第11話 日曜の朝
ピンポーン、と玄関チャイムが鳴った。
日曜の朝、俺はまだ布団の中にいた。
叔父さんの荷物でも届いたのか……?
スマホを見れば、まだ時刻は七時を過ぎたところだ。
こんな時間に荷物は来ないだろう。
ん? メッセージが来てるな。
ピンポンピンポンピンポーン。と続けて鳴らされるチャイム。
少し遅れて、叔父さんが「なんだろうなぁ」と呟きながら、パタパタと玄関へ向かう足音がした。
いやほんとに、何だ……?
それに、鳴っているのはマンションの共有玄関ではなく、うちの部屋のチャイムじゃないか?
俺は慌てて跳ね起きる。
「聡史さんっ、玄関すぐに開けるなよ! 怪しい奴は無視しとけよ!」
ひとまず叫ぶが、それでも人の良い叔父のことだ、玄関口でごねられたら開けてしまうかも知れない。
早く駆けつけねば。と焦るものの、俺の移動手段は今、小学生の頃に使っていた古い車椅子しかない。
いつもの車椅子は、まだエレベーターと合体したまま協会に回収されていた。
ベッドの端まで両腕で体を引きずって、車椅子への移乗を急ぐ間に、廊下から話し声と無遠慮な足音が近づいた。
「怪しい奴で悪かったな」
ノックもなしに部屋の扉を開けたのは、森江支局のボスだった。
「ボス!? じゃなくて、竜雲さんっ」
しまった、間違えた。
背の高い彼は、軽く頭を下げるようにして俺の部屋に入ってくる。
……なんでこの人、靴を手に持ってるんだ。
「ボスでいーぜ。お前、触ると痛むとこはどこだ」
藪から棒の問いに俺は一瞬躊躇うが、こないだの件を思えば隠しても仕方がないだろう。素直に数箇所を指し示した。
「けっこーあんな。お前、それ……」
最後の呟きを飲み込むようにして、ボスはくるりと後ろの叔父さんに向き直る。
パジャマにメガネをかけただけの寝起きの叔父さんは、片手にボスの名刺を握ったまま、慌てて髪を撫でつけた。
うん、まあ、寝癖は仕方ないよ。
この人が常識はずれな時間に押しかけて来たんだから。
「神山さん、今日一日薙乃君をお借りしてもよろしいでしょうか。食事はこちらでご用意します」
ボスは驚くほど紳士的に尋ねた。
「えっ、あっ。はい。……いやその、啓くんが良ければですけど……」
叔父さんは、反射的に答えてから、慌てて俺の都合を尋ねる。
俺はまあ、図書館に本を返しに行く予定はあったが、予約の入りそうな本でもないしスマホから延長できるだろう。空いているといえば空いている。
母の弟である叔父さんはまだ若く、俺と11歳しか違わない。
母さんにとっては中学の頃に生まれた年の離れた弟で、散々可愛がって育てたらしく、世間知らずでぼんやりした人だ。少しずれ落ちたメガネとパジャマが実に似合う、温和なお兄さんといった風貌だ。
俺にとって唯一の肉親だが、俺は、この人に迷惑ばかりかけている。
あの日も、施設に預けられていた俺が学校から飛び降りたと聞いた叔父さんは『施設に入れずに自分が引き取っていれば……』と大後悔したらしく、それから俺は叔父さんと二人でこの家に住んでいた。
まだ当時18 歳で親を無くしたばかりの叔父さんが、7歳の俺を施設に預けたのは、その方が俺にとっても良いだろうからって判断で、叔父さんが気に病むような事じゃなかったはずなのにな。
それを悔やませてしまってるのは、俺のこの姿だった。
そんなわけで、俺は叔父さんにはどうにも頭が上がらない。
俺は叔父さんに頷いて答えた。
「ちょっと行ってくるよ。遅くなりそうなら連絡する。
朝から騒がしてごめんな。心配いらないから、聡史さんはゆっくり二度寝しててくれたらいいよ」
「そうか、気をつけてね。……じゃあ僕は本を返しに行っておくよ。啓くんのも一緒に返しておこうか?」
そういやこないだは珍しく、叔父さんも本を借りていたっけな。
借りたい本もあるし、結局自分で行くことにはなりそうだが、ここは好意をありがたく受け取っておこう。
「お願いします。聡史さんも気をつけて」
その間に、ボスは何故か俺の部屋からベランダへ続く窓を開けて、持っていた靴を置いている。
ああ、なんか嫌な予感しかしないな。




