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第32話 『救いの光/殺意に埋まる満天の月』

〜前回の仮面ライダーラグナロクは〜

 永倉を救うため修羅と化した黒瀬は、仲間から全ての宝珠を掠奪し、天照大御神への「神殺し」を敢行する。

だが、その暴走を止めたのは、参拝に訪れた母・菫の、いつもと変わらぬ穏やかな叱咤だった。母の口から明かされたのは、廻の命が天照大御神の祝福によって授けられたという驚愕の真実。己の肉体そのものが神の愛の証だと知った廻は、激しい後悔と共に、神の前で膝を突く。

 その裏で、変身能力を失い満身創痍のイザナギの面々も、それぞれの意志で再び立ち上がろうとしていた。

「だからね、廻。自分を粗末にしちゃダメよ。貴方は、神様と私が、一番大切に守りたかった子なんだから」

 菫の優しい言葉が、廻の張り詰めた心を粉々に砕いていく。「神殺し」の剣を握っていたはずの拳は、もはや力なく垂れ下がっていた。

「…………っ」

 黒瀬は声も出さず、ただ自身の拳を凝視した。

母の願いに応えた神。その神を、自分は「道具」として利用し、あまつさえ殺そうとした。その事実が、刃となって廻の胸を深く突き刺す。

 彼はそのまま、石段の上に深く膝を突いた。

崩れ落ちたのではない。自らの意志で、自らの罪を神の御前に差し出すための跪きだった。彼は、額を冷たい石床に強く押し付ける。

「……申し訳、ありませんでした」

 かすれた、けれど芯のある声。そこには、泣きじゃくるような弱さではなく、犯した大罪を正面から受け止める、冷徹なまでの自省があった。

「一族として……いや、一人の人間として、越えてはならない一線を越えようとしました。……天照大御神(アマテラスオオミカミ)、いかなる罰も受ける覚悟です」

 神の前で、廻は一切の弁明を捨てた。

菫はそんな息子の隣で、ただ静かに、その背に手を添えている。天照大御神は、拝殿の奥から溢れ出すような光を湛え、跪く親子を静かに見下ろしていた。

「……顔を上げなさい、黒瀬廻。貴方が求めたのは破壊ではなく、救済であったことを、私は知っています』

「……それでも、俺は……っ」

 黒瀬は、顔を上げることができない。自分の命そのものが、この神から授かったものだと知った今、その尊さを汚そうとした自分自身が、たまらなく忌々(いまいま)しかった。

「……天照大御神、厚かましい願いであることは承知しています。ですが……俺はどうなってもいい。永倉月夜を、あの闇から……あいつを救う力を、俺に……!」

 謝罪と、懇願。それは、自分のためにではなく、ただ一人の友を救うための、命を懸けたいだった。

「……黒瀬廻。エレボスの闇は、既に彼の魂の深層に根を張っています。もし私が、最高神の光をもって闇を打ち消そうとすれば、彼の魂ごと消滅させてしまうでしょう。……それこそが、ファフニールの狙いです』

「……っ、あいつ……」

 神に友を殺させる。それによって、黒瀬を「神をも呪う孤独の獣」へと堕とす。その卑劣な計画を聞き、黒瀬の瞳に、静かな、けれど苛烈な火が灯った。

「おれは…いったいどうすれば…」

「黒瀬廻……貴方は何も気にせず、永倉月夜に魔剣を突き立てなさい。……光の調整は、全て私が行いましょう」

「な……っ!? 剣を突き立てるなんて、そんなこと……!」

 驚愕する黒瀬を、神の瞳が静かに射抜く。それは突き放すような冷たさではなく、自らが授けた命の器に対する、絶対的な信頼だった。

「案ずることはありません。貴方の「完全錬成(クリエティ)」で、私を宝珠チャームへと変え、その力を魔剣に宿すのです。私の神力と貴方の神力が重なれば、彼を闇ごと消滅させず、闇自体を魂の底へと封じ込めることができるはずです」

「天照大御神、……あなたを宝珠に変えるなんて、そんな……」

「それが私の意志です。……さあ、黒瀬廻。友を救いたいというその「殺意」にも似た強い願いを、今こそ力に変えなさい」

 黒瀬は唇を噛み締め、震える手を伸ばした。

神をその手で「加工」する。それこそが、唯一の救済。

「……完全錬成(クリエティ)!!」

 黒瀬の指先が天照大御神の光に触れた瞬間、最高神の莫大なエネルギーが、黒瀬の意志によって凝縮され、掌の中に一つの太陽――|太陽之宝珠“アマテラスチャーム》が形成される。

「…………ッ!!」

 黒瀬は太陽之宝珠(アマテラスチャーム)を胸の前で握りしめる。神の温もりと、託された意志の重さが、てのひらを通して伝わってくる。

「……ありがとうございます……」

 短く、けれど万感の思いを込めた感謝。黒瀬は顔を上げて山を降りようと神殿に背を向ける。

「廻」

 菫が、いつも通りの穏やかな声で、息子を呼ぶ。

「……いってらっしゃい。気をつけてね、廻」

 学校へ送り出す時と、何ら変わらない言葉。けれど、今の黒瀬にとってそれは、たとえまた何があっても「帰る場所」があることの証明だった。

 黒瀬はこぼれ落ちそうな涙を拭き取り、顔だけ振り向かせる。

「……行ってきます。母さん」

 満面の笑みは、まだ見せない。

それは、全ての元凶を断ち、永倉が本当に笑えるようになってからだと、自分に言い聞かせているかのように。

   ☆ ☆ ☆

 黒瀬が山を降り始めた、その頃。

静まり返ったイザナギ支部のメインホール。朝日奈たちは、自分たちを打ちのめして去った黒瀬の圧倒的な力を前に、重い沈黙に支配されていた。

「……炎堂のやつ、さすがに帰りが遅いな」

 涼風が呟く。

「あの体で黒瀬を追いかけたんだ。最悪、また……」

 朝日奈が最悪の事態を口にしようとしたその時、自動ドアが乾いた音を立てて開き、天智光花が入ってきた。その手には使い慣れたタブレット端末が握られている。

「私の式神が炎堂君を見つけたわ」

 天智の淡々とした、けれどどこか焦りを孕んだ声に、全員の視線が集中する。

「黒瀬と遭遇し……一撃でやられたみたいね。その後、黒瀬はファフニールと場所を変えた。私の小さな天使たちが追跡した結果、宝珠は今、全てファフニールの手にあるわ」

 その言葉に、ホールに衝撃が走る。

「黒瀬が持ってるんじゃないのか……?」

 天使たちが見た光景を5人は視聴する。そこにはファフニールに対して永倉を救う方法を聞き出す黒瀬の姿があった。その姿を観て氷室は呟いた。

「黒瀬くんは…永倉くんを救うために私たちから宝珠チャームを奪ったんだ」

「永倉の身に何があったのかは未だに分からないが、すべては自分独りで責任を背負っていたんだな」

 朝日奈はいつぞやの自分のことを思い出す。去年まで玉帝学園の生徒会長として、イザナギのリーダーとしての責任感に縛られていた自分を。

 画面に映る、なりふり構わず咆哮する黒瀬の姿を見つめながら、水崎は炎堂の言葉を反芻していた。

(……お前は中学の時から、一度決めたことは曲げない奴だったよな)

「……涼風、あんた修学旅行の時に黒瀬に何て質問したっけ?」

「?……えっと、『何でそんなに目立つのが嫌なんだ』だったかな。それがどうした?」

「やっぱり……。実は中学の時、私も同じ質問をしたんだよ」

 氷室が「その時には何か答えてたの?」と、すがるように訊く。

「あの時、黒瀬は『話すのが面倒いから』っていつもの調子で返した後に、一言だけこう付け加えたんだ」

『……俺が決めたことに、他人の意見はいらない。……目立って、誰かに介入されるのが一番面倒なんだよ』

「――って。黒瀬が目立ちたくなかったのは、恥ずかしいからじゃない。……自分が決めた道を、誰にも邪魔させないためだったんだ。あの異常な警戒心も、全部自分を守るための壁だったんだよ」

 水崎の中学時代の黒瀬の発言と彼女の考察を聞き、全員がこれまでの黒瀬の行動を振り返る。

「……随分前に、俺は黒瀬に『何故戦うのか』と訊いたことがあった。あの時アイツは『よく分からない』と濁していたが……それもアイツなりの壁だったんだな」

「他にも、宝珠を奪う理由を訊いたときに、『黙れ』と一蹴したのも……彼なりの壁だったってことね」

 草壁は今回の騒動における黒瀬の行動を深く考察する。

「……俺たちは知らず知らずのうちに、黒瀬を苦しめていたんだな。あいつが永倉のことをすんなりと受け入れたのは、永倉だけが……アイツの考えを否定せずに、全てを受け入れてくれたからなんだろうな」

 涼風はそこまで、既に答えを見つけていた。

「……行こう、ファフニールの所に。俺たちの宝珠を取り返す」

 朝日奈の言葉に4人は強く頷く。

「氷室と水崎さんは炎堂君の救助を完了したら俺たちの所に来てくれるか?それまでは何とか持ち堪えるから」

「3人で宝珠を取り返す自信ないんですね」

 氷室の言葉に朝日奈は「まあね」と返す。

「俺と美土里は変身できないし、涼風は変身できても中途半端な力しか出せないからね」

 朝日奈は随分と軽い口調で返す。

   ☆ ☆ ☆

 昼時の水族館前。家族連れやカップルで賑わう広場で、永倉は木製の長椅子に一人で座っていた。かつて2人で来た時と同じ、穏やかな日差し。だが、今の彼の周りだけが影に沈んでいるかのように暗い。

「……やっぱり分かっちゃうか」

 永倉が振り返ったその場には、黒瀬が立っていた。

永倉の瞳には、かつての温かさはなく、どこか自分を追ってきた相棒への嫌悪が混じっている。

「ああ、分かるさ。前に月夜が言ってたろ。俺が助けを求めたとき、何故か脳内に声が聴こえるって。あれはエレボスの力がラグナロクの宝珠から生まれたからだ。逆に言えば、俺は探そうと思えばお前のことは簡単に見つけられる」

 黒瀬の淡々とした、けれど確信に満ちた言葉。それを聞いた永倉は、自嘲気味に口角を歪めた。

「……はは、最悪だ。そんな呪いみたいな力で、まだ僕を縛るつもりかよ」

「縛るつもりはない。だが、離すつもりもない」

「……はぁ……何しに来たの?」

 永倉の声から温度が消える。

「月夜。……お前を独りにした『責任』を、とりに来た」

「責任……?」

 永倉が意外そうな顔をして、それからすぐに自嘲気味に笑う。

「何それ……。勝手に突き放しておいて、今度は責任? 僕をこんなにした『責任』を、どうやってとるつもりさ」

「お前を暗闇に放り出したのは、俺の弱さだ。そのせいで生まれたこの闇は、俺が全部引き受ける。……お前の隣に座る資格なんてねえけど、それでも俺が、お前の隣を離れない。それが俺の落とし前だ」

「……はは、相変わらず勝手だね。……だったら、とってみなよ、責任! 僕のこの『呪い』……お前に全部背負いきれるもんか!!」

“仮面ライダーエレボス”

 永倉が絶叫すると同時に、その背後から溢れ出した闇が物理的な質量を持ち、禍々しい漆黒の触手へと変貌する。

 ドゴォォォン!!

 放たれた一撃が、かつて2人が笑いながら眺めた噴水を粉砕し、木製の長椅子を木端微塵に弾き飛ばした。瓦礫の嵐が吹き荒れる中、黒瀬は一歩も引かずに前を見据える。

「俺はいつだって、自分で決めたことを…放棄したことはない」

 黒瀬は宿命之帯(フェイトドライバー)を装着する。黒瀬が今からやろうとしているのは「勝利」ではない。己が招いた「最悪」に対する、あまりにも過酷な落とし前。

「お前を……このまま死なせはしない」

“ラグナロク、ローディング”

「変身」

“ The fate of death and destruction of the gods.(神々の死と滅亡の運命)仮面ライダーラグナロク”

 魔剣ダーインスレイヴを目の前で左から右に一振りし、触手をはじき返す。

「……いくぞ、月夜」

 水族館前の広場。ラグナロクの魔剣ダーインスレイヴと、エレボスから放たれる闇の触手が激しく火花を散らす。

「重い……ッ!!」

 黒瀬は腕に伝わる衝撃に歯を食いしばる。エレボスの闇は、永倉の「絶望」を燃料にして重さを増していた。

「ほらほら、どうしたんだよ! 責任をとるんじゃなかったのかよ!!」

 狂気に染まった永倉の咆哮ほうこう。だが仮面の下では、その瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた。だがその表情はラグナロクからは確認できない。

(……ぁ、……くるし、い……たすけ、て……)

 だが、ラグナロクはドライバーにある終焉之宝珠(ラグナロクチャーム)からその悲しみを確かに感じ取っていた。

「月夜…」

 黒瀬の瞳が揺れる。

救いたい。だが、今の自分には、この溢れ出す闇を抑え込むための「力」が足りない。

「力を貸してください」

 ラグナロクはドライバーにあるホルダーから太陽之宝珠(アマテラスチャーム)を取り出す。

   ☆ ☆ ☆

「はあああっ!!」

 朝日奈が光槍トリアイナを鋭く突き出し、雑魚敵アスラを貫く。変身は出来なくても、その槍さばきは苛烈かれつそのものだ。

「……涼風! 美土里!」

「はい!」

「任せな!」

 涼風が風錫ケーリュケイオンを振りかざすと、生み出された旋風が敵を宙に浮かせる。そこへ草壁が巨大な大槌ミョルニルをフルスイングで叩き込んだ。轟音と共に敵が粉砕されるが、次から次へと増援が押し寄せる。

「……っ、ハァ……キリがないな……!」

「ファフニールの奴もわざと逃げないでいるわね」

「完全に舐めプですよ、あいつ」

 朝日奈が槍を杖代わりに膝をつきかけた、その時だった。

「――お待たせしました、皆さん」

 頭上から降り注いだのは、無数の水の矢。アスラたちの動きを正確に止める。さらに、地面からは鋭い氷の棘が突き出し、敵の足元を凍結させた。

「氷室! 水崎!」

 朝日奈が顔を上げると、そこには冰剣レーヴァテインを振るう氷室と、水弓シャランガを構えた水崎の姿があった。

「遅れました。炎堂の処置に手間取ってしまって」

 氷室が冷静に告げる。だが、そこに炎堂の姿はない。

「……? 炎堂はどうしたのよ」

「ああ、あいつなら……」

 水崎がニヤリと笑って、ファフニールの背後を指差す。

 アスラの群れの後ろで、高みの見物を決め込んでいたファフニール。その背後から、陽炎かげろうのような熱波が立ち昇った。

「よお、トカゲモドキ。……随分と余裕じゃねえか」

「!? なにっ……」

 ファフニールが振り返る間もなかった。

「オラァッ!!」

 炎堂の灼拳ヤールングローヴィが、爆炎と共にファフニールの横面に叩き込まれる。衝撃でよろめいたファフニールの腰元、奪われた宝珠チャームを無造作に入れていた巾着袋(きんちゃくぶくろ)を、炎堂は力任せにひったくった。

「舐めプの代償は高くつくぜ?」

 炎堂は転移之渦(ブロードボルテックス)で5人のもとに移動する。

「炎堂、もう動けるのか?」

 朝日奈は心配気に問うと、炎堂は少し不思議そうに答える。

「氷室から治癒を少し受けた瞬間に目が覚めたんですけど、黒瀬の拳が地味に急所を外れてたお陰でダメージが少なかったんですよね」

 その言葉を聴き朝日奈たち3人は黒瀬にはまだ良心が残っているのかなと安堵あんどの表情を見せた。そのときファフニールが立ち上がり宝珠が無いことに気がつく。

「なっ!?貴様らァ!宝珠を返せェ!!」

「誰が返すかよ!これはもともと俺らのもんだ。行くぜみんな!」

 炎堂の掛け声と共に6人はドライバーを装着する。

運命之帯ディスティニードライバー

“アドラヌス、フレイヤ、ルドラ、ナーイアス、ヨルズ、アラマズド}ローディング”

『変身』

“仮面ライダーアドラヌス・フレイヤ・ルドラ・ナーイアス・ヨルズ・アラマズド”

   ☆ ☆ ☆

 同時刻。喧騒から切り離されたかのような静寂の中、黒瀬は黄金の光を放つ太陽之宝珠(アマテラスチャーム)を掲げていた。

「力を……貸してください」

『……ええ。あなたの願い、聞き届けました』

 宝珠から溢れ出した太陽の光が、黒瀬の全身を包み込む。これは他者への誇示こじではなく、ただ目の前で闇に呑まれている相棒を照らすための光。

“アマテラス、祓魔ノ刻(エクソシスムタイム)

 宝珠を起動し、魔剣に装填する。剣身が震え、闇を焼き払うほどに純粋な、極限の光の粒子が立ち昇った。

『いいですか?チャンスは一回です。突き刺した個所が少しでもずれれば、光の流れが変わり――永倉月夜は、消滅します』

 天照大御神の厳かな声が、失敗の許されない「死の条件」を突きつける。だが、ラグナロクの、黒瀬の瞳には一瞬の揺らぎもなかった。

「……ああ。一回でも、月夜を取り戻すことができるなら……それで充分だ」

 これまで「自分は何も救えない」と絶望し、嘗ての仲間に復讐だと八つ当たりをした身勝手な自分に訪れたたった一つの可能性。黒瀬にとって、その「一回」は、まさに神が与えてくれた最高の慈悲だった。

『……よろしい。あなたの魂の輝き、私が見届けましょう』

 天照大御神の声と共に、魔剣の光が限界を超えて膨れ上がる。

「あ、ああ、ああああああ……!!」

 接近する「光」に対し、エレボスの本能が最大級の拒絶を示す。エレボスの背後から噴き出した闇が、巨大な牙となってラグナロクを丸ごと飲み込もうと迫る。

 だが、ラグナロクは止まらない。

触手に肩を貫かれ、衝撃で装甲が火花を散らしても、その視線はただ一点――闇に沈むエレボスの「核」だけを射抜いていた。

「月夜ォォォ!!」

 ラグナロクは闇の牙が閉じる直前、その隙間に黄金の魔剣を滑り込ませた。

「はああああああっ!!」

 迷い、後悔、そして一筋の希望。

すべてを乗せた一撃が、エレボスの胸部、闇と光が交差するたった数ミリの「くさび」へと正確に突き立てられた。

 黄金の魔剣がエレボスの胸部へと深く突き刺さる。その瞬間、溢れ出したアマテラスの光が楔となり、暴走していた闇の奔流ほんりゅうを一箇所へと強引に繋ぎ止めた。

『……始めます。その心に、すべてを繋ぎなさい』

 天照大御神の宣告と共に、周囲に飛散していた膨大な闇の粒子が、掃除機に吸い込まれるように魔剣の刺さった一点――月夜の「なか」へと逆流を始めた。

「ぐ、あ……ぁ、あああああああ!!」

 エレボスの巨躯きょくが激しく震え、その輪郭が崩れていく。

 外側へ撒き散らされていた「狂気」が、光の圧力によって無理やり月夜の肉体という狭い器の中へと押し込められていくのだ。

「耐えろ、月夜……! 全部、お前の中に閉じ込めろ……!」

 ラグナロクは魔剣を握る手に血が滲むほど力を込める。だが、限界はすぐに訪れた。ただでさえアマテラスとのリンクに全神経を注いでいる今、自身のドライバーを維持するための集中力は、もう一滴も残っていないため、変身が解けてしまう。

 その上に目の前ではアマテラスの黄金の光と、エレボスの禍々しい闇の神力が、臨界点を超えて激しく衝突し合っていた。その神力の奔流は、凄まじい衝撃波となって黒瀬へと降りかかる。

「ぐ、あああああッ!!」

 黒瀬は生身で、その衝撃を直接浴びながらも、魔剣のを離さない。

「……っ、まだ……だ……!!」

 やがて、すべての闇が月夜の心臓部へと封じ込められ、暴威を振るっていた神力の嵐が嘘のように凪いだ。同時に、エレボスの鎧が剥がれ落ち、そこから現れたのは、意識を失い、糸の切れた人形のように力なく崩れ落ちる永倉月夜の姿だった。

「……月夜!」

 黒瀬は、もはや用済みとなった魔剣ダーインスレイヴを躊躇いなく放り捨てた。石畳に虚しく金属音が響く。

 地面に仰向けに倒れそうになる月夜の背中を、黒瀬は滑り込むようにして支える。そのまま、糸の切れた人形のように重みのかかる月夜を抱き寄せると同時に、黒瀬もまたその場に膝をつき、正座に近い体勢で親友の体を深く抱きしめた。

 神力の激流にさらされ、立っていることさえ限界だった。それでも黒瀬は、月夜を硬い地面に叩きつけることだけは許さなかった。

「……月夜、月夜……っ!」

 これまでの憎しみや虚勢をすべて剥ぎ取られた、剥き出しの黒瀬の声。何度も、すがり付くようにその名前を呼び、胸の中の温もりを確かめる。

 すると、腕の中で微かに、月夜の指先が動いた。

伏せられた睫毛まつげが震え、うつろな瞳がゆっくりと、目の前の黒瀬を捉える。

「……めぐ……る……?」

 それは、あの日々、あの一瞬に置いてきたはずの、優しく穏やかな響きだった。かつての相棒を呼ぶ、純粋なその声。

「……っ。ああ、そうだ。俺だ、月夜……!」

 黒瀬はこらえきれず、月夜の肩に額を押し当てた。心の中に重い闇を閉じ込め、消えない傷を負った二人。それでも今は、互いの名前を呼び合える距離にいる。

   ☆ ☆ ☆

「チッ、次から次へと……! まるでゴミ溜めだな!」

 アドラヌスが眼前に立ちはだかる、兵卒・アスラの群れを殴り飛ばす。ファフニールの前には、彼を守るように膨大な数のアスラが壁となってひしめき合っていた。

「まとめて片付けよう、行くよ、みんな!」

導軌ノ刻(ガイダンスタイム)

 フレイヤの必殺技発動音声と共に他5人も必殺技待機に入る。

冰麗フレイヤ疾風ルドラ火炎アドラヌス流水ナーイアス大地ヨルズ光輝アラマズドノ聖刃(サークレッド)

 6人が放った一撃は、空中で巨大なエネルギーの渦へと変わる。アドラヌスの爆炎がルドラの疾風で巨大な火炎旋風となり、ナーイアスの濁流がフレイヤの冰麗で鋭利な氷の刃へと凍りつく。さらにヨルズの重力波がアスラたちの逃げ場を奪い、アラマズドの光輝がすべてを貫く閃光となってはしった。

「よっしゃあああァァァ!!次はお前だ、ファフニール……!!って、居ねぇぇぇ!!!」

「うるさい炎堂!!」

 ナーイアスに頭を叩かれてアドラヌスは大人しくなる。

「さすがに逃げ足が速いな、まぁ、我々もだいぶ神力に体力を消費したし、今回のところは一旦イザナギに戻ろう」

 アラマズドは元会長らしく冷静に状況を判断して結論を導き出しながら変身解除する。それを見て他5人も変身解除する。

「そうですね、天智さんが1人残って片付けをしてくれてますし」

 現会長らしく涼風も先輩1人に任せてはおけないと他に帰る理由を付け加えて他4人を納得させる。

   ☆ ☆ ☆

 水族館前は完全に陽が沈みきる直前――いわゆる「マジックアワー」の残光に包まれていた。黄金色と濃い紫が混ざり合う空が、二人の横顔を柔らかく、けれど鮮明に照らし出す。

「……めぐ……る……?」

 その、震えるような微かな呼びかけ。

あの日からずっと、黒瀬が心の底で待ち望んでいた響き。

「……っ。ああ、そうだ。俺だ、月夜……!」

 黒瀬の目から、熱い涙が溢れ出し、月夜の肩を濡らす。黒瀬の涙を見た月夜の瞳に、次第に光が戻り始める。同時に、エレボスとして振るってきた暴力、黒瀬に向けた殺意が、奔流ほんりゅうとなって彼を襲った。

「……ごめん……なさい……。僕は、僕は……なんてことを……っ!」

 自分が犯した罪の重さに気づき、月夜もまた子供のように声を上げて泣きじゃくった。

「いいんだ、俺も悪かった。……帰ろう、月夜」

「……うん。……でも、ごめん。……体に、全然、力が入らなくて……」

 月夜が情けなさそうに眉を下げて呟く。無理もない、無意識下でエレボスに支配され、闇を体内に封じ込めた直後なのだ。

「……はは、だよな」

 黒瀬は少し照れくさそうに笑うと、月夜の膝裏と背中に腕を回し、迷いなくひょいと持ち上げた。

「え、あ……ちょっ、廻……!?」

 世に言う「お姫様抱っこ」の体勢になり、月夜の顔が一気に真っ赤に染まる。かつてのクールな彼からは想像もつかないほど狼狽うろたえる姿に、黒瀬は「これがいつもの月夜だ」と、確かな安堵を覚えた。

「我慢しろ。……さあ、帰るぞ」

 転移之渦(ブロードボルテックス)を展開して前まで一緒に住んでいた隠れ家に帰る。

   ☆ ☆ ☆

 あるじを失っていた部屋は少し冷え切っており、四月下旬とはいえ夜になればまだ肌寒い。黒瀬は、自分が以前使っていたベッドに、意識の朦朧もうろうとしている月夜をそっと横たわらせた。

「……少し、休んでろ」

 黒瀬は永倉の腰に巻かれているドライバーを外して、装填されたままの暗黒之宝珠(エレボスチャーム)を外す。そして、壁に掛けてあった革製のローブを手に取り、無造作に羽織り、ポッケに宝珠を入れる。

「……廻……? どこに行くの……?」

 永倉が不安げに、黒瀬のローブの裾を掴もうとする。一人になることを恐れるその瞳は、先ほどまでの「エレボス」の面影など微塵もなかった。

「……少し、行ってくる」

 黒瀬は永倉の頭を軽く撫でると、自身の神力を練り、手乗りサイズの八咫烏を召喚した。

「こいつを置いていく。……すぐ戻るから、心配するな」

 八咫烏が永倉の枕元で小さく鳴く。黒瀬はそれを見届けると、振り返ることなく部屋を後にした。その瞳には、先ほどまでの慈愛とは正反対の、静かで苛烈かれつな怒りが宿っている。

 向かう先は、永倉を陥れ、二人の人生を狂わせたあの場所。

(あいつだけは…絶対にこの手で殺す…)

   ☆ ☆ ☆

 そこは、かつて黒瀬と永倉が引き裂かれた、忌まわしき場所だった。廃工場の冷え切った空気の中、ウォルトゥムヌスは苛立ちを露わにしていた。

 この場から離脱しようと、ゾロアスターへと続く扉――転移之渦(ブロードボルテックス)を展開しようとするが、空間は微動だにしない。

「……っ、なぜだ! なぜ扉が開かない……!?」

 必死に神力を注ぎ込むウォルトゥムヌスの脳内に、唐突に冷ややかな声が響いた。ファフニールの念話だ。

『無駄だよ、ウォルトゥムヌス。……ラグナロクがエレボスを取り戻した。計画は完全に失敗だ』

「……なっ!?」

『もはや君に利用価値はない。以前言った通り、君の復活は二度とない……。永遠にその地で朽ち果てるがいい』

「はーーっ!? おい、待て! ふざけるな、話が違うぞ!!」

 ウォルトゥムヌスが虚空に向かっておめき散らす。だが、ファフニールからの連絡は無情にも途絶えた。

 見捨てられた。

その事実を理解した瞬間、彼の背筋に、凍りつくような冷気が走った。

 カツン。

 カツン。

 静まり返った工場内に、一定の旋律を刻む足音が響き渡る。ゆっくりと、だが確実に死を運んでくるような、重く、鋭い足音。

「……だれだ」

 ウォルトゥムヌスが、脂汗を流しながら恐る恐る振り返る。

 そこには、革製のローブをひるがえし、暗がりの向こうから歩み寄ってくる黒瀬の姿があった。その瞳は月光に照らされ、感情を一切排した漆黒の殺意で満ちている。

 黒瀬は何も言わない。

ただ、ウォルトゥムヌスの喉元へ突き刺すような鋭い視線を向けたまま、一歩一歩、その距離を詰めていく。歩みを止めぬまま、黒瀬は左手で宿命之帯(フェイトドライバー)を腰に据えた。

 次いで、右手でドライバーの左右にあるライダークレストが刻まれているスピリットのうち、右側にある方を取り外す。

 黒瀬はそれを高く、空中にはじき上げた。

月光を反射して回転するスピリットに向け、黒瀬が完全錬成(クリエティ)の神力を注ぎ込む。

 空中で回転していた銀色の輝きは、瞬時にして禍々しい闇の色へと染まり、エレボスのライダークレストへと変貌へんぼうを遂げた。

 落ちてきたそれを右手で力強く掴み取ると、間髪入れずにドライバーへと装填する。

 独り言ちるような低い声と共に、黒瀬は左手に握った暗黒之宝珠(エレボスチャーム)を起動する前に感情を押し殺した、地這うような低い声で一言だけ告げる。

「……変身」

“エレボス、ローディング”

――ドォォォォォン!!

 凄まじい闇の奔流ほんりゅうが廃工場の屋根を木端微塵に吹き飛ばし、鉄骨が飴細工のようにひしゃげて夜空へと消えていく。遮るもののなくなった頭上、そこには冷たく尖った三日月が孤独に浮いていた。だが、屋根を突き破って天へと昇った黒瀬の「殺意」が、影の触手となってその三日月を侵食していく。

“When the crescent moon fills with killing intent, the eradicator reveals its form....(三日月が殺意で満ちるとき、掃滅者がその姿を現す…)”

 闇を浴びた三日月は、見る間にその輪郭を膨らませ、不気味なほどの輝きを放つ「満天の月」へと姿を変えた。それは、あの日二人が引き裂かれた「新月の闇」を、黒瀬の復讐心が力づくで上書きした瞬間だった。天から降り注ぐ銀の月光が、黒瀬の体に降り積もり、鎧を形成していく。

仮面ライダーラグナロクWITHムーンリットナイト”

 屋根を失い、逃げ場のない月光に曝された廃工場で、銀と黒の「掃滅者」が静かに顔を上げた。変身を終えたラグナロク。その背後には、禍々(まがまが)しくも美しい満月が鎮座している。

「く…来るな!なぜ俺を狙う!?」

 恐怖に塗り潰されたウォルトゥムヌスが、手近な瓦礫を錬成し、無数の槍に変えて放つ。だが、ラグナロクは避けない。ラグナロクの周囲に渦巻く月光の圧力だけで、飛来する槍はラグナロクの体に触れることすら許されず、次々と塵へと還されていく。

 ………一歩。

 ラグナロクが踏み出すたび、爆圧で床にヒビが入る。

「お前は『朝日奈』として俺に、『月夜を陥れたのはイザナギだ』と認識させた。そのことで俺の中にある復讐心をイザナギに向けさせて、宝珠チャームを奪わせるための人形に変えた……」

 黒瀬が淡々と言葉を刻むたび、ラグナロクの重い拳がウォルトゥムヌスの胸骨を砕く。

「がはっ……!」

 地面を転がるウォルトゥムヌスの顔面を、ラグナロクの足が容赦なく踏みつける。コンクリートにめり込み、醜い頭部からどす黒い体液が溢れ出した。

「…………」

 ラグナロクは何も言わず、ただ踏みつけた足にさらに力を込め、蹂躙する。ウォルトゥムヌスが震える手でラグナロクの脚を退けようとするが、ラグナロクはそれを無造作に掴み、逆方向へ折り曲げた。

「ギ、ガッ……!?」

 もはや声にならない呻きが漏れるのみ。

ラグナロクは、虫の息となったその体を強引に引きずり上げ、至近距離から静かに、重い拳を叩き込み続ける。殴るたび、ウォルトゥムヌスの体からは力が抜け、ただの肉塊へと変わっていく。

 ラグナロクの背後では、殺意を吸って満ちた月が、冷徹にその光景を照らし出していた。

「……終わりだ」

 ラグナロクの右脚に、逃げ場のない銀の闇が収束する。

葬送ノ刻(フューネラルタイム)

 廃工場を満たしていた音が、一瞬で消え去った。

響き渡るのは、時計の針が刻むような、冷徹で重い鼓動音だけ。天に浮かぶ満月が、ラグナロクの殺意に呼応して「時計の文字盤」を思わせる銀の紋章を刻み出し、そこから溢れる闇が影の杭となってウォルトゥムヌスの手足を地面に縫い付けた。

「ガハッ……! あ……が…………!!」

 逃げ場はない。

ラグナロクが静かに、だが爆発的な踏み込みで地を蹴る。跳躍したラグナロクの右脚に、満天の月からの全光量と、エレボスの全闇が凝縮されていく。それは輝きでありながら、光を飲み込む「虚無の波動」。

 標的の心臓部へ、一切の迷いなくその一撃が突き刺さる直前。これ以上ないほど低く、、剥き出しの殺意だけを乗せた一言が、ラグナロクの口から漏れた。

「――死ね」

月夜ノ滅波ムーンリットナイトクライシス

 銀色の「波」が全てを飲み込み、視界を白く塗りつぶした。あまりの衝撃に、粉砕されたコンクリートの微粒子が廃工場を白く煙らせる。

 静寂。

 屋根を失った工場に、夜風が吹き抜ける。

渦巻いていた土煙がゆっくりと晴れていった、その瞬間――。

 そこには、既にライダーの姿はなかった。

月光の下に立っていたのは、変身を解いた黒瀬だ。

返り血を浴びることもなく、息を切らすことすらない。

 彼の右足元には、えぐり取られたようなクレーターが広がるのみ。つい先ほどまでそこにいたはずの、朝日奈に化け、月夜を陥れた醜悪な化け物の姿は、細胞の一片いっぺんすら残っていない。

 黒瀬は、何もなくなった足元を一度だけ見下ろした。

「…………」

 ふう、と短くため息をつく。

それは、憑き物が落ちたような、あるいは厄介な作業をようやく終えた時のような、そんな静かな息だった。黒瀬は無表情のまま、両手をポケットに突き込む。見上げた夜空には、静かな三日月。あの日二人が引き裂かれた新月とは違う、どこか優しい光を湛えた月だ。

 カツ、カツ、と一定の足取りで、黒瀬は歩き出した。自分が来た道を、ただそのまま。迷うことも、振り返ることもなく。

 一歩、一歩。

 夜の闇の中へ、大切な友が待つ場所へと、黒瀬の靴音が遠ざかっていった。

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【仮面ライダーラグナロクに関する現在公開可能な情報】

暗黒之宝珠(エレボスチャーム)

身長 206cm 体重98kg パンチ力99t キック力119t ジャンプ力96m(ひとっ飛び) 走力0.9秒(100m)

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次回予告

 復讐の夜を越え、黒瀬は眠る永倉の傍らで静かな微笑みを取り戻す。5月の爽やかな空、日常へと戻った彼らに届けられる実力テストの結果。そんな中、朝日奈から一本の電話が、内容は黒瀬と和解したいというものだった。

第33話:和解の前奏プレリュード /武闘家ノ宿願(ヴリトラのエゴ)

 仮面ライダーラグナロク第32話『救いの光/殺意に埋まる満天の月』を読んで頂きありがとうございます。柊叶です。今回は天照大御神との共闘、そして宝珠を取り返すために生身で戦いに挑むイザナギ、そして最後の最後に黒瀬の静かな怒りと殺意に満ちた戦いが見れましたね。

 そして次回は和解を望む朝日奈、後半はヴリトラが久しぶりに登場しそうですね。これからも読者の方々が楽しめる話を作っていければと思います。

柊叶

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