第29話.黒峰咲夜の溜息
「えー!!!その顔、ノーメイクなんですか!?」
一度イベント会場を離れ、1階の飲食街エリアにあるファミレスに入った俺たち3人。
俺と円香の対面のソファー席に座り、他のお客に迷惑極まりない大声を発した彼女、黒峰咲夜は、本当に信じられないという顔で目を丸くしている。
「そうなの···残念ながら、これがお兄ちゃんの素顔なの···」
本当に、心底残念そうにうなだれる円香。
なぁ、妹よ。
少しはお兄ちゃんのフォローをしてくれないか。
俺のコスプレうんぬんの話も気になったが、その前に1つ確認していきたいことがあった。
「音成の黒峰って言ったら、あの”黒峰グループ”のご令嬢ってお前のことだったりするのか?」
「えっ!?あの、『爪楊枝から割り箸まで』でお馴染みの黒峰グループ!?凄いじゃん!」
どこの企業と間違えているか知らんが、そんなピンポイントを攻めてる企業じゃねーよ。
「”黒峰”っていうのは、家電,車,不動産,金融,インフラ等、この日本で暮らす上で欠かせない全てのモノを取り扱う一大グループだろ」
前時代的表現を用いれば、”財閥”と称される規模の巨大組織だ。
「”ご令嬢”のつもりはないんだけど、確かにパパがグループの総帥だから、周りからすればそうなっちゃうのかな」
やはりか。
音成の例の事件の黒幕が”黒峰のご令嬢”というウワサは聞いたことがあったが、こいつがその張本人か。
そのお嬢様が、こんな美少女だということまでは、俺も知らなかったが···
黒のスカートに、ピンクのブラウス。
ゴテゴテの装飾が施された、底が厚めの黒いブーツ。
ダメージ加工の切れ込み入りの網タイツ。
腕には、謎のベルト付きの黒いアームカバー。
首には、ロザリオ付きの黒いチョーカー。
両耳には、当然のように複数のピアス。
髪色は明るめの茶髪で、髪型はツーサイドアップ。
ぱっと見では、”黒峰のご令嬢”とは思えぬファッションに身を包む彼女。
地雷系+オタサーの姫+バンギャの悪いとこ取りみたいなスタイルだと、俺にはそう思えた。
服装のセンスを棚に上げれば、網タイツ越しの肉付きのいいムチッとした太もも,緩めのブラウス越しでも存在感のある推定Eカップ,緑川や春子とは別系統だが間違いなく一線級の整った顔立ちと、”黒峰”の名に恥じぬロイヤル上級ボディをお持ちなのに、もったいないヤツだ。
恵まれた境遇の自分の人生に対しての一種の足枷、縛りプレイのようなものだろうか。
「お兄ちゃん、隣の学校とはいえ、なんで黒峰さんの事知ってるの?」
「音成学院の例の事件は、俺たちの世代じゃ有名な話だ」
「事件って、何があったの?」
「”音成学院女子校化事件”。2年前の春、何の前触れもなく、突如として男女共学だった音成学院が女子校になったんだ。在校生男子の卒業を待つことなく、半ば追い出すような形で、男子生徒は他校へ転校となり一掃された。その事件が、黒峰のお嬢様の一存によって巻き起こされたという話は、真偽はともかくとして知れ渡っているが···あれは、お前の一存でそうなったって本当なのか?」
「うん、そうだよ」
ニコッと笑みを浮かべ、あっけらかんと答える彼女。
「なんで女子校にしようなんて思ったんだ?」
「それにはすご~く深い理由があってね、あたしの大好きなアニメにでてくる高校のモデル,つまり”聖地”が音成学院なんだけど、作中での音成学院は女子校なの。だけど、リアルの音成は共学だったから、入学を目前にモヤモヤしてたわけ。それで、パパにお願いして、あたしの入学を機に現実の音成も女子校に変更してもったというわけなの」
アニメの設定に合わせるために、現実をねじ曲げたってことか。
想像しうる限り、最も浅い理由じゃねーか。
「制服も、原作者&アニメ総監督に監修してもらって、アニメ版の仕様を完全再現したモノに新調して、生徒全員に無償で提供したよ」
ヲタクの願望を妄想で留めている分には構わないが、こいつの場合、その妄想を実現する力を労せず有してしまっているから厄介極まりない。
「すまん黒峰、ちょっと妹と話をさせてもらってもいいか」
「おっけ〜」
円香と2人、黒峰に背を向けるように振り返り顔を近づける。
「なぁ、円香。こいつは相手が悪いと思うんだが···。この前プロットを確認したところ、まだこの先10人以上の性力の達人のネタストックがあるみたいだし、今回は見送って、次回の別の女に期待しないか?」
「なに弱気になってるのお兄ちゃん。可愛い妹の命が懸かってるんだよ、手当たり次第行くしかないでしょ。なにより、相手が悪いって話なら、前回の汗舐めクソ女なんて、私にとってはドハズレだったんだからね」
歩夢、お前はいったい、妹相手に何をキメたんだ?
はぁ~、しかたない、やるしかないか···
黒峰の方へ向き直る。
(^ω^)みたいな顔で待ち構えているお嬢様に本題を切り出すとしよう。
「なぁ黒峰、本題に入りたいんだが」
「その前に、お二人の名前を聞いてもいいですか?」
「あ~、わりぃ、そういえば名乗ってなかったな。俺は和哉、江口杉学園3年、青山和哉だ。そんでこっちのイカ臭い女が妹の円香だ」
「お兄ちゃん、変な紹介の仕方しないでよ!同じく1年の青山円香です」
「あ~、このイカ臭さ、発生源はあなたの方なんだ。てっきり隣の童貞さんからだと思ってたよ」
「いや〜、元を辿れば隣のキモい童貞由来なんですけどね」
「え?何それ、気になるんだけど」
「実はですね、かくかくしか」「説明せんでいい」
「円香ちゃんか〜、じゃああだ名は”円カン”ね。あたしのことは咲夜って呼んでくれていいよ〜」
「わかりました、咲夜さん」
「お兄さんは和哉だから〜、”和くん”かな〜」
ドキッ!
そんな呼ばれ方されたら、恋しちゃうじゃん···
ブチッ!!!
隣の女から、血管がぶち切れる音がしたので、恐る恐る目を向ける。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
ひいぃぃ、目が血走ってるぅ!
春子の”和哉君”呼びはセーフなのに、”和くん”呼びはアウトなんだ···
「和くん呼びとか、それもうセッ〇スじゃん!お兄ちゃんの童貞が奪われちゃう!」
「俺もセック〇だと思うが、見逃してくれ円香!妹として、兄の童貞卒業を祝福してくれ!」
「あの〜、盛り上がってるところ悪いけど、話進めてもらってもいいですか···」
「本題だが、俺のコスプレうんぬんって、何の話だ?」
「あたしの口から説明するより、実際に見てもらう方が話が早いと思うんだけど〜」
そう言って、咲夜はカバンの中から一冊の本を取り出した。
【アニメ版 逆バニー戦士ミミ子 1stシーズン 公式設定資料集】と書かれた本の、とある1ページを見開いて、俺と円香に見えるようにテーブルの上に置いた。
「こ、これは···俺っ!?」
「なんでお兄ちゃんがミミ子の資料集に載ってるの!?」
そのキャラクターの顔は、俺に似ているとかそういうレベルではなく、まんま俺そのものだった。
「それは、原作漫画にのみ登場して、アニメ版ではカットされて未登場の怪人”ドウテイ”よ」
確かに、その見開きには、『アニメ化されなかった原作エピソード”ドウテイ編”に迫る!』とある。
「名前までお兄ちゃんと一緒なの!?」
いや、俺の名前は”ドウテイ”ではないが···
「あたしは、そのアニメ未登場キャラのエピソード、原作7〜10巻にかけての”ドウテイ編”の映像作品を作りたいの!」
「そのドウテイ編のエピソードは、何でアニメ化されなかったんだ?つまんないのか?」
「とんでもない!物語最序盤のイースト・オーシャンのエピソードはどれも傑作で、古参のファンからの人気だって高いんですよ」
そう言われると、イベント会場でも確かに、原作愛が強そうなガチ勢から熱視線を浴びていたことを思い出す。
みんな、俺の顔に、このドウテイを重ね合わせていたというわけか。
「そんな人気エピソードが映像化されなかった理由は1つ。ドウテイのキャラデザが”難あり”と判断されてしまったからなの」
「なるほど、お兄ちゃんと酷似しているその醜過ぎる容姿が、ガチヲタ勢ならともかく、アニメファンのライト層には不快指数が高過ぎて耐えられないと判断して、アニメ化に際してカットされたということですね」
「その通り!流石は円カン!」
ドウテイ、お前も俺と同じく、難儀な星の下に産まれてきたんだな···
「あたしは、そんな不遇なドウテイをずっと救いたかった。あたしの愛で、ドウテイを救済したかったの。でも、あたしは絵を描くのが苦手だから、とても自作アニメなんて作れなくて···パパに頼めば、プロが制作する作品は簡単に用意できるけど、ドウテイの件に関しては、お金で解決したくはなかったの···」
それが咲夜なりの、作品を愛するヲタクだからこその、こだわりなのだろう。
「アニメじゃなくてもいい、何か映像作品を自分の手で作りたい、作ってみたいと思っていた時に、あたしの目の前に救世主が現れたのよ」
「それが、俺だったというわけか」
「そう、驚いたわ。だって、人混みの中にドウテイがいたのよ。和くんを見つけたその時閃いたの、アニメじゃなくて、実写版を撮影しようって。あたしだけの、あたし達だけのオンリーワンの実写映像作品を撮りたいって、そう思えた」
彼女は、すがるような笑顔を俺に向ける。
「お願い、和くん、あたしの夢を叶えて!ドウテイの無念を晴らさせて!」
ドウテイ、他人とは思えぬお前の為に、俺たち兄妹が一肌脱いでやろう。




