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雨に打たれるのは君じゃなくて

作者: 夏草枯々

「ヒナギクさーお母さんみたいなこと言うじゃん。お母さんなんじゃね?」


クラスのお調子者であるジョウカが同じクラスメイトのヒナギクをいつもの調子で揶揄った。

ヒナギクは目を剥いて「はぁ!?」と彼に向かって強い語気で返す。普段大人しい彼女の珍しい一面はいつだって彼が揶揄うことで現れる。

そんなどこにでもあるような中学校の教室の一幕を僕は少し離れた席からボーッと眺めた。


「こんなデカい子供は居ねぇか」


ヒナギクが「一人もいないから!」とツッコミを入れたところで担任の先生がやってきて、終わりの会をして今日も学校が終わった。


「ヒナギクさ、揶揄われてたけど、ああいうの嫌じゃないの?」


僕は隣を歩くヒナギクに聞いた。

同じ塾、同じ道のり、自然と二人で向かう事が増えて、いつの間にか塾への道中、隣にヒナギクがいるのが当たり前になっていた。僕の中では、ずっとこのままだったらいいのに、という気持ちと更にヒナギクと先へ進んでみたい、という気持ちが二つある。後者は真っ暗な曇天のようで、やがて堰を切ったように僕の気持ちも溢れて落ちるだろう。後に残るのがぬかるんだ泥なのか、小さな双葉なのかはきっとヒナギク次第だ。


「全然大丈夫。弟いないけど、そんな感じ。クソガキって感じだから」


ヒナギクは本当に何も気にしていないらしく鷹揚に笑っている。

どうやら僕の気にしすぎだったらしい。


「大人だな」


「いやいや、でも、ありがとう心配してくれて」


いつだってヒナギクは真っ直ぐ感謝の言葉を伝えてくる。

僕は「余計なお世話だったか」と言いつつ目を逸らした。その真面目さが僕にはむず痒かったのだ。


「そんなこと思ってないよ…君は優しいよね、よく相談受けてるし」


「よくは受けてない。たまにだ」


「私なんて相談されたこともないよ」


「じゃあ何か相談するよ」


ヒナギクは本当に?と言ってから小さく笑う。

あぁ言ってよかった、と思いながら僕は「ほんと」と返し笑った。


「最近っ授業に真面目で良いねー!」


その日の塾の短い休憩時間に毎回テンションの高い塾講師が僕を指差してそう言った。


「そうですか」


「授業中、寝なくなったし、成績も良い!飴ちゃんのご褒美あげちゃうよん!」


僕は「…どうも」と飴を受け取る。

真面目になった理由は単純だ。

ヒナギクの前では寝たくない。教えられる所は教えたいし、聞かれた時に分からないのは恥ずかしい。最近は塾だけでなく家でも復習を始めた。ただ残念ながら授業についていけるようになった以上の成果はない。ヒナギクは普通に頭がいいから僕に聞くまでもなく問題を解けるのだ。

僕の空回りだろうか、と心の中でため息を吐く。


「飴ちゃんいいなー」


と、突然、背後からヒナギクが声をかけて来た。

僕は昂っていくのに気付かれないよう抑えつつ「いる?」と振り返る。


「いらないの?」


僕は「うん」と答える。

レモン味、僕の好きな味の飴。

でも、うん、と言った時に僕の中に迷いはなかった。


「ごめん、塾もないのに呼び出して」


あの日から二週間ほど後の放課後の空き教室。シンと静まり返った教室に僕の少し震えた声が響く。

目の前にはヒナギクがいる。


「ううん。どうしたの?」


と、ヒナギクは言いながらなんとなく何が起きるか分かっているらしく身構えている。どこか表情もいつもより少し固い。

僕は一度、床に目を落とし息を吐き出す。

それから顔を上げて曖昧に微笑むヒナギクの目を見つめた。


「今さ…ヒナギクって好きな人とかいる?」


爆発しそうな胸を手で抑えながら絞り出すように聞く。苦しい。でも、この苦しみから逃れる術は一つしかない。ここを超えなくては…


「いる」


そう言ってヒナギクの顔が曇った。


「クラスのジョウカくん。あっちは私のこと全然なんとも思ってないと思うんだけど、実は好き…で」


僕から出た返事は「あぁ」だけだった。自然と俯き、床を眺めた。

さっきまでの苦しさが可愛く思えた。体が引き千切れそうなほど絞られ、頭をぶん殴られたみたいに揺れた。

一瞬、「無理だろ。諦めてさ、俺にしようよ。あいつよりずっと大切にする」と心が叫ぶ。

そんな自分勝手な思いを奥歯を噛み締めて潰す。


(大好きなのに、これ以上、彼女を曇らせてどうするんだ!!)


俺は顔を上げヒナギクを見た。


「じゃあさ。あいつにどうすれば意識してもらえるか一緒に考えようよ。俺、相談事は慣れてるから」


無理矢理作った笑顔でそう言った。

彼女の顔が更に曇って、ついにはその目から涙が溢れ落ちる。


「なんで…私は…君を…」


口をくしゃっとして声を詰まらせながら彼女は目元を隠す。

ポタポタと涙が床へと落ちていく。


(あぁクソ。僕は結局彼女を泣かしている)


僕はフラれた時の為に持ってきたハンカチで彼女の目元を拭う。僕も泣きたかったがそれよりも早くこの子の涙が止まってほしかった。


それからしばらくして落ち着いたヒナギクから「ごめん」とだけ謝られ僕は空き教室を後にした。

窓から見た空は土砂降りの大雨だ。

靴箱で何故だかその日はジョウカが一人で立っていた。空を見上げている。傘でも忘れたのだろうか。

僕も靴を変えながら外を見る。あぁ、そうだ。ちょうどいい事を思いついた。


「ジョウカ、俺二つ傘があったからさ。後でやってくるヒナギクに渡してくれない?傘を忘れたってさっき言ってたから」


「え、うん。え、それ俺が使っちゃダメ?」


僕は「ダメ。でも二人で使うならいいよ」と傘を彼に押し付け下駄箱から外へと飛び出す。


「は?」


あいつは何に驚いたのだろうか。


(雨に打たれるのは君じゃなくて僕であるべきだろ)


水溜りの水を跳ね上げる。これは彼女を泣かした僕への罰だ。

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