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親愛なる母上へ


 此の手紙が届く頃には、恐らく、我が身はこの世に無く、冥途の道を歩んでいる事と思います。如何に悲しみ、また、如何に悔いを持ってしても、我が身を引き留める力を持つ者はもうおりません。今、この瞬間も、私は戦場に身を投じており、敵の銃弾を避けながら、ひとときの安らぎを求めて心を馳せるばかりであります。


 母上、貴方が私に教えて下さった「良い子であれ」という言葉が、今、私の心に深く刻まれております。戦争という無情なる運命に翻弄されながらも、常に家族を守る者としての責任を感じつつ、私は日々を過ごしております。戦場では、肉体の疲労、精神の荒廃、何もかもが過酷でありますが、母上の教えだけは、私を支え続けてくれます。


 あの日、出征する際、貴方は涙を流しながらも、私を送り出して下さいました。その時の顔が今も忘れられません。母上の目に浮かぶ涙は、私がどれほど貴方に愛されていたのか、また、どれほど心配をかけていたのかを実感させるものでありました。その涙を無駄にしないようにと、私はただひたすらに前を向き、戦ってきました。


 しかし、戦はやはり無情であります。名も無き者として、名誉も無く、ただ命を賭けて突き進むのみ。ある者は戦友として、またある者は敵として、共に戦い、共に死んでいきます。私もその一員として、戦場に命を捧げておりますが、心中にはあの時、母上が言った「お前は誰よりも強く、優しくあれ」という言葉が響き続けています。それが私の唯一の希望であり、何よりも大切な誓いであります。


 戦局は日々厳しく、ここにある命もいずれ尽きる時が来る事を痛感しております。しかし、私は、決して後悔をしない覚悟を持って、最後まで戦う所存であります。恐れずに進むその先に、我々の平和が築かれると信じております。そのために、私たちが戦い抜かなければならないのです。


 もしも、私がこの戦に命を落とすようなことがあれば、その時にはどうか、悲しみすぎぬようお願い申し上げます。私が死後、何処かの戦場にて、または朽ち果てる道を歩んでいても、どうか心配なさらぬように。私の命は、貴方の愛の中で生きてきたもの、貴方のために戦ったものであることをどうか忘れないでください。


 靖国神社に祀られる日が来るのであれば、私はそこで貴方を待ちます。そして、再び出会うその時まで、私の思いは母上の中で生き続けることを願っています。


 父上へも、伝えて下さい。私がこのような命を落とすことになったとしても、家のため、国のため、私は全力を尽くしたことを。父上の教えも、私の心に深く刻まれ、戦う力となりました。父上の姿が私の背中を押してくれたおかげで、ここまで戦い抜くことができました。今はただ、無事であれと願い、再び家族のもとへ帰ることを夢見ています。


 それにしても、戦というものは如何に残酷であるか。何のために戦っているのか、その理由すら曖昧になりつつあるように思えます。だが、私たち兵士にできることはただ一つ。今は、命を燃やして、戦い抜くことしかありません。その先に平和があると信じて。どうか、それを忘れぬように。


 そして、最後に。この手紙が貴方に届くことを願いつつ、私は筆をおきます。戦場の激しさ、弾丸の飛び交う音、そして遠くの爆発音が鳴り響く中、私は何も恐れず、母上、父上、愛するすべての者たちを心に抱きしめながら、最後の時を迎えようと思っています。


 靖国で待ってます。必ずや、再び会えるその日まで。


敬具


令和元年 十月五日

大日本帝国陸軍

歩兵第一部隊

兵士 佐藤 一郎

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