第14話.放課後茶道時間
その日の放課後、円香に旧校舎へ呼び出された。
旧校舎、つまり、文化系部室棟である。
「なんだ、昨日の今日で早速次の変態女探しか?」
「変態女じゃなくて、性力の達人って呼んでよね。ほんと、デリカシーがないな〜」
お前の辞書に”デリカシー”が記載されていたのかと、驚きを隠せない。
「探すまでもなく、もう見つけてあるよ、次の性力の達人は」
「ほう、段取りがいいな」
「入学した直後、体験入部とかで色々な部活を巡ってた時に、何人か発見したんだよ」
そうか、円香の性力測定の能力なら、性力の高い女子生徒は既に概ね把握できているのか。
あまり訪れる機会のない旧校舎が物珍しくて、キョロキョロ辺りを見回しながら歩いていたら、円香がある部屋の前でピタリと歩みを止めた。
「ここだよ、ドスケベ変態女が居るのは」
どうやらこいつは、道中、”デリカシー”が記載された辞書を落としてきたらしい。
【茶道部】と掲げられている1室。
「ここに、次のターゲット,桃瀬春子さんがいるよ」
梅雨入り近づくこの季節。
俺の学園生活は、まだまだ騒がしさが続きそうだ。
「こんにちはー、お茶しに来ましたー!」
流石は円香、いかにもな陽キャ女子のテンションで、茶道部の部室へ立ち入った。
こいつは、あれだな。
カメラを急に向けられても、すかさず笑顔にピースで撮影に応じるタイプの女子だ。
そして、その写真が学園内の童貞達に流通して、顔抜きされまくる宿命を背負いし罪深い女なのだ。
「あら、青山さん、いらっしゃい。あなたみたいな可愛い娘が来てくれるなんて嬉しいわ」
そう円香に応じたのが、この茶道部の部長、桃瀬春子だ。
キューティクルを極めた黒髪ロング。
胸は決して大きくはないが、その程よい膨らみが、彼女の雰囲気にとてもマッチしている、と俺は思う。
俺は、”乳はデカければデカいほど良い党”と”2次創作の乳は盛りまくって欲しい党”に所属しているが、そんな俺でさえ、彼女の胸を盛るのは解釈違いだと理解できる。
緑川が”乳”、円香が”おっぱい”だとしたら、この桃瀬に対しての表記は”胸”が適切に思える。
顔立ちは、同じく黒髪ロング美少女の緑川とも違う系統で、まさに、”大和撫子”と形容するに相応しい美しさだ。
この学園では、緑川とこの桃瀬が美人2トップとも称されているが、これは納得せざるおえない。
「寝室に飾るなら緑川だけど、リビングに飾るなら桃瀬かな」
「お兄ちゃん、女の子をインテリア扱いは流石にキモが過ぎるよ」
この、”性”というよりは”清”が似合う麗人が、本当に円香の言うようなドスケベ変態女なのだろうか?
「青山君···妹ちゃんと被っちゃうから、和哉君の方がいいかな、和哉君も、遠慮せずこちらへどうぞ」
部室内の一角の、畳の小上がりへ誘われる。
高校生になって、初めて女子から下の名前で呼ばれた···
俺も内心で、春子って呼んじゃお!
お互いに下の名前呼びとか、これ、実質もうファーストキスだろ。
将来、呑みの席とかで、ファーストキスが何歳の時かというくだらない話題を振られたら、俺は今日のこの日をカウントに入れ、”高3の春の終わり”と宣言しようと思う。
春子と他の部員5人に、ゲストである俺と円香を加え、合計8人で畳に座る。
元教室を部室にしているため、小上がりと言っても結構広く、窮屈さは一切感じなかった。
茶道部とはどういう活動を行っているのか常々謎に思っていたが、体験してみれば何ということもない。
少なくともこの学園の茶道部は、ガールズトークを楽しむお供として、お抹茶と甘いお茶菓子を用意しているといった様相だった。
「私たちは、春子先輩の美しさに惚れて、茶道部に入ったんだよ」
「私が学校に来る理由、お茶とお菓子と春子先輩が居るからです〜」
「あら、私は、お茶とお菓子と同列なのかしら?」
「いやいや、春子先輩が1番に決まってるじゃないですか〜」
「この学園、美人が多いけど、私は春子先輩が断トツ1番素敵だと思ってます!」
「あ、抜け駆けするな!私も、私も春子先輩が1番だと思ってます!」
部員5名は、全員下級生らしい。
この感じだと、茶道部というよりは、実質的に春子ファンクラブというほうが適切だと思われる。
「美人の1位は激戦かもしれないけど、ブサイクの1位は断トツお兄ちゃんだよね!」
円香さん、わざわざそれ、言う必要ありますか?
「せ、先輩、この甘いお菓子食べて元気出してください···」
後輩A子ちゃんのその優しさが、逆に辛かった。
後輩B子ちゃんが、部室の一角から、何やら大きめのサイコロを持ってきた。
「ゲストの方には、このサイコロを振ってもらって、出た目のお題について、エピソードトークをしてもらいたいと思います!」
どうやら、ゲストが来た際の、この部の定番の遊びのようだ。
確かに、お題があれば初対面の相手でも会話がしやすいし、良い取り組みだと思った。
「はい、円香ちゃんから」
「わかりました!えいっ!」
流石陽キャ、受け入れが早い。
コロコロコロ、ピタッ。
お題は、”本当にあった怖い話”
「いえ〜い、ほんこわ!」
大丈夫か?そのテンションに見合ったトークデッキを用意してあるのか?
兄の心配をよそに、円香が揚々と語り始めた。
「昔々、ある所に、少年がいました」
「それはそれは、醜い少年でした」
「その少年には、可愛い妹がいました」
「それはそれは、可愛い妹でした」
「周囲からは、月とスッポン,玉虫とゴキブリ,美女と野獣のようだと言われていました」
···とても、他人の話とは思えない。
「そんな少年は、可愛い妹に恋をしてしまいました」
「ある日、少年の妹への想いが爆発しました」
「彼は、妹のパンツを盗んでしまったのです」
「そのパンツをクンカクンカしながら、妹の名前を叫ぶのです」
「まどかー、まどかー」
「そこに、妹が現れて一言告げました」
「お兄ちゃん、お母さんのパンツで何やってるの?と」
···他人の話じゃなかった。
俺の、中学3年生の時の封印されし黒歴史だった。
うわー!やめてくれー!!!
「もー、円香ちゃん、それじゃあ”ほんこわ”じゃなくて”ほんキモ”だよ」
「そんなキモい話、春子先輩の耳が汚れちゃいます〜」
「ごめんなさい、テヘペロ」
妹に黒歴史を掘り返されることが、兄にとっては何よりも怖かった。
「じゃあ、次はお兄さんです〜」
後輩C子ちゃんが、サイコロを渡してくれた。
円香と同じように、投げ転がす。
コロコロコロ、ピタッ。
お題は、”最近辛かった話”
さて俺は、”青山君係の話”と”妹に黒歴史を暴露された話”、どちらの話を採用すべきだろうか。
俺が話し終えた後、再びガールズトークが再開された。
ミニスカートで正座する女性陣の太ももに目を向ける。
正座している時に、太ももの幅がムニッと膨らむの、えっちだよな〜、と見惚れていたら、円香からアイコンタクトが送られてきた。
そして、円香のその澄んだ瞳の色が、黄色へ変化した。
性癖暴露!?発動できるのか!?
つまり、今現在、リアルタイムで春子が致していることになる。
とても、そうは見えない。
後輩の女子達と、イチャイチャ空間を形成しているだけの様に見える。
このレズレズした空気が、そうだとでも言うのだろうか。
それから暫く談笑を楽しんだ後、俺たちは茶道部を後にした。
結局、俺は春子がどのように致していたか見抜くことはできなかった。
「どう、お兄ちゃん、わかった?」
「いや、舐めまわすように見てたけど、全然わからなかった。まるで手品を見せられたような気分だ」
「手品と同じで、もちろん種も仕掛けもあるよ」
「なぁ、春子はいったい、どうやって致してたんだ?」
「何で急に下の名前呼びなの!?キモっ!」
「いや、さっき俺の恋が始まったからさ」
「お兄ちゃんは、恋なんて諦めた方がいいよ」
17歳の思春期男子に向かって酷いことを言うな。
「お兄ちゃんには、可愛い妹がいれば、それで十分でしょ!」
そう言って笑う彼女の笑顔には、そう言えるだけの価値が十二分にあった。
そして、俺の恋がまた1つ、終わりを告げた。