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第34話 『和解の間奏/掌の魂掠聖典』

〜前回の仮面ライダーラグナロクは〜

 永倉月夜を救い出した黒瀬は、束の間の安穏の中で「相棒」との絆を再確認する。一方、イザナギの面々も黒瀬の真意を知り、雷牙復活という不可能を可能にするための和解へと舵を切った。

 だが、その希望を打ち砕くように、死を渇望する武闘家ヴリトラが戦場を地獄へと変える。戦いの昂ぶりと共に、黒瀬の理性は「破壊」の衝動に喰らわれ、暴走の臨界点へと加速していくーーー。

 脳髄のうずいの最奥で、最後の一本が限界まで引き絞られた。

 黒瀬廻という個をこの世界に繋ぎ止めていた、細く、あまりに脆い理性の糸。それが今、デストロイチャームから溢れ出す際限のない「破壊」の濁流だくりゅうに耐えかね、音もなく弾け飛んだ。

「ア……ガ、アアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 臨界点を突破したラグナロクの絶叫が、臨海ヤードの重苦しい空気を粉砕する。バイザーの奥、黒い瞳から光彩が消え、不規則に明滅する無機質な「殺意」だけがそこに宿った。思考は白濁はくだくし、視界はどす黒い衝動に塗りつぶされていく。

(ああ……もう、いい……。全部、壊してしまえば――)

 深い暗黒の底へと、断ち切られた意識が沈んでいく。だが、その虚無のふちへと真っ逆さまに堕ちていくラグナロクを呼び止めようとする者が駆けつけた。

「――廻! 戻ってきて! お願い……戻ってきてよ、廻……っ!!」

 鼓膜を突き破り、直接魂を揺さぶるような、震える叫び。沈みゆく意識の中で、黒瀬は見た。プツンと切れて宙に舞っていたはずの自らの「理性の糸」を、涙で顔をぐちゃぐちゃにした一人の少年が、その細い指で必死に掴み取り、祈るように胸へと抱きしめている姿を。イザナギは永倉が来たことに微かな希望を抱いた、だがヴリトラだけは違った。

「エレボスか、邪魔をするなぁッ!」

 破壊の衝動に身を任せると言うことは、本来なら出せないはずの出力の力を出せると言うこと。ましてや相手は終焉ノ神(ラグナロク)。絶対防御の加護が張られているヴリトラにとってこれほど待ち望んだ相手は居ない。だからこそ邪魔をされては面倒だと、ヴリトラは怒りに顔を歪めながら長杖を振り上げる。だが、永倉の執念は、その邪神の反射速度をも凌駕した。

「行かせない……。廻には、指一本触れさせないッ! おいで、黒龍!」

 永倉の影からい出した巨大な漆黒の式神が、猛然もうぜんとヴリトラに襲いかかる。そのあぎとがヴリトラの胴体を噛み砕かんばかりの勢いで捕らえ、そのまま背後のコンテナ群へと力任せに叩き飛ばした。

「――っ、ガ、ア……ッ!?」

 数瞬の空白。ヴリトラが瓦礫の中から立ち上がるより早く、永倉はラグナロクの装甲へと飛び込み、その背中を、胸を、押し潰さんばかりの力で抱きしめた。

「廻……お願い……僕を見て……!」

 ラグナロクから溢れ出す、触れるものすべてを粉砕する水色の神力が、永倉の肌を無慈悲に削り取っていく。

「……っ、あああああッ!!」

 ラグナロクから溢れ出す破壊の神力の奔流ほんりゅうに皮膚を焼かれながらも、永倉は腕をほどかない。その状況をイザナギもただ見ているだけではない。アスラを全て斃し終わると、すぐさま永倉のもとへ援護に向かおうとする。

 だが、その進路を遮るようにコンテナの残骸が爆散した。

「ハハッ、良い牙を持っているな。だが、甘いッ!」

 咆哮ほうこうと共に、ヴリトラが自身を拘束していた式神・黒龍を強引に跳ねけ、瓦礫の山から這い出した。黒龍を退しりぞけたヴリトラは、獲物であるラグナロクのもとへ直ちに戻ろうと地を蹴る。

「今、ヴリトラを黒瀬君のもとに向かわせるのはまずい。お前たち、ここは死守だ」

 アラマズドの鋭い指示が飛び、イザナギの面々は即座にヴリトラを包囲し、一斉に攻撃を仕掛けた。

 かつてないほど強固な連携。6人の戦士が文字通り「壁」となり、狂える武闘家の猛攻を正面から受け止める。

 その隙に永倉は固有能力(ユニークスキル)深淵暗底(ブラックホール)”を発動し、ラグナロクから放たれる破壊の神力を吸収し始める。

「廻ッ! 戻ってきて、廻!! お願いだから……ッ!!」

 永倉は泣き叫びながら、ラグナロクの装甲を砕かんばかりの力で抱きしめ続けた。胸元の闇が、凶悪な水色の神力を一滴残らずその身へと吸い込んでいく。やがてラグナロクの神力はドライバーへの供給が間に合わず装甲が維持できず変身が解除される。そこに現れたのは、うつろな表情で膝を突く、生身の黒瀬廻だった。

「……あ、……つ、きよ……?」

 破壊の濁流だくりゅうから解放されたは良いものの、黒瀬は身体に力が入らず、そのまま全てを永倉の腕の中に預け、深くもたれ掛かる。

 その拍子ひょうしだった。永倉を見つめる黒瀬の瞳の奥、白銀色の虹彩が、一瞬だけ「虚色うつろいろ」へと反転した。それは光を一切跳ね返さない空虚くうきょふち

 ラグナロクの装甲が完全に霧散し、生身の黒瀬が倒れ込むその瞬間。激闘を繰り広げていたイザナギの仮面ライダーたち、そして対峙していたヴリトラの視線までもが、磁石に吸い寄せられるようにその一点へと釘付けになった。

「黒瀬君……ッ!」

 アラマズド――朝日奈の声を皮切りに、イザナギの6人は即座にヴリトラとの戦闘を放棄し、黒瀬のもとへと駆け寄る。

 だが、ヴリトラは動かなかった。ラグナロクが気を失い、これ以上の戦闘続行が不可能になったことに落胆したのか。最後尾を走るナーイアス――水崎は、胸にざわつく不安を感じ、一瞬だけ後ろを振り返った。

「そうか……。ビアー、お前の言っていたことは正しいみたいだな」

 喧騒けんそうのなか、確かにそう聴こえた気がした。

 ヴリトラはそれだけを呟くと、満足そうな笑みを残して、悠然とその場から立ち去った。

 その呟きを聞いた瞬間、水崎の脳裏に、かつてビアーとの会話で得た情報が蘇る。

「黒瀬が絶対悪に近づいてる…のかな…?」

 みなが黒瀬のもとへ集まり、安堵の声を上げる仲間たちの陰で、水崎だけが喉の奥を冷たい何かが通り抜けるような、言いようのない戦慄せんりつに震えていた。

   ☆ ☆ ☆

「……ぅ、……ん……」

 深い闇の底から浮上するように、黒瀬はゆっくりと重いまぶたを持ち上げた。

 最初に視界に飛び込んできたのは、すすと涙で顔を汚しながら、自分を必死に抱きしめている永倉の姿だった。

「……月夜……」

「……廻!よかった……本当に、よかった……っ!」

 黒瀬は今の自分の状態を冷静に確認する。永倉に膝抱きされており、その周りには変身解除しているイザナギ6人も居た。

「黒瀬くん……!」

 氷室と炎堂が安堵あんどした様子で歩み寄ろうとした、その時だった。永倉が射抜くような鋭い視線で二人を睨みつけ、威嚇いかくするように、腕の中の黒瀬をさらに自分の方へと強く抱き寄せた。

「……ッ」

 そのただならぬ執着心に、二人は思わず足を止める。だが、すぐに永倉の必死さを察したのか、苦笑い混じりにそれ以上近づくのをやめ、その場から声をかけた。

「……無事で良かったよ、本当に」

「ああ。ヒヤヒヤさせやがって。……まあ、生きてりゃ充分だ」

 氷室と炎堂の言葉に、黒瀬は小さく息を吐いた。

一方で、水崎は一人、先ほどのヴリトラの不気味な呟きに意識を奪われ、その場に立ち尽くしていた。

「おい、水崎。……黒瀬が目を覚ましたぞ」

 隣にいた涼風に声をかけられ、水崎はハッと我に返る。

「……え、あ、……うん、よかった……」

 動揺を隠すように頷く水崎だったが、その瞳にはまだ不安の色がこびりついている。そんな喧騒けんそうを割るように、朝日奈がゆっくりと黒瀬の正面に立った。

「黒瀬君。……いや、今はゆっくり休んでくれと言いたいところだが、一つだけ伝えておかなければならない」

 朝日奈は、静かに、だが確かな意志を込めてその場に片膝を付き、黒瀬を見据える。

「俺たちは、君のことを敵としては認識していない。かつてのイザナギの上層部は全員邪神により殺されたこともあり、今や君のことを処刑しようとする者は誰もいない。上層部には我々の各家かくいえの先代が座ることになった。だから、俺たちと和解してくれないか?」

 朝日奈は、静かに右手を黒瀬の前に差し出した。

だが、黒瀬はその手を取ることはせず、静かに永倉の腕の中から抜けて、ふらつきながらも自らの足で立ち上がる。

「……俺に、その手を取る資格はない」

 低く、かすれた声がヤードの冷気に溶ける。黒瀬は初めて、これまで氷室の説得にも決して応じようとしなかった理由を、一つずつ言葉にし始めた。

「イザナギの上層部が俺への警戒を薄めていることは、少し前に氷室から聴いていた。それでも俺が戻らなかったのは……お前たちの家族に危害が及ぶ可能性があったからだ」

 その言葉に、朝日奈たちの表情が強張る。

かつての腐敗した上層部。彼らの命令に背けば、自分たちの親族や大切な者が「見せしめ」として消される。イザナギの6人は、自分たちが縛られていた呪縛の重さを、改めて突きつけられた。黒瀬は自分一人が悪役になることで、彼らの「大切なもの」を必死に守ろうとしていたのだ。

「それに……」

 黒瀬は、あの日の、冷たい雨の日のことをまた思い出す。

「俺はクリスマスの日に、鳴上先輩を死なせた。……その罪は、状況が変わったからといって簡単に消えるものじゃない」

 自分の手で奪ってしまった命。もし彼が生きていたとしても、死なせた事実は、黒瀬の心に「虚色うつろいろ」の影となって深く刻まれていた。

 その場にいる誰もが、返す言葉が見つからずにうつむき黙り込んでしまう。朝日奈の差し出した右手は、宙を浮いたままだ。

「わるいが俺は…お前らのもとには戻れない」

 黒瀬は拒絶するように背を向けると、転移之渦(ブロードボルテックス)を展開した。隠れ家へと逃げるように戻ろうとするその歩みを、永倉が必死に追いかける。飲み込まれるような渦の中へ、黒瀬が踏み込もうとしたその時だった。

「待つんだ、黒瀬君」

 呼び止めたのは朝日奈だった。黒瀬は振り向くことはせずに、足だけ止める。

「君は俺に言ったよな?“ただ背負い続けるだけで終わるつもりはありません”って。何かあるんじゃないのか?雷牙を復活させる方法が」

 朝日奈の言葉に、黒瀬は歩みを止め、深い、深い溜息を一ついた。渦巻く白銀の粒子の前で、黒瀬はわずかに首を巡らせる。だが、その顔は陰に隠れ、表情をうかがい知ることはできない。

「……あくまで、可能性があるってだけだ」

 その言葉に、朝日奈は一歩踏み出し、すがるような、だが確かな希望を込めて重ねた。

「その可能性が上手くいけば……俺たちとの和解は、成立するのかい?」

 白銀の粒子が、黒瀬の頬を冷たく撫でる。

黒瀬はすぐには答えなかった。ただ、その瞳には一瞬だけ、かつて仲間と過ごした日々の光がよぎったようにも見えた。

「……さあな」

 短く、突き放すような響き。

だが、そこには明確な拒絶の意はなかった。黒瀬はそのまま永倉と共に、眩い白銀の渦の中へと姿を消した。

 残されたのは、冷え切った夜の空気と、イザナギの6人の胸に灯った、小さな、けれど消えない再会の火種だけだった。

「行っちゃいましたね……」

 氷室が、二人の消えた虚空を見つめたまま、ぽつりと呟く。

「ああ。……だが、拒絶はされなかった」

 朝日奈は、まだ残る一筋の希望に賭けているようだった。その瞳は、黒瀬が残した微かな可能性を片時も離すまいとする強い意志に満ちている。

 その時、これまで沈黙を守っていた涼風が、一歩前に出た。彼の拳は固く握りしめられ、わずかに震えている。生前、誰よりも鳴上をしたい、その背中を追っていた涼風にとって、「復活」という言葉は、何よりも重く、切実な響きを持っていた。

「……朝日奈さん。俺たちにできることは、何かないんでしょうか?」

 涼風の声は、祈るような、それでいて必死な響きを帯びていた。

「黒瀬君の考えている計画が分からない以上、俺たちにできることは彼の計画をゾロアスターに邪魔されないように守護することだけだろうな」

   ☆ ☆ ☆

 その頃、ヴリトラはゾロアスターに戻っていた。

「ビアー、お前の言っていた通り、ラグナロクの奴はかなり近づいているようだな」

「あら?今はどれぐらいまでに近づいているの?」

「少なくとも2、3歩手前ってとこだろうな」

 ヴリトラは先ほどの戦いで目撃した黒瀬の変化をビアーに話していた。するとそこにキルケーがやって来た。

「お前ら、ファフニールの奴を見てないか?」

「あァ?アイツのことなんか俺が知るかよ」

 ヴリトラは興味なさげに、雑に答える。

「ファフニールなら少し前にやる事があるって言って現世に行ったわよ。何か用でもあるのかしら?」

「いや、アイツが居ないってことはまた何か企んでるってことだろ?誰か何か聞いてないのかと思ってな」

   ☆ ☆ ☆

 白銀の渦を抜け、二人は隠れ家へと戻っていた。

静まり返った室内で、永倉は縋るような、それでいてどこか熱を帯びた瞳で黒瀬を見つめ、問いかけた。

「廻、本当にインドラの奴を復活させる方法なんてあるの?」

 その問いに、黒瀬は視線を落とし、低く、確信に満ちた声で答える。

「方法はある。鳴上家に伝わる固有能力(ユニークスキル)雷電転送(エレキテルタイム)”だ」

「雷電転送…それってたしか…」

「ああ。消費する神力量に応じて、対象を数年後の未来へ、あるいは過去へ飛ぶことができる時間干渉能力だ。……鳴上先輩が死ぬ直前の座標へ跳ぶ」

 黒瀬の淡々とした言葉に、永倉はわずかに眉をひそめ、確信の持てない疑問を口にした。

「……でも、過去を変えたら、別の世界線が生まれるだけで、僕らのいるこの世界線では何も変わらないんじゃないかな……?」

 永倉の懸念に対し、黒瀬は椅子から立ち上がり、正面から彼を見下ろした。その双眸には、物理法則を塵芥ゴミクズのように切り捨てる、冷徹で絶対的な「終焉」の光が宿っている。

「……月夜。科学や理屈で、俺たちの『攻略』を測るな」

 黒瀬は、椅子から立ち上がり、自分を見上げる永倉を静かに見下ろした。その瞳には、かつての迷いは微塵も残っていない。

「俺がインドラを連れ戻すと言えば、戻る。……世界のことわりが邪魔をするなら、その理ごと、俺が消し去るだけだ」

 永倉は、その絶対的な言葉に息を呑み、同時に激しい高揚こうようを覚えた。この男なら、本当に神の理さえも書き換えてしまうのではないか、と。

「……そうだね。廻なら、やるよね」

 永倉の心酔しきった声に、黒瀬はわずかに視線をらし、鳴上邸がある方角を窓越しに見つめた。

「今まで、あそこへ行く資格はないと思っていた。……だが、そんな感傷で止まっている時間は、もう俺にはない」

 黒瀬の背後で、目覚めを待つラグナロクの神力が不気味に、そして力強く脈動する。自らの罪を背負ったまま、それでもなお奇跡を掴み取るために。

 黒瀬廻は、かつての「居場所」へと再び足を踏み入れる覚悟を固めた。

   ☆ ☆ ☆

 その惨劇さんげきは、逃げ場のない「強制」として世界に突きつけられた。

 穏やかな昼下がりの公園で、我が子の笑顔を撮ろうとスマホを構えた母親。くだらない動画を見せ合いながら、笑い転げて下校する学生たち。遠く離れた孫からのメッセージを、不慣れな手つきで確認しようとした仲睦まじい老夫婦。

 その瞬間、彼らがてのひらに握っていたデバイスの画面が、一斉にノイズで塗り潰された。

 血のような赤を背景に、禍々しく拍動する魔法陣。

魂掠聖典(アヴェスター)

 画面が不気味に発光した、その刹那。

母親はシャッターを切る前に崩れ落ち、学生たちは笑い声を喉に詰まらせて倒れ、老夫婦は手を取り合ったまま同時に意識を失った。

 彼らの胸元から、蛍のような青白い光が強引に引き抜かれ、スマホの画面へと吸い込まれていく。てのひらの中に収まるはずの小さな機械が、魂を食らう「口」へと変貌していた。

 その惨状を、街を見下ろす高層マンションの最上階から、優雅に眺めている影があった。

 ゾロアスターの幹部――邪神ファフニール。

「……12,000。24,000……。いいぞ、実に心地よい収穫だ」

 彼にとって、地上の悲鳴は心地よい音楽に過ぎない。人々の絶望も、断ち切られた家族の絆も、すべては邪神アフリマンを再臨させるための「資源」として計算されていた。

「……48,000。60,000……。あと、一息か」

 ファフニールが指をはじくと、空へ昇る魂の光はさらにその密度を増し、ネットワークの奔流となって彼の手元へと集約されていく。

「……72,000。収穫完了だ」

 ファフニールは両手を広げて空に向かって声高らかに叫ぶ。

「……さて。饗宴きょうえんの始まりだ。泣け、叫べ、そしてわめけ、そして絶望のうちに死に絶えろ。……下等かとうな人間ども」

 ファフニールの高笑いが響く高層ビルの下では、電子の歌声が招いた地獄が完成していた。街中の至る所で、手元から滑り落ちたスマートフォンの画面が、無機質に魔法陣を映し続けている。

「……おい、しっかりしろ! おい!」

「誰か、救急車を! みんな急に倒れて……っ!」

 かろうじて難を逃れた数少ない人々が、折り重なるように倒れた「抜け殻」たちを抱き起こそうと叫ぶ。だが、彼らの呼びかけに応える者は一人もいない。

   ☆ ☆ ☆

 その頃、イザナギの司令室。

索敵室の壁一面のモニターに映し出されるのは、使役する天使を通して観た映像だ。

「……そんな、嘘でしょ……。何でこんな一斉に…」

 天智は急いでメインホールに行きイザナギ6人に現状に着いて伝える。

「朝日奈!これを観て」

 天智から受け取ったiPadには臨時ニュースが流れていた。

『――現在、都内の広範囲で意識不明者が続出しています。原因は不明ですが、共通してスマートフォンの画面に不審な紋章が……っ、』

 画面越しに惨状を伝えていたアナウンサーが、手元の確認用iPadに目を落とした、その刹那だった。カメラの前で、彼女の身体から力が抜け、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちる。そのまま動かなくなった彼女の傍らで、iPadの画面には依然として禍々しい魔法陣が脈動し続けていた。

 その魔法陣を観て、朝日奈は忌々(いまいま)しげに「魂掠聖典(アヴェスター)か……」と呟く。その言葉に続いて、天智が震える声で現状を補足した。

「魂を奪う魔法陣……『魂掠聖典』。魔法陣を見た瞬間に、魂がかすめ取られていくんだよ……。今の計測だけで、もう被害者は72,000人に達した……!」

「72,000人……!?」

 氷室が、戦慄せんりつに顔を強張こわばらせながら問いかける。

「奴らの狙いは、一体なんなの……? これほど多くの人を傷つけて、何をしようっていうの……!」

 氷室の悲痛な疑問に、涼風が眉間みけんしわを寄せ、かつての戦いで耳にした言葉を思い出した。

「前にファフニールが言っていなかったか?人間の魂を集めて、アフリマンに現世での活動を可能にさせるため……とかなんとか」

 それを聞いた炎堂が、凄まじい殺気を放って叫ぶ。

「そんなことのために、こんなにも沢山の人を殺したって言うのかよ…。ふざけんなよなァ!!」

 朝日奈は天智から受け取ったiPadを力強く握りしめ、仲間たちを見据える。

「……ああ、到底許せることじゃない。お前たち、行くぞ」

   ☆ ☆ ☆

 氷室と涼風が辿り着いた商店街は、物言わぬ死の街と化していた。瓦礫の影から漏れ聞こえるのは、一人の幼い少年の泣き声だけだ。

「……お母さん、起きて! ねえ、お母さん!!」

 倒れ伏した母親の肩を、小さな手が必死に揺らしている。氷室はその光景に胸を突かれ、吸い寄せられるように駆け寄った。

「危ない、画面を見ちゃダメ!」

 氷室は少年の手から、未だ不気味に発光するスマートフォンを払いける。しかし、少年は母親の体から離れようとせず、すがるような瞳を氷室に向けた。

「お姉ちゃん……助けてよ、お母さんが寝たまま起きないんだ……!」

「大丈夫よ、今すぐ……」

 氷室が母親の頸動脈(けいどうみゃく)に指を触れる。……冷たい。体温はまだ残っているはずなのに、指先から伝わるのは、魂が抜け落ちたうつわ特有の、絶対的な静寂せいじゃくだった。

「……嘘。……鼓動が、ない?」

「……氷室、離れろ! 敵が来るぞ!」

 涼風が周囲を警戒し、迫りくるアスラを斬り伏せる。だが、氷室は動けなかった。救うべき命が、自分の掌の中で、すでに「救えないもの」に変わっているという現実。少年の泣き声が、彼女の心を容赦なく削っていく。

   ーーー

 一方、最も被害の大きかった中央通りでは、朝日奈と草壁が生存者の救護に奔走していた。

「美土里、そっちのビルの地下に結界を張って安置所にしておいた!動ける人間は全員そこへ誘導するんだ!」

「了解。……皆さん、こちらへ!頭を下げて、スマホ等の画面は決して見ないでください!」

 草壁は、恐怖に震えながら腰を抜かしている人々を一人ずつ抱え上げ、安全な場所へと運んでいく。朝日奈はその背後を守りながら、押し寄せる絶望の波(アスラ)光槍こうそうで食い止めていた。

「……クソッ、キリがねえ……!」

 倒れた人々を、物言わぬ死体として安置所に積み上げていく屈辱。リーダーとして、守るべき人々を「守る」のではなく「運ぶ」ことしかできない現状に、朝日奈は歯を食いしばる。

   ーーー

 そして駅前広場。そこでは炎堂の怒りが頂点に達していた。

「ファフニール!出てこい、卑怯者が!!どこに隠れてやがる!!」

 炎堂の咆哮ほうこうが駅舎に響き渡る。彼は、人々の日常を文字通り踏みにじった「策略家」を、その拳で粉砕せずにはいられなかった。現れたアスラたちを、憎しみを込めた炎で次々と焼き尽くしていく。

 そのかたわらで、水崎は取り残された人々を避難させようと駆け回っていた。

「早く逃げて! ここはもう危ないから!」

 水崎が必死に叫ぶ中、広場の中心で、その場から一歩も動こうとしない男子高校生を見つける。

「君!早く、ここから離れて!」

 水崎が彼の肩を掴んだ、その時。高校生は顔を上げ、涙でぐちゃぐちゃになった顔で水崎を見つめた。その腕の中には、力なく頭を垂れた一人の少女が抱えられていた。

「……彼女が……息をしていないんです……。さっきまで、一緒に笑ってたのに……画面を見た瞬間に……っ!」

 彼の絶望的な告白に、水崎は息を呑んだ。彼女の手に触れる。……呼吸も、脈も、完全に停止している。

「助けてください……っ、お願いです、助けて……!!」

 少年の叫び。それは炎堂の耳にも届いた。

ファフニールが成したこと。それは単なる混乱ではなく、何万という「死」の確定だった。

「……あいつら……っ、絶対に許さねえ……!!」

 炎堂の全身から、憎悪のあかい炎が噴き出す。

3つの戦地で、イザナギの戦士たちは「救えない現実」を突きつけられ、戦う理由そのものを根底から揺さぶられていた。

   ☆ ☆ ☆

 その惨状を、街を見下ろす高層マンションの最上階から、優雅に眺めている影があった。それはもちろんファフニールだ。そこに他の幹部3人が姿を現す。

「おい、ファフニール。一体これは何が起きているんだ?」

 不機嫌そうに声を上げたのは、武闘家としての矜持きょうじを持つヴリトラだ。己の拳で捩じ伏せることを好む彼にとって、この不可解な現象は理解しがたいものだった。

「急にアフリマン様のもとに人間の魂が集まっているけど、これもアンタの仕業なの?」

 格闘家として洗練された肉体を持つビアーが、自身の体にみなぎる異常な神力に戸惑いながら問いかける。

魂掠聖典(アヴェスター)を使ったんだよ。お陰で必要な魂が一瞬で集まった。アフリマン様が力を取り戻しつつあるお陰で、お前たちの力も増しているだろう?」

 ファフニールが事も無げに答えると、調教家であるキルケーが、自身の鞭をもてあそびながら低く笑った。

「そういうことかよ。道理で前にイザナギに斃された俺のペットたちが復活したわけだ」

 ファフニールは街を見下ろしながら言う。

「72,000の魂。ソロモンの数字を冠したこの供物は、すでにアフリマン様の血肉となった。……もはや、あの羽虫どもに救えるものなど、何一つとして残ってはいないのだよ」

 救いも、奇跡も、物理的な法則すらも。

策略家の掌の上で、すべては「確定した絶望」へと塗り替えられていた。

   ☆ ☆ ☆

 一方、未だ紫煙しえんの届かぬ、静謐せいひつ静寂せいじゃくに包まれた一角があった。

 鳴上邸の門前に立つ、黒瀬廻と永倉月夜。

 高くそびえる門扉もんぴは、外部の喧騒けんそうを拒絶するように冷たく閉ざされている。その奥には、去年のクリスマスの日に、黒瀬自身の手で殺めた男――鳴上雷牙の父、雷蔵が静かに息を潜めているはずだ。

「……廻、何かあっても僕が必ず助けるから」

 自分が殺めた者の親が居る家に入るなど、肉を持ってライオンのおりに入るような、正真正銘の自殺行為とも言える。

 黒瀬は、自分の右掌を見つめる。

あの日、鳴上雷牙の命を奪った感触は、今も消えない泥のように心にこびりついている。だが、その掌を強く握り込み、彼は迷いを断ち切るように一歩踏み出した。

 冷たい鉄の門に、黒瀬の手がかけられる。

その感触が、これから始まる「因縁の清算」の開始を告げていた。

ーーーーーーーーーー

【仮面ライダーアドラヌスに関する現在公開可能な情報】

紅虎ベニドラ

全長840cm その身に炎を纏い突撃するなどのフィジカル全振りの攻撃を得意とする。

【仮面ライダーナーイアスに関する現在公開可能な情報】

蒼鯨ソウゲイ

全長880cm 頭頂部から鉄砲水を放ったりと中遠距離からの攻撃を得意とする。

ーーーーーーーーーー

次回予告

 奪われた7万越えの魂をかてに、神力の出力を得た4幹部の猛攻がイザナギを蹂躙じゅうりんする。6人の戦士が膝を突き、世界が絶望に染まりきったその時、戦場に一筋の雷光が走った。そこに居たのは去年の聖夜クリスマスにその命を散らした鳴上雷牙だった。

第35話:再び、神鳴り響く/和解の後奏(アウトロ)

 仮面ライダーラグナロク第34話『和解の間奏/掌の魂掠聖典』を読んで頂きありがとうございます。柊叶です。今回は全体を通して容赦のない無惨な光景が広がる回となりましたが、いかがでしたか?私としましては非常に楽しく書かせて頂いております。14話で雷牙が雷電転送に関して述べていたのに結局使わずに聖夜の日に死んでしまったものですから、ここに来て初使用キタァーー!!って、今テンションぶち上がっています。

 仮面ライダーラグナロクも段々と最終回が近づいております。そして、この時期になってくれば夏映画も近づいていますね。今の所は42話の次とかに、公開タイミングに合わせて最初に時系列を説明して前半後半の2話完結型で書こうかなって思っています。

 次回35話、お楽しみに!!!

柊叶

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