第44話.初夏の方程式
「黄金井さん、約束通り遊びに来たよー!」
円香に連れ立って美術部へ立ち入ると、1人の美少女が絵を描いているところだった。
肩に乗るような長さの、茶色のゆるふわボブ。
スカート丈は、少し長め。
ソックスは白派。
胸のサイズは、一般的よりやや大きめ。
1年生特有の初々しさを感じる、美人というよりかは可愛い系の女子だった。
円香の様子から察するに、彼女が廊下の絵の作者、黄金井絵美その人なのであろう。
「あ、青山さん、いらっしゃい。って、わわわ、青山先輩っ!?」
俺の姿が目に入った彼女は、明らかな動揺を見せた。
その挙動は、他の女子が俺に向けるような”嫌悪”的なリアクションではなく、どちらかといえば好意的な、”恋慕”を含んだリアクションに思えた。
というのは、流石に自惚れが過ぎるか。
俺も円香同様、痛い勘違い野郎なのかもしれない。
「ほら、黄金井さん、この童貞に言いたい事があるんでしょ」
「今日いきなり青山先輩を連れてくるって聞いてなかったから、いざ目の前にすると緊張しちゃって///」
「こんなヤツ相手に緊張する必要なんてないよ。おちついて、黄金井さん」
「お、”お膣突いて”って、急になんて卑猥なことを言い出すの青山さん!?」
···本当に一度落ち着いた方がいい。
流石にそのトーク内容に、オチはつけれそうに無いからな。
「取り乱してすみません。青山先輩を目の前にして緊張しちゃって」
「お兄ちゃんを目の前に”浣腸”しちゃったの!?」
「円香、お前は少し黙っててくれ···」
「私、その、青山先輩にお願いがあるんです///」
頬を赤らめ、俯きがちにモジモジとこちらの様子を伺ってくる黄金井。
ふーむ、コイツ、なかなか可愛くないか。
いや、むしろ、緑川や春子といった容姿レベル”天上人”と違って、”お手頃感”というか、”手が届きそう感”というか、そんな”クラスメイト補正”みたいなものが加算され、俺としてはめちゃくちゃ”アリ”なんだが···
「落ち着け、私。大丈夫、大丈夫」
自分の胸に手をあて、声が漏れ聞こえる彼女。
思っていることが、口に出るタイプなのかもしれない。
「目の前にいるのは、ただの冴えない非モテ童貞野郎だよ。こんなヤツ相手に緊張する必要なんてないぞ、私···」
···もう少し感情をオブラートに包めるようになった方がいいかもしれない。
「先輩、あの、私、自分の裸体を使って、芸術作品を作りたいんです!その為に、私の作品作りに協力してください!」
この学園には、アタマがマトモな美少女は1人もおらんのか···
「へくちっ!」
隣で円香がクシャミをした。
「風邪でもひいたかなぁ」
安心しろ、ウイルスだって宿主を選ぶだろうからな。
「わりぃ、黄金井、もっと具体的に説明してもらってもいいか?」
「先輩、私、自分が納得できるような芸術作品を作るのが夢なんです」
「うん、芸術家って、多分そういうものなんだろ」
「先輩にとって、”芸術”ってどのようなものですか?」
「う~ん、急に聞かれても難しいが、美しいものとか、なんか心惹かれるものとか、そんな感じかなぁ」
「私、”エロ”って”芸術”だと思うんです」
「うん、それは俺もそう思う」
「つまり、”芸術”とは”エロ”なんですよ!」
「ん?いや、そうとは限らんだろ」
”エロ”は芸術の一部に内包されるかもしれないが、だからといって芸術とエロがイコールで結ばれることはないだろう。
コイツはあれか、勉強できないタイプのヤツだな。
「先輩、なんだか理解できてない間抜け面をしてますね。もう一度言いますよ、エロは芸術であり、芸術はエロである。分かりましたか?どぅーゆーあんだーすたん?」
「いや、やはり後者については納得できていないが」
「ごめんね黄金井さん、お兄ちゃんの頭が悪くて」
「いいの、大丈夫、青山さんが気に病むことはないよ」
「顔も性格も体臭も悪くてごめんね···」
俺からも1つ、妹がアホでごめんね···
「分かった、百歩、いや、万歩譲って”芸術”=”エロ”だとしよう」
「ま、まん◯譲って···」
「円香、今のはお兄ちゃんが悪かったから、少し黙っててくれないか」
このアホ、章が進むにつれてIQが低下してないか。
これもアニデイク細胞の病変の類だったりするのだろうか。
シラフの状態で”コレ”よりかは、逆にそうであってほしいぐらいだが。
「黄金井、お前にとっての”エロ”とはなんだ?」
「私にとっての”エロ”とは、”女体”です!」
「エロの最たるものが”女体”か。うん、それは俺にも納得できる話だ」
「だから私は、女体を用いた作品を作りたいんです!それが私の夢であり、目指す”芸術”なんです!」
芸術=エロ=女体。
つまりはそういう事らしい。
なまじ否定しきれないのは、俺自身、内心でどこか共感してしまっているからだろう。
「で、何で女体を用いた作品作りに、俺が協力する話になってんだ?」
「青山さんから教えてもらったんです。『”女体”のことは、変態女マイスターのお兄ちゃんにまかせなさい!』って」
勝手に俺に変な役職を付与するな。
兄の事をバカにし過ぎだ。
もしくは、かいかぶり過ぎだ。
「お兄ちゃん、黄金井さんはね、こう見えても”性力の達人”なんだよ。だから協力してあげて」
こう見えてもって話であれば、歩夢も含め今までも”そう”は見えてなかったので、別に驚きはないが。
「青山さんの事情も把握してます。私の作品が完成して、私が絶頂を迎えた暁には、私の体液なんていくらでも提供します。だから青山先輩、私の女体を使った作品作りに協力してください!」
「”私の女体”ってことは、黄金井、お前は自分のカラダを題材に用いるという認識でいいか」
「はい。流石に一介の女子高生の作品作りに人様のカラダをお借りするのは忍びないですし」
おお、コイツ、思ってたよりも常識を持ち合わせているのかもしれない。
隣のバカよりかはまだ救いようがあるか。
「なにより、私自身ハイパー美少女なので、他をあたるより自分を題材にした方がより良い作品に仕上がる自信があるので」
うん、まぁ確かに、黄金井、お前は紛うことなき美少女だ。
”ハイパー”かはともかくとして。
お前が変人だと知らない状態で、仮に愛の告白でもされようものなら、俺は飛び跳ねるぐらい喜んでいたことだろう。
「確かに黄金井さんはハイパー美少女だよね。クラスの男子からも人気高いし」
「ありがとう。でも、スーパー美少女の青山さんと比べたら私なんて···」
「いやいや、黄金井さんは十分可愛いよ!もうハイパーウルトラジェネリック可愛いよ!」
「それなら青山さんはスーパーミラクルオーガニック可愛いよ!」
「ふふふ」「えへへ」
お前らがそれでいいなら、もうそれでいいよ。
「んで、黄金井はいったい、自分のカラダをどのように使って、どんな作品を作りたいんだ?」
「それが簡単に見つかれば、苦労はしないんですけどね〜。私自身、どんな作品を求めているのか、明確に分かっていない状況なんです」
「円香、お前の性癖暴露の能力なら分かるんじゃないか、黄金井が望む”答え”が」
”性癖を誤解なく理解できる”とはつまり、そういう使い方ができるということだろう。
「そうなんだけどね、黄金井さんが自分の力で辿り着きたいそうなんだよ、その”答え”に」
「はい、私も芸術家の端くれとして、与えられるのではなく自分で探したいんです。自分が納得できる作品とは何か、自分が絶頂に至れる程の”答え”とは何なんか」
「というわけで、そんな健気な黄金井さんに水を差すのも悪いから、今回はノーヒントでお兄ちゃんに頑張ってもらおうかと思います!」
「?お前も手伝ってくれるんじゃないのか?」
「いや〜、私は今回の案件はパスさせてもらうよ」
「なんでだよ」
「うっかりヒント出しちゃっても悪いし、それに、クラスメイトの、もっといえば隣の席の女子の痴態を見るのは、流石にちょっと気不味いというか···」
へ〜、お前にも一応そんな感性はあるんだな。
それならもう少しだけでいいから、妹の痴態を見せつけられるお兄ちゃんに対しても配慮して頂きたいものだ。
「そういうわけで、私はコレにてドロンするでゴザル!バイビー、子猫ちゃんたち!」
円香はそう言い残すと、無駄に素早い動きで美術部の部室から出ていった。
アイツ、時々わけのわからん台詞回しになるが、いったい誰の悪影響だ?
代名詞みたいになってる”スーパー美少女”も、前から思ってたが正直クソほどダサいし。
「青山さん、やっぱり素敵な人だなぁ」
今のどこに素敵要素があった!?
それに、アイツは”素敵な人”というよりは”無敵の人”だ。
「まぁ、なにはともあれ、とりあえず絵でも描いてみればいいんじゃないか。正解でなくても、何かのきっかけにはなるかもしれんし」
「はい、私もそう思って、とりあえず何枚も何回も描いているんですけど、なかなかピンときてないといいますか···ほら、今描いているのだって、もう少しで完成しそうなんですけど···」
そう言って、黄金井は先程まで筆を走らせていた絵を俺に見せてくれた。
写実的な、色鮮やかで鮮明な、美少女の裸婦画。
「こ、これって、もしかしなくてもお前の裸!?」
「はい、そうですけど」
目の前の美少女がモデルの裸婦画を目の当たりにし、いつもと違った妙な感覚の興奮が湧き上がる。
この制服の下に、このカラダが隠されているのか···でゅふふ。
着痩せするタイプなのか、絵の中の少女は、目の前の少女よりも幾分か肉付きが良く見える。
少しボテっとした、締まりのない腰回りの贅肉が、女体のリアルな生々しさを如実に物語る。
理想の非実在的存在のソレではなく、今確かに目の前にいる女性の裸婦画。
この毛も、このホクロだって、確かにソコに存在するという現実。
”迫力がある”という感想がふと思い浮かんだ。
この絵は間違いなく、彼女の”リアル”を俺に伝えている。
「先輩、あの、そんなに必死に覗き込まなくても、今、”本物”も見せてあげますよ///」
「え?」
立ち上がった彼女は、臆することなく流れ作業のように、俺の目の前でスルスルと制服を脱ぎ始めた。
リボンタイ,シャツ,プリーツスカートがパージされ、下着姿となる彼女。
円香が愛用するそれらよりも少し子供っぽいデザインの、白と黒のツートンカラーのブラとショーツ。
彼女の、”黄金井絵美”のカラダを目の当たりにし、俺は確信する。
女体=エロ=芸術。
そうだな、黄金井、確かにお前の言う通りだ。
「あっ!ストップ、ストップ!黄金井、それはそのままでいいんだ!」
脱衣を続けようとしていた彼女の手が止まる。
「?分かりました」
小首を傾げ、不思議そうな彼女。
女体=芸術。
そこに1つ、俺なりの+αを追加させて欲しい。
”白ソックスは、脱がずに履いたままで”




