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第33話 『和解の前奏/武闘家ノ宿願』

〜前回の仮面ライダーラグナロクは〜

 母・菫の愛と天照大御神の慈悲を受け、黒瀬は「守るための力」を掌中にした。永倉の心に深く刺さった闇の楔を、黄金の光をもって封印。そして、二人の人生を狂わせた仇敵ウォルトゥムヌスを、満天の月の下で冷徹に掃滅する。

 復讐の連鎖を断ち切り、少年は静かに、大切な友が待つ日常へと歩み出した。だが、その平穏を揺るがす「武闘家」の影が、すぐそこまで迫っていた――。

 深夜の静寂に包まれた隠れ家。

カチリ、と小さな音を立ててドアが開いた。

 月光の残滓ざんしを纏ったまま、黒瀬は音を殺して中へ入る。冷え切った空気が、彼の帰宅を告げるようにわずかに揺れた。黒瀬は、脱ぎ捨てたローブの重みも忘れたかのように、吸い寄せられるようにして自分の寝室へと向かう。

 そこには、一羽の八咫烏(ヤタガラス)が枕元で守る中、一人の少年が深い眠りに落ちていた。

「……ん……っ……」

 永倉月夜。

かつての狂気も、エレボスの冷徹な影もそこにはない。少しだけ開いた唇から漏れるのは、小さくて、どこか幼さすら感じさせる、あどけない寝息だった。

 黒瀬はその枕元に膝をつき、じっと相棒の顔を見つめる。地獄のような数日間。誰にも介入させず、ただ独りで背負い続けてきた「責任」と「罪」。そのすべてが、この規則正しく、可愛いとも言える寝息を聴くだけで、静かに報われていくのを感じていた。

「…………おかえり、月夜」

 小さな、独り言のような囁き。

黒瀬の口角が、自然と柔らかく持ち上がる。廃工場で見せた「死ね」と断じたあの瞳と同じものとは思えないほど、慈愛に満ちた、優しい笑みがそこにはあった。

   ☆ ☆ ☆

「おらぁぁぁ! 炎堂、アンタ物理が68点ってどういうことよ! これじゃ平均点以下じゃない!」

「うるせぇ水崎! お前ら理系選択組はいいよな、こんな難解な数式見ただけでパッと解けちまうんだからよ!」

 5月。実力テストの結果が返却された直後の3年生。

 将来を約束された才能が集まる玉帝学園において、平均点70点超えは当たり前。物理のトップに君臨する水崎にとって、炎堂の点数はもはや突っ込まずにはいられない「異常事態」だった。

「まったく、 四天王の1人の私がこれだけ教えてあげたのに!」

「うっ……!!だ、誰が頼んだよ! 物理なんて気合でどうにかなるんだよ!」

 鼻息を荒くする水崎の横で、化学と地学で首位を守り抜いた現生徒会長・涼風が、満点の答案を涼しい顔で片付けながら呆れたように溜息をついた。

「炎堂、お前の論理は相変わらず支離滅裂だ。地学的に言えば、お前の熱量は活火山並みだけど、それを制御する知性という名の地層がスカスカなんじゃないか?爆発して終わり、じゃ困るんだよ」

「涼風まで……! 理屈じゃねーんだよ、男は魂なんだよ魂!」

「あはは……。まあまあ二人とも、それくらいにしておこうよ」

 そう言って苦笑いしながら割って入ったのは、転入してからというもの数学で常にトップを走る氷室だ。

「炎堂くん、得意な世界史は今回も凄かったじゃん。シズクも、あんまり怒るとせっかくの綺麗な数式に雑味が出ちゃうかもよ? 正確な『解』こそが、私たちの武器なんだから」

 水崎は「……まあ、希愛のあがそう言うなら今回は見逃してあげるわよ」と顔を背ける。

 物理、地学、数学。それぞれの専門分野の言葉で浴びせられる容赦のない「正論」の嵐に、炎堂は両手を上げて降参するように呟いた。

「……たく、何だよその各教科による弄り方は……。俺の頭がオーバーヒートしちまうだろ」

 炎堂の情けないぼやきに、顔を見合わせた水崎、涼風、氷室の3人が、思わずといった風に吹き出した。つられて炎堂も、悔しそうにしながらも白い歯を見せて笑う。

 放課後の教室に響く、4人の笑い声。

それはイザナギの使命も「神殺し」の重圧も、この瞬間だけはどこか遠くに追いやったかのような、かけがえのない穏やかな風景だった。

 だが、その輪の中心にあった涼風のスマートフォンが、短い振動と共に着信を告げる。画面に表示された『朝日奈 煌成』の名前を見た瞬間、4人の間に流れていた温かな空気は、瞬時にしてイザナギのそれへと切り替わった。

「……朝日奈さんだ」

 4人は教室を出て、階段を昇り屋上に行くための施錠された扉の前まで行き、周りに他の生徒が居ないのを確認してから、涼風が通話ボタンを押し、スピーカーモードに切り替える。

『――涼風、みんなもいるか。今、天智の使役する天使から報告が入った。……黒瀬君が、永倉を救出したそうだ』

「……! 黒瀬が……」

 驚きに目を見開く4人に、朝日奈は言葉を継ぐ。

『他にも伝えるべきことがあるから、今日の放課後、イザナギのメインホールに来てくれるか?』

 涼風が代表して「分かりました」と伝える。

「ーーとの事だ」

 涼風が電話を切ると氷室が「何かあったのかな?」と少し不安そうな顔をする。

「大きな問題なら今すぐにでも招集が掛かるだろうし、俺たちも神力感知で何かを感じ取っているだろうし、今はまだそんなに心配する必要はないだろう」

「……そうだね」

   ☆ ☆ ☆

 同じ頃。正午。

学園に昼休みのチャイムが遠く響く頃、ガレージの中は静まり返っていた。

「……っ、…………」

 永倉が、重いまぶたをゆっくりと押し上げた。

全身を走る鈍い痛み。けれど、すぐに傍らに感じる「気配」が、彼の不安を霧散させた。

 ベッドのすぐ脇。

黒瀬が床に正座したまま、ベッドの端に両腕を枕にして、深い眠りに落ちていた。

「……廻」

 その拳に刻まれた痛々しい傷跡が、彼が自分を救うためにどれほど無茶をしたかを物語っている。

(ずっと……側にいてくれたんだな)

 自分がゾロアスターに利用されたせいで、黒瀬を窮地きゅうちに追い込んだはずなのに。それでもこうして寄り添ってくれる事実に、永倉の胸の奥は、熱い安心感で満たされていった。

「ただいま…廻」

 その言葉と同時に、月夜の胸を占めていた「申し訳なさ」は、温かな「信頼」へと変わった。自分が『エレボス』という作られた存在であったとしても、こうして呼んでくれる相手がいる。帰るべき場所がある。

 ふと、永倉の視線が、黒瀬の寝顔に落ちる。

普段は人を寄せ付けない鋭い双眸そうぼうは、今は長い前髪の向こうに隠されていた。

(……ちょっとだけ、見てみたいな)

 永倉は左手をゆっくりと伸ばした。

起こさないよう、壊れ物に触れるような手つきで、指先を黒瀬の前髪に引っかける。そっと持ち上げると、隠れていた端正な目元があらわになった。

(……廻……まつ毛、長いな……)

 まるでおとぎ話の騎士が眠っているような、あまりに綺麗な寝顔。永倉は思わず、安堵あんどと少しの気恥ずかしさで目を細めると、「ふふっ」と声を漏らして笑った。

「――なーにやってんだよ、月夜」

 不意に届いた、低くて少し眠そうな声。永倉は弾かれたように目を開けた。

「あっ……起きてたの!?」

 前髪を上げたままの手が空中で固まる。

黒瀬はそれを避けるでもなく、薄く開けた瞳で、じっと永倉を見つめていた。

「さっきな」

 廻は気怠(けだる)そうに頭を上げると、永倉の手から離れるようにして、少し乱れた髪を無造作にかき上げた。

「お前がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでるから、寝てられなくなったんだよ」

「ニヤニヤなんてしてないよ! ……ただ、まつ毛長いな、って思っただけだもん」

「……男に言うセリフじゃねーだろ、それは」

 そう言われて永倉は照れ隠しに笑いながら、ベッドの端に座り直す。正午の柔らかな光が、ガレージの隙間から二人の間に細い筋を作っていた。

 ふと、黒瀬の表情から温度が消え、静かな真剣みが宿る。

「月夜。……アルヴィースの件なんだが」

 その名が出た瞬間、永倉の肩がわずかに跳ねた。

「……うん。僕も、そのことはずっと訊きたかった」

 永倉は膝の上で拳を握りしめ、震える声を絞り出す。

「どうして廻は教えてくれなかったの? 僕が……僕の家が、あの日からずっと『作られた存在』で。僕はただ、ラグナロクを守るっていう命令プログラムに従わされていただけだってこと……」

 自分の優しさも、永倉を想う気持ちも、すべては誰かに仕組まれた偽物だったのではないか。その恐怖が永倉の瞳を揺らしていた。

「……俺は、嬉しかったんだ」

 黒瀬は、永倉の瞳を真っ直ぐに見つめて返した。

「お前が俺のことを一番に考えてくれて……。でも、それがとてもラグナロクの命令プログラムに従っているようには思えなかった。俺にはお前が、ラグナロクの人形のようには思えなかったんだよ」

 黒瀬の声は、どこまでも穏やかで、確信に満ちていた。

命令プログラムだろうが何だろうが、俺を救ってくれたあの時の言葉も、今ここで俺を見てるその顔も……俺にとっては、全部本物なんだ」

「……廻……」

 永倉の瞳から、堪えていたものが溢れ出し、頬を伝った。自分が何者であるかという絶望を、黒瀬の「嬉しかった」という一言がすべて塗り替えていく。

「……そっか。……嬉しいな。僕、廻の相棒でいて、本当に良かった……」

「俺も…お前が相棒でよかったよ」

   ☆ ☆ ☆

 放課を告げるチャイムが学校内外に響く。殆どの生徒が部活に行ったり下校したりするなか、涼風たち4人は一階の理事長室に入り、そこからイザナギに転移する。しばらく廊下を歩き、メインホールに入る自動扉が開き涼風を先頭に入っていく。

「遅れてすみません」

 涼風の声が静まり返ったメインホールに響く。中央の円卓には、すでに朝日奈、草壁、そして天智が待機していた。朝日奈は椅子から立ち上がると、昨夜の出来事を総括するように、落ち着いた声で4人を迎えた。

「急に呼び出して済まない。……天智、例の映像を再生してくれ」

 朝日奈の合図で、メインモニターに天智のiPadの映像が映し出された。そこには、廃工場で対峙する黒瀬とウォルトゥムヌスの姿。そして、黒瀬が激情のままに叩きつけた「告白」が、音声と共に記録されていた。

『お前は朝日奈として俺に、月夜を陥れたのはイザナギだと認識させた……!』

『そのことで俺の中にある復讐心をイザナギに向けさせて、宝珠ほうじゅを奪わせるための人形に変えた……!』

 スピーカーから流れる黒瀬の、絞り出すような怒号。それを聴いた瞬間、ホールにいた全員に戦慄が走った。

「……そういうことだったのか」

 涼風をはじめ、3年ズ4人は全員視線を床に下ろした。

「黒瀬くんは、ゾロアスターと手を組んだんじゃなくて、永倉くんを救うために…」

「ああ、やっぱりあいつは俺たちを完全に敵としてはみていないんだよ。

 3年ズは直ぐに顔を上げて笑顔になる。

「何はともあれ、これで確定したことがある。それは、黒瀬君と和解する上での弊害へいがいが無くなったと言うことだ」

 朝日奈の言葉に涼風が「待ってください」と意を唱えた。朝日奈は「どうした?」と返す。

「その、黒瀬のことですから、まだ鳴上さんのことを気にしているかと思います」

「それなら心配は要らない。おそらくだが、その点も黒瀬君は何かを考えているはずだ」

「なんでそう思えるの?」

 草壁が問う。

「前に彼と戦ったときの去り際に彼は俺にこう言い残して行ったんだ。“ただ背負い続けるだけで終わるつもりはありません”ってな」

 それはつまり、と3年ズは前のめりになる。

「おそらくだが、黒瀬君は雷牙を何らかの方法で復活させようとしてるんじゃないかと俺は考えている。だがそんな事はいくら神の力、ましてやラグナロクの力であればそう簡単に行えるものじゃあない」

 朝日奈の言葉に、炎堂が「どゆこと?」と露骨に首を捻る。そんな彼に気づき、草壁が冷静に解説を加えた。

「炎堂、ラグナロクが『終焉』の力だということは分かっているでしょう? 物事を終わらせ、無に還す。それが彼の神力の根源なの。それに対して、今ここにいる私たちの持つ神力は――すべて『創造』の力なのよ」

 草壁の言葉を受け、炎堂の表情に驚きが走る。

「創造の力……」

「そう。命をはぐくむ大地、流れる水、吹き抜ける風。これらはすべて、無から有を成し、世界を形作る力。新たな命の器を錬成するなんてことは、『終焉』をつかさどるラグナロク単体では、概念的に不可能なのよ」

「てことは…俺らの力なら…」

「残念だがそれは不可能だ」

 炎堂が抱いた期待を、朝日奈の声が静かに、だが冷徹に遮った。

「俺たちの持つ神法は確かに『創造』だが、死者を呼び戻すなんて領域は神の禁忌きんきだ。人間に許された出力じゃ、どうあがいても届かない…」

「じゃあ、黒瀬くんはいったいどうやって…」

 氷室がすがるように問う。朝日奈は視線をモニターに映る黒瀬の背中に戻し、静かに言葉を継いだ。

「それを訊くためにも、彼と和解をしなくちゃならない。彼が一人で不可能な領域に手を伸ばそうとしているなら、俺たちに少しでも手伝えることがあるはずだ。……そのために力を貸したいからな」

 その言葉には、かつて黒瀬を「厄災やくさい」と断じた自分への悔恨かいこんと、今度こそ共に歩みたいというリーダーとしての、そして一人の人間としての決意が滲んでいた。

「どうやらイザナギの方針は決まったようね」

 iPadを片手に天智はホール内を見渡す。

水崎が力強く頷き、涼風も「ああ。満場一致だな」と応じる。イザナギの意志が、かつてないほど強固に結びついた瞬間だった。

   ☆ ☆ ☆

 一方、災厄の大三角形トライアングルの件から姿を見せていなかったヴリトラは、人里離れた採掘場にいた。無造作に召喚したアスラを、手に持つ杖で軽々と一掃し、彼はふぅ、と長く、熱い息を吐き出す。

「……ははっ。やはり、アスラを幾ら壊したところで、心臓の鼓動は速くならんな」

 西の空、山の端に太陽が沈みきった瞬間。ヴリトラの肌を刺していた冷たい夜風の感覚がふっと消え、見えない膜に包まれたような独特の浮遊感が全身を覆った。

「……ふん。またバリアが張られたか」

 ヴリトラは自身の掌を握り込み、どこか寂しげに笑う。常時展開される絶対的な加護。痛みも死も届かないこの「無敵」が、武を志す彼にとっては皮肉にも最大の足枷あしかせだった。唯一、その加護が解けるのは日没直前のわずか5分間だけ。

「インドラ……。あいつの雷なら、その刹那に死を感じさせてくれると期待していたんだがな」

 雷神・インドラ。いつか剣を交え、己に死の恐怖を教えてくれるはずだった最高の獲物候補。だが、その神は戦う前にラグナロクの手によって消された。

「やはり、今はこの世界でお前だけだ……。俺に『死』を幻視させ、俺を武の高みへと連れて行ってくれるのは」

   ☆ ☆ ☆

 翌日、早朝。

街が活動を始める前の、薄藍色の静寂が支配する時刻。臨海地区のコンテナヤードに黒瀬は立っていた。数分後、1つの足音が聴こえてきた。

「俺に何か用か?ヴリトラ」

「……フフ、相変わらず鋭いな、ラグナロク」

 ヴリトラは杖を地面に突き刺し、両手首を回す。

「用など決まっている。俺のこの、死に損ないのような退屈を終わらせてくれるのは、もはや貴様しかいないからだ」

 ヴリトラは自身の掌を握り、開き、どこか愛おしそうに自分の身体を眺める。

「今はまだ、忌々(いまいま)しいバリアに守られた無敵の時間だ。だが、貴様なら……この絶対の加護の上からでも、俺の魂を震わせる一撃を届けてくれるのではないか? そう期待せずにはいられんのだ」

 黒瀬は冷え切った空気を深く吸い込み、無表情(ポーカーフェイス)のままヴリトラを見据える。

 この邪神は、悪意で動いているわけではない。ただ、純粋すぎる武への渇望かつぼうと、自分を終わらせてくれる強者への歪んだ敬愛。それが今の黒瀬にとっては、どんな悪意よりも厄介で、重い。

「……生憎だが、俺は誰かの自殺志願に付き合うほど暇じゃない。お前の退屈なんて、俺の知ったことか」

「ははっ! 言うようになったな。だが、その冷たさこそが『終焉』を司るラグナロクに相応しい」

 ヴリトラは長杖を無造作に構え、神力を爆発させた。その神力の波動がコンテナヤードの影を焼き払い、早朝の静寂を暴力的に引き裂く。

「インドラをほふり、神のことわりを超えた貴様の力……。この無敵の牢獄ごと、俺を貫いてみせろ!」

 ヴリトラが地を蹴った。

一瞬で距離を詰め、放たれる杖の一撃。黒瀬はそれを紙一重でかわしながら、腰の宿命之帯(フェイトドライバー)に手をかけた。

「……後悔するなよ、戦闘狂(ヴリトラ)。お前の望み通り、最高の『死』を刻んでやるよ、変身」

“仮面ライダーラグナロク”

 ガギィィィン!!

具現化された魔剣ダーインスレイヴと、黄金の長杖が激突する。火花が朝の薄闇を鮮烈に焼き払い、衝撃波で周囲のコンテナが飴細工のようにひしゃげた。

「いいぞ……いいぞ、ラグナロク! 貴様の踏み込み、その太刀筋……やはり他とは格が違う!」

 ヴリトラは歓喜に声を上げながら、杖を旋回させて猛攻に転じる。

 点、線、面。あらゆる角度から繰り出される杖の連撃は、もはや一つの生命体のように蠢き、ラグナロクの急所を的確に突き穿とうとする。

 ラグナロクは魔剣を盾にせず、最小限の太刀筋で全ての打撃を弾き、あるいは受け流す。一撃ごとにヤードの地面が爆ぜ、吹き上がる土煙。ラグナロクは絶対攻略(フルスキャン)を使用しながら戦いを進める。

 ガギィィィン!!

 魔剣と長杖が真っ向から噛み合い、激しい火花が2人のバイザーを鮮烈に照らし出す。至近距離、力と力が拮抗する中で、ラグナロクとヴリトラは数秒の間、互いの視線をぶつけ合い、睨み合った。

「……フンッ!」

 同時に神力を爆発させ、互いの武器を弾き飛ばすようにして数メートル距離を置く。着地したラグナロクは、右手の魔剣を、もはや不要と言わんばかりに無造作に放り投げた。朝の冷たい大気を切り裂き、魔剣がヤードの端へと飛んでいく。

 それを見たヴリトラの眉が、ピクリと動いた。

「……ほう? 武器を捨てるか」

 ラグナロクは答えず、破壊之宝珠(デストロイチャーム)をドライバーに装填した。

“WITHデストロイ”

 水色の神力が四肢に収束し、装甲がより肉厚に、破壊に特化した形状へと変形していく。周囲の空間がその重圧でミシミシと軋みを上げ、足元のコンクリートが自重に耐えかねて沈み込んだ。

 その光景を見たヴリトラは、一瞬の沈黙の後、喉の奥から込み上げるような愉悦を吐き出した。

「……ハハッ! 徒手空拳(ステゴロ)か! いいだろう、これこそが武の極致よ! 貴様のその拳、俺のこの不滅ごと砕いてみせろッ!」

 ヴリトラもまた、手にした長杖を、敬愛すべき宿敵の振る舞いに倣うように投げ捨てた。

 長杖は、ただの「棒」として虚空を舞う。

武器という媒体を介さない、純粋な肉体と命のやり取り。

「来い、ラグナロクッ!!」

 ヴリトラが咆哮ほうこうと共に地を蹴った。

それに応えるように、ラグナロクもまた青き衝撃波を足元に爆発させて突進する。

   ☆ ☆ ☆

 同時刻、一際大きな衝撃がガレージの壁を揺らした。それは、ラグナロクがデストロイフォーム特有の、破壊の神力を爆発させたあかしだ。そのわずかな震動を肌で感じた瞬間、永倉はソファから身を乗り出し、窓のない壁の方へと視線を向けた。

「……廻……」

 胸の奥、封じられた闇が外の熱気に当てられたようにわずかにうずく。けれど、それ以上に永倉の心を締め付けていたのは、耐え難いほどの「もどかしさ」だった。

 今すぐ駆けつけたい。

あの日、黒瀬が自分のことを救ってくれたように、今度は自分が彼の背中を支えたい。

 だが、永倉の足をソファに縛り付けているのは、他ならぬ黒瀬自身が下した「待機命令」だった。

『お前はここで待機してろ。……いいな、月夜。何があっても、外には出るな』

 あの時、自分を見つめていた黒瀬の瞳。あれは「お前は弱いから来るな」という拒絶ではない。「またお前を失うような目には遭いたくない」という優しさのあらわれだった。そのことは永倉は痛いほど理解していた。

「……分かってる。僕が行けば、廻は僕を守ることに必死になって……自分の命を後回しにするんでしょ?」

 永倉は膝の上で、力なく拳を握りしめた。

今の自分にできるのは、黒瀬の言葉を信じて待つことだけ。だが、外から響く破壊の音を聴くたびに、「一人で戦わせたくない」という想いが胸の内で渦を巻き、視界がにじみそうになる。

「……っ、廻……廻……っ」

 ふと見つめたベッドの傍ら。ほんの数時間前まで、そこには黒瀬がいた。自分を救うために負った傷もいとわず、正座したまま眠ってしまうほど、ずっと側にいてくれた。あんなに端正たんせいな寝顔で、あんなに温かい気配で、自分を包み込んでくれていたのに。

 それなのに、今は、隣に彼がいない。

「……あ……う……ああああああッ!!」

 永倉は耐えきれず、自らの頭を両手で強く掻き抱いた。黒瀬のいないこの部屋の空気が、まるで毒のように体をむしばんでいく。側にいたい。彼の背中に触れたい。彼が流す血の一滴まで、自分が代わりに引き受けたい。

 黒瀬へのつのる想いが、制御不能な熱となって永倉の瞳から溢れ出した。ボロボロとこぼれ落ちる涙は、もはや「心配」という言葉では片付けられない、執着に近い激情に染まっている。

「側に……居させてよ……廻……っ! なんで、独りで行っちゃうんだよ……!!僕だって……戦えるのに……っ! 君を守るための力が、この中にあるのに……!!」

 永倉は自身の胸元を、爪が食い込むほどに強く握りしめた。心臓の奥に封じられた、禍々(まがまが)しくも強大なエレボスの力。それが今、かつてないほどに昂ぶり、ラグナロクの危機を救えと永倉の全身を突き動かしている。

   ☆ ☆ ☆

 その頃、ラグナロクとヴリトラの戦いはさらに激しく白熱化していた。

「いいぞ、いいぞラグナロク!まだ力が増していくな!」

 ヴリトラが狂喜の声を上げ、拳を叩きつける。

もともとラグナロクは、感情のたかぶりや変化によって、単なる神力による身体強化とは一線を画す「力の増幅」を行える性質を持っていた。

 それは表面的なフィジカルの底上げではない。感情の昂りに呼応し、宝珠チャームに宿る力の根源そのものが純度を増すものである。

 かつてクリスマスの日にも鳴上雷牙の命を奪ったあの惨劇も、いま使用している破壊之宝珠(デストロイチャーム)に宿る制御不能な「破壊」の根源の暴走が引き起こしたものであった。

(……まずい。このままじゃ、また……!)

 黒瀬のなかに徐々に破壊の衝動が侵食して来ていた。だが今ここで戦いを止めれば一気にヴリトラに戦況が流れ込んでしまう。そんな板挟み的な状況下に追い込まれていたそのとき、横から無数の神力の気配をラグナロクとヴリトラは感じ取った。その正体はイザナギの仮面ライダー達だった。

「チッ、俺とラグナロクの戦いに水を差すなァ!」

 ヴリトラは忌々(いまいま)しげに吐き捨て、イザナギの面々を睨みつける。ヴリトラが軽く腕を振るうと、地面から溢れ出したアスラが巨大な影の壁となり、変身した朝日奈たちの行く手を完全に封鎖した。

「黒瀬くん!!」

 フレイヤの叫びが、激しい戦闘音とともに遠ざかる。だが、その声さえも今のラグナロクにとっては「呪い」でしかなかった。嘗ての仲間が近づけば近づくほど、あの日、鳴上雷牙を自らの手で葬った記憶が鮮明に蘇り、破壊之宝珠(デストロイチャーム)の根源が黒瀬の理性を喰らい尽くしていく。

「ア……ガ、アアアアアアアアアアッ!!」

 昇りきった朝日が、無慈悲なほど鮮明に臨海ヤードを照らし出す。アスラに阻まれ、必死に手を伸ばすことしかできないイザナギ。ガレージの静寂の中で、黒瀬の魂が壊れていく振動を肌で感じ、血を吐くような想いで祈り続ける永倉月夜。

 武闘家(ヴリトラ)宿願エゴが地獄を構築していく

ーーーーーーーーーー

【仮面ライダーエレボスに関する現在公開可能な情報】

月下ノ覇者(ナイトロード)

全長2.09m 全幅0.69m 全高1.14m シード高0.96m 乾燥重量169kg 最高時速879km

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次回予告

 暴走の臨界点に立つ黒瀬。その魂を繋ぎ止めるための、必死の叫びがヤードに響き渡る。激闘の果て、イザナギから差し出された和解の申し出。だが、その握手の行方は未だ霧の中にあったーーー。

 一方、誰もが安堵あんどに胸をなでおろすその影で、策略家(ファフニール)は独り、密かに牙を研ぎ始めていたーーー。

第34話:和解の間奏インターリュード/掌の魂掠聖典(アヴェスター)

 仮面ライダーラグナロク第33話『和解の前奏/武闘家ノ宿願』を読んで頂きありがとうございます。柊叶です。今回はイザナギが黒瀬との和解に移り出すことを決めて、幹部の一人、ヴリトラが何故ラグナロクとの勝負に拘るのか、そして4話と15話での出来事の回収?が行われる回でしたが、如何でしたか?楽しめましたか?

 ここ最近はト書きの部分に作者的には拘りを置いてますが、従兄弟に読ませたところ(29-30)「ひでぇ」と言われました(笑)なんでこんなに主人公虐められるの?とかも言われました。

 自分はどうせやるならトコトンやるタイプなので、そこら辺はご了承下さい。たぶん34話もそうなりますので、楽しみにしていてくれたら嬉しいです。

柊叶

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