プロローグ3.通学、心重ねて
「よう和哉、相変わらず仲良し兄妹だなぁ」
「あぁ、お前が来なかったら、もっと仲良しだったけどな」
こいつの名前は···まぁ、いいか。
とりあえず友人Nとしておこう。
どうせこの場面でしか出番はないのだから、適当でいいだろ。
N君の活躍は、次回作にご期待ください。
「そんな辛辣な対応するなよ。それでだ、今日の放課後暇だったりするか?」
「暇か忙しいかでいえば、残念なことにかなり暇だ」
「そうか。それなら前から言ってたカラオケの話があっただろ、あれを今日にしないか?」
「あれか···(女の子とデートしたことがない非リア充男子限定、歌下手王決定戦)だったな」
「そう、それそれ。参加者が俺と和哉含めて10人集まったから、もう開催しようかと思って」
「10人も集まったのか、嬉しいようで···いや、普通に虚しいな」
「お兄ちゃん、女の子とデートしたことないんだ〜」
にたにたと口角を緩ませて、ひどくご満悦なマイシスター。
「うるせーな、ほっとけ」
なんでお前はそんな嬉しそうなんだ。
身内がモテないというのは、むしろ悲しい出来事の部類だと思うのだが。
「というわけで、今日は22時まで歌い続けるから覚悟しとけよ!」
実に非リア充高校生らしい時間設定だ。
いったい、それで何を覚悟しろというのだろうか。
「まぁ、俺も言い出しっぺの一人だからな、最後まで付き合ってやるよ」
「円香ちゃんもどう?一緒に行くかい?」
「兄の前で堂々とナンパしてんじゃねーよ」
「ごめんなさい、今日はちょっと先約があって···」
「そっか〜円香ちゃんみたいな可愛い女子が来てくれたら盛り上がると思ったんだけどな〜」
「ん?お前今日どっか出かけるのか?」
「えっとね〜、クラスの人と遊びに行く約束してるんだ〜」
珍しく、少しバツが悪そうに、目を泳がせながら答える。
なんか、あやしいな···
「なぁ、それってもしかして、男とか?」
思わず、語調が荒くなった。
らしくもない。
俺らしくも、兄としても。
「うん、そうだけど」
··· ··· ···
沈黙。小説なら点9個分ぐらいの沈黙。
心臓の唸り声だけが聞こえる、そんな一瞬の沈黙。
「わわ、そんな顔しないでよっ!嘘だよ嘘、嘘だから。心配しなくても女子だけのメンバーだから、ね」
はっ、と我に返った。
俺は今、いったいどんな表情をしていたのだろうか。
妹の貞操を心配する女々しい兄の顔か。
それとも、嫉妬に狂った弱々しい餓鬼の顔か。
「それならいいんだけどさ···」
大きく息を吐き、呼吸を整える。
徐々に冷静さが戻ってくるのが分かる。
大丈夫、俺はまだ(お兄ちゃん)でいられる。
「和哉さ、ちょっと円香ちゃんに対して過保護過ぎなんじゃないか。もう高校生だし、ボーイフレンドの一人や二人ぐらい大目にみてやれよ」
高校生にもなってガールフレンドが一人もいない、お前なんぞに説教される筋合いはない。
つーか、お前まだいたのか。黙ってさっさと捌けろ。
「お兄ちゃんは、私のことが大好きだから心配なんだよね〜」
ひょいと縁石から跳び下り、彼女の頭の高さが、俺の目線よりも低くなって、自然と上目遣いになる。
その澄んだ瞳があまりにも綺麗で。
「そんなわけあるか」
不覚にも、目を逸らすことを、忘れてしまった。
「じゃあさ、私のこと、嫌いなの?」
探るように小首を傾げ、すがるように制服の裾を掴んできた。
その仕草に女を感じてしまった俺は、やはり兄である前にひとりの男なのだと実感させられる。
はたして彼女は、いったいどんな言葉を望んでいるのだろうか。
「どうしてお前はいつもそう極論で語るんだ。1と0にも間は」「いいから、答えてよ!」
間髪いれずに言葉を挟まれ、今度は腕をとられた。
別に彼女にヤンデレ属性は無いので、この場合腕を切り落とされたとかではなく。
単純に、身体を密着させて腕に腕を絡ませてきたのだ。
彼女のその柔らかさが、俺の左腕とその他もう1点を固まらせる。
おっぱいが当たってるし。
すごく甘い香りがするし。
おっぱいが当たってるし。
「まぁ、嫌いでないことは確かであるが」
じとー。
いわゆるジト目というやつで睨みをきかせてくる。
すげー、アニメや漫画以外で初めてお目にかかったぞ、それ。
もっと気を利かせろ、という無言の圧力。
「じゃあ、おっぱいのことは?」
その豊満な乳を自らの両手で挟み込み、ゆっさゆっさと上下に揺らす。
「代々大好きであります!」
「ご先祖様まで巻き込むな」
はぁ~、とため息をひとつ。
「しかたない、今日のところはそれで許してあげる」
物理的には下からなのに、上から目線でものを言う。
いったい何様なんだお前は。
俺はお前のお兄様なんだぞ。
「じゃあさ、お前は俺のこと、どう思ってるんだ」
「好きだよ、大好きだよ。そんなの当たり前でしょ」
あっけらかんとした声色だが、どこか真面目な顔で。
「私はお兄ちゃんのことが大好きだよ」
少し遅れて、ふと思い出したかのように笑顔をつくった。
「そうかい、そりゃありがとよ」
今度は上手く彼女から目を逸らすことができた。
俺は今、傍から見たらいったいどんな表情をしているのだろうか?
透き通るような、どこまでも青く青い青空を見上げ。
「なぁ、妹よ」
「な~に、やっと言うべき言葉を思い出せた?」
言いたい言葉はわかっている。
何年も前からずっと、ずっと。
思い出すまでもなく、忘れることもできずに。
これまでも、今も、多分、これからも。
そして、それは言うべき言葉ではないということも。
兄が、妹に、伝えるべきではない。
知らないままでいい。
言えないままでいい。
俺は彼女の兄でいい。
「今夜はさ、月が綺麗だといいな」
今できる、精一杯の笑顔を贈った。
それが、せめてもの、兄からの応えだ。
「今日は新月だから、月は見えないと思うけど?」
午前8時23分、ロマンティックは停止中。