第62話.唾液入り餡掛けヤキソバ680円
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にしても、まさかまさかの展開になったな。
憧れていた”看板娘”が、よもや特殊性癖を有する変態女だったとは……
「あの容姿で変態とは、人は見かけによりませんね。とんだ初見殺しです」
「春子、その点に関しては、お前の右に出るヤツはいねーよ」
「あ、ありがとうございます///」
「いや、照れるところではないが」
しかし朱里さん、いったいどんなお楽しみ性癖をお持ちなんだろうか?
”キモい童貞の筆下ろしが趣味”とかだったりしないかなぁ〜♡
「春子さん、このアホ、絶対またイヤらしいこと考えてるよ」
「確かに、内面のキモさが表情に滲み出てますね」
いかんいかん、危うくまた美少女たちの浮気センサーに検知されるところだった。
ここは一度、気持ちを落ち着かせて冷静にならねば……
俺は、先程朱里さんが持ってきてくれたグラスを手に取り口を付け、グビグビと勢いよく喉を鳴らしながらその冷水を飲み込んでいく。
と、その時、俺たちのテーブル横の通路を通り過ぎていく朱里さんと目が合い、ニコッと可愛らしく微笑まれた。
ドキッ♡
あかん、あんな笑顔を向けられたら……惚れてまうやんか!
童貞はな、美人に微笑まれただけで恋に落ちる悲しい生き物なんですよ、ええ。
「ちょっと、お兄ちゃん!」
むむ、円香のヤツ、目ざとく浮気センサーで俺の恋心を検知しやがったか、と思ったが、彼女の意図するところは別にあった。
朱里さんを見つめる円香の瞳が、鮮やかな黄色へと変貌している。
性癖暴露だと!?
コレが発動できるという事は、彼女は今現在”致している”最中だという事になる。
……
いやしかし、とてもそうは見えない。
どこからどう見たって、至って普通の美人で明るい”看板娘”に他ならない、ように見える。
今だって、他のお客さんが食べ終えた後のテーブルの片付けに勤しんでいる、ようにしか見えないのだが……
朱里さんのその後ろ姿を見つめながら、再びグラスに口をつけようとしたところで、円香から声をかけられる。
「お兄ちゃん、そのお水、それ以上飲まない方がいいかも」
「ん?なんで?」
「それ、彼女の唾液入りだから」
……え?
「円香、すまん、聞き間違いかもしれないからもう一回言ってもらってもいいか」
「そのお水、彼女の唾液入りだよ」
うん、聞き間違いではなかったな。
「唾液入りって、お前、なんだってそんな事になってんだよ」
「そんなの、彼女の性癖由縁に決まってるじゃん。それが、朱里さんの特殊性癖なんだよ」
店で提供する飲食物に、店員が自らの唾液を混入させる。
コレだけ聞けば、ひと昔前に話題になった”バイトテロ”の悪質な悪戯みたいだが……
「お前らのその水は問題ないのか?」
「うん、性癖暴露で識別した結果、対象はお兄ちゃんだけみたいだよ」
俺だけが特別?
いや、というより、女が対象外という事なのだろうか?
目の前のグラスを手に取り、残留している水を側面から眺める。
”唾液が混ざっている”という前情報を念頭において見てみても、さしあたって不審な状態には見えない。
ん〜、いや、水面の端に微かに泡立ちみたいなモノが有るような、無いような……ダメだ、やっぱり判別はできない。
「とりあえず、もうさっき口を付けちまったし、残りも飲んでみるか」
「うわっ、お兄ちゃんチャレンジャーだね〜」
まぁ、正直、あの朱里さんの唾液入りであれば、バイトテロどころか、童貞男子にとってはご褒美みたいなものである。
なんなら、彼女の唾液入りと思えば、なんの変哲もなかったこのお冷も、”聖水”にさえ思えてくるぐらいだ。
支払ってもいい、彼女の唾液混入ウォーターになら800円を……
「和哉君、なんで金額がそんなに具体的なんですか?」
「お兄ちゃん、元ネタが古すぎて春子さんに伝わってないよ」
覚悟をキメた俺は、正直少しドキドキしながら、その残りの水を口に含んでいく。
ゴクッ、ゴクッ。
その間、バレない程度に朱里さんへと目を向ける。
彼女は、ソワソワしながらチラチラとコチラの様子を伺っていた。
自分が唾液を混入させた水を飲む男の姿を確認している、その不審な挙動。
タネが分かっている俺からしてみれば、確かに違和感のある怪しい動きに見える。
あの様子じゃあ、ドッキリの仕掛け人には向いてないだろうな。
そんな不器用な彼女の動きがなんだか面白おかしくて、ふと笑みがこぼれてしまう。
ふっ。
「うわっ、見てよ春子さん、この男、唾液入りの水を飲んでニヤけてるよ、キモ〜い!」
「なんという不気味な顔……ほんと、救いようのない気持ち悪さですね」
なぁ、時々思うんだけど、お前ら、本当に俺の事好きなのか?
「お兄ちゃん、どう、お味の方は?」
「ん〜、ぶっちゃけ、唾液入りだからって特に味なんてわからんよなぁ。汗ならもうちょっとテイストに変化があるかもだが……」
「あ、お兄ちゃん、私、汗の話題NGなんで」
「あぁ、すまん、そういえばそうだったな」
歩夢との”あの一件”以来、”汗”が苦手になってしまったマイシスター。
7章になった今も、歩夢との共演はNGのままだ。
「あら、そういえば、この商店街には紫藤さんのご実家の和菓子屋さんがありましたね。帰りに寄って行きますか?」
「いやー!汗舐めクソ女いやー!!!」
頭を抱え、ブルブルと震える円香。
この拒絶反応、依然として相当なトラウマとなっているようだ。
……なぁ、歩夢、お前はいったいウチの妹に何をしたんだ?
「お待たせしました〜」
相変わらずの快活なテンションで料理を運んできた朱里さん。
「はい、コチラ、うな重(松)で〜す」
円香と春子の前に、立派なうな重が並び置かれる。
うわ〜、美味そ〜。
流石、3980円は伊達じゃねーな。
「美味しそ〜!ねぇ春子さん、どっちが早く食べられるか競争する?」
「望むところです!」
「おいおい、せっかくのうな重で、んなバカな事すんじゃねーよ。ちゃんと味わって食え」
「は〜い、コチラ、お兄さんの餡掛けヤキソバで〜す。うな重みたいに高級品じゃないけど、ウチが愛情たっぷり込めて作ったんやから、ちゃんと味わって食べてよ」
「コレ、朱里さんが作ったんですか?」
「そーよ、どう、美味しそうにできてるやろ!」
チラッと円香にアイコンタクトを送ると、コクリと頷き返してきた。
やはり、この餡掛けヤキソバにも唾液が混入されているようだ。
「ほら、お兄さん、ちょっと食べてみて、ウチの餡掛けの感想聞かせてよ」
「は、はい」
やけにグイグイとアプローチしてくるなぁ。
そんなに俺が”餡掛け”を食べる姿を見たいのだろうか。
麺の上の”餡掛け”に目を向ける。
ドロリと、美味そうなそのトロみの中に、朱里さんの唾液が……
ゴクリッ。
「じゃあ、頂きます」
「どーぞ」
ぱくっ。
「う、美味いっ!コレ、この餡掛け、めちゃくちゃ美味いじゃないですか!」
「ほんと?」
「はい、ヤベーぐらい美味いです!今まで食ってきた餡掛けの中で断トツ1番美味いです!」
「あはは、そんなに喜んでもらえたら、コッチまでめっちゃ嬉しなるやん。じゃあ、後はごゆっくり味わって食べてね♡残したらダメやよ」
そう言い残し、朱里さんは厨房の方へと戻っていった。
ふひひ、朱里さん、やっぱり可愛いなぁ〜♡
正直、あの人の唾液なら、いくらでも混入ウェルカムだぜ♡
「……春子さん、このキモ男のせいで興が冷めたからさ、気晴らしにデザートの早食い勝負でもしようか」
「ええ、いい案ですね、是非ともそうしましょう」
「勝った方がお兄ちゃんに1つ命令できるという事で」
「いいですね、承知しました」
「……え?」
そうして、スペシャルチョコレートパフェデラックス(1980円)を2つ追加オーダーされた結果、俺の財布は壊滅的な被害を受けた。
早食い勝負の結果は、当然春子の圧勝。
そんな彼女から受けた命令は……
「今度、焼肉をご馳走してください♡」
「……食べ放題でいいか」
「ダメです」
「……焼肉キ◯グか◯角でいいか」
「ダメです」
「叙◯苑でお願いします」
「イヤです」
「叙◯苑でお願いします」
チラり。
「わかりました」
「童貞って哀しい生き物だねぇ……」
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