第19話 図書館
ふわりとした重さのある何かの中を通るような感覚。
水の中よりは軽く。けれど空気中よりは重い。
体が浮きそうな感覚に、ベルトをしてなければ車椅子から離れてしまう可能性があったなと思う。
これと離れ離れになってしまえば、俺は身動きできなくなる。
俺はハンドリムをしっかり握って、視線で柊木さんを探した。
ゲートと同じ色の空間を抜けると、車椅子はことん。と思ったよりも軽い衝撃で地面に着地した。
ぷはっと息を吐く。ゲート通過中は呼吸できないと親から聞いていたので俺は息を止めていたんだが、柊木さんは大丈夫だろうか。
そこは想像していたような薄暗いダンジョンではなく、空こそないものの明るく広い草原のような場所だった。
草は、見慣れた芝草のように見えるが外の世界とは違うものなんだろうか。
目の前には飲み込まれたであろう住宅のほとんどがそのまま存在していたが、いくつか着地に失敗したのか積み重なって破損している家もあった。
「あっ、薙乃さんっ!」
「柊木さん、無事でよかった」
「ゲートの中ってこんな風になってるんですね……」
きょろきょろする柊木さんの隣で俺はスマホを見る、やはり圏外か……。
「今回はたまたま明るいとこみたいだね。もっと真っ暗な場所に出る事もあるよ」
答えながら、俺は車椅子を漕ぐ。
「ひとまず図書館を目指してみよう」
「はいっ」
ここからでも住宅の山の向こうに大きな図書館の屋根が見える。
確かあの図書館の入り口には緊急時の一時避難所の印が揚げられていたはずだ。
叔父さんもまだあそこにいるかもしれない。
***
図書館に近づくにつれて人が増えてきた。
こんなにたくさんの人が飲み込まれてしまっているのか……。
よほど発生時のゲートが大きかったのか、それとも拡大速度が予想以上に速かったのか。
中にいる人が多い分、俺達がうろついても怪しまれることはなさそうだ。
家が丸ごと無事なところも多いし、外に出てきている人の数だけではダンジョン内の人数は予測できない。まだ室内に残っている人も相当いるだろうしな……。
「すごい数の人ですね……」
隣を走る柊木さんがそう呟く。
「過去最大規模のゲートだろうね」
今頃ニュースでも、そう伝えられているだろう。
問題はモンスターがどこから、どのくらいの数現れるか、だろうな。
もちろんモンスターの強さもあるが、こう大きなゲートだと、モンスターも相当数出てくるんじゃないかと思えてしまう。
「柊木さん、巡力の残りはどう?」
「えーと……四分の三くらい残ってます」
「そうか」
「す、少ないですよね、ごめんなさい」
「いや、そんな事はないよ。把握しておきたかっただけだから」
俺はダンジョンの出入口であるゲートを見上げる。
ゲートは俺達の遥か頭上にあった。
あんな高いとこから出てきたのに、俺達や建物にダメージがないのはダンジョンの不思議なところだな……。これも、モンスターが生きたまま人の巡力を奪いたいゆえの仕組みなんだろうか。
出現型は地面付近にゲートがあることが多いので、出入り自体は簡単だが、待機型はこれが厄介なんだよな……。
待機型のゲートでは、救助の際もダンジョン攻略の際にも必ず操作系のコンカーが参加するのは、この、まず人の手が届かないような場所にあるゲートのせいだ。
柊木さんの巡力をできる限り残しつつ、あのゲートを通過できるような装備……というか車椅子ロボットを作るには……。
必死で考えるうちに図書館が見えてくる。
図書館の前にはたくさんの人が集まっていた。
叔父さんは……、叔父さんはいないか……?
「啓くんっ!?」
横からの声に振り向くと、小さな女の子の手を引く叔父さんの姿があった。
「聡史さんっ、無事でよかった……」
叔父さんの顔を見た途端、涙が出そうになる。
まだホッとするには早すぎるだろ。
モンスターが来る前に、急いでここを出ないと。
グッと涙を堪えた俺の肩に、叔父さんが手を乗せて……、ぐっと握られる。
あ、まずい。これは、普段温厚な叔父さんが、本気で怒ろうとしてるやつだ。
「啓くん? どうしてこんなとこにいるのかな?」
質問形式ではあるが、これは俺が自主的に来たって分かってるな。
「そっ、それよりその女の子は?」
俺の言葉に、叔父さんと手を繋いでいた女の子が叔父さんの後ろに隠れた。
叔父さんは女の子を気遣うように、いつもの優しい声で答える。
「この子は親とはぐれてしまったようで、一緒に探していたんだよ。啓くんこそ、その子はお友達かい?」
叔父さんに視線を向けられて、俺の隣で柊木さんがぺこりと頭を下げた。
「あ、私は……」と自己紹介を始めそうな柊木さんを遮って、俺は言う。
「それなら、図書館から放送を流してもらえないか聞いてみようか」
「放送……?」
「うん、図書館には放送設備があるからね。その子の名前は?」
俺が聞くと、叔父さんは女の子に優しく尋ねた。
「お兄ちゃんに名前が言えるかい?」
「まきもと……みのり……です」
小学校に上がるかどうかくらいの女の子は、懸命に名前を教えてくれた。
「まきもとみのりちゃんだね。ありがとう」
俺は名前を繰り返して確認すると「行こう」と声をかける。
モンスターが現れるまでに早くこの子の親を見つけないと、下手したら一生離れ離れだ。
モンスターにはまだ来ないでくれと願いつつ、コンカーには早く来てくれと願いながら、俺達は避難してきた人でごった返すエントランスを抜けて、一階のカウンターに向かう。
確か以前カウンターの向こうの部屋で職員がマイクに向かって放送している姿を見たことがある。
しかし、カウンター前では俺と同じことを考えていたらしい人と職員が押し問答をしていた。




