第13話 おはよう
「薙乃さんっ! こっち、こっちですーーっっ」
俺達に気づいた柊木さんが、ぴょんぴょん跳ねて手を振っている。
「おはよーございまーすっ!」
そういやまだ朝っぱらだったな。平日でもようやく学校に着く頃だ。
顔を合わせたら元気かと尋ねるつもりだったが、尋ねるまでもなく元気そうだ。
「おはよう。調子はどう? どこも怪我はなかった?」
「はいっ! とっても元気です!!」
柊木さんは両腕でガッツポーズをする。
「まああちこち擦り傷はあったけどね」
そう言って斎賀さんもやってくる。
確かによく見れば柊木さんの腕や足には肌色の傷パッドが貼られていた。
協会でも、おいそれとポーションは使えないんだな。
その向こうでは箕輪さんも手を振っていた。
この空気になんだか懐かしさを感じて、俺は苦笑する。
ランダムゲートが出現したのは水曜だから、あれから四日か。
水曜以降、学校は校庭に開いたゲート攻略のため封鎖されている。
攻略に挑戦しているのはこの森江支局のコンカー達のはずだ。
あのゲートの推定消滅時間は七日ほどだと発表されていたので、明日あたりにはコンカー達も戻ってくるだろう。
「待ってたよー」
と箕輪さんに言われて、ふと気づく。
そういや俺はなんで呼ばれたんだ?
車椅子の返却かと思いきや、車椅子はまだエレベーターと合体したままだ。
そもそも、俺は車椅子とエレベーターをかなりガッツリ融合させてしまったので、あれを解体したところで元の車椅子には戻らないだろう。
新しいのを買うしかないのか……。
俺は必要なパーツと仕様を思い浮かべる。
元々俺の車椅子は改造好きの俺が散々いじり倒した品だ。
それぞれのパーツを今から発注したとして、完成までに一体どれだけ時間がかかるやら……。
まずは必要最低限、移動手段として使える形にするのに、あれとこれと、それと……。
「……さん、薙乃さんっ」
いきなり目の前に柊木さんの顔が現れた。
「!?」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ごめん……考え事してた……」
どうやらうっかり考え事に気を取られて、話を聞いてなかったようだ。
「じゃあもう一回言いますね、今度は聞いててくださいね」
俺は頷いて柊木さんを見る。
「薙乃さんの車椅子は、このまま取り出しても車椅子に戻せないそうなんです」
「ああ」
それは俺も分かってる。
「だから、これをもう一度、薙乃さんの装備品として私と作り直してみたらどうかって、箕輪さんが仰ってて……」
「なるほど」
「ただその、うまくいくかは分からなくて……、失敗したらもう車椅子には戻らないかもしれないんですが……」
「それなら大丈夫だよ、戻し方なら分かってるから」
「そうなんですねっ。それならよかったですーっ」
俺が笑って答えると、柊木さんは安心したようだ。
ざわりと計測機器の傍に立ち並ぶ名も知らない白衣の人達がどよめく。
なんだ? 自分の作ったものなら、解体できて当然じゃないか?
まあ、咄嗟だったせいか、我ながら驚くくらいごちゃごちゃな作りだとは思うが。
今回でいくつかわかった事もあるし、次はこれよりずっと効率的に作れるだろう。
と言っても、そんな機会はもうないだろうけどな。
「それじゃ、お願いしていいかい?」
箕輪さんの声に、俺は「はい」と答える。
柊木さんには俺の肘掛けに片手を置いてもらう。
周りの人達が一斉に下がる。……が、まだちょっと近いな。
「もう少し下がってもらっていいですか? エレベーターも戻すので」
「「エレベーター!?」」
またも周りがざわつく。
いや、だってこれ学校のエレベーターだからな?
モンスターの攻撃でちょいちょい凹んでるとこはあるが、それも錬成時になるべく戻すつもりだし、元通り使えるならその方がいいだろ?
局員達が十分下がったのを見て、俺はボスを見上げる。
ボスは「ここでいいか?」と俺をコックピットがわりの車椅子の座席に置く。
「すみません、このベルト締めてもらっていいですか」
コックピットはいまだ前傾姿勢のままで、このままではずり落ちてしまいそうだ。
俺は両腕で体を支えつつ、姿勢保持用の補助ベルトを示した。
「おう」とボスが気安く応える。
いや、こんな雑用をボスに頼むのは間違ってたか?
斎賀さんあたりに頼めばよかったかもしれない。
慌ただしく白衣の人達に指示を出している箕輪さんと違って、斎賀さんは見にきただけという風で、頭の後ろに手を組んで暇そうにしている。
「わ、私どこに立ってたらいいですか?」
「柊木さんは……と、ちょっとこっちきてもらっていいかな」
「こんなんでいいか?」
ボスの締めたベルトは緩すぎずキツすぎず、しっかり体を支えてくれている。
意外に細かい作業ができる人なんだな。
「完璧です。ありがとうございます」
「お? おお、そっか」
ボスはなにやら照れた様子で「へへ」と照れ笑いをこぼしながら研究者達の輪に向かう。
なんだか、褒められ慣れてなさそうな人だな。
俺は片手を上げて、柊木さんに言う。
「俺の手に額を当ててもらっていい?」
「は、はいっ。こうですか?」
俺は自分の腕を通して柊木さんにイメージを送ろうとする。
しかし、そのイメージは手の平に届くまでに、ポロポロといくつか欠けてしまった。
「やっぱりダメだな」
「?」
あの時うまくいったのは、俺が慣れていた額から額への伝達だったからか。
「えーと…………」
俺は柊木さんに何と伝えるべきか思案する。
あの時は俺の膝の上に柊木さんの顔があったから、額をつけても顔までは近付かなかったが、今この状態で額を近づけようとすると、だな……。
想像してしまうと、顔が熱くなってきた。
「薙乃さん?」
「分かった!」
と、突然叫んだのは斎賀さんだった。
「密着しないとダメなんだな!?」
そうじゃない。
斎賀さんの言葉に、白衣の人たちがどよめく。
いや、そうじゃないからな?
「額と額を合わせたいんですよ」
俺が言うと、ボスが一瞬で側に現れた。
「んなら、こーすりゃいーんじゃねーの?」
ボスは、椅子に座る俺の頭に上から額を当ててみせた。
「わかりましたっ」
柊木さんがやる気満々で頭を振り下ろす。
ボスはヒョイと避けたが、俺は避けきれずゴチンと食らった。
いや、確かにあの時は俺もちょっと勢いつけすぎたけどな。
ここは再現しなくていい……ってか、もしかしてあの時の仕返しか?
「ぴぇ……痛かったですぅ……」
そんなことなさそうだな。
「大丈夫か?」
「だっ、大丈夫ですっ。あっ、薙乃さんは大丈夫でしたか?」
「まあ大丈夫だよ」
部屋の隅からクスクスと笑いが起きている。
これ以上見せ物になるのは勘弁だし、働く大人達を待たせるのも悪いだろう。
俺はボスが部屋の端にいることを確認して、口を開く。
「始めていいか?」
俺の問いに、柊木さんは「はいっ」と今度は噛まずに答えた。




