第64話.恋はマーライオンのように
「ん〜、でもな〜、ウチの”絶頂条件”は何かって急に言われても、正直あんまピンときてないんやけど……」
腕を組んで、”うーん”といった表情を浮かべる朱里さん。
「朱里さんの”願い”とか”望み”って、何か思いつきませんか?」
「う〜ん、そうやね〜……あっ!宝くじ当選とか!」
「あ〜、いえ、そういう一般的な話ではなく、性癖に関しての話になるんですけど……」
「ん〜、ていってもね〜、ウチはどっちかっていうと、この唾液を混ぜちゃう”性癖”自体、できればどうにか止めたいぐらいなんやけどな〜」
「え?あ、そうなんですか?」
止めたいという気持ちはあるけど、それでもどうしたって止められない。
非生産的性衝動に対する、まるで呪いのような”依存性”、というか”中毒性”。
彼女も性力の達人としてのその”業”を背負いし者ではあるが、どうやら俺がこれまで攻略してきた他の変態女たちとは少し考え方が違うようだ。
緑川は、なんだかんだ言いつつも露出癖に対して特に後ろめたさは感じてなさそうだし、春子と歩夢の2人に関しては、論ずるまでもなく己の性癖を謳歌している。
咲夜にしたって、ヲタク趣味の推し活?の延長みたいなものだし、絵美の場合だと、性癖自体が自分の”目標”の一部となっている。
それらと比較すると、朱里さんみたいに自分の性癖に対して少なからず葛藤を抱えている方が珍しいのかもしれない。
「もしかしたら、朱里さんのその”止めたい”って気持ちが、絶頂条件に関係しているのかもしれませんね」
「ウチも何かしらのきっかけがあればソレを機に止めれるのかもしれんけど、ソレが何かわからんのよね」
絶頂条件は、咲夜みたいに本人が明確に自覚しているパターンもあれば、前回の絵美のように、本人の内に眠る潜在的な欲求というケースもある。
そして今回の朱里さんの場合、後者の潜在的な欲求を呼び起こすパターンのようである。
「おい円香、まさか今回もノーヒントなんてことはないよな」
「ん?あぁ、大丈夫だよ、それは安心して。前回ノーヒントだったのは、絵美ちゃんの希望を汲み取ってのことだったからね」
「それなら良いけどよ」
「その代わり、今回はちょいと下準備が必要ではあるんだけどね」
「下準備?」
「というわけでお兄ちゃん、ちょっと寂しいけど、今回も私たちは別行動という事で。朱里さん、お兄ちゃんと2人きりで会える場所と時間の都合ってつきますか?」
「ん〜とね、ウチは平日は基本的にこのお店で働いとるし、閉店後ならお姉ちゃんも使っていいよって言ってくれると思うから、とりあえず、明日の22時にこのお店に集合って事でどうかな?」
「はい、OKです、それで行きましょう」
「ちょっと時間遅くなるけど、お兄さんは大丈夫?」
「ええ、全然大丈夫ですよ。基本的に夜更かしして生活してるんで問題ないです」
「お兄ちゃんは毎日夜遅くまでシコり倒してるから、夜更かしは慣れてるもんね!」
「余計な事を言うな!」
「はは、毎日はお盛んだね///」
「朱里さん、このアホのくだらないバカ話にいちいち反応してたら切りが無いですよ……」
「私は事実を述べただけなのにな〜」
そんなこんなで約束を取り付けた俺は、明日22時に単身で【アカサト】を訪れる事となった。
いや〜朱里さんと2人きりか〜///
円香と別行動でラッキーなぐらいだぜ、でゅふふ♡
******
翌日の22時、俺は自転車に乗って、約束通り【アカサト】へとやって来た。
「おっ!お兄さん、時間ぴったりやん!」
朱里さんは、店の外で俺を待ってくれていたようだ。
明るい茶色に染められた、円香より少し長めのセミロングの髪が、夜風を受けふわりとなびいている。
仕事中は髪を束ねているので、降ろされたその髪が、より一層”プライベート感”を醸し出す。
バンギャが着てそうな、”いかにも”なデザインの黒Tシャツに、深い紺色のダメージジーンズを合わせたスタイルの彼女。
どこか”平成”の残り香が感じられるその雰囲気は、とても彼女にマッチしていたし、俺の好みドンピシャでもあった。
「朱里さん、わざわざ店の外で待っててくれたんですか?」
「いや〜、一応念の為分かりやすくね。ほら、ウチの連絡先、お兄さんに教えてなかったし。んじゃ、こんな時間に店前で立ち話もなんやし、とりあえず中入ろっか」
「は、はい」
彼女に促され、俺は【Cloth】の札が掛かった扉の向こう側の、閉店後の【アカサト】へと足を踏み入れた。
「とりあえず、そこにでも座ろっか」
「は、はい」
彼女の指差した先の、カウンター席の椅子に腰を降ろす。
普段は、1人で来店した時もテーブル席を利用しているので、カウンター席から見る店内はなんだか新鮮で不思議に思えた。
飲食店のカウンター席に座っただけで少し大人びた気分を感じてしまうのは、俺がまだ子供だからなのだろうか。
「よいしょっと」
そんな事を考えていたら、朱里さんが俺の隣の椅子に座ってきた。
カウンター席に並んで座る、そんな距離感。
ただそれ以上でも以下でもないそんな距離が、童貞の俺にはひどく近く感じられて、なんだか無性にドキドキと緊張してしまう。
「ん?なに、お兄さん、2人きりだからって緊張してるのw?」
「へ?///あ、いや、その……///」
年上のお姉さん相手というのは慣れていないので、いつもよりも変に緊張しているのは確かだった。
「な〜に、もしかして何かエッチなこと期待してるw?」
グイッと、カラダを俺に寄せてくる朱里さん。
「ふえっ?///いや、別に俺はそんな……///」
吸い込まれるように、視線が彼女の胸元へと惹きつけられる。
夏希以上,円香以下……つまりはEカップか///
コレはコレは、形の良い楽しみお乳ですな♡
「って、からかわないでくださいよ!///」
「ぷふふ、ゴメンゴメン、お兄さんの反応が可愛くてついねw」
「も〜、こちとら童貞なんですよ……」
「そんなんゆーなら、ウチだって処女やもん!」
「いや、別に張り合う話ではないですけど……」
「あはは、そうだね」
ピロン♪
俺のポケットから、RINEの通知音が鳴った。
円香か?と思いながらスマホを取り出す。
予想通り、円香からだった。
くそっ、朱里さんとの至福のひと時を邪魔すんじゃねー!!!
ポチッ。
俺は、円香からのメッセージの内容を確認することなく、設定を”通知OFF”へと切り替えた。
ふ〜、これで邪魔される事はなくなったな。
「ん〜?なに、彼女から連絡でもきた?」
ニタニタと俺のスマホを覗き込んでくる朱里さん。
「違いますよ!どこぞの”馬の骨”からだったんで気にしないでください」
「いや、お兄さんに”馬の骨”呼ばわりされる相手の素性は結構気になるんやけど」
「それに俺、彼女なんていませんよ」
「そんなん、ウチだって彼氏おらんよ!」
「だから、張り合うところではないですよ……朱里さんって、もしかして結構負けず嫌いだったりします?」
「あはは、それは否定できんかもねw」
ジー。
朱里さんが、俺の顔を見つめてくる。
「ど、どうかしましたか?///」
いちいちドキドキさせてくるな、この人。
いや、ただ単に俺が勝手にドキドキしているだけかもしれんが。
「いや〜、”馬の骨”さんでも知ってるRINEを、ウチには教えてくれないのかな〜って」
「はい?」
「ウチらもう”友達”になったんやろ。そんならさ、RINE教えてくれてもよくないw?」
「あぁ、そうですね、すみません、気が利かなくて」
「ほんまやわw、ほら、ウチが読み込むからQR表示してよ」
「はい」
こうして、俺は朱里さんの連絡先をゲットすることができた。
高3になってからというもの、美少女の登録件数が一気に増えたもんだ。
緑川,春子,歩夢,咲夜,絵美に加え、そして朱里さん。
この中においても、やはり年上の美人なお姉さんの”プレミアム感”は群を抜いているな、でゅふふ♡
「お兄さん、青山和哉君って名前なんやね」
RINEの画面を見つめながら、朱里さんはそうポツリと呟いた。
彼女のその発言を受けて、そういえば、俺と円香はそもそも名乗ってすらいなかった事に気づき、己の社会性の無さに呆れかえる。
「あ、はい、すみません、名乗り遅れました。改めまして、青山和哉と申します。以後お見知りおきを」
「あはは、そんな急にかしこまらないでよw」
屈託の無い彼女の笑顔を前に、また俺の心臓はドキッと弾むように疼いた。
「ん〜、お兄さんって呼び方も余所余所しいし、名前で呼ばせてもらおっかな〜」
「はい、ぜひ、なんなりとお呼びください」
「他の娘たちからはなんて呼ばれてんの?」
「青山君とか、和哉君とか、和くんとか、そんな感じですね」
「ふ〜ん、じゃあ、私は”和哉”って呼ばせてもらおっかな〜、いい?」
「ええ、もちろんOKですよ」
呼び捨てというのは、かなり距離感が近くなったような気がする。
”千里の道も一歩から”とはいうが、コレは一気に10歩ぐらい進展したのではなかろうか。
「朱里さんは……詩織さんですか。可愛い名前ですね」
「やろ〜、よくイメージと合わないって言われるけどねw」
「確かに、詩織さんって名前から連想すると、もっと清楚系な雰囲気が……」
「悪かったね、清楚感が足りてなくて」
プイッと、露骨に顔を背ける朱里さん。
「あ、いえ、俺は今の朱里さんの雰囲気の方が好きですよ!」
「ほんとに〜」
「ほんとですって!」
「じゃあ、”好き”って10回言って」
「えーと、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」
「よし、許す!」
……もしかして、この人も結構チョロいのかもしれない。
「じゃあ次は、”詩織”って10回言って」
「詩織詩織詩織詩織詩織詩織詩織詩織詩織」
「……9回しか言ってないよね」
くそっ、引っ掛からなかったか。
どうやら彼女から一本とるのは中々に至難の業なのかもしれない。
「……詩織」
「OK!はい、これでもう言い慣れたやろ。ウチのことはこれから詩織って呼んでね♪」
「……わかりました、詩織さん」
「詩織って呼んでね♪」
……
圧が、凄い……
「いや、流石に呼び捨てはちょっと……」
「なんやツレないな〜。しゃーない、とりあえず詩織さんで勘弁してあげる」
勘弁してもらえて良かった。
どうも彼女との距離感は、まだいまいち掴めていない。
その掴みどころの無いフワフワとした物腰は、まるで空に浮かぶ雲のようだと、俺にはふとそう思えた。
雲のような人柄,太陽のような笑顔。
一番星のような瞳,月のような美貌。
そう、彼女は俺の好みの女性であることに、疑いの余地なんて無かった。
「和哉、ゴメン、店の売りもん勝手に飲んだらお姉ちゃんに怒られそうやから、とりあえず水でもいい?」
そう言いながら、彼女は立ち上がり厨房の方へと向かう。
「あ、はい、水で大丈夫です。俺のことはお構いなく」
もっと気の利いた返しができたのではないかと反省していたら、厨房の方からひょっこりと詩織さんが顔を覗かせてきた。
「なぁ和哉、いきなりで悪いんやけどさ……和哉の水に”イタズラ”させてもらってもいいかな?///」
イタズラとは、おそらくは水に唾液を混入させる事を指すのだろう。
17年間の人生において初めてされる、そんな謎のお願いを受けて、俺は首を縦に振った。
「いいですよ、どうぞ」
「あんがと///んじゃ、もうちょっと待っとってな///」
程なくして、彼女はカウンター席へと戻ってきた。
左手に水の入ったグラスと、右手には空のグラス。
ん?と疑問符がよぎった俺に向け、彼女は空のグラスを差し出してきた。
なんだ?と思いつつも、とりあえずその空のグラスを受け取る。
と、そのグラスに向け、顔を近づける彼女。
……
グジュグジュ、ペッ!!!
ビシャッ。
彼女の口から吐き出された液体が、俺の手中のグラスに注がれた。
「和哉、ウチの水、その……味わって飲んでね///」
……
詩織さん。
あなた、予想以上にストロングスタイルなんですね……