宇宙人はスーパーの総菜コーナーにいる
「納品遅いっすねー」
「なんか知らんが大渋滞で遅れるらしいぞ。空港近くで事故だとさ」
「そんなら他部門から貰ってきます?」
「ダメならそうするか」
東京の某所。
『パーフェクトマッチョ』と呼ばれる大型スーパーマーケット。その一角にある惣菜コーナーにて。
裏の厨房でせっせと働く従業員たちの中で、今日も弁当を仕上げる男が一人。
その男の名を瀬野龍二───本名はクェドラ・リィムリャナドー。
何を隠そう、彼はマゼラン星雲からやってきた侵略宇宙人である。
いや、厳密には「だった」というのが正しい。
今の彼には残念ながら、この地球を侵略しようという気はほとんどない。
せいぜいが「満員電車に乗るのだるいから侵略して自分だけの車両とか作りてぇな」くらいの気持ちである。
「ところで瀬野、お前また勝手に唐揚げ一個増やしてたろ。何してんだ」
「客にラッキーを感じてほしくて」
「ふざけんじゃねえ」
彼が乗ってきた艦隊は現在、月の裏側にベースキャンプを設営して駐留している。
駐留目的及び侵略計画の保留理由は、地球文明の情報収集ということになっている、一応。
(今日は『魔砲少女テンタクル』の放送日。帰ったらビールとおつまみで優勝するか」
「口に出てんぞ」
アニメという映像記録はいい文明だ。もちろんのこと最優先で収集すべき情報である。
ブラックボックス化させた記憶端末に厳重に保管しておかなくてはならない。
母艦の方のデータバンクにもバックアップを上げておく必要がある。
「やっと終わったぜ…」
そして午後三時。
龍二は仕事を交代役に引き継いで退勤を切る。
情報収集(仮)もあるため、拘束時間の長い正社員ではなくアルバイトとして働いており、割と気楽に地球生活を謳歌している。
というかそもそもぶっちゃけ言ってしまえば働く必要は微塵もないのだが、これも情報収集の一環、フィールドワークというものだ。
片手にスーパーで買ったビールとツマミの入った袋を持ち、1LDKの自宅兼拠点への帰路につく。
改めて彼について説明をしておこう。
クェドラ・リィムリャナドー。124歳。男。
軍における肩書は『執行部隊総括』ならびに『特務潜行部隊隊長』、『統括参謀総長顧問』etcetcなどとやけに仰々しい。
出身はマゼラン星雲と呼ばれる宙域にあるエスターB26という惑星であり、色黒の恐竜のような見目を持つ二足歩行型高等生命体として生まれ落ちた。
一年ほど前に侵略作戦を行うために太陽系に訪れたものの、いろいろあって今現在、アニメと漫画とその他もろもろの娯楽を楽しむお気楽宇宙人として生活してしまっている。
「あれ、瀬野さん。いま帰り?」
「新田さん奇遇ですね。そうなんですよ、いま仕事が終わって帰るところで」
もうすぐ家に着くというところで思いがけず、コンビニから出てきた一人の女性とばったり出くわした。
新田千里。同じマンションに住んでいる会社員の女性。
赤い髪を後ろで結い上げたポニーテールを揺らしながら、彼女はレジ袋の中から一つのフィギュアを取り出した。
「見てこれ。さっき当てたの」
「おおっ、『あらこい』のマカちゃんじゃないですか!」
『荒ぶるアイツと純真魔神』───通称『あらこい』。
今期覇権アニメとして『魔砲少女テンタクル』と肩を並べるレベルの神アニメ。そういえばコンビニでくじをやってるって耳にしたようなしてないような。
「瀬野さんも引いてきたら?」
「どうしようかな…。アグラ様のフィギュアとかありました?」
「あー、あったけど前の人が当てちゃってた」
「マジすか……」
『あらこい』での推しはアグラ・ベッドというヴィランの女性キャラクター。
なかなかの苦労人ながら、強敵として主人公たちの前に立ちはだかり、四天王としての格好良さを存分に見せつけてくる姉御キャラである。
アニメで描き起こされた竜紋魔術という技での戦闘シーンは美麗というほかなかった。
「でも珍しいですね。瀬野さんがこういうの知らないのって」
「あはは…最近ちょっと忙しかったもので」
「そうなんですか?」
「ほら、今っていろいろゴタつく時期じゃないですか」
「まあ言われてみればそうですねぇ」
調査報告書を提出しろとの要請だったり、侵略保留の是非を問う監査だったり、大執行府連中からの圧力だったり、内偵探しやらなんやらで首がまったく回らない日々がここ最近だった。
とりあえず内偵は裏で始末しておいたし、それ以外も何とかごまかすことに成功したとは思っている。納得はされていないだろうが、理屈をこじつけておいたからまた当分は大丈夫だろう。
「どうせ同じ方向ですし、一緒に帰りません?」
「そうしましょうか」
──ちなみに言っておくと彼女、新田千里も宇宙人である。
本人は上手に隠しているつもりかもしれないが、母船のシステムは彼女が人間に擬態している宇宙人であることを示していた。
プレアデス星団のベータ型、長い耳と角が特徴的なアルマスク星の出身。
とは言ってもこの地球において宇宙人はそれほど珍しい存在でもない。
いるところにはいるし、場所が人口密集地である東京ということもあって、ちょいちょい見かけるくらいの存在だ。
目的は観光だったり、研究だったり。
中にはこちら同様に地球を狙っている連中もいることだろうが…。
防衛機構の奴らも紛れ込んでるからそうそう変なことはできないってわけだ。
「それじゃあここで」
「はい、また」
マンションのエレベーターにて彼女と別れ、自分の部屋である302号室の扉を開ける。
そうして鍵を後ろ手に閉めて、玄関で靴を脱ごうとして……身体はピタリとその動きを停止した。
一人暮らしのはずの部屋の玄関。
そこにはなぜかすでに靴が一足ならべて置いてあり、部屋の奥からはテレビの音らしき賑やかな声がかすかに聞こえてきている。
またか…。
「おや。おかえり」
「おかえり、じゃねえんだ。何してやがる」
わざとらしくドスドスと足音を鳴らし、ため息を吐きながらリビングのドアを開けるとすぐ、ソファーに寝転がる一人の女が目に入る。
ピンク髪の小柄な女。
はた目には中学生くらいにしか見えなさそうな外見のその女は、こちらに目をやることもなく、テレビを眺めながらテーブルのポテトチップスを漁っている。
アニメ観賞用に買い置きしておいたポテチだったのに、こいつ人の食糧を勝手に食べやがって。
バッグと上着を寝室に置いてリビングに戻る。
「君のせいでボクのほうにしわ寄せがきてるんだけどさぁ」
話しかけるよりも先に、女のほうが口を開いた。
「知るか。それを何とかするのがお前の仕事だろう」
「あれ、そんなこと言っちゃうんだ?」
意地の悪そうなニヤけ顔でこちらを向く女。
顔立ちは幼いくせに、その瞳の奥からは底なしの悪意をにじませている。これがまったくもっていけ好かない。
同じ年月を重ねたはずなのに、一体なぜこうなってしまったのか。
「私の指示一つで、君のベースキャンプ潰せちゃうんだけど?」
「随分とデカい口だな。俺がなんの準備もしてないと思ってるのか」
「喧嘩腰だなあ。ちょっと落ち着きなよ」
うざったるいという内心を隠そうともせず、彼女は至極面倒そうに手を振る。
「それで、一体何の用だ?」
「用がなきゃ来ちゃいけないのかな?」
「どうせ「侵略計画を早く進めろ」と元老院から突き上げを食らったんだろう」
「分かってるなら早くしてくれないかな。このままだとあのジジイども殺しちゃいそうでさ」
「殺すなら殺せばいい。弱肉強食が俺たちの基本理念だ」
「それ、君にも当てはまるんだけど」
「俺とやろうってのか? いいぜ、久しぶりの大喧嘩だな」
ずいっと腕まくりをして肩を回す。
こいつとの喧嘩における勝敗記録は5796回中、俺の勝ちが2978回。
まだギリ勝ちってところだが、ここらで俺の勝ち数をさらに伸ばしてやるってのもまあ悪くはない。
「いやそうじゃなくて計画進めてよ。弱肉強食なんだから」
「いやだね。こんな面白い星を食肉資源工場に変えてたまるかよ」
「君の言う「面白い」が私にはよくわからないんだよねぇ」
一切の誇張無しのクソデカため息。
こいつ、自分が食ってたポテトチップスがニンニクマシマシアブラカラメ味だって分かってんのか。
そのため息に対して、俺も「しょうがねえなあ」とクソデカため息で返してやる。
「……細かいことを言うと、防衛機構がこの星に網を張ってる」
「ふむ」
「特にアンドロメダの連中だな。あれは厄介だぞ」
「それ、君が計画を遅らせたからそうなってるんじゃなくて?」
「俺たちが来るずっと前からだ。一番最初の報告書に書いてあっただろう。それに他星系の奴らも、どうもこの惑星に目をつけているらしい」
「ふーん、で? 君はどうするつもりなの?」
あーあ、嫌な目つきだよまったく。
この鋭い目。こいつがこの目をする時は大抵マジってやつで、ちゃんと言葉を返してやらないと面倒くさい×2の大喧嘩に発展する。
「どうするもこうするもない。すでに針と砂は十分混ぜてある。根強い連中だが、あっちが動いても対処可能だぜ」
「なんだ。もうやることやってんじゃん」
「お前、もしかしなくても俺を馬鹿だと思ってんのか」
「思ってるよ」
本当にいけ好かない女になりやがって。
いっぺんどっかで分からせてやりたいところだが、こっちが強くなってるってことは、こいつもそれなりに成長してるってことだ。
似た者同士とはよく言ったもの。
「用が済んだならとっとと帰れ。俺はこれから情報収集をしなきゃならないんだ」
「誤魔化してあげてる相手に対してその態度? よくないんじゃない?」
「元老院相手の手は二重三重に打ってある。お前がバラしたところで、少なくともただではやられねえよ」
「……ふーん。まあいいけどさ。たまにはこっちの気持ちも考えてくれると嬉しいかな」
「ふん、お互い様だろう」
やれやれといった様子の彼女は、これ以上の問答は無用とばかりに、眩い光を放って一瞬で姿を消す。
テーブルの上には空になったポテトチップスの袋が2つ。
そして気が付かなかったが、1個残しておいたショートケーキまでいかれているようだ。
あいつ、まじで……。
ふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら、興味のない番組を流すテレビのチャンネルをポチポチと変える。
「魔砲少女テンタクル」の放送時刻には間に合った。
ポテチとケーキはなくなったが、俺の手元にはスーパーで買ってきたビールとツマミがある。
ギリギリ優勝といったところか。
「……あれ、袋どこいった?」
そうして袋を取りに行った俺は困惑する。
玄関近くの廊下。そこのキッチンに置いておいたスーパーの袋が忽然となくなっていた。
おかしい、無くなるわけがない。俺はたしかにここに置いたはずだ。
記憶違いかとリビングの方に戻ってみるが、そこにもやはり袋はなかった。
「まさかあいつ……」
それしか考えられない。
あの女が手土産かわりに袋ごとかっさらっていったとしか考えられない。
ふと、テレビの画面に目を向ける。
『予定しておりました「魔砲少女テンタクル第18話」は臨時ニュースのため、番組を差し替えてお送りさせていただきます。』
アニメが流れるはずだったチャンネルには、そんなテロップが映し出され、まったく関係のないニュース番組が始まっている。
「…………」
こみ上げる怒りを必死に抑える。
まるでモグラ叩きのように、ピョコピョコと湧いてくる怒りをハンマーで叩き潰していく。
ポテチの空袋をゆっくりと、丁寧にゴミ袋へ放り込み、あいつが使っていたフォークを流しで洗う。
そうして俺はまた玄関へ向かうと、靴を履いて外に出る。
今日はコンビニのラーメンとチキンと惣菜と、アイスとポテチと焼き鳥でフルコンボを決める。
男に二言はない。
思わずうっかり「転身」してしまいそうになる衝動を我慢しながら、俺はコンビニへとゆっくり歩き出した。




