第21話 説明会
「どうしてダンジョンから出られないんだ!!」
図書館のエントランスでそう叫んだ人へ、門川支局の副支局長だと名乗ったコンカーの男が丁寧に答える。
「お気持ちはわかりますが、もう少々お待ちください。ダンジョン脱出のためのルートを作る仲間達が戦闘で疲弊しており、現在脱出路を作ることが困難な状況です」
この説明は、言い方こそ違えど、既に3回は繰り返された内容だ。
丸メガネの男性コンカーは、ほんわかした様子がなんとなく叔父さんを思わせる。
そんなコンカーに、いつまで待てばいいのか、食べ物はどうするのか、図書館にいれば本当に安心なのかと次々に同じような質問が投げられる。
そんなやりとりを眺めながら、大半の人達はぞろぞろと2階や3階へ移動し始めていた。
図書館の外では、今もモンスター達が5~6体でグループを作り、連携してコンカー達と戦闘を繰り返していた。
コンカー達はここまで、町に残っていた人々を無事に図書館へ集めるので精一杯だったらしい。
なんとか避難誘導を終えたコンカー達は、ダンジョン内の避難民を図書館の一階に集めると、現状の説明と報告をした後、質疑応答を始めた。
……ボスも、普段はこんな風に人々の対応に追われているんだろうか。
朝の時も、叔父さんに対しては丁寧な言葉で話してたもんな。
こんなに休みなく駆け回って、命がけで戦って、その上で皆の不満までぶつけられなきゃならないなんて……。
そんな風に思っていると、図書館の職員と館長を名乗る人が彼らの間に割って入る。
「市民の皆様への対応は私達で引き受けます。一階奥にお部屋を用意しましたので、コンカーの皆様はどうぞお休みください」
そんな会話が聞こえて、俺はなんだか少し救われた気がした。
「私達も上に戻りますか?」
柊木さんに問われて、俺も頷く。
「そうだな、そうするか」
一階カウンター脇の、普段は小さい子達が靴を脱いで上がって、絵本を読んでもらったりしていたクッションフロアは、現在怪我人の搬送場所になっていた。
「すみません、怪我を診てもらえますか」
「はーい、お怪我をなさったのはご本人様ですか?」
医療班の腕章をつけた3人のコンカー達が避難民の治療を行っている。
ゲームのような回復役……ヒーラーと呼ばれるポジションの人は俺達の世界にはいない。唯一ポーションだけが不思議な力で怪我や病気を癒すことができるが、それを現代の技術で作り出すことは未だに出来なかった。
そのため、ダンジョンでのみ手にすることのできるポーションは、とても高値で売買され、限られた人達と重傷を負ったコンカー達しか使うことができないのが現状だった。
なので、コンカーと言えど医療班の人達は、医学知識と経験が第一条件で、巡力の少ない人も多い。
先日の東条さんのような、医療に適した特殊能力を持つ人はレアケースだ。
スマホをチラリと覗く。
窓の外は明るいままだったが、時刻はそろそろ16時が近づいている。
まだしばらく充電はできそうにないな。
省電力モードに切り替えていたスマホのバッテリーは今70%だ。
電波を探しているのか、思ったよりも減りが早い。
俺はスマホを機内モードに切り替えた。
一般的にダンジョン攻略では、ダンジョン内でモンスターを倒す攻撃班、ダンジョン内の探索を主にする探索班、一般人やコンカー達の体調管理やサポートを行う医療班や補助班、ダンジョンからの脱出経路を作るための操作系能力者が所属する操作班と、大きく分けて4種類の作業を担当する人達が一つのチームとなっている。
見たところ、このダンジョンに潜ってきたコンカー達は20人ほどだ。
学校に出来たダンジョンには今森江支局のコンカー達が13人潜っているはずだから、それに比べれば人数は多いが、このダンジョンは中にいる人の数も、モンスターの数も今までのダンジョンとは桁が違う。
今の戦力では、ここを死守するだけで精一杯なんだろう。
このゲートは俺が入ってきた時点でずいぶんと急速に拡大していたしな。
おそらく今頃はゲートの外でも追加の攻略班の手配を進めているだろう。
俺と柊木さんと叔父さんの3人は、また図書館の3階にある展望フロアに戻っていた。
昼前にはあまり人の居なかった3階の会議室と展望フロアも、今では避難してきた人達であふれている。
「はぁ」と聞こえた小さなため息に、俺は隣を見た。
俺の隣では、柊木さんが膝を抱えて窓の外を見つめている。
「柊木さんごめん。俺のせいで……。今頃、家の人が心配してるだろうな」
「あっ、いいえ! そういうのじゃないんです。ただ……」
不自然に途切れた言葉に、俺は「ただ……?」とその先を促す。
町を眺めていた柊木さんの瞳が、丸っこいメガネの向こうで伏せられた。
「ただ……、もっと私が、ちゃんと自分の力を使えたら、もっとできることがあるのにな、って……」
「柊木さんのおかげで、みのりちゃんがお母さんと弟達に会えたじゃないか」
迷子だった女の子は、あの放送の後、小さな子を二人連れたお母さんが迎えにきて、ありがとうございますありがとうございます。と繰り返し頭を下げられた。
「でも、お部屋の鍵を持った方はあの少し後には来られてましたし……」
「だけど、避難誘導の案内は、あの時じゃなきゃ間に合わなかったよ。モンスターが出てきたのはあのすぐ後だったからね」
「……」
柊木さんは、黙ってぎゅっと膝を抱える。
ああ、そうだよな。
こんなこと、俺に言われなくたって柊木さんだって分かってるよな。
俺は、無力な自分の手のひらを見る。
「俺もそうだよ……」
俺や皆のために、怖くても頑張ってくれた柊木さんが落ち込んでいるなら。
柊木さんの慰めになるなら、ここで話しても構わないような気がした。
「……俺も、こんな身体じゃなかったら、って。あの時あんなバカなことしなければ……って毎日思うよ」
あれから心にしんしんと降り積もった思いは、俺が思うよりずっと静かに零れた。
「薙乃さん……」
柊木さんが顔を上げて、ようやく俺を見る。
「せめて、俺にもっと巡力があれば、この身体でも、困ってる人を助けることができるだろうにな……」
俺が苦い思いのままで笑顔を見せれば、柊木さんも泣きそうな顔で微笑み返した。




