第10話 フルコース
なるほどそれで、痛いのと熱いの。か。
どちらも遠慮したいところではあるが……。
「早急に解除しないといけない理由はなんですか?」
俺が尋ねると、ボスはサングラスをずらして柊木さんの顔色を見た。
「柊木が巡力を使いすぎてる。斎賀が止めたのもそのためだろう。すぐ診たほうがいい」
そうだったのか……。
「じゃあ早い方でいいです」
俺は即答する。
ボスは「へぇ」と呟いて、すぐ斎賀さんに指示を出した。
まずは斎賀さんがなるべく大きく外側を削いで、そのあとはバーナーで溶かすらしい。
これが一番早いとのことだが「痛いのと熱いのフルコースかぁ」と箕輪さんは苦笑していた。
剣が捕捉液を削る度、確かに鈍い衝撃は感じるが、痛いと言うほどではない。
そうこうするうち『医療班』と書かれた腕章をつけた女性2人に男性1人の3人がやってきた。
3人はこれまでずっと下の生徒達の治療にあたっていたのか、随分と疲弊した様子だ。
「おう、ご苦労。今のうち休んでな」
ボスは3人にそれぞれ労いの言葉をかけて、少し会話をしてから、ふっと消えた。
「!?」
確かに見ていたはずの人を、こんなに急に見失うことがあるか?
「あー、僕は炭酸がいいでーす。甘いやつ」
斎賀さんが剣を振りながら言う。
「ボクはお茶かなー。君は何がいい?」
箕輪さんは俺を振り返って尋ねた。
……なんだ急に? 飲み物……?
「まぁだ俺が行くとは言ってねぇだろ?」
不意にすぐ隣でボスの声がした。
ボスの手には空のエコバッグが2つ下げられている。
「僕はまだ手が離せませーん」
「ボクもでーす」
「ったく、トロトロやってんじゃねぇよ。お前はなんか飲むか? つかまだ名前聞いてなかったな」
そういえば、名乗ってなかったか。言われてみれば喉もカラカラだ。
支局長になら飲み物の1本くらいおごってもらってもバチは当たらないだろう。
「薙乃 啓です。麦茶かお茶でお願いします」
自分の胸元を見れば、名札には柊木さんの三つ編みが片方引っかかっていた。
なるほど、これでは名前が見えないのも納得……って、これ、いつから引っかかってたんだ? 柊木さんは痛くなかったんだろうか……。
「薙乃……?」
ボスは俺の名を口にして一瞬固まった。
うちの両親はどちらもコンカーだった。この名を知っている人がいたとしてもおかしくはないだろう。
「……ああ、お茶な。行ってくる」
両親の事を話そうかと口を開きかけた時には、ボスの姿はなかった。
「!?」
おどろいた顔の俺に、斎賀さんがドヤ顔で言う。剣は止めないまま。
「ふっふーん。うちのボスはっやいだろー? ほんとパシリにピッタリなんだよなー」
箕輪さんが、バーナーの火力を調節しながらため息混じりに言う。
「……斎ちゃん。それ多分聞こえてるよ?」
「え……。い、……今のって、ほら、ほめ言葉だよね?」
「それはちょーっと、無理があるかなぁ」
箕輪さんは苦笑しながら答えると「こっちも始めるよ、痛かったり熱かったらすぐ言ってね」と告げて斎賀さんが薄くした部分を炙り始める。
斎賀さんは「早いってのはほめ言葉で間違いないんだけどなー」とぶつぶつ言いながら、俺の顔をチラと見た。
「君……えーと、薙乃くんの見解はどうだろうか?」
俺に振るのか。
「難しいですね」
答えた俺は、次の一刀でグッと息を詰めた。
「斎ちゃん、丁寧にね」
「ええー、やってるよぉ」
加わる衝撃自体が増えたわけではない。
ただそこが、自分の古傷に近いというだけだ。
剣が近くを通るたび、じわり、と脂汗がにじむ。
いつの日か、この傷が痛まなくなる日は来るんだろうか。
もう五年……。だが、まだ五年……か。
俺は、バカな自分のバカげた傷を一生背負わなきゃいけない。
せめて誰かに突き落とされたなら、そいつを恨めたんだけどな。
これは俺が……自分でつけた傷だから……。
うつむいたまま、息を殺して耐える。
斎賀さんと箕輪さんが手を止めずにいてくれるのはありがたかった。
柊木さんを早く助けるためなら、多少の痛みは覚悟の上だ。
「何してんだ、痛むのか?」
不意にかけられた声は、ボスの声だった。
「おい、東条! 麻痺かけてやってくれ!」
ボスに言われて、向こうからまだ若そうな男性が駆けてくる。
「や……、これは、俺の、元々の……傷……っ」
痛みの合間に説明しようとする俺に、ボスは言った。
「元からだろうと何だろうと、痛けりゃ痛いって言え。我慢しろとは言ってねぇだろ」
東条と呼ばれた男性は、俺に駆け寄るとすぐさま両手をかざした。
「……っ」
じわり、と身体から力が抜けて、感覚が鈍くなってゆく。
「あー、やっぱ痛かったのかー」
「斎ちゃん気付いてたなら教えてよ」
「痛いのかなーとは思ってたけど、まあ、我慢できるならいいかなって」
「鬼だ……」
「だって柊木さん早く出したいしさぁ」
それきり箕輪さんが黙ってしまったのは、きっと同じ気持ちなんだろう。
俺は、ゆるやかに遠のいてゆく痛みに、詰めていた息を吐いた。
その拍子に、俺のあごの先から、汗がぽたりと柊木さんの髪に落ちてしまった。
「あ……」
拭こうにも、まだ俺の両手は動かせない。
「ははっ、そんくらいのこと気にすんな。お前が体張って柊木を守ってやったんだろ?」
ボスは笑って言うと「お前らの分はここ置いとくからな」と、四本のボトルを置いて行った。
俺が……守った……?
柊木さんを……?
俺の膝の上では、柊木さんが静かに息をしていた。
そうか。俺が……、この、俺が。
こんな俺でも、彼女を守ることができたのか。
熱くなる目頭をどうすることもできずに、俺はオレンジ色の空を見上げた。




