叔父さんが必死に叫ぶ声が届いた。
なんだ?
なにを捨てるんだ? コンカーになりたいって夢なら……。
「薙乃さん!」
柊木さんに呼ばれて、俺は気持ちを切り替える。
俺達は上階へと避難する人達の妨げにならないよう、スロープの方には向かわず3階の端にある荷物用エレベーターの前に来ていた。
図書館内の電気は予備電源に切り替えられていたが、エレベーターは電力を食うからか全機止められている。
それを、柊木さんの巡力で無理矢理動かす算段だ。
「私、こんなところにエレベーターがあるなんて知りませんでした」
「前に一度、利用者用のエレベーターが点検中の時に乗せてもらったことがあるんだ」
俺は素早くメーカーと構造を確認する。
ロープ式で、積載荷重は……6000キログラム!?
6トンも耐えるのか!
そうか、本は重いもんな。
思わず口端が上がってしまう。
「柊木さん、1階の状況次第だけど、これでロボを作ってもいいかな?」
「図書館のエレベーターでですか!?」
公共施設を壊すのは流石に罪悪感がデカいか。
「ぅぅ、でも、非常時ですものね……」
「非常時だからな、仕方ないよな」
「って、なんで薙乃さんそんなに嬉しそうなんですか!?」
うっ、バレたか。
「いやだって、積載荷重500キロ弱のエレベーターから一気に6000キロだぞ?」
「そんなに違うんですか?」
「上手く作れば、かなりパワーが出るんじゃないか?」
俺は頭の中で設計図を書き上げる。
なるべく低巡力で無駄なく効率的に作れるように、手順も合わせて頭に叩き込む。
コックピットの安全性も保てて、できれば前回のような防戦一方じゃなく、ちゃんと敵を叩けるような、そんなロボットを。
「……そしたら、私達も皆さんのお役に立てるでしょうか」
「ああ!」
柊木さんは、俺の言葉に「頑張りますっ」と両手を握りしめて答えた。
エレベーターに乗り込んで、柊木さんと額を合わせる。
この姿勢ももうちょいなんとかしたいもんだが、今は非常時だ、なるべくミスのない手段を取るしかない。
柊木さんの提案で、俺達はエレベーター内でロボを作りながら一階へと降りることにした。
何しろロボを作ってる最中は無防備だからな。本当は俺もそうしたいとこではあったが、彼女の巡力を多めに消費してしまうため、彼女から提案してくれて助かった。
「そうだ、スマホを借りてもいいかな? ミニモニターにしたいんだ。多分、壊さず返せると思うんだけど……」
「はい、どうぞ。お姉ちゃんのお下がりなのでちょっと古い型ですが」
柊木さんは迷う事なく俺にスマホを差し出した。
このまっすぐな信頼が、俺にはどうもくすぐったい。
柊木さんにはお姉さんがいるんだな。なんて頭の隅で思いながら受け取る。
「ありがとう。じゃあ始めるよ」
「はいっ」
答えた柊木さんが目を閉じた。
今度のロボは俺が両手を自由に使えるので、操作もハンドルレバー式にしてある。
前のはエレベーターのボタンをそのまま使ったから押しにくかったもんな。
これでもっと直感的に動かせるはずだ。
コックピットは、外からはなるべく見えないように、でも中からは外の様子が見えるようにしたい。
ガラスの外側にだけうっすら色をつけてスモークガラスがわりにしよう。
既に塗装されている部分の塗料を移動させることによって、色数こそ限られるがカラーリングも思うがままだ。
それにしても柊木さんの能力は本当にすごいな。ドアガラスまで、こうもキレイに湾曲させられるとは思わなかった。
ガラスが難しければ、コックピットを覆う部分には後からスロープ脇のアクリル板でも拝借しようかと思っていたが、彼女の能力の前では材質がなんだろうと加工難易度に差が出ないようだ。
「……っ」
彼女の体温が高くなる。
額にじわりと汗が浮かんだのに俺は気づく。
そうだよな。
こないだよりよっぽど難しい事させてるよな。
しかも今回は駆動電源まで完全に柊木さんの巡力頼りだ。
「完成だよ。柊木さんは俺の後ろの席に座って」
「は、はいっ、ここですか?」
「そう、それでその左右のハンドルを握ってくれる?」
「はい」
「右手の方から少しずつ巡力を流してみて。左手側から巡力が返ってきたら戻った分も吸収してまた流す。できそう?」
「はい、それならできると思います」
巡力はその通り、巡る力だ。
両手を近づけて巡力を意図的に循環させる練習は、巡力コントロールの基礎中の基礎。
できないコンカーはまずいない。
俺も2歳になる前には完璧だったと父がよく自慢げに言っていたしな。
「流す量は、鍵開けの時の倍くらいで」
「ぅ、頑張ります……」
わかりにくかったかな?
「戦闘になったら、解体の時の3分の1くらいくれるとありがたい。多い分は戻る仕組みだけどどうしてもロスがあるからね。少ないときは言うから」
「お願いしますぅ」
今回は後部座席に座る柊木さんの巡力を引いて全体を動かす予定だ。
彼女自身がこのロボットの電池みたいなものだな。
なるべく巡力を無駄なく回して、柊木さんの負担を下げて駆動させるのが今回の俺の目標でもある。
「このくらい、ですか?」
「うん、ちょうどいいよ」
この設計なら激しい動きをしなければ、15分は動ける……と思う。
俺はボタンがいくつかついたハンドルレバー……このロボの操縦桿を握り直す。
うん。我ながらいい出来だ。
上がってしまいそうな口端を、不謹慎だと引き締め直して、俺は操縦桿を引いた。
外壁もロープもすっかり無くなった、床板だけ残されたエレベーターの外扉にロボのアームの先を引っ掛ける。
この扉ももう中身と内側は取ってしまったので、ただの引き戸だった。
「行くよ」
「はいっ」
緊張気味の柊木さんの返事と共に、俺は慎重に1階のエレベーターの外扉を開けた。




