第20話 サムターン回し
「人を探してるんだ。マイクを使わせてくれ」
「私も母が見つからないんです、館内放送をお願いします」
「すみません、鍵を持っている職員と連絡がつかず……」
「あんな扉ひとつ、壊してしまえばいいだろう!」
「そうだそうだ! 緊急事態なんだぞ!?」
「そっ、それはそうなのですが……」
なるほど、事情はわかった。
俺は隣の柊木さんを見上げる。
柊木さんは不安そうな顔で人々のやり取りを見つめていた。
「柊木さん、力を貸してもらってもいいかい?」
「ひゃ、ひゃいっ」
どうも不意打ちだと噛みやすいんだな……。
真っ赤になりつつある彼女の顔は見ないようにして、俺は職員に大きな声で話しかけた。
「すみませーん。あの鍵はサムターン式ですか? よければ鍵を開けましょうかー?」
俺の前に立ち塞がっていた人達は「鍵を開けられるのか!?」と期待と不安の混じった顔で振り返り、道を開けてくれる。
これでようやくカウンターまで車椅子で近づくことができた。
「サムターン式というのは……」と尋ねる職員に、近くのおじさんが「つまみをカチャッと回して鍵を開け閉めするやつだ」と答えてくれる。
「ああ、それです。そのタイプです」と頷いた職員が「開けられるんですか!?」と続けて尋ねる。
俺は「彼女がコンカー見習いなんです、本来なら未許可の巡力使用は厳禁なのですが、皆さんが見なかったことにしてくださるなら、鍵を開けることはできます」と答えた。
その場の皆が口々に了承の言葉を告げる。俺はすかさず続けた。
「それと、この女の子が迷子になっていて、俺達にも迷子の案内をさせてもらって構いませんか?」
俺の言葉に、何人かは快く、何人かは順番を譲れという事なのかと渋々顔で、それでも全体的に了承が取れたのを見て、職員が彼女を鍵のかかった扉の前に案内する。
「ひぇぇぇ。私一人じゃ無理ですよぅぅ。薙乃さんも一緒に来てくださいぃぃ」
柊木さんが非常に情けなく声をかけてくれたおかげで、俺は自然に柊木さんに付き添うことができた。
……まあ、これが計算の上での演技なのかは怪しいところだが。
未許可の巡力利用のため……と適当な理由をつけて、鍵開けの際の俺達の姿が見えないように職員さんと叔父さんに簡易的な壁を作ってもらう。
壁に使ったのはたまたまカウンター内に返却されてきていた巨大紙芝居だ。
こんな大きな紙芝居なんてものがあるんだな。なんて頭の隅で思いながら、俺はドアノブに手をかけた。
柊木さんはドアに片手を触れて、さっきと同じように俺と額を合わせる。
「さっきのが80%なら、これは1%もあれば十分だよ」
俺の言葉に柊木さんは「はい」と答えて目を閉じた。
彼女の力なら、鍵を回す事など造作もなかった。
カチャッ。と軽い音を立ててサムターンが回る。
すぐに職員の方が放送テストと称して、みのりちゃんの迷子の放送を流してくれた。
そこまで優遇しろと要求したつもりはなかったが、厚意はありがたく受け取ろう。
叔父さんは一階のカウンター前でみのりちゃんと保護者を待つらしい。
家族と連絡が取れずに困っている方は、図書館が避難所になっているので、図書館を目印に集まってくださいとの放送を聞きながら、俺は柊木さんと三階に上がってきていた。
バリアフリーの館内は、螺旋状のスロープのおかげで俺でも三階に上がることができる。
予備電源に切り替わっている館内は、いつもより明かりの数も少なく薄暗かったが、三階は大きな窓から外からの明かりが入って本が読めるほどには明るかった。
天井の高い図書館の三階はそこらの四階よりも高く、ダンジョンに飲み込まれた町の様子がよく見えた。
火の手が上がっているところはないだろうか。
電気もガスもダンジョン内には届かないが、水も届かない。火事が広がれば消火は難しい。
人のいる場所がチラチラと微かに光って見えるのは、今日だけで柊木さんから二回も巡力を注いでもらったからだろうか。
モンスターが暴れている様子も、今のところは……と、胸を撫で下ろそうとした時、遠くで住宅が崩れた。
「「モンスターだ!」ですっ!」
柊木さんも気づいたらしい。
「どうしましょう、職員さんにお知らせしますか?」
「そうだな、方向だけでも分かれば……」
展望室の窓に背を向けようとした俺達の視界の端で次々に建物が崩れてゆく。
続いてドン、ガン、ズシンと強い衝撃が図書館を揺らした。
なんだ!?
こんなにあちこちで……いや、よく見ればたくさんの被害箇所はほぼ等間隔に並んでいる。
まるで、この図書館を中心に、円を描くかのように。
「えっ、まさか、囲まれてるんですか……!?」
「……みたいだな……」
意図的に俺達を包囲したのであれば、それはモンスター同士がなんらかの方法で連絡をとりタイミングを合わせたということで……つまり、相手は知能の高いモンスターということか。
この規模の超巨大ダンジョンに、そう低級なモンスターは出ないだろうと思ってはいたが、これは悪い意味で想像以上だ……。
土煙を上げて崩れる町々を愕然と眺めるうちに、キラリと輝く強い光がダンジョンの端に舞い降りる。
それは着地と同時にすぐさま町の中を走り回り、一人、また一人とかすかな光を支えるように動いた。
「コンカーだ!」
叫ぶ俺に「本当ですか!?」と柊木さんが食いつく。
ほらあそこ。と説明しても柊木さんは相変わらずのハテナ顔だったが、コンカーの強い光は一つ、また一つと町に輝きを加える。
よかった。これで助かる。
そう安堵したのは早計だったと気づくのは、これよりも後の事だった。




