第41話.お風呂場ラプソディ
「お兄ちゃん、起きて」
「···咲夜?···円香か···」
「うっわ、寝起きに別の女の名前呟かれるとか、マジ最悪なんですけど〜」
円香に体を揺すられ目覚めた俺は、例の和室で横になっていた。
辺りを見渡す。
円香も、春子も、緑川も、そして、咲夜もいる。
「おはよう、和くん」
いつも通り、これまでとなんら変わらない笑顔を俺に向ける彼女。
まさか、夢だったのか···
俺は、隣にいる円香のスカートをめくり上げた。
カバッ。
「いやん、お兄ちゃんのエッチ♡」
先程確認した通りの、青色のパンツ。
指差し確認していたおかげで、記憶は鮮明だ。
「春子、スカートをめくってくれ!」
「仰せのままに」
ガバッ。
春子が自らのスカートをたくし上げる。
こちらも先程確認した通りの、純白のパンツがお目見えした。
「爺やさん、緑川の今日のパンツは紺色だよな」
「はい、楓ちゃんの今日のおパンツは紺色で御座います」
「なんで爺やさんが私のパンツの色を把握してるのよ!」
「ちなみに明日のパンツ予報は?」
「明日は、ミントグリーンの確立が80%ですな」
「くそっ、当たってるし···なんで私の下着ローテがこのジジイに把握されてるのよ···」
まぁ、緑川の下着事情はとりあえず置いといて。
以上の検証結果から推察するに、やはり、咲夜との”夢物語”はどうやら夢オチではなかったようだ。
時刻は22時になろうかという頃合いになっていたので、俺たちは大人しくこれで帰ることにした。
黒峰家のリムジンの準備が整うまで、門の前でみんなで並んで待機する。
隣りにいる緑川に目を向けると、何やら茶色の小包を抱えていた。
「何だそれ?」
「あなたには関係ないものよ」
「それはね、緑ンのMVPの賞品だよ」
黒峰家からのご褒美か。
いったいどんな大層なモノなのだろうか。
「緑川さん、羨ましいです···私の”*”がもう少し下品であれば勝てたのに···」
「春タンも何か欲しいものがあったの?言ってくれれば何でもプレゼントするわよ」
「私、ハローサティちゃんのポップコーン製造機の筐体が欲しいのですが」
「いいわよ!明日、爺やに頼んでお家まで配送するわ」
「まぁ、ありがとうございます。桃瀬家の家宝にしますね」
あの筐体の搬入を手伝わされるであろう桃瀬家の方々が不憫でならない···
「和哉殿、青山様、お待たせしました」
リムジンの後部座席のドアが開かれる。
「じゃあね、咲夜さん」
「バイバイ、円カン」
先に、円香がリムジンに乗り込む。
「じゃあな、咲夜」
「またね、和くん♡」
別れを告げ、振り返り、リムジンに乗り込もうかというその時。
「痛っ!」
背後から、ガブッと、首すじに噛みつかれた。
耳元で、彼女が囁く。
「寝込みを襲うのはフェアじゃないから、今日のところは見逃してあげる。次までに、ちゃんと覚悟決めといてよね、ドウテイ♡」
リムジンに乗り込むと、円香から、ジトーとした目線が向けられる。
「お兄ちゃん、私たちが寝てる間に、咲夜さんと何かしてたの?」
「···ナニモシテナイヨ」
円香が、車内を覗きこむ咲夜を睨みつける。
が、咲夜はそんな事など微塵も意に介さず、あっけらかんといつも通りの調子で俺に笑顔を向ける。
「じゃあね、和くん、また近いうちに♡」
「あ、ああ、って、いてててててて!!!」
円香に、おもっくそ全力で太ももをつねられる。
「鼻の下伸ばしてんじゃねーよ、どアホ!」
プイッと、そっぽを向く妹のその可愛らしい嫉妬心が、俺を”夢物語”から現実へと引き戻してくれたような気がした。
円香、ありがとう。
帰ろう、俺たちの家へ。
「あ~、今日は疲れた〜」
帰宅するやいなや、リビングのソファーに倒れ込む。
このまま眠りにつきたいと思うほどには、心身共に疲れきっていた。
「起きて、お兄ちゃん、一緒にお風呂に入るよ!」
「···何で?」
「28話で約束してたじゃん。今回の章の最終話で、一緒にお風呂に入ってあげるって♡」
そういえば、そんな約束をしていたような気もするが、あまりよく覚えていないなぁ。
確認も兼ねて、もう一度28話から読み返してみようかな。
「お兄ちゃん、pv数稼ぎしようとするのヤメな。そんなんだからptが一向に増えないんだよ」
妹よ、お兄ちゃんに正論でダメ出しするのはヤメてくれ。
まぁ、久しぶりに兄妹仲良く風呂に入るのも悪くないか。
俺は、いそいそと服を脱ぎ捨てた。
「な、なんじゃこりゃー!!!」
「どうしたの、お兄ちゃん!?鏡で自分の顔でも見たの!」
「お、俺の首すじとか鎖骨の下付近に、複数の謎の赤い跡が付いてんだよ!虫刺されか?いや、もしかして、緑川に盛られた毒草を誤飲したとか!?」
「お兄ちゃん、それ、キスマ···いや、多分、”悪い虫”に刺されちゃったんだね···」
やっぱり、虫刺されなのか?
まぁ、毒草よりかはマシか···
「···お兄ちゃん、なんか悪い予感がするから、とりあえずパンツ脱いでもらってもいいかな」
コイツは、各章1回は兄のパンツを脱がせるノルマでも強いられているのだろうか。
まぁ、お望みとあらば見せてやるか。
ポロン、もといボロン。
円香が顔を近づける。
クンクン。クンクン。
「若い女の乾いた唾液の臭いがするんだけど···」
?何言ってんだコイツ?頭ワいてんのか?
「くっそー!あの女郎蜘蛛め!やられた!これ、R18完全版で咲夜さん視点のエピソードが追加されるパターンのヤツじゃん!タイトルは【スリーピング チェリー】とかそんな感じで!あの女ー、私の目が黒い内は許さんぞ!」
なんかよく分からんが···
円香、その黒目ルールが適応されていたとしても、咲夜が色々とやってた時、終始お前は泡吹いて白目だったぞ。
シコシコ、じゃなくて···
ゴシゴシ、ゴシゴシ。
「お兄ちゃんの背中洗うの久しぶりだね!小学3年生の時以来かな?懐かしいな〜」
そう言われ、当時を思い出し、ガラにもなくノスタルジックな感傷を感じる。
「俺たちも、もう大きくなったしな···」
「そうだね、私も立派に大きく育ったよ♡」
不意に、円香が抱きついてきた。
ボディーソープでコーティングされた”フニフニ”と”コリコリ”が背中を這うように押し付けられる。
「バカ、やめろ、これR15版だぞっ!」
「私はただ、突起のあるフニフニの”スポンジ”を押し当ててるだけだよ。それに、咲夜さんに負けてられないしね!」
円香、お前、そんなムキになるほど俺のことを咲夜に盗られたくないのか···
可愛いところあるじゃん///
「私、人気投票で咲夜さんに負けたくないの!」
凄く俗な理由からだった。
そもそも、人気投票をやる予定はないけど···
「お兄ちゃんは、誰に一票入れるつもり?」
「みど···円香ちゃんかな」
「やった!嬉しい、ありがとうお兄ちゃん♡」
円香さん、とりあえず、俺の首に突きつけられたその手刀を収めてもらえますか···
「お兄ちゃん、次は”タワシ”と”壺”、どっちで洗って欲しい?」
なんだその謎の選択肢は?
タワシはまだ分からんこともないが、壺でどうやって洗うんだ?
「う〜ん、急に聞かれても分からんなぁ」
「お兄ちゃんは昔から優柔不断だもんね。じゃあ、せっかくだし、どっちもやっちゃおうか♡」
そして、R15版では描写できない円香の”洗礼”を受けた俺は、見事なまでに骨抜きにされたのであった···
「···はぁ///」
···凄い体験だった。
まだ頭がボーと火照っている。
咲夜に対抗してR18完全版の追加要素を組み込みやがって···
コイツ、どこでこんなプレイの知識と技術を身につけてくるんだ···
湯船につかる俺の両足の間で、俺に背をあずける円香。
彼女の胸元でたゆたう”スポンジ”に目を奪われつつも、俺はつい咲夜のことを考えていた。
あのまま、俺が気絶していなかったら、どうなっていたのだろうか···
そんなifストーリーの断片が、頭の中を駆け巡っては消えてを繰り返す。
俺自身、結局のところ、あの時どうなることを望んでいたのだろうか?
気絶する瞬間、ホッとしたのも事実だし、惜しいと感じた気持ちも紛れもなく真実だった。
今更考えても意味は無いのだが、それでも考えずにはいられなかった。
俺はおそらく生涯をかけても、今日のあの時間の”答え”を、導き出すことはできないのだろう。
「お兄ちゃん、今、別の女のこと考えてたでしょ」
「···考えてねーよ」
「楓さんのことかな?春子さんのことかな?」
「だから、違うって」
「咲夜さんのことだよね、分かってるよ」
······
この場合、沈黙は肯定と同義だ。
例のごとく、『浮気者ー!!!』とぶん殴られるかと身構えたが、円香は静かに浴槽内で立ち上がった。
くるりと、俺の方を向く。
股の間から”ひじき”をつたい落ちる雫が、ポタポタと水面に波紋を作る。
そして、上体を屈めた彼女は、俺の頬に右手を添え、顔を覗き込んできた。
その美しい瞳に吸い込まれそうになり、半ば反射的に目を逸らす。
重力の影響を受け湯船へ向けタプンと垂れる、いつにも増してボリューム感のあるFカップへ視線が引き付けられる。
が、その下向きの視線を矯正されるように、円香の右手が頬からアゴに回され、グイッと力が加えられ顔を上向きにされる。
円香の顔と俺の顔が、2人の視線が、一直線上で向き合う。
見慣れているはずの彼女の顔があまりにも美しくて、俺は言葉を失っていた。
言葉を見失うほどに、目の前の女性は美しかった。
「お兄ちゃん、本当に大切なモノが何か、本当に大切な人が誰か、思い出させてあげる···」
円香の顔が、唇が、近づいてくる。
彼女が目を閉じたタイミングで、俺も追いかけるように目を閉じた。
ピロン♪ピロン♪ピロン♪ピロン♪ピロン♪ピロン♪ピロン♪ピロン♪ピロン♪
「な、なんだ!?REINのメッセージの通知音?」
脱衣場に置いてある俺のスマホから鳴り響く音に気を取られ、ハッと我に返った。
同じく、キョトンとした顔の円香と目が合う。
見つめ合い、そして、お互いに笑みがこぼれた。
「上がるか」
「だね、なんかそんなフインキじゃなくなったし」
フインキじゃなくて、雰囲気な。
円香の言う通り、そういう雰囲気じゃなくなった俺たちは、何事かに発展する前に、風呂場を跡にした。
「浴場だけに、ついつい欲情しちゃったね♡」
湯冷めしないよう、しっかりカラダを拭いておかねば。
それにしても、何だったんだ、さっきの通知音は。
助け舟か、はたまた横槍か、判定は難しいが。
ドラム式洗濯機の上に置かれたスマホを手に取りREINを開く。
送り主は、意外にも緑川だった。
珍しいなと思いつつ、送りつけられた複数の動画の内の1つを再生してみる。
呪いのビデオの類だったりするのだろうか?
「···な!?なんじゃこりゃー!?」
「どうしたのお兄ちゃん、暗転したスマホ画面に自分の顔が反射したの?」
「円香、長かった5章の大トリは俺たちじゃない。露出狂のドスケベ風紀委員だ」
「?」
俺は、人生最速の指捌きで全ての動画を保存した。
後で、クラウドとPCにバックアップを保存しておこう。
今日は色々な出来事があったが、緑川、お前がナンバーワンだ。
···俺のオカズランキングのな。
次回、「露出症候群」は、緑川楓視点、女性キャラ主役回です。
次回、長かった5章もついに最終回です。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
引き続き、6章に続いていくので応援宜しくお願い致します!




