第54話.当選者Xの献身
俺は、ステージ上でピンクの突起が丸出しとなってしまった黄金井を奪還すべく、群衆を掻き分けステージへと上がった。
『あれ、お兄さん、どうされましたか?』
お姉さんの質問をよそに、急いで黄金井を抱きしめる。
「ふえっ!?///せ、先輩っ!?///」
それはもちろん、突如として姿を現した彼女のピンクの突起を隠すための行動であったわけだが、それだけが目的であれば、そもそも黄金井本人に指示を出し、彼女に腕組みでもさせて隠させればそれで済む話ではあったのだが···
なぜ俺が彼女を抱きしめるという行動に至ったかというと、それは単純に、目的が達成された今、これ以上彼女のボディペイント姿を他のヤツらに見られたくないという、俺の男としての独占欲から来る衝動に従ったわけなのである。
「せ、先輩?///」
「絵美、詳しい説明は後だ、とりあえずココからずらかるぞ」
俺は、彼女を俗に言う”お姫様抱っこ”の要領で抱き抱える。
「ふ、ふぇ〜///」
···そこそこ重い。
「お姉さん、野暮用が入ったので申し訳ないですが、俺の”彼女”を連れていきますね」
『は、はい、わかりました···』
ざわ…ざわざわ…
ステージを跡にする俺達2人を見て、何事かと群衆が騒ぎ立てている。
が、俺にはそんな事は、どうでもよかった。
「せ、先輩、エオンモールでお姫様抱っこは流石に恥ずかしいですよぉ///」
俺は、恥じらいなど微塵も感じていなかった。
だって、黄金井を抱き抱える今の俺は、間違いなく”無敵”だったから。
抽選会の会場から脱出したわけだが、かといって行くアテは無かった。
これ以上の騒ぎになる前に、早々に捌けてしまいたいのだが。
ほとんどの客が抽選会に参加している為か、通路を歩く客の数が少なくて助かってはいるが、はて、どうしたものか···
と、考えていたところに、俺を呼ぶ聞き馴染みのある声が。
「和くーん、こっちこっち!」
咲夜!?なんでお前が!?
と疑問に思いつつも、渡りに船だと思い、彼女の手招きに導かれるように【STAFF ONLY】と書かれた扉の向こうへと立ち入った。
ほんと、今日はやたらと変態女とエンカウントする日だ。
吉日か厄日かは、この際不問としよう。
咲夜に誘われるまま、とある一室に入る。
傍らにタイプライターが設置されているので、どうやらセーフルームのようだ。
「はい、和君お疲れ様〜」
「はぁ、助かったぜ咲夜。んで、なんでお前がココに?」
「ん〜、その説明の前に、とりあえず、和くんの腕の中で茹でダコみたいに真っ赤になってる、その可愛い子ちゃんを解放してあげれば?」
「ふにゅ〜///」
やけに静かだと思ったら、ショートしていたのか。
お姫様抱っこから解放した彼女を、パイプ椅子に座らせる。
「急に抱き抱えて悪かったな、絵美。嫌じゃなかったか?」
「い、いえ、あの、ごちそうさまでしたっ!///」
どうやらまだ少し、混乱しているようだ。
「じゃあ咲夜、説明をお願いしたいのだが」
と改めて話を切り出したところで、バンッと扉が勢いよく開かれ、円香が入ってきた。
「お兄ちゃん、説明は私に任せて!」
···コイツの侵入を許すとは、この部屋、セーフルームだと思っていたが、どうやらそうでもなかったみたいだ。
「実は、かくかくしかじかで〜」
「なるほど、つまり今回の抽選会自体、円香が咲夜に依頼して催されたというわけだったのか」
「そういうこと。ありがとね、咲夜さん!」
「なんのなんの、円カンのお願いとあらばお安い御用だよ」
「にしても、地方のとはいえエオンモール1店舗丸々使う規模なんて、流石のスケールだな。根回しとか大変だったんじゃないか?」
「別に、そうでもなかったよ。エオンって、黒峰グループの傘下だし」
「え!?お前んち、エオン持ってるの!?」
「そうよ、ウチの家、エオン持ってるの」
”黒峰”は、やはりとんでもない規模の一流グループのようだ。
「それで、絵美に注目を集めるために、抽選会の当選者を仕組んでたってわけか」
そりゃあ、ご都合展開になって当然だよな。
「そゆこと。まぁ、春タンと和くんと円カンの当選は、あたしなりの余興だよ」
まんまと咲夜の掌のうえで踊らされていたようだ。
「んで、流石に1千万円はこの作戦の為のダミー賞品なの、ゴメンね和くん」
「まぁ、それはそうだろうな。すまんな絵美、糠喜びさせちまって」
「い、いえ、私は別に大丈夫ですよ。むしろ、お金で買えない”良い体験”をさせてもらったので///」
「逆に、和くんの薬と、円カンの温泉宿泊券は、ガチプレゼントだよ」
「おお、そうだった、例の秘薬を貰ってたんだ」
俺は、ポケットから、先ほど司会のお姉さんから受け取った”妹のアタマがまともになる薬”が入っている瓶を取り出した。
「なぁ、円香、コレ、早速飲んでみてくれないか···」
「いいよ!」
おぉ、断られるかと思ったが、ワンチャン賭けて言ってみて良かった!
「では、どうぞ」
「うむ」
俺から瓶を受け取った円香。
キャップを開け、腰に手を当て、勢いよく一気に中身の液体を飲み干した。
「···ど、どうだ円香?大丈夫か?話きこか?」
「ええ、大丈夫です、お兄様。私、アタマがまともになりましたよ」
「ほ、本当か?じゃあ、確認の為、1つ質問に答えてくれ」
「はい、どうぞ」
「目玉焼きにかけるものといえば?」
「もちろん、醤油です。当たり前じゃないですか」
「凄い、成功だ!ソース派から、醤油派に無事変化してる!」
「和くん、ソース派の読者に対して失礼だよ!それに、そんな初期の5話で出てきた設定を拾ってきても、作者以外誰も覚えてないよ」
「やった、これで円香のアタマがまともになってくれたみたいだし、これからは容姿良し,中身良しの妹とイチャラブ生活を楽しめるのか、でゅふふ♡」
「はぁ?なに気持ち悪い事を言っているのですか、お兄様?」
「ほえ?」
「アタマがまともな妹が、実の兄とイチャラブすることなんて、有り得ないですよ」
「そ、それって、つまり···」
「はい。私はお兄様みたいなクソキモ童貞野郎のことなんて、大嫌いですよ」
な、なんだとーー!!!
そんな、アタマがまともになることで、兄への愛情が失われるとは想定外だ···
くそっ、もう円香とイチャラブできないのかよ···
そんなの、そんなの、俺はイヤだ!!!
「俺は、円香ともっとイチャラブしたい!実の妹と、もっとエロい事をしたいんだ!なぁ、咲夜、円香のアタマを”アレ”に戻す方法はないのか!?」
「残念ながら、そんな都合の良い話は無いよ。諦めて、和くん」
「そ、そんな···クソッ···クソッ···」
足の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「うぅぅ···ま、円香ぁ···うぅぅ···グスン」
ちくしょう、情けないが、涙が、止まらねぇ···
本当に大切なモノって、失って初めて気づくというが、ほんとその通りだ···
「アタマがまともな妹なんて要らねぇ···俺は、アホでバカで”アレ”な妹が好きなんだ!神様、お願いします···妹を、円香を元に戻してくれ!戻ってきてくれ、円香!」
「お兄様···」
円香が、真剣な面持ちで俺の前に立った。
な、なんだ?
「うっそぴょーん!」
「···は?」
「あははは、和くん、マジになっちゃってウケるw”妹のアタマがまともになる薬”なんて、そんなのあるわけないじゃんw」
「お兄ちゃん、ほんと頭悪いねwそもそも、薬が本物だったとしても、私のアタマがまともになるわけないじゃんw」
「じゃあ、円香はこれまでと変わりなく、アタマが”アレ”なままなんだな」
「うん、目玉焼きにはソースをかけるし、お兄ちゃんをオカズに毎日致しまくる、ヤバい妹のままだよ!」
「良かった···円香!!!」
俺は、アタマが”アレ”な妹を抱きしめた。
強く、強く、力を込めて。
「もぅ、痛いよお兄ちゃん···///」
「クソビッチさん、この兄妹って、いつもこんなノリなんですか?」
「うん、残念ながら、コレがデフォルトだから慣れるしかないね」
「黄金井さん、1千万円の代わりってわけじゃないけど、コレあげる」
円香が、黄金井に向け差し出したのは、高級温泉旅館のペア宿泊券だった。
「?青山さん、コレって···」
「一緒に行きたいんじゃないの?どっかの誰かさんと一緒に···」
「えっ!?///」
チラッと、黄金井が俺を見る。
何を考えてんだ、円香のヤツ。
普段は浮気だなんだと騒ぎ立てるクセに···
「いいよ、一泊二日の追加デートぐらいなら。ただし、本番とキスは禁止だけどね」
···結構条件緩いな。
「ありがとう、青山さん。···でもね、ソレは受け取れないよ」
「···なんで?」
「だって、先輩には、私よりも一緒に行きたい人がいるって、さっき十分に見せつけられちゃったしね、ははは···」
そこでつい、円香に目を向けてしまった俺を、円香が睨みつける。
やはり俺は、”優しい男”ではないよな···
「その私が、今回は譲ってあげても良いって言ってるんだよ···本当にいいの?」
「うん、いいの、それは青山さんが使って」
「絵美···」
「その代わりといってはなんですが、先輩、お願いがあります」
「なんだ?」
「私のこと、今日だけじゃなく、これからも”絵美”って呼んでもらってもいいですか?」
「あぁ、お安い御用だ。いや、むしろ、そう呼ばして欲しい。絵美、これからも円香共々宜しく頼む」
「これからも宜しくね、絵美ちゃん!」
「はい、先輩、円香ちゃん!」
絵美の唾液が染み込んだろ紙を、左手で握り込む円香。
「快楽昇天!よし、アニナエル抗体ゲット!」
これで今回も一件落着か。
いや、1つ解決していない事があるな。
「絵美、1ついいか?」
「なんですか?」
「その隆起した乳首は、いつになったら引っ込むんだ?」
「ほえ?···って!?うそっ!?まさかずっと乳首見えてたんですか!?もー、早く教えてくださいよ!先輩のエッチ!!!///」
「すまん、言うタイミングが見当たらなくてな···」
「いや、変な薬のくだりを挟む暇があったんだから、タイミングはいくらでもあったでしょ···」
「先輩、円香ちゃん、今日はありがとうございました。お陰様で、私なりの”芸術”の答えの1つが見つかりました」
「俺も楽しかったよ、ありがとな、絵美」
「絵美ちゃん、お兄ちゃんがお世話になりました」
「クソビッチさんも、ご協力ありがとうございました。···って、そのカバンに付いてるストラップ、ミミ子のドウテイじゃないですか?」
「あなた、ドウテイのことわかるの!?」
「はい、私もドウテイのこと、かなり好きですよ!顔が良いですよね〜」
「マジでっ!?ドウテイの良さがわかる人に会ったの初めてなんだけど!嬉しー!」
「特に、8巻のムム子とのバトル回がお気に入りで〜」
「わかるわかる、9巻,10巻の方がよく語られてるけど、8巻が特に良いよね!」
キャッキャ、キャッキャと、共通の話題で盛り上がる2人。
まぁ、”ドウテイ”トークで盛り上がれる相手なんて、かなり激レアだろうしな。
「先輩、円香ちゃん、私たちはもうしばらくドウテイ談義を楽しんでから帰るので、ここで解散ということで」
「そ、そうか···わかった、じゃあ、またな絵美、咲夜」
「バイバイ和くん、またね♡」
「行くか、円香」
「うん」
2人で、セーフルームを跡にする。
「···絵美に、変に気を遣わせてしまったかもしれんな」
「お兄ちゃん、そういう事は、分かっていても気付いてないフリをしてあげるべきだよ」
【STAFF ONLY】の扉を開け、一般通路へ戻ってきた。
「腹減ったし、何か食ってから帰るか」
「いいね!···えっ!?お兄ちゃんが奢ってくれるの!?ありがと♡」
「いや、まだ何も言ってないが···まぁ、いいか、奢ってやろう。どの店にする?ベーミヤンか?吉乃屋か?ゴーヨンカレーか?」
店舗ラインナップの案内板を見て吟味する円香。
「···ココにする」
選ばれたのは、ロイホだった。
「ロイホの、1番高いメニューにする!」
この日の夕食で、俺は12716円を失った。




