第60話.その腹ペコ人形は恋をする(後編)
フードコートで腹ごしらえを終えた俺たちは、その後しばらく2人でウィンドウショッピングを楽しんだ。
本屋にて。
「むむむ、コレは唆られる内容ですね」
春子が手に取ったのは、この地域周辺の情報を発信する御当地情報誌。
表紙にはデカデカと【オススメ!今が熱い人気ラーメン店特集】との記載が。
パラパラとページをめくり、お目当てのラーメン店特集を見つけた春子は、ふむふむといった具合に真剣に目を通していた。
「ラーメン、好きなんだな」
「はい、3度のメシよりラーメンが好きです」
ラーメンも3度のメシに含まれると思うが……
「ちなみに、どんなラーメンが好きなんだ?」
「私は、何でも好きですけど」
「ん〜、じゃあ、例えば今日これから食べるとしたら、どんなラーメンをチョイスするんだ?」
「◯郎系一択ですね」
「何でも好きな割に、結構攻めるな……」
子供服売り場の前を通りがかった時。
ふと、立ち止まり子供服を見つめる春子。
「美味しそうですね」
は?何言ってんだコイツ?アタマ沸いてんのか?
と思ったが、彼女の見つめる先には、お菓子のパッケージを模した幼児服がずらりと並んでいた。
「あぁ、最近こういうメーカーコラボみたいな商品が流行ってるみたいだな」
確かにこの様相は、さながらお菓子売り場といった感じだ。
そんな俺たちの目の前を、いかにもな仲良し子連れ夫婦が通り過ぎていく。
父親に手を引かれて歩く3,4才ぐらいの男の子が、春子の顔を見てニコッと可愛らしく微笑んだ。
それに対して春子は、手を振りながら優しく微笑み返す。
「子供、好きなのか?」
「嫌いではないですね」
男の子の背中を見送りながら、春子がポツリと呟く。
「和哉君と私の間に子供ができたら、いったいどんな子が生まれてくるのですかね……」
「は、話が飛躍しすぎだろ」
「例えばの話ですよ」
「ん〜、まぁ、そうだなぁ……とりあえず、外見だけはお前に似て欲しいよなぁ」
「あ、ありがとうございます///」
「外見だけ”は”だからな。そういうお前はどう思うんだよ」
「私は、和哉君みたいに一緒に居て楽しいような、そんな面白い子が良いですね///」
俺はお前ほど”おもしれーヤツ”の自覚はないのだが……
制服越しに、自分のお腹をサスサスと擦る春子。
「このお腹の膨らみ、もしかして和哉君の子供!?」
「んなわけねーだろ」
「和哉君、ヤればデキるんですよ」
「ヤってねーんだよ、俺たちは」
「じゃあこの膨らみは何だと言うんですか!」
「クレープとタコ焼きとドーナツ玉だ……」
雑貨屋にて。
「こ、コレは!」
「なんだ、お宝でも見つけたか」
「ええ、素晴らしい逸品を見つけてしまいました」
春子が手に持っていたのは、和式便器を模したカレー皿だった。
なんかこういうジョーク系の雑貨、ひと昔前に話題になっていたような気もする。
にしてもコイツ、アタマもそうだが、センスもかなり悪いようだ。
「……買うのか?」
「はい、買います。私は今日、コレと巡り会う為にエオンに来たと言っても過言ではないかもしれません」
俺とのデートの価値って、このクソみたいな食器以下なんだ……
「父と母の分もセットで買っていきましょう」
「いや、いらんだろ」
「そんなことないですよ、絶対に喜んでくれます」
「一応確認はしといた方がいいんじゃないか」
「わかりました」
スマホを取り出した春子は、電話を掛けだした。
プルルル、プルルル。
「あ、もしもし、お母さん、今電話大丈夫?」
「私?私は今、好きピとエオンデートナウだよ♡」
なんだその喋り方は。
家族と話すときキャラ変わるタイプのヤツなのかお前。
「え?いや、だから、そんなんじゃないって〜」
ん?もしや、彼氏とのデートと勘違いされてるのか?
「和哉君とは、結婚を前提に真剣に交際してるから遊びじゃないって!」
!? !? !?
「おいおいおい!待て待て待て!お前、何わけのわからん事を言ってくれてんだ!?」
「いや、外堀から埋めていこうかと思いまして」
「誤解を生みまくるテキトーな事を言うな!とりあえず早急に訂正しろ!」
「お母さん、ごめん、今のは冗談だから本気にしないでね。うん、うん、好きピとデートナウは本当だよ、うん、わかった。和哉君、お母さんがちょっと話がしたいって」
!?
な、何を言われるのだろうか……
「お、お電話代わりました。青山和哉と申します」
『貴方が和哉君ね、春子からよく話を伺ってるわ』
春子のヤツ、普段いったい何の話をしてるんだ……
『ウチの春子、ちょっと、いや、かなり変わってるでしょ』
「ええ、そりゃあもう」
ほんと、酷いもんですよ。
『そんなだからね、これまで浮いた話なんて一度も聞いたことは無かったんだけど、でもやっと、ボーイフレンドができたみたいで親としてはちょっと安心してるの』
「は、はぁ」
ボーイフレンドというよりかは、悪友って感じだけど。
『春子が男の子相手にここまで懐くなんて、ほんと信じられないわ。和哉君、貴方、相当”いい男”なのかしら?』
「いえ、全然そんな事は……」
謙遜でもなんでもなく、本当にそんな事はない。
『今後も友達のままか、それとも恋人になるのか、それは貴方達次第だけど、和哉君にこれだけはお願いさせて。今後も、春子と仲良くしてあげてね』
「はい、もちろんです。こんな変わり者の相手ができるヤツなんて、俺ぐらいなもんですからね」
『あら、言ってくれるじゃない。あー、それとね和哉君』
「なんですか?」
『……ゴムはちゃんと着けなきゃだめよ』
「……はい」
R15版では大丈夫です……多分。
「自分からも1つ確認させてもらってもいいですか?」
『何かしら?』
「春子のヤツ、和式便器を模したカレー皿を購入したいようなんですけど、どうすればいいですか?」
『悪いけど、全力で阻止してもらえるかしら』
春子と2人、通路を並んで歩いていたら、ウォーターサーバーの営業マンに声を掛けられた。
『そこのカップルさん、どうですか?ウォーターサーバーに興味はありませんか?』
制服姿の高校生にまで声かけとは、手当たりしだいが過ぎないか?
「カップル?」
足を止めた春子が、営業マンの方を向く。
「私たち、カップルに見えますか?」
『ええ、そりゃあもう、どこからどう見ても、お似合いのラブラブカップルですよ』
「もう一声お願いします」
『お二人のそのラブラブっぷり、同棲開始も秒読みなんじゃないですか?そんな大好きな彼氏さんと歩み始める新生活のお供に、このウォーターサーバーを導入してみてはいかがでしょうか!』
「……契約します」
「ちょっ、待て待て待て!お前チョロ過ぎるだろ!」
「だって、お似合いだと言われたので///」
「んなもん社交辞令に決まってるだろ!ほら、行くぞ!」
『同棲を始められる際は、是非ともウチのウォーターサーバーの導入をお願いします』
「はい、是が非でも」
目をキラキラと輝かせる春子を引っ張りながら、ウォーターサーバーの営業コーナーから引き剥がす。
「ほんと、お前のアタマはどうなってやがるんだ……中身を見てみたいぜ」
中からメロンパンが出てきても、俺は驚きはしないだろう。
「見てみますか?」
そう言いながら、頭に両手を当てる春子。
「え?見れるの?」
「はい、もう少し顔を近づけてください」
スーっと春子の頭に顔を近づけると、フワッと、めちゃくちゃいい香りに鼻が擽られる。
ドキッと油断したその刹那。
チュッ。
俺の頬に、春子の柔らかい唇が触れた。
「なっ!?///は、春子っ!?///おまっ!?///」
「ふふふ♡隙ありです♡」
そう言って笑う彼女の顔を、俺は直視できずに目を逸らす。
今、彼女の顔を見てしまったら、もう後戻りできない気がしたから……
「今日はありがとうございました、とても楽しかったです」
「ああ、それなら何よりだ」
「それで、和哉君に1つお礼をしたいのですが」
「お礼?」
春子に連れられて、アパレルショップへと立ち入る。
「和哉君が私に着てほしい服を選んでください。その服を私が試着して、見せてあげます。つまり、着せ替え人形遊びですね」
商品を使って”遊ぶ”のはどうかとは思うが、まぁ、試着してみて良さげだったら一着でも購入すれば罪悪感は薄まるか。
「よし、面白そうだし、とりあえずやってみるか」
それから俺の指示に従い、春子は複数の服を試着してくれた。
中身はどうあれ、外面は文句なしのSS級の大和撫子。
その着こなしたるや、思わず唸り声が漏れ出る程、圧巻の出来栄えの連続だった。
予算に際限がなければ試着した全部の服を買って帰りたいと思う位には、その全てが可愛く、美しく、魅力的だった。
「じゃあ、コレで最後にするか」
「ええ、そうですね」
最後の服を手に持ち、試着室へ入る春子。
しばらくして、彼女からOKサインが出る。
「どうぞ、開けていいですよ」
「はいよ」
俺は、試着室の目隠しのカーテンを開けた。
シャー。
「んなっ!?///」
俺の目に飛び込んできたのは、胸も股間も丸見え丸出しの、全裸の春子だった。
予想外に出現した現役JKの裸体を前に、興奮より先に面食らってしまうのも無理はないだろう。
「いやん♡」
「な、なんでっ!?開けていいって言っただろっ!?」
「サービスですよ、サービス♡」
「サービスって言ったって、お前!」
「ほら、そんな所で騒いでたら迷惑ですよ」
俺は、その全裸JKに左腕を掴まれて、更衣室へと引きずり込まれる。
「ちよっ、うわっ!」
俺を引きずりこんだ後、春子はすかさずカーテンを閉めた。
狭い更衣室で、全裸のJKと2人、カラダを密着させているという、そんな状況。
しかもその相手は、とんでもない美少女で、かつ俺に少なからず好意を寄せているときたもんだ。
いや、ダメだろ、このシチュエーションは!
マズい、マズい、マズい!
「和哉君、その……大きくなってますね///」
「仕方ねーだろ、こんな状況じゃあ」
「今、スッキリさせてあげますね♡」
「ちょっ、待てっ!」
「ん?止めときますか?」
……
ゴクリッ。
「……お手柔らかにお願いします///」
「ふふふ♡はい♡」
『お買い上げ、ありがとう御座いました〜』
俺は、最後に試着室に持ち込んだ服一式を購入した。
「ほらよ」
「ありがとうございます。買って頂いて本当に良かったのですか?」
「仕方ねーだろ、汚しちまったんだから」
「和哉君、いっぱい出しましたもんね♡」
「お前が出させたんだろ!」
「あら、言い訳は見苦しいですよ」
「まぁ、でも、汚れたのがその服で良かったよ」
「どうしてですか?」
「……今日試着した中で、1番似合ってたから///」
「ふふふ、ありがとうございます♡じゃあ、次のデートはこの服を着てきますね♡」
”次のデート”か……
水族館と動物園、どちらに行くか考えておくか。
「んじゃ、何か食ってから帰るか」
「いいですね」
「店選びはお前に任せるよ」
「わかりました。そうですね……あっ、あの店にしましょうか」
「ニンニクヤサイアブラマシマシでお願いします!」
な、なぜ、地方のエオンモールに◯郎系ラーメン店が……
誰だ、誘致したアホなヤツは。
「こんな事もあろうかと、黒峰さんに誘致のお願いをしておいて正解でした」
隣にいるアホが犯人だった。
「さぁ、和哉君、お残しとロット乱しは許しませんよ!」
次のデートでは、夕食の選定の主導権は俺が握ろう。
そう思いながら、俺は山盛りのラーメンに立ち向かう覚悟の準備を決め込むのであった。
「美味しかったですね」
「美味かったけど、腹が張り裂けそうだ」
「安心してください、裂けた場合は介錯は私が務めさせて頂きます」
「尚更不安なんだが……」
まったく、おもしれー女だよ、お前は。
「春子、お前そんなに食べる事が好きならさ、オススメの店があるから今度一緒に食いに行こうぜ」
「は、はい///ぜひ、ご一緒させてください///」
「円香も連れて3人一緒に、って、いててててて!は、春子!お前また太ももを抓りやがったな!」
「鈍感野郎のくせに、痛みには敏感なんですね」
「は?何の事を言ってんだ?」
「……ばーか」
そうして、俺と春子の初デートは、太ももの痛みの余韻と共に終わりを迎えたのであった。