第17話 スイーツ
森江支局の食堂は、三つの研究棟に一つずつと支局本体の大食堂で、合わせて四つもあるらしい。
「それぞれの食堂で、中華が美味しかったり、和食が得意だったり、デザートの種類がいっぱいだったり、特色があるんですよー」
俺を食堂まで案内した柊木さんは、なぜかそのまま俺の前の席に座っていた。
「ここは研究B棟なので、スイーツが美味しいんですよね。他の棟からもわざわざお茶しに来る人がいるくらいなんですよー。私もちょっとなんか食べてっちゃおうかなぁ」
そう言いながら、柊木さんはテーブルに置かれたデザートメニューをパラパラとめくっている。
俺の席にはピザトーストにスクランブルエッグとサラダにスープにデザートのついた朝食セットAが届けられていたが、もう半分以上は食べ終わっている。
頼むなら早く頼んだ方がいいんじゃないか?
「うーん、どっちにしようかなぁ……」と呟く柊木さんが、俺にメニューを見せて尋ねる。
「薙乃さんなら、どっちがいいですか?」
俺に聞いてどうする。
示されたのは、バニラアイスの添えられた濃厚フォンダンショコラと、カリッとキャラメリゼされたクレームブリュレの二つだった。
「俺ならこっちかな」
俺はクレームブリュレを指した。
単にケーキ系よりプリンやゼリー系の食感が好きなだけだが、俺の意見を聞いてるんだから俺の好みでいいんだろう。
「じゃあこっちにしますね!」と素直に頷いた柊木さんが、小走りで注文カウンターへ向かう。
……ここはやっぱり、俺は彼女が頼んだものを食べ終わるまでこのテーブルにいるべきなんだろうか。
正直、同年代の子と……しかも女子と二人きりで外で食べるなんてことは、これまで一度もなかったので、マナー的なものがよく分からない。
俺は手に取ったデザートのプリン……黒い陶器に収まるB棟特製プリンとやらに視線を落とす。
右手に握ったスプーンをしばらく迷わせた後、俺は諦めてそれをおろした。
これは多分、柊木さんと一緒に食べ始めるべきなんだろうな。
小さな振動が、トレイの端に置かれたガラスコップの水面に波紋を作る。
俺はボス達の戦う方向を見つめた。
片側がガラス張りになっている三階の食堂から川は見ることができたが、ボス達のいる河川敷までは見えない。
それでも、遠くで巡力が跳ねる気配と、時折届く小さな揺れが、まだあそこで戦いが続いていることを伝えていた。
「薙乃さん、お待たせしましたー」
トレイを持った柊木さんが、にこにこしながらやってくる。
これでようやく、俺もデザートにありつける。
もう一度プリンとフォークを手に取った時、不意にざわりと胸が騒いだ。
なんだ……? 嫌な予感がする……。
途端、食堂にサイレンが鳴り響いた。
「これって……」と呟いた柊木さんに「さっきと同じだな」と答える。
ガタッと席を立つ人々に食堂スタッフが「食器はそのままで構いません!」「お届けが必要な方は声をかけてください!」と叫んでいる。
「今日二度目だぞ!?」「場所はどこだ!」と口にしながら食堂を出て行く人々。
「わ、私達も早く食べて戻りましょうっ」
そう言って、柊木さんはクレームブリュレに大急ぎで「いただきます」と手を合わせる。
「言えば届けてもらえるみたいだし、行くならすぐ行こう」
俺達があそこに戻っても何ができるわけでもないが、俺もじっとはしていられなかった。
柊木さんと廊下を走りながら耳を澄ます。
さっきと同じなら発生場所を告げる放送があるはずだ。
自宅周辺でなければいいが……。
スマホで時刻を見れば、そろそろ九時半になろうとしていた。
この時間なら叔父さんはもう家にいないかも知れない。
散歩好きな叔父さんのことだ。こんな風に良い天気なら、俺の本を返しに行くついでに散歩でもしようかと早めに家を出て、図書館あたりをぶらついている可能性が高い。
あのあたりには大きな公園があって、この時期なら日曜は朝から親子連れやジョギングの……。
と、そこまで考えたところで放送が入る。
『待機型ゲート発生。場所は森江中央図書館。規模は大型、現在も拡大中。待機中のコンカーは直ちに出撃してください。周辺住民の避難には……』
「……森江中央図書館……?」
思わず車椅子を漕ぐ手が止まる俺に、柊木さんが少し遅れて立ち止まる。
「ご自宅のお近くですか?」
くそっ、こんな事なら自宅周辺にゲートが出る方がマシだったんじゃないか!?
俺は大急ぎでスマホの位置情報確認アプリを起動する。
叔父さんの最終位置情報の取得時間は5分前、場所はマップ上の森江中央図書館と重なっていた。




