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第65話.儚くもツバのハナシ

「ほら、和哉、ウチの水、味わって飲んでね///」

俺の手に持つグラスの中には、今しがた彼女の口から吐き出されたばかりの、”新鮮”な水が入っている。


コレ、一般的な”唾液混入”とはちょっと(おもむき)が異なるような……

いや、そもそも、唾液混入に一般的もクソもないんだけど……


と思いつつも、目の前の美女の期待に満ちた眼差しを前に、俺は覚悟を決める。


俺は、その”聖水”が注ぎれたグラスに口をつけた。

そして、彼女に見つめられながら、口に含んだその液体を、喉を鳴らして飲み込んでいく。


ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。

そして一気に、俺はグラスの中の水を全て自らの腹の中に収めた。






ふぅ〜。

「……ど、どう、和哉、ウチの水を飲んでの感想は?」


感想か……

正直なところ、味に関しては変化なんて感じるはずはない。


彼女が口に含んだことによって生じる変化点といえば、まず1番に挙げられるのは、やはり視覚情報としてのエロさであろう。


詩織さんの美しい顔を形成するパーツの1つであるその口。

そこから吐き出されたという唯一無二の”付加価値”の実態を目の当たりにしたことで、必然的に俺の興奮度の増長に繋がるわけだ。


昨日この店で飲んだ”聖水”に関しては、あくまでも円香からの情報提供を基に、詩織さんの唾液が混入しているという認識を持って臨んだわけであるが、今回は正に、直にその様を目の前で見せつけられる形となったのだ。


当然、そうなれば興奮度が暴騰するのも無理はない。


このケースを分かりやすい例に当てはめてみよう。

円香から『コレ、楓さんの脱ぎたておパンティーだよ』と言われて手渡されたパンツA。

緑川本人が俺の目の前で脱いで『コレ、青山君にあげるね♡』と直接手渡されたパンツB。

その2パターンのパンツ価値の差を考えてもらえれば、いかにその差が歴然かお分かり頂けるだろう。


そもそもにおいて、俺は元々潜在的に唾液フェチの気があるのだ。


かつて緑川の使用済みストローを舐めしゃぶった件であったり、春子が口に含んでいたお茶を顔にかけられたいと考えた事があったりと、”唾液”に関してはむしろずっと好意的な俺だ。


そんな俺にとっては、ぶっちゃけこの”聖水”は紛れもなくご褒美であり、この”プレイ”自体にも痺れる程の興奮を感じ始めているのも事実だった。






その視覚情報に加え、彼女が水を一定時間口腔内に収めていた結果、もう1つの付加価値が生じた事を俺は見逃さなかった。


そう、”水温の変化”である。


彼女が口に含んだ水は、分泌された唾液と混ざり合い、徐々に彼女の口腔内の温度に近づいていく。


その、”彼女の口の中の温度”に溶け込んだ水を俺が口に含んだ瞬間、俺は自らの口の中で、”彼女の口の中の温度”を感じ取る事ができたのだ。


その、2人の口の中が混じり合ったように溶け込む感覚は、まるで濃厚なディープキスの様だったと、俺にはそう感じられた。


……いや、ディープキスなんてしたことないんだけど、おそらくはこんな感覚なんだろうなと、ふとそんな気がしたんだ。


それらを踏まえての、この水の感想は……

「詩織さんの水は、なんだか凄く、エロく感じます……///」


「えへへ、そっか///喜んでもらえたなら嬉しいな///」






「詩織さんって、どうしてこの性癖に目覚めたんですか?」

俺は、おかわりした詩織さん印の聖水を嗜みながら、そんな疑問を彼女へと投げかけた。


「そうやね〜、きっかけってなると多分、中1の頃になるんかなぁ〜」

遠い目をして、昔を懐かしむ表情に変わる彼女。


「和哉もさ、可愛い女の子の使用済みのストローとか、飲み終わった後のペットボトルとかに興奮した事、もちろんあるよね」


「当たり前じゃないですか!幼馴染の女子がいるんですけど、そいつの使用済みのストローやペットボトルに加えて、噛んだ後のガムとか、使い終わった後の割り箸とか、常日頃から隙あらば拝借して味わい尽くして楽しんでおりますとも!」


「ははは、思ってたよりも、和哉も業が深い生き方をしてるんだね」

彼女は、どこか力なく笑った。

それはまるで、自嘲するような、そんな乾いた笑顔だった。


「ウチもね、最初はそうやったんよ。中1の時に、クラスに気になる男子がおって、ある日その人の飲みかけのペットボトルにこっそりと口をつけてしまったんよ。それがなんか妙に興奮してね……それ以降、和哉と同じように、ウチも隙を見つけては彼が口を付けたモノに口をつけるようになってったんよ」


……なんだろう、昔の男の話を聞かされているようで、どうも胸がモヤモヤする。


「詩織さんも、その人に恋をしてたんですね……」

余裕があるように見せかけようと口を挟んでみたものの、少し声が震えてしまったのが自分でもわかった。


「ん〜、正直、あの気持ちが恋だったのかどうなのか、ウチはよくわかってないんよね」

「好きだと感じてたなら、もうそれは恋でいいんじゃないですか?」


「あはは、今となってはもう昔の事だし、当時のウチの気持ちは永遠に謎やろうね」

こういう”過去”に対しては、男よりも女の方がさっぱりと割り切るよな。


”女々しい”という言葉があるが、その字面に反して、どう考えても男の方がよっぽど女々しい生き物だと、俺は思う。


だって、今の俺は、彼女が語るその顔もしらない”彼”に対して、どうしようもない嫉妬心を抱いているのだから……






「それで、そこからどうして水や料理に唾液を混ぜるように発展していったんですか?」


「あれは、中2の夏のことやったんやけど、ウチが先生の目を盗んで、体育の授業を抜け出した事があったんよ。みんなが体育館で体力測定のテストをやっとる間に、その待ち時間を利用してこっそりと教室に戻ったんやけど……和哉の場合、こんな時なにをするん?」

「とりあえず、好きな女のリコーダーとかを舐めしゃぶりますね」


「あはは、予想通りの解答やね。ウチはな、彼の机に置いてあった飲みかけのスポーツドリンクのペットボトルに口をつけたんよ」


昔の話とはいえ、詩織さんが他の男相手にそんな事をしていたという事実に、少し胸がズキッと痛んだが、俺は黙って彼女の話に耳を傾ける。


「でも、それだけやったらこれまでと別に変わらん動きやったんやけど、この日はふと、もっと大胆な事をやってみたくなったんよ」

「大胆な事?」


「そう、ウチは、改めてペットボトルに口をつけて、中に残っていたドリンクを一旦全部口に含んでから、そのまま同じペットボトルの中に戻すように吐き出してみたんよ。そんで完成したのが、”ウチの唾液入りドリンク”が入ったペットボトルってわけ」


俺が今しがた飲んだ”聖水”の発端は、どうやらこの時の出来事がきっかけとなったようだ。


「そんで、そのペットボトルを、彼の机の上に元あったように戻しておいたんよ。そしたら、体育の授業が終わった後、彼がそのドリンクをめっちゃ美味しそうに、『うめー!生きかえるー!』とか言いながら飲んどってな」

「それを見て、興奮している自分自身に気がついたってわけですか」


「そうなんよ〜。そのドリンクを飲む姿を見てたら、ウチ、なんかめっちゃドキドキしてて……いけない事をしてしまったっていうドキドキと、彼がウチの唾液入りのドリンクを飲んだ事に対してのドキドキが合わさってな、その興奮がそれ以来クセになったんよ」


おそらくはソレが、彼女が性力の達人(スペル・マスター)に堕ちるターニングポイントだったに違いない。


「そんでそれ以降、次第に彼のモノに口をつける事よりも、ウチの唾液が入ったモノを彼の口に入れたいって気持ちが強くなってったんよね」


「そこから発展して、料理にも唾液を混ぜるようになったんですね」


「そうやね。料理に混ぜるようになったんは、その後にあった家庭科の授業の時が始めてやったんよ。各グループに別れて、一緒にハンバーグを作って食べるって授業で、運よく彼と一緒のグループになれて、ウチもちょっと張り切っとったんやけど〜」


「詩織さんって、その当時から料理はできたんですか?」

嫉妬心を誤魔化すように、とりあえず口を挟まずにはいられなかった。


「うん、ほら、ウチのお姉ちゃん、その当時から既に、将来は料理人になって自分のお店持ちたいって夢を持っとったから、家でもよく料理の練習をしとったんよ。その影響もあって、ウチも料理は結構やっとったんよ」


料理が得意な家庭的な女性というのは、男女平等が謳われる昨今においても、やはり魅力的かつ分かりやすいステータスだよな。


その点、ウチの円香も料理をはじめ家事全般を卒なくこなせる女なので、アホ過ぎる事に目を瞑れば、存外高スペックJKなのかもしれない。

……いや、あのアホさは、目を瞑る前に目が潰されそうだ。


「そんでウチは料理には自信があったから、主にウチがメインになって作る事になったんやけど、最後の盛り付けの際、みんなの目を盗んで、彼の食べるハンバーグの表面にたっぷりと唾液を塗りつけたんよ」


人目の多い授業中に、よくもそんな大胆な犯行が実行できたものだと素直に感心してしまう。


「そしたら、彼、ほんま美味しそうにそのハンバーグを食べてくれてね。『朱里の作ったハンバーグ、めっちゃ美味いやん!肉汁が溢れてくるぞ!』とか言って。いや、それ、肉汁やなくてウチの唾液や!ってな、あははw」






「それで、その後はどうなったんですか?」

「どうって?」


「その……”彼”とは」

「ああ、彼とね。ん〜と、その後は、時々ウチが家で作ったお菓子なんかを学校に持ってきては、彼に食べてもらってたって感じやったよ。もちろん、そのお菓子も唾液がたっぷり入ったマフィンだったりタルトだったりしたんやけど。プレゼントする度、『美味かった!また次も食べたいな』とか言ってくれたから、ついついウチも調子に乗っちゃって、ようけ作ったわwあの頃はほんと若かったな〜」


「今だって、十分若いじゃないですか」

「あんがと。でも和哉も、20歳になって中高生の頃を思い返すと、自然とそういう考えになるよw」


「結局、付き合ったりとかはしなかったんですか?」

コレに関しては、野暮であったとしても聞かずにはいられなかった。


「ん〜、なんもなかったね。そのまま別の高校に進学して、それっきり疎遠になったんよ……まぁ、よくある関係やね」

そう話す彼女の表情は、どこか寂しさを孕んでいるような気がして、俺の心はなんでか無性にモゾモゾとざわついた。


「高校でも、そんな感じで唾液混入を実行してたんですか?」

「うん、中学時代のあの興奮がどうしても忘れられんくて、高校でも色々と試してはみたんよ。バレンタインで男子に配る義理チョコに、唾液をたっぷりと混ぜたりしてね。でも、高校生の時は結局、”コレだ!”って体験には出会えんかったな〜」


「……そうですか」

少しホッとしている、自分のその器の小ささが嫌になる。






「んで、大学に入ってから、このお姉ちゃんのお店でバイトするようになったんやけど、ここでも何度も唾液混入を試してはみたんよ。でも、中々そう簡単には”コレだ!”って思える機会には恵まれんくて……そんな中、ニュースやSNSで話題になったんが”バイトテロ事件”やったんよ」


「バイトが不衛生な行為を行ってる映像が発見される度、世間の批判を集めてましたね」


「そうそう、それを見て、『コレ、ウチもまんまヤバいヤツやん!』って焦ったよ。悪い事なのは当然前からわかっとったんやけど、この時ほんまに改めて、マズいからもう料理に唾液を入れるのは止めなあかんって、そう自覚したんよ。もし見つかったら、ウチだけじゃなくて、お姉ちゃんもこのお店もマズい事になるなって……」


「だから詩織さんは、この唾液を混入させる性癖を止めたいと思うようになったんですね」


「最初の頃は、我慢するのも結構しんどかったんやけど、ここ最近はなんならきっぱりと止めれとったんよ。そんで、唾液混入なんて性癖、もうウチは卒業できたんかと思っとったぐらいなんやけど……」


「えっ!?じゃあ、なんで詩織さんは俺の水や料理に唾液を混入してたんですか?」


「……なんでやと思う?」

「それは……」

正直、俺には皆目見当もつかなかった。






「ウチもな、なんでやろって不思議やったんやけど、さっきの和哉の言葉で、もしかしてそうなんかなって思った事があって……」


彼女が、グイッと、俺に向けてカラダを寄せる。

カウンターテーブルに並んで座るよりも、はるかに近い、そんな至近距離。


甘い香水の香りに抱きしめらるような、そんな大人の距離。


彼女を見つめる俺の瞳を、彼女の瞳が見つめ返す、そんな男女の距離。

 

「和哉……ウチ、多分、君に”恋”したんやと思うんやけど///」

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