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第31話 『掠奪の宝珠/母の想い』

~前回の仮面ライダーラグナロクは~

 相棒・永倉月夜を失った絶望に、黒瀬は仇敵ファフニールとの「血塗られた盟約」を選んだ。傷を癒やし修羅へと堕ちた彼は、自らヴァルハラを振り切り、かつての仲間たちへの略奪を開始する。

 涼風と水崎――かつて共に笑った2人を0.5秒で蹂躙し、無情にその宝珠を奪い去った。すべては永倉を救うため。その手はすでに、友の血と裏切りの色に染まっている。残る宝珠を求め、暴走する「三足烏」の次なる標的は残っているイザナギの4人へと向かう。

 深夜のイザナギ支部。

かつてファフニールが敷いた仮面ライダーを通さない結界の教訓から、イザナギは空間転移に対する鉄壁の防護を敷いていた。正面ゲートや通常の座標転移は全て監視され、許可なき侵入は物理的に不可能。

 だが、その強固な防壁には、ごく限られた上位者しか知らない「穴」があった。この街の幾つかの場所に隠された、イザナギ内部へと直通する転移石碑。

 ――ガギィィィン!!

 深夜の街、人知れぬ路地裏に安置された石碑が、悲鳴のような破砕はさい音を上げた。

 黒瀬廻は、ラグナロクの右拳に「絶無ミデン」を凝縮させ、侵入を拒むプロテクトごと空間のことわりを力ずくで粉砕した。本来なら認められた者でなければ通れないはずの神域の門。それを、扉ごと、概念ごと消滅させて潜り込む。

「……ッ!? なに、今の……」

 索敵室のモニターを監視していた天使長、天智あまちは、椅子を蹴るようにして立ち上がった。

 次の瞬間、視界の全てが刺すような赤色の警告灯に染まり、鼓膜を抉る不協和音が鳴り響く。

『警告:緊急事態。【未登録の神力】を感知、特殊経路04よりイザナギへ強制侵入。繰り返す、【未登録の神力】――』

「……未登録の神力? まさか……」

 天智が震える手でコンソールを叩くと、モニターには「侵入不可能なはずの者」が…白銀の死神の姿が映っていた。

「……っ、嘘でしょ……?」

 天智の指がキーボードの上で凍りつく。画面に流れるバイタルデータと戦闘係数は、彼女が事前にシミュレートしていた「黒瀬廻」の限界値を遥かに凌駕していた。

(……想定以上の自己進化。これは予想外…)

 その時、背後のサーバーラックから火花が飛び、システムに強烈な負荷がかかる。警告音が鳴り響く中、天智は冷徹に、けれどどこか焦りを孕んだ手つきで、メインコンソールの強制終了(シャットダウン)させた。モニターの明かりが消えた室内。静寂の中、天智はデスクに両手をつき、深く項垂うなだれていた。その背中は、仲間の敗北と自身の無力感に打ちひしがれているようにしか見えない。

 ふと、彼女の右手が力なく滑り、デスクの端、一番下の引き出しの取っ手に触れた。指先がそこに掛かったまま、彼女は数秒間、彫像のように動かなくなる。

 ……やがて、彼女は深いため息を一つ吐き、ゆっくりと、その手を引き出しから離した。

 彼女が顔を上げたとき、その表情からは、先ほどまでの沈痛な気配は綺麗に消え去っていた。ただ、現場を預かる者としての冷静さを取り戻した、いつもの「天智光花」として。彼女はひるがえる白衣の音だけを残し、騒乱の続く廊下へと駆け出していった。

   ☆ ☆ ☆

 廊下に響く天智の足音。彼女がメインホールへ飛び込んだとき、そこはすでに静寂という名の地獄だった。

 床に伏していたのは、朝日奈だった。

先ほど炎堂から『ミデンの残滓』を抽出したばかりの彼は、精神も肉体も限界まで摩耗していた。その疲弊しきった隙を、黒瀬という嵐は容赦なく踏みにじったのだ。腰のドライバーは装着されたまま沈黙し、変身の輝きを放つことさえ叶わなかった。

 静まり返ったメインホール。ラグナロクの足元には、ピクリとも動かない朝日奈が転がっている。

「……朝日奈!」

 天智が思わず一歩踏み出そうとするが、ラグナロクの放つ殺気が、物理的な壁となって彼女を押し止めた。今近づけば、朝日奈と共に自分も消される。

「このままじゃ全滅は免れない…」

 その時、草壁が叫び、氷室と共に前へ出た。2人はラグナロクと朝日奈の間に割って入るように変身しながら立ち塞がり、死に物狂いでラグナロクを押さえつける。

「水崎、涼風! 光花みかと炎堂を連れてこの場から退きなさい! 早くッ!」

 ヨルズの怒号。それは「自分たちが盾になるから、せめて生き残れる者だけで逃げろ」という、最悪の選択の強要だった。水崎と涼風が苦渋の表情で円卓を回り込み、天智の腕を掴む。

「天智さん、早く! このままじゃ全員やられます!」

「……っ」

 天智は水崎たちの手に引かれ、治療室に寄り、眠っている炎堂を抱え上げると、入り口へとひるがえった。

 ヨルズとフレイヤ、2人の背中が遠ざかっていく。

ラグナロクの巨大な影が、2人と、そして床に伏した朝日奈を飲み込んでいく光景を、天智は一切振り返ることなく、最短の足取りでホールから脱出した。

 背後で、重厚な扉が閉まる音。

それが、残された3人の「死」を告げる弔鐘ちょうしょうのように、冷たく響いた。

   ☆ ☆ ☆

 メインホールの中にヨルズとフレイヤの2つの輝きが、暗がりとなったホールを照らし出す。だが、その光さえも、中央にたたずむラグナロクの放つどす黒い神力に飲み込まれ、不気味に明滅していた。

 大槌おおづちを構えたヨルズが、床のタイルを砕きながら突進する。同時に、フレイヤは冰剣を構え、円卓の影を縫うような高速移動で、ラグナロクの死角――背後へと回り込む。イザナギの精鋭二人の、教科書通りの完璧な同時攻撃。

 だが、ラグナロクは動かない。

ただ、迫り来るヨルズの視線を真っ向から受け止める。

 背後から放たれるフレイヤの刺突。

 それと同時に振り下ろされるヨルズの壊滅的な一撃。二つの攻撃がラグナロクを挟み撃ちにする――その刹那だった。

(ドォォォォンッ!!)

 衝撃波だけで、メインホールの中央にある巨大な円卓が微塵に砕け散る。

 だが、ラグナロクの姿に傷一つない。彼はただ、左手でヨルズの槌を、右手でフレイヤの刃を、掌で直接受け止めていた。

「……俺には攻撃は通じないと言ったはずだ」

 地を這うような低い声。

次の瞬間、ラグナロクの両手から黒い稲妻がはしった。黒い稲妻が2人の装甲を焼き焦がし、変身解除に追い込む。

 変身が解け、床に這いつくばる草壁と氷室。

ラグナロクは、虫でも見るかのような冷めた視線を二人へ投げる。

 床に叩きつけられ、荒い息をつく草壁と氷室。彼らの腰には、熱を帯びて煙を吐くドライバーが虚しく残されている。

 ラグナロクは、抵抗する力すら失った二人のもとへ、無機質な足音を響かせて歩み寄った。

 彼はまず、草壁の前に屈み込む。

怯える草壁の視線を無視し、その震える指が、ドライバーのコアスロットに装填されたままの宝珠チャームに触れた。

(カチリ、と無機質な音がホールに響く)

 ラグナロクは、まるで使い古した電池を抜き取るかのような手慣れた動作で、草壁から力を奪い去った。続けて、隣で倒伏とうふくする氷室のドライバーからも、迷いなく宝珠チャームを抜き取る。

 同時に、黒い霧が晴れるように変身が解除される。現れたのは、息一つ乱れていない黒瀬だった。本来なら絶無ミデンを使用した代償で受けたダメージの総量返済が起きる筈だったが、盟約の際にウォルトゥムヌスから受けた治癒の魔法が即座に発動し、黒瀬には何のダメージも起きなかった。

「……くろせ…」

 瓦礫に埋もれ、満身創痍の草壁が、震える指先で黒瀬の足首を掴もうと伸ばす。黒瀬は、すがりつこうとした草壁の細い腕を見下ろすことすら拒絶するように、無造作に足を振り上げた。

 鈍い、肉を打つ衝撃音。

黒瀬の容赦ない蹴りが、無防備な草壁の顔面を正面から捉える。女性である彼女に対しても、その脚力は一切の手加減を知らない。草壁の肉体はまるで紙屑のように数メートル吹き飛び、円卓の残骸に激突して、今度こそ完全に動かなくなった。会話を交わす価値さえないという、あまりにも非情な一蹴。

「……嘘、でしょ……草壁さんまで……」

 氷室が、絶望に目を見開いて立ち尽くす。

仲間を、女性を、人としての情を――そのすべてを踏みにじって立ち去ろうとする背中に、彼女は涙を流しながらすがりついた。

「黒瀬くん……お願い、もう止まって……! こんなの、あなたの望んでいることじゃないはずだよ……っ!」

 だが、その必死な叫びに対し、生身の黒瀬が返したのは、氷よりも冷たい拒絶だった。

「……黙れ」

 振り返りもしない。ただ一言、彼女の心を粉々に打ち砕く言葉だけを置いて、彼は歩き出す。

   ☆ ☆ ☆

 夜の静寂を切り裂き、水崎の放った蒼鯨ソウゲイが上空へと逃れる。蒼い光を放ちながら高度を上げる巨躯。水崎、涼風、天智、そして炎堂を乗せたその姿は、暗雲を抜ける救いの舟に見えた。

「急いで、蒼鯨! このまま一気に振り切る!」

 水崎の叫びに応え、蒼鯨は尾鰭おひれを振って加速する。水崎たちが玉帝学園から既に数百メートルほど離れた頃、黒瀬は校庭に出て、蒼鯨の神力を捉える。

「……式神で移動してるのか、逃すかよ」

“ヤタガラス、魔宴マジカルフィースト、召喚ヤタガラス”

 三つの足を持つ巨大な怪鳥――『八咫烏』が夜空へと解き放たれた。その気配を水崎たちは感じ取っていた。

「なっ、八咫烏……!? 速いッ!」

 水崎が驚愕する間もなかった。

鳥類特有の鋭利な加速。八咫烏は一瞬で蒼鯨の高度を抜き去ると、4人の「真正面」へと回り込んだ。巨大な翼が広げられ、逃げ道を完全に塞ぐ漆黒の壁となる。蒼鯨が衝突を避けるべく急制動をかけるが、それこそが黒瀬の狙いだった。

 正面に立ち塞がった八咫烏のくちばしが、太陽の黒点を凝縮したかのような暗黒の光を放つ。

「……堕ちろ」

(――ズドォォォォンッ!!)

 八咫烏が放った「撃ち落とし方」は、物理的な衝突ですらなかった。八咫烏が羽ばたきと共に放った超重力の衝撃波が、真正面から蒼鯨の頭部を粉砕する。

 蒼い霊体が悲鳴を上げ、ガラス細工のように砕け散る。足場を失った4人は、重力に引かれるまま夜の闇へと投げ出された。

「う、わああああああッ!!」

 落下の風圧の中、水崎たちが必死に炎堂を抱え直そうとする。だが、その落下地点には――空から舞い降りた八咫烏の背に静かに乗り、冷徹な瞳で自分たちを見下ろす黒瀬廻が、既に「着地」して待ち構えていた。

 涼風は不利な態勢から何とか風の神法を発動して着地の際の衝撃を軽減させる。

 地面へと叩きつけられる4人。

土煙が晴れる中、黒瀬は八咫烏の背から静かに降り立ち、一歩、また一歩と歩み寄る。

 激しい墜落の衝撃。土煙が舞う中、水崎と涼風は喀血かっけつしながらも、必死に炎堂を背後に庇って立ち上がった。変身能力を奪われ、ライダー装甲という守りを持たない彼らにとって、この状況は死に等しい。

 だが、二人の指に嵌められた操力之指輪(レガリアリング)が、主の意思に呼応して鈍く光る。

「……たとえ変身できなくたって、指一本動かせるのなら……」

「ああ、やるしかねえよな。天智さん、炎堂を頼みます」

 水崎と涼風が吠える。指輪から時空之巻物(ヴァイオスクロール)が展開され、光の中から彼らの固有武器を取り出す。一方、黒瀬は八咫烏の背から静かに降り立ち、生身のまま、揺らぎのない足取りで近づいてくる。

「……無駄だ。お前たちには、俺の歩みを止めることはできない」

 その言葉を遮るように、水崎は矢を放ちながら斬りかかった。生身とは思えないほどの速度。しかし、黒瀬はそれを紙一重でかわすと、最短距離で水崎の懐に潜り込み、掌底しょうていを叩き込む。

「ガッ……!?」

 内臓を揺さぶる一撃。水崎の体がくの字に折れ、地面を転がる。そこへ涼風の武器が鋭く襲いかかるが、黒瀬は振り返りもせず、背後に残したままの八咫烏の羽根はねを操作し、彼の動きを物理的に拘束した。

「なっ…!?おい黒瀬!離せえ!!」

 涼風の悲痛な叫びを無視し、黒瀬は最後の一人――天智へと視線を向けた。天智は武器を構えるでもなく、ただ静かに立っている。彼女だけは、宝珠チャームもドライバーも所持していない。だが、その瞳には他の二人とは違う「覚悟」が宿っていた。

「……黒瀬…お前がその『火』を奪えば、もう後戻りはできなくなる。本当に、それでいいの?」

 黒瀬はその言葉を浴びても、眉一つ動かさなかった。それどころか、その瞳には天智という存在すら映っていないかのような、純粋なさげすみがあった。

 黒瀬は天智の横を通り抜ける。

その際、天智は黒瀬を止めようと手を伸ばしかけたが、黒瀬が放つ圧倒的な威圧感に、身体が硬直したように動かない。

「戦う力の無い者に、用はない」

 黒瀬は、天智の背後で仰向けに倒れている炎堂の傍らに膝をついた。抵抗すらできない男のポケットに無造作に手を突っ込み、そこから真っ赤に燃え盛る火炎之宝珠(アドラヌスチャーム)を力任せに奪い取る。

 手の中に収まった最後の欠片。

黒瀬は立ち上がり、奪った宝珠をホルダーに叩き込むと、絶望に染まった現場を振り返ることなく歩き出した。

「その二人は好きにしろ。俺の一つ目の望みは叶った。……もう、お前らに用はない」

 天智は、去りゆく黒瀬の背中をただ見送るしかなかった。

   ☆ ☆ ☆

 窓の外から差し込む朝日は、かつての栄光を誇ったイザナギのメインホールを、容赦なく無惨に照らし出していた。瓦礫の山、ひっくり返った円卓、そして壁に刻まれた黒い雷光の跡。

「……う、……っ」

 重いまぶたを押し上げ、朝日奈がようやく意識を取り戻した。視界がぼやける。全身に走る激痛が、昨夜の出来事が悪夢ではなかったことを告げていた。

「……朝日奈さん」

 すぐそばで、震える声が聞こえた。

 見上げれば、そこには氷室や草壁がいた。2人もまた、黒瀬に蹂躙され、満身創痍のはずだった。しかし、彼女たちは自分の痛みよりも先に、生身で攻撃を喰らった朝日奈の元へ駆けつけていた。

 氷室が、持ってきた洗面器のお湯にタオルを浸し、そっと絞る。草壁は、まだ震えが止まらない手で朝日奈の体を支えた。

「動かないでください。今、顔を拭きますから……」

 氷室の指先が、朝日奈の頬にこびりついた砂埃と血の跡を優しく拭い去っていく。彼女の瞳は赤く腫れていた。黒瀬に投げかけられた「黙れ」という言葉の傷跡は、肉体の怪我よりも深く、彼女の心をえぐったままだ。

 朝日奈は、そんな彼女たちの献身を受けながら、ホールの隅へと視線を向けた。そこには、水崎と涼風が並んで座り込んでいた。

 いつもなら「なんとかなりますよ」と明るく振る舞う水崎は、ただ膝を抱え、床の一点を見つめたまま微動だにしない。

 涼風は、かたわらに置かれた自身の武器を見つめながら、声を失ったように口を固く結んでいた。

 式神を撃ち落とされ、空から叩きつけられた恐怖。そして何より、信じていた黒瀬が放った「用はない」という冷酷な宣告。それが、彼らからライダーとしての矜持プライドも、戦う気力も根こそぎ奪い去っていた。

 朝日奈は、絞り出すような声で呟く。

「……黒瀬君は、行ったか?」

 氷室の手が、一瞬止まる。

答えは分かっていた。宝珠チャームをすべて奪い、仲間を文字通り使い捨てた黒瀬は、もうここにはいない。

「……はい。炎堂くんも治療室に運びましたが、意識はまだ……」

 氷室が俯きながら答える。

朝日奈は、埃の混じった朝日を浴びながら、拳を握りしめた。宝珠は失われ、組織は壊滅状態。仲間たちの心も折れかけている。

 絶望的な沈黙がホールを支配する中、朝日奈はゆっくりと、震える足で立ち上がろうとした。

「……終わりじゃない。まだ……終わらせるわけにはいかないんだ」

 静まり返ったメインホール。

朝日奈の顔を拭う氷室の手が、微かな物音に止まった。

 通路の奥から響く、引きずるような足音。

ガシャリ、と瓦礫を踏みしめる音が、規則正しく、しかし必死なリズムで近づいてくる。

「……炎堂…?」

 涼風が顔を上げ、驚きに目を見開いた。

そこには、壁を伝わなければ立っていることすらままならない状態の炎堂が立っていた。

 墜落の衝撃、本来なら数日は眠り続けていてもおかしくない重傷だ。

「炎堂!ダメだよ、まだ寝てなきゃ……!」

 水崎が慌てて駆け寄ろうとするが、炎堂はそれを鋭い視線で制した。彼の呼吸は荒く、一歩踏み出すごとに傷口が軋む音が聞こえてきそうだ。だが、その瞳に宿る『火』は、宝珠チャームを奪われる前よりも赤々と、激しく燃え盛っていた。

 炎堂は朝日奈の前まで辿り着くと、膝を折りそうになる体を無理やり支え、朝日奈の目を真っ直ぐに見据えた。

「……俺が……行きます」

 絞り出すような、けれど地鳴りのように響く一言。

「何を言ってるんだ! 君も宝珠を奪われたんだぞ!? それにその体で……」

 朝日奈の言葉を、炎堂は首を振って遮った。

「アイツに…一言だけでもいいから言ってやりたいんだ…。おまえは一人じゃないって…」

 その言葉が出た瞬間、ホールの空気が変わった。

黒瀬が望んだのは孤独。すべてを切り捨て、独りで闇に堕ちることだった。だが炎堂は、あえてその闇に踏み込み、黒瀬が投げ捨てたはずの「絆」を、もう一度その首根っこに叩きつけてやろうとしている。

「アイツがどれだけ俺たちを拒絶したって、俺があいつを一人だと思わなきゃ、アイツは一人じゃねえんだよ」

 不器用で、身勝手で、けれど誰よりも温かい炎堂の言葉。その言葉を聞き、朝日奈は今後のイザナギの方針を決める。

「黒瀬君が我々の宝珠チャームを奪い取った以上、ゾロアスターが一気に我々を叩く可能性は大いにあり得る。だから炎堂君、黒瀬君の元には君一人で行ってもらうことになるが、それでもいいかな?」

「ああ…!いや、はい、それで構いません」

 これで、イザナギの方針は決まった。

残る者は拠点を守り、一人の男はかつての友を「独りにさせない」ために歩き出す。

   ☆ ☆ ☆

 イザナギのメインホールに朝日が差し込むのと同時刻。街外れの廃ビル、その一室にも、埃の舞う灰色がかった光が差し込んでいた。

 黒瀬は、血とすすに汚れた手で、手に入れた6つの宝珠チャームをファフニールの足元へ投げ捨てた。

 硬いコンクリートの上を、かつての仲間たちの『魂』とも言える結晶が、無造作に転がる。

「……約束通り、持ってきたぞ」

 黒瀬の声は、夜を徹した死闘と『並列治癒』による強制的な肉体修復の結果、ひどくかすれていた。闇の奥から、ファフニールの影がゆらりと立ち上がる。

「ククク……素晴らしい。夜明けと共に、全ての欠片が私の元へ集った。見事な働きだ、ラグナロク。お前という器を選んだ私の目に狂いはなかった……」

 ファフニールは満足げに、転がった宝珠の輝きを愛でるように言葉を重ねる。その声には、目的を完遂した功労者への、白々しい労いが込められていた。

「よくやった。これで、お前が望む「救済」の扉は開か……」

「――ふざけるなッ!!」

 黒瀬の怒号が、静まり返った廃ビルに反響した。彼は一歩踏み出し、影の塊であるファフニールを睨みつける。その瞳は血走り、限界を超えた精神が剥き出しの牙となって剥けられていた。

「労いなんざ求めてねえ……! 誰がお前の賞賛など欲しがるものか! 答えたくないなら力ずくで吐かせてやる……教えろ! 月夜を、今すぐ月夜を救う方法を教えろ!!」

 朝日を背負いながら、黒瀬は叫ぶ。

イザナギの仲間たちは「黒瀬を救う」ために朝日の中で立ち上がったが、当の黒瀬は、自分をむしばむ怪物に対して、永倉を救うための「答え」を求めて必死にすがりついている。

 激昂する黒瀬を前に、ファフニールはなおも不気味に、楽しそうに喉を鳴らした。

「……ククク、いいだろう。そこまで言うのなら教えてやろう。……エレボスを救う方法をな」

 黒瀬は焦りと、いったいどんな方法なのかという緊張から唾を飲む。

「エレボスを蝕むあの底なしの闇を打ち消すには、それ相応の、圧倒的な「光」が必要だ。……ラグナロク。この国において、万物を照らし、あらゆる呪詛を焼き払うほどの強大な光を持つ者が、一体誰か……お前なら知っているはずだ』

 ファフニールの問いかけが、廃ビルの静寂に溶け込んでいく。黒瀬は永倉月夜を救うために避けては通れない「頂点」の名を、喉の奥から絞り出した。

「……『天照大御神(アマテラスオオミカミ)』か」

 その言葉が発せられた、刹那。

(――バサバサッ、と羽ばたきが響く)

 黒瀬の背後、ひび割れた窓の外を、一羽の黒いカラスが横切った。それは主を導く八咫烏ではない。どこにでもいる、ただの不吉な一羽の鳥だ。

 だが、その影が窓から差し込む朝日の光を一瞬だけ遮り、黒瀬の足元に濃い影を落とす。あたかも、これから始まる「太陽を食らう」という大罪を予兆するかのように。

「ククク……そうだ。その神を射落とし、光を奪い、お前の完全錬成(クリエティ)宝珠チャームへと変える。……それが、お前がエレボスのために歩むべき最後にして唯一の道だ」

 ファフニールの哄笑こうしょうが響く中、黒瀬は窓の向こう、カラスが消えていった空を見つめる。

 神殺し。これまでのどんな裏切りよりも重い罪。だが、今の彼にはその道以外の光は見えていない。

 その時、重厚な扉の向こうから、鉄の階段を這い上がる「現実」の音が聞こえてきた。

(――ガシャ……ッ。……ハァ、ハァ……ッ)

 黒瀬がその音に反応するよりも早く、無理やりこじ開けられた扉の隙間から、逆光を背負った男の影が部屋に滑り込んできた。

「……見つけたぜ、黒瀬……っ!」

 そこに立っていたのは、呼吸さえもままならない状態で立ち尽くす炎堂だった。

「……何の用だ。死に損ないが」

「決まってんだろ! お前に、一言、言ってやりに来たんだ……! お前がどれだけ他人を切り捨てようが、どれだけ地獄に堕ちようが……お前は、一人じゃねえ……っ!」

 炎堂の魂の叫び。だが、黒瀬は嘲笑あざわらうかのように鼻で鳴らす。神殺しを、永倉の救済を決意した今の黒瀬にとって、その言葉はもはや届かない「ノイズ」でしかなかった。

「……下らないな」

 黒瀬がゆっくりと顔を上げる。その瞳に宿るのは、かつての戦友への情ではなく、邪魔者を排除しようとする殺気。

 炎堂は、震える手で自身のドライバーを掴んだ。主神であるアドラヌスはない。だが、彼の内なる火はまだ消えていなかった。

「……ま、そうだよな。お前は中学の時から一度決めたことは曲げない奴だったよな。……変身!!」

“WITHアグニ”

「……そんな中途半端な変身で、俺に勝てるとでも思ってんのか?」

 中間フォームであるアグニの炎が炎堂を包む。しかし、核となる主神アドラヌスを欠いた変身は不安定で、装甲の隙間から常に火花が散り、その肉体を内側から焼くような激痛が走る。

「……やってみなきゃ、わかんねえだろ!」

 アドラヌスは黒瀬に走って向かう。

黒瀬はただ一つ破壊之宝珠(デストロイチャーム)を取り出し、2回起動する。

“デストロイ、力の解放(リベレイション)、ローディング”

「結果なんて…火を見るよりも明らかだろうが!」

“……破壊デストロイ

 刹那、廃ビル全体を揺らすほどの黒い波動が爆ぜた。アドラヌスはアグニの炎を纏い、捨て身の突進を仕掛ける。「黒瀬!」と叫びながら伸ばしたその手。

 だが、黒瀬の放った一撃は、あまりにも無慈悲だった。不完全なアグニの装甲を、黒い破壊の光が紙細工のように引き裂く。

「――が、はッ……!?」

 衝撃波が炎堂の全身を突き抜ける。

変身は一瞬で強制解除され、炎堂の体は廃ビルの壁まで吹き飛ばされた。コンクリートを砕き、力なく地面に崩れ落ちる。

 たった一撃。

満足な変身すら叶わない相手に対し、黒瀬は一切の手加減なしに「最大火力」を叩き込んだ。

「……ハァ、……ッ、ぐ……」

 炎堂は動けない。指先一つ動かすことすら、デストロイの残響が許さない。黒瀬は、倒れ伏す炎堂に見向きもせず、たった一言だけ吐き零す。

「……二度と、俺の前に現れるな。ファフニール、場所を変えるぞ」

 朝日がビルの中を照らすが、そこには絶望の静寂だけが残された。

   ☆ ☆ ☆

「ククク…まさかエレボスから拒絶され、お前がミデンの力を産んだ場所を選ぶとはな…なんとも悲しい…」

「……感傷に浸るつもりはない。月夜を救うために『光』が必要だと言ったな。……天照大御神は、いったい何処にいる…?」

「そんなの…お前が一番よく知っている場所に決まっているだろう?お前のその八咫烏の宝珠チャームはいったい何処で手に入れた?」

「……まさか」

   ☆ ☆ ☆

 山道は、3ヶ月前とは似ても似つかない禍々しい静寂に包まれていた。石段を一段、また一段と踏みしめる。

「まさか……ここで戦う日が来るとはな…」

 黒瀬が呟く。御祭神は、この国の最高神・天照大御神。

 本来なら一族として守るべき神の座。しかし、彼はその神を「月夜を救うための光」として狩るために帰ってきたのだ。

 ファフニールの姿は、もう傍にはない。

奴はまた、どこか遠くの高台からこの様子を眺めているのだろう。かつて盟約を交わした際、ボロボロになりながら戦う黒瀬を嘲笑った時のように、この「神殺し」という最高の見世物を、サイコパスじみた愉悦と共に楽しんでいるに違いない。

 拝殿へと続く最後の石段を登り切った、その時だった。声が聞こえた。

「随分と……殺気に満ちていますね。黒瀬廻よ」

「天照大御神……お前を…手に入れる…」

“WITHミデン”

 黄金の光が降り注ぐ拝殿。

ミデンへと変身した黒瀬は、地を蹴るその一歩一歩に、自分を育て、信仰を授けてくれたこの場所への裏切りを噛みしめていた。

「……ッ、あああああああ!!」

 咆哮ほうこうと共に放たれた黒い拳が、天照の周囲の光にぶつかり、火花を散らす。

 天照は戦わない。ただ、静寂そのものとなって立ち尽くしている。その無抵抗さが、かえって黒瀬の罪悪感を鋭く抉った。

(俺は……何をしている……?)

 一族の誉れ、母が守ってきた神、自分たちが祈りを捧げてきた対象。それを今、自分の都合で「材料」として消費しようとしている。この神を殺せば、自分は文字通り「人間」ではなくなる。取り返しのつかない大罪人になる。

「……黙って見てるんじゃねえ! 反撃しろ……! 俺を、不敬な罪人として裁けよ!!」

 黒瀬の叫びは、もはや悲鳴に近かった。

神が裁いてくれれば、まだ「罰」として救いがある。だが、天照はただ静かに、その攻撃をすべて慈悲で包み込むように受け止めている。

「黒瀬廻…。貴方の心は、今にも砕け散りそうなほどに泣いている」

「……うるさい……うるさいんだよ!!」

 ラグナロクは震える手でドライバーを操作する。

永倉の、闇に蝕まれた苦しげな顔が脳裏をよぎる。

 彼を救うには、目の前のこの「光」を奪うしかない。たとえ神を殺し、地獄へ堕ちることになっても。

「俺は、お前を殺す……」

 葛藤を怒りで塗り潰し、黒瀬は最大級の闇の衝撃を拳に宿した。その光景を、高台の上から見下ろすファフニールは、暗い歓喜に瞳を細める。

「いいぞ……ラグナロク。信仰を捨て、恩義を捨て、自らの魂を「神殺しの業」で焼き尽くせ。……その先には、お前の望む救い。待っているのは…地獄だがな…」

 ラグナロクの拳が天照大御神に迫るそのとき、懐かしい声がそれを止めた。

「ーーーやめなさい、廻」

 石段の下から響いたのは、凛として、けれどどこか頼りなげな、母の声だった。思考が狂い思わずラグナロクは変身解除してしまう。

「……かあ…さん…?」

「もう、廻。天照大御神様に対してそんな物騒な真似、あなたらしくないわよ。昔から教えてるでしょ? 神様には一方的に頼み事をするんじゃないの。まずは感謝を捧げなさいって」

 その口調は、夕食の好き嫌いを注意する時と何ら変わらない、いつもの母親のトーンだった。

「何を……言ってるんだよ……。見ろよ、天照大御神だぞ!? 俺は今、この神を殺そうとして……!」

「あら、天照様ならいつもそこにいらっしゃるじゃない。そんなにムキにならなくても、ちゃんとお話しすれば聞いてくださるわよ。さあ、そんな怖い顔をしないで、まずは手を合わせなさい」

 菫は事も無げに言う。今の黒瀬にとっての「神」は、今や月夜を救うための材料だと言うのに。

「……廻、貴方には言ってなかったわよね」

 手を合わせた後、菫は真剣な顔になっていた。

「私ね、昔、お医者様に『子供は産めない』って言われて、家族からも見捨てられたことがあったの。……もう、どこにも行くところなんてないと思って、この山を登ったわ」

 菫は懐かしむように拝殿の奥を見つめる。

「そこで、天照大御神様が声をかけてくださったの。『この神社を修復し、奉仕するなら、命を救い、子も授けよう』って。……信じられないようなお話だけど、私はその言葉にすがったのよ」

 黒瀬の指先が、微かに震える。

「貴方が一度も大きな病気をせず、こんなに丈夫に育ってくれたのは、貴方の命そのものが、このお方から授かった『神様の祝福』だから。……貴方が壊れないように、このお方がずっと守ってくださっているのよ」

 黒瀬は、自分の胸に手を当てた。

この頑強な体。それは、母の願いに応えた神が、かつて絶望した女性に与えた「最高の贈り物」だったのだ。

 高台からこれを聞いていたファフニールは、目を見開いたまま絶句していた。

「……おいおい。……冗談だろ?」

 自分が手駒にしていた男は、神に抗う反逆者などではない。その存在そのものが、天照大御神の「愛」の証明。ファフニールは、その底知れない「真実」の気味悪さに、吐き気すら感じながら後退り、闇の中へ消えていった。

「だからね、廻。自分を粗末にしちゃダメよ。貴方は、神様と私が、一番大切に守りたかった子なんだから」

 菫の優しい言葉が、廻の張り詰めた心を粉々に砕いていく。「神殺し」の剣を握っていたはずの拳は、もはや力なく垂れ下がっていた。

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【仮面ライダーヨルズに関する現在公開可能な情報】

鋼鉄ノ番人(メタルゴーレム)

全長2.11m 全幅0.82m 全高1.06m シード高0.87m 乾燥重量175kg 最高時速830km

【仮面ライダーアラマズドに関する現在公開可能な情報】

聖成ノ来光(セイントライズ)

全長2.04m 全幅0.80m 全高1.09m シード高0.92m 乾燥重量173kg 最高時速1000km

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次回予告

 母の口から語られた、黒瀬廻、出生の真実。

その体は、母の願いに応えた天照大御神が授けた「神のご加護」としての証だった。己の過ちを認め、神に頭を下げる黒瀬。

 全ては、エレボスの闇に呑まれかけた永倉月夜を救い出すために天照大御神の光を掴み取る

第32話:救いの光/殺意に埋まる満天の月

 仮面ライダーラグナロク第31話『掠奪の宝珠/母の想い』を読んで頂きありがとうございます。柊叶です。

 今回はラグナロクの圧倒的な力を眼にする回となりましたが、後半は衝撃の事実でしたね。まさかの黒瀬廻は天照大御神のご加護により誕生した存在でした。あくまでも神の子ではありません。

 本編では書けなかったプラス情報だと、黒瀬菫の家は代々続くエリート官僚の家です。常に他の官僚の一族と婚姻関係による世襲化を行なっていました。しかし、本編での菫は子供を産めない体となってしまったことで親から見放されました。

 それではまた次回の話を楽しみにしていてくださーい。

柊叶

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