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第30話 『深淵の盟約/剥奪の三足烏』

~前回の仮面ライダーラグナロク~

 永倉月夜を失った憎悪を糧に、絶無の力を振るう復讐者へと堕ちた黒瀬廻。その無慈悲な一撃は、朝日奈や炎堂といったイザナギの主力を次々と戦線離脱に追い込み、組織を崩壊の危機へと陥れた。

 だが、変身の負荷を「無」へと先送りしていた代償は重く、変身を解いた黒瀬の肉体は死神の取り立てのように砕け散る。血の海に沈む黒瀬に、ヴァルハラの黒瀬を呼ぶ声は届かず、ただ夕刻の冷たい風だけが吹き抜けていく。

 救済か、あるいはさらなる奈落か。ボロボロになった三足烏は、再びその翼を広げようとしていた。

 月光すら届かない、廃ビルの中で、ヴァルハラは必死に黒瀬を説得していた。

「……我の言葉を聞け。今のお前はその身を焼き尽くす薪でしかない」

 ヴァルハラからの神法で数時間後に目を覚ました黒瀬は、震える手でヴァルハラの静止を振り払った。

「……うるさい……。俺に、構うな……っ」

 全身の骨が砕ける軋みを上げながら、黒瀬はふらふらと闇の中へ足を踏み出す。そこへ、場違いに軽薄な拍手の音が響いた。

   ☆ ☆ ☆

 懐中電灯の光が、乾いた地面をう。

「永倉!近くに居るんだったら返事をしてくれ!」

 夜の静寂を切り裂く涼風の叫びも、今は虚しく響くだけだった。隣で神力の残滓ざんしを調べていた水崎が、重い溜息をついて立ち上がる。

「……涼風、今日のところは一旦引き返しましょう。これ以上はもう無理よ」

「そうだな、いったんイザナギに戻って氷室たちの方はどうなったか報告を聞こう」

 2人は転移之渦(ブロードボルテックス)を潜って玉帝学園に戻り、メインホールに向かった。2人が重い足取りで拠点に戻ると、そこには意外な光景があった。つい先ほどまで死線にいたはずの朝日奈が、椅子に深く腰掛け、静かにお茶をすすっていたのだ。

「もう動けるんですね、」

「なんとかな、明日からは俺も捜索に協力するよ。もとを言えば黒瀬君の狙いは何故か俺だしね」

 その様子を壁に寄りかかって見守っていた草壁が、入ってきた2人へ歩み寄る。その瞳には隠しきれない疲労とうれいがあった。

「……2人とも、おかえり。……永倉は見つからなかったみたいね」

「はい、ところで氷室たちは?まだ帰ってきてないんですか?」

 涼風の問いに草壁の表情が痛ましげに歪んだ。彼女は静かに治療室がある方に視線を向ける。

「氷室は…炎堂の集中治療をしているわ、」

 その言葉を聞いた瞬間、水崎は顔から血の気が引き、直ぐにメインホールを出て治療室に走って行った。涼風は残り草壁に詳しい話を訊く。

「集中治療…?いったい何があったんですか!?」

「私も詳しいことはよく分からない、でも光花みかから聞いた情報だと、黒瀬は永倉への罪悪感から新たな力、ミデンというのを手にしたそうよ。その力を前に炎堂はなす術もなくやられたみたいね」

「あの炎堂でも…なのか…」

「炎堂の傷は煌成のとは比べ物にならないわ、明日は私が永倉のほうに行く、煌成は黒瀬の方をお願い」

「ああ…分かった」

   ☆ ☆ ☆

 水崎は冷たい廊下を駆け抜けて治療室に向かって走っていた。治療室のスライド式の扉を勢いよく開けて中に入る。

「炎堂……!!」

 泣き叫ぶような声とともに中へ飛び込むと、そこには無数の管に繋がれ、死人のように青白い顔で横たわる炎堂の姿があった。

 かたわらで、休憩もせず治癒の神法を注ぎ続けていた氷室が、肩を跳ねさせて振り返る。

「シズクっ!? 」

 氷室の驚きの声も、水崎には届かない。彼女はベッドの脇に崩れ落ち、炎堂の動かない手を握りしめた。

 氷室の両手からは、必死に「純白の霧」のような神法が溢れ出し、炎堂の体に注がれている。それは凍てつく寒さの中の吐息といきのように温かく、命を繋ぎ止めるための輝きだった。だが、重い出血は止まらず、傷が塞がる様子は一向にない。

 その光景を横で見ていた水崎は、震える声で尋ねた。

「……ねえ、希愛のあ。どうして治らないの……? こんなにも頑張ってるのに」

「わからない、私にもわからないよ……っ!」

 氷室の声は、絶望に近い悲鳴だった。

「いつもなら、これだけ治癒を施せば傷を包んで癒してくれるはずなのに……。まるですべてを拒絶しているみたいで。私の力が足りないの?」

 その時、治療室の扉が静かに開いた。立っていたのは朝日奈だった。

「……理由なら、わかったぞ」

「朝日奈さん……?」

 朝日奈はベッドの傍らに歩み寄り、炎堂の傷口を見つめた。

「氷室の神法が効かないんじゃない。……炎堂の体に、まだ『ミデンの力』が残っているんだ」

「ミデンの力が……?」

「ああ。ラグナロクが放ったミデンの必殺技……あの鋭利な白銀の神力が、炎堂の傷口に残って周囲の事象をすべて『ゼロ』に書き換えている。それが氷室の純白の治癒さえも、届く前に消し去っているんだ」

 氷室の手が、ガタガタと震え出した。

「……じゃあ、私がどれだけ治癒の神法を注いでも、黒瀬くんの『ミデンの力』がそれを無に還してしまうってことですか……?」

 同じ「シロ」に近い輝きでありながら、一方は生を、一方は無を象徴する力。

 黒瀬の放った白銀の残滓ざんしが、氷室の必死の祈りを無情に切り裂き続けていた。

 「ミデンの神力が、治癒を打ち消している」という残酷な真実。絶望に沈む氷室と水崎の前で、朝日奈は炎堂の傷口をじっと見つめ、拳を強く握りしめた。

「……俺がどうにかしよう」

「どうにかって、いったいどうするんですか!?神法自体効かないんですよ!!」

「そんな事は百も承知だ、でもこのまま何もせずに終わっても良いのか?」

「それは…。でも本当にどうする気ですか…?」

「この、傀儡之宝珠(ヘラチャーム)を使う。前に氷室にはヒュドラの猛毒を消すために使ったかな?なぁ、涼風」

 朝日奈が扉の方を向くと、そこにはいつの間にか草壁と、そして神妙な面持ちの涼風が立っていた。涼風は眉をひそめ、朝日奈の手にある宝珠を見つめる。

「でも氷室の言う通り、ヘラの神法を施そうとしてもミデンの力で打ち消されれば何もできませんよ」

「ああ、そうだな。まぁだから打ち消されたら打ち消された所から掛けていけば良いんだよ」

「炎堂みたいな脳筋の考えですけど、それしか無いですね」

 涼風は少しだけ口角を上げ、覚悟を決めたように一歩前へ出た。

「最初は朝日奈さんで、神力が限界になってきたら次は俺でいいですか?」

 そう言うと朝日奈は迷わず「いや」と否定した。

「?…それなら草壁さんですか?」

「これは俺が1人でやる。だから涼風は黒瀬君のことを頼んだぞ」

 その言葉の重みに、部屋の空気が一変した。傀儡之宝珠(ヘラチャーム)で炎堂を「傀儡」に固定し続け、ミデンの「無の力」を消し去る……。それは、朝日奈の精神が焼き切れるか、炎堂の体が耐えきるかの、あまりに無謀な消耗戦だった。

「朝日奈さん……」

「みなまで言うな、何度も言うけど黒瀬君の狙いは俺だ。なのにこうして関係のない炎堂君が重傷を負った、それも俺が茶を啜っている間にだ。諸々の責任と負担は負わなきゃ炎堂君に申し訳が立たないよ」

 朝日奈は光槍トリアイナを取り出す。

「それじゃあ全員部屋を出ていてくれるか?今後の行動は美土里と涼風に任せる。あぁでも氷室は戦いの場には行かないでくれよ、炎堂君からミデンの力を取り除いたら直ぐに治癒を施して欲しいからな」

 全員が部屋を出たのを確認した朝日奈はトリアイナに傀儡之宝珠(ヘラチャーム)を装填する。

“ヘラ、導軌ノ刻(ガイダンスタイム)傀儡ノ聖刃(ヘラサークレッド)

「ぐっ…… あああああッ!!」

 治療室に響き渡る朝日奈の絶叫。傀儡之宝珠(ヘラチャーム)による定義書き換えと、それを拒絶する「ミデン」の残留神力が、朝日奈の精神を文字通り引き裂こうとしていた。

 口から零れる鮮血を拭う余裕すらない。朝日奈はただ、炎堂という一人の仲間をこの世に繋ぎ止めるためだけに、己の存在を燃やし尽くそうとしていた。

   ☆ ☆ ☆

 治療室を後にした全員はメインホールで今後の事について話をしていた。

「炎堂のことは朝日奈さんと氷室に任せるしかない。永倉のほうは草壁さんが行ってくれるのは変わりないという認識で良いですか?」

「ええ、問題は黒瀬のほうね。煌成に行ってもらう予定だったけど、」

「黒瀬のほうは俺が行きます。勝てるかは分かりませんが、可能な限り説得を試みます」

 涼風は今でも自分が一方的に感情に動かされて黒瀬を追い込んだことを後悔していた。この無謀な引き受けもその時の行動に対する償いなのだろう。

「……分かった、でも一番大事なのは自分の命、危険だと分かれば直ぐに退きなさい」

「はい、水崎、お前は此処に残って…」

「私も行くよ」

 涼風は思わず「はっ?」と口からこぼれてしまう。

「そりゃあ炎堂に比べれば私は頼りないかもしれないけど、私の固有能力(ユニークスキル)ならどんなに強い攻撃も受け流せるから」

「なるほど、それなら水崎に説得役は任せたほうがいいな」

 イザナギ内で明日の活動方針が決定した。

   ☆ ☆ ☆

 次の日、3人は朝から街中を歩いていた。

「じゃあ私は昨日2人が行ったところから散策を続けるから此処で一旦離れるわ」

「はい、よろしくお願いします」

   ーーー

「涼風、黒瀬と仲直りできたとして、黒瀬はまた学校生活に復帰できるの?」

「仮にもあいつは成績優秀で最初は仮面ライダーとしてイザナギで戦っていた。それにクリスマスの日の件は不慮の事故だ。理事長を説得すれば問題なく3年生として戻れるだろうな」

「そっか、ならより気合い入るよ…」

 ——その瞬間。

 ドォォォォンッ!!

凄まじい衝撃音と共に、2人のすぐ目の前の地面が陥没かんぼつし、アスファルトの破片が飛礫つぶてとなって2人を襲う。土煙の中から立ち上がったのは、朝日を背に受けてなお、一切の光を通さない白銀の甲冑。

「……っ!げほっ、げほっ……な、に!?」

「……黒瀬か…」

 2人は目を凝らして土煙の中に見える影を見て黒瀬かと問いかける。だが次には一切の予備動作も無くラグナロクが土煙を割って最短距離で肉薄する。

「水崎!!」

 涼風は咄嗟とっさに水崎を突き飛ばすが、その代償にラグナロクの無慈悲な右拳が自身の腹部にめり込む。「カハッ……!」という短い悲鳴と共に、涼風の体が「く」の字に折れ、背後の街灯をなぎ倒して数メートル吹き飛んだ。

「涼風!!……黒瀬ぇ!!」

 涼風を殴り飛ばしたラグナロクの前に、水崎が立ちはだかる。恐怖に震えながらも、その瞳には強い意志が宿っていた。

「いい加減にしてよ、黒瀬!! 炎堂をあんな目に遭わせて、朝日奈さんまで……! 一体何が不満なの!? 言いたいことがあるなら、その姿を解いて、ちゃんと言葉で言いなさいよ!!」

 かつて同じ部室で笑い合っていた時と同じように、真正面からぶつかっていく水崎。だが、その必死の言葉は、ラグナロクの装甲に跳ね返され、届くことはない。

「………黙れ」

 地を這うような冷徹な声。次の瞬間、ラグナロクの右手が水崎の至近距離を掠め、背後の壁を爆砕した。

「っ……!?」

「言葉など……今の俺には、雑音でしかない」

 ひるんだ水崎の腹部へ、一切の容赦なく膝蹴りが叩き込まれる。

「あ、が……っ……!!」

 生身で受けるにはあまりに重い衝撃。水崎は肺の空気がすべて引き抜かれたように激しくせ、その場に膝を突く。

 ラグナロクは悶絶する彼女の肩を無造作に掴むと、立ち上がろうとしていた涼風の方へと、まるで物体でも扱うかのように放り投げた。

「……水崎!! おまえ……っ、黒瀬ぇぇ!!」

 怒りと悲しみで顔を歪めた涼風が、血を吐きながらもドライバーに手をかける。

「行くぞ水崎…覚悟は良いな?」

「もちろん…最初からそのつもりよ」

“ルドラ・ナーイアス、フォシュターク、ローディング”

「「変身!!」」

“WITHフォシュターク”

 2人は変身して各々の武器、錫杖ケーリュケイオンと水穹シャランガを取り出す。

「黒瀬を止めるぞ」

「うん!」

 2人は地を蹴りラグナロクとの距離を一気に詰めようとする。ーー次の瞬間。

「……え……?」

「……がはっ……、っ……な、に……?」

 緑と水色の粒子が霧散し、手足には力が入らない。変身は強制解除され、体中から火を吹くような激痛が遅れてやってくる。

 何が起きたのか、脳が認識を拒否している。だが、自分たちの背後に、白銀の死神が「最初からそこにいた」かのように静かに立っていることだけが分かった。

 それは、彼らが一回、瞬きをするよりも短い出来事だった。世界から色が消え、コンマ秒のカウントが刻まれていた。

   〜〜〜

ーー00:00:12:ルドラの錫杖が地を打つよりも早く、その懐へ滑り込む。錫杖のリーチを無に帰す、ゼロ距離からの浸透発勁(しんとうはっけい)。神力を纏った拳は、ルドラの装甲を透過し、涼風の肺腑はいふを直接震わせた。

ーー00:00:35:弓を引き絞ろうとしたナーイアスの指先に、白銀の雷光が走る。矢がつがえられることなど、あり得ない。放たれたのは言葉ではなく、意識を断絶させる非情な打撃。

ーー00:00:50: 崩れ落ちる二人の背後に回り込み、慣性すら置き去りにして停止。

 その間、わずか0.5秒。

   〜〜〜

 装甲が解けて2人の生身の体が地面に転がった。全身を走る電流のような激痛。だが、涼風と水崎は唇を噛みながらも、薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めた。

 ーーカラン……ッ。

 静寂が戻り始めた場に、乾いた硬質な音が響く。2人の腰に巻かれたドライバーから、役目を終えたかのように宝珠チャームが零れ落ち、力なく地面を転がった。

 そこへ、白銀のブーツが音もなく歩み寄った。ラグナロクはうつ伏せに突っ伏した二人に言葉をかけることもなく、ただ無言で腰を落とす。

 その指先が、水崎の目の前に転がっていた宝珠を、まるで道端の石でも拾うかのように無造作に掴み上げた。

「……あ……っ、……黒瀬……待って……それ、は……」

 震える指先を伸ばそうとするが、体は言うことを聞かない。

 ラグナロクは続けて、涼風の側に落ちていた宝珠も拾い上げると、それを掌の中で乱暴に握り込んだ。「……がはっ……、黒、瀬……! なぜ……宝珠を……」

「…………黙ってろ」

 地を這うような、冷徹な声。だが、その声はどこか、今にも壊れてしまいそうなほど張り詰めていた。「今の俺には……一秒だって、無駄にできる時間はないんだ」

 「時間がない」――その言葉が、黒瀬の意識を現在から引き剥がし、あの忌まわしい廃ビルの地下へと引き戻す。

 10数時間前。ヴァルハラの神法によって何とか意識が戻ったた黒瀬のもとに場の空気に合わない軽快な拍手が鳴り響いた。

 パチ、パチ、パチ……。

「素晴らしい、実に見事な執念だ。死神の鎌が首筋に触れているというのに、まだ歩こうとするか」

 暗がりの奥から、嘲笑を浮かべたファフニールがゆっくりと歩み寄ってくる。

「……ッ、ファフニール……!!」

 黒瀬は反射的にドライバーへと手をかけ、絶無ミデンの力を引き出そうとした。だが、その瞬間に全身の神経を逆なでするような激痛が走り、変身の光が灯る前にかき消える。

「あ、が……ああああああッ!!」

 肺腑はいふを焼くような苦しみに、黒瀬は叫び声を上げながら膝から崩れ落ちた。砕けた骨が肉を突き破らんばかりにきしみ、指先ひとつ動かすことすらままならない。

「黒瀬! 無茶だ、今の身体で変身すれば、それこそ魂まで削り取られるぞ!」

 ヴァルハラの悲鳴に近い警告も、今の黒瀬には遠い残響のようにしか聞こえなかった。その様子を見て、ファフニールはさらに愉悦に顔を歪める。

「くくく……無様だねぇ。相棒一人救えず、奴の心が壊れて去っていくのを、ただ指をくわえて見ていただけの男にはお似合いだ」

「……黙れ……ッ! 元を辿れば……っ、お前が月夜を陥れたんだろうが!!」

 唇を噛みながら吐き捨てた黒瀬の言葉に、ファフニールはわざとらしく肩をすくめて見せた。

「おや、心外だ。陥れたのはアラマズドだろう? お前も自分の目で見たはずだ、エレボスを絶望の淵に突き落とした真実をね。……私はね、ただエレボスの力を完成させたかっただけだよ」

 ファフニールは黒瀬の目の前で足を止め、その瞳に冷酷な光を宿す。

「私の目的は、暴走したエレボスを完全な傀儡くぐつとすること。そのためにイザナギの上層部へ向かい、エレボスの秘密を探りに行ったのさ。あの大規模な策……幹部3人を駒に使った騒動も、すべてはイザナギの戦力を分散させ、内部をスカスカにするための目眩ましに過ぎない」

 25話26話で起きたあの戦乱。街が壊滅の危機に瀕したあの地獄すら、ファフニールの私欲を満たすための「囮」だった。

「……あのバカみたいにデケェ大三角形(トライアングル)すら……ただの、目眩まし扱いか……っ」

 あまりの理不尽さに黒瀬は奥歯を噛みしめ、血の混じった唾を吐き出す。

「……それで、何の用だ。わざわざ俺を嘲笑あざわらいに来たのか……?」

 地面を這い、苦々しく問いかける黒瀬。ファフニールはその視線を冷たく受け流すと、ファフニールは不気味な笑みを深めた。

「いいや、取引を持ってきたんだよ」

「とりひき……? なんの、だ……?」

 不審げに眉をひそめる黒瀬の前で、ファフニールがパチン、と指先を鳴らす。

 すると、建物の奥深くによどんでいた闇が揺らぎ、そこから一人の影が姿を現した。

「……ウォルトゥムヌス」

 その正体は魔法を得意とするウォルトゥムヌスだった。

「此奴の魔法で、お前の怪我は完全に治癒してやる。我々の願いはイザナギの壊滅。ラグナロク、お前にとってはアラマズドへの復讐のついでだろう? 見事に成功させてみせろ。そうすれば、エレボスの取り戻し方を教えてやる」

 甘い毒のような提案。だが、黒瀬は血の滲む唇を歪ませ、吐き捨てるように返した。

「……確証もねえのに、そんな話に乗れるか……。お前の言葉など、何一つ信用できない」

「くくく……。確かにそうだな、お前ならそう言うと思ったよ。だが、一つだけ忘れていないか?」

 ファフニールは一度言葉を切り、値踏ねぶみするように黒瀬の瞳を覗き込む。

「このまま暴走を続ければ、エレボスは自身の闇に呑まれて消滅する。……これでも、お前は確証とやらを悠長に探し続けるのかい?」

「なっ……!? 消滅……だと!?」

 黒瀬の顔から血の気が引く。その動揺を見逃すほど、ファフニールは甘くない。

「イザナギに保管されていた文献を読んだのさ。……すべて事実だ。奴の止め方も、そして救い方もな。今のお前に、他に道があるのか? 奴の命が尽きるのを、その特等席で見届けたいのなら止めはしないが」

「…………っ」

 黒瀬の心が、激しく揺らぐ。ファフニールが嘘を吐いている可能性は充分にある。だが、もしこれが真実だった場合、断ることは永倉の死を見届けることと同義だった。

 自らの復讐、そして最愛の相棒の命。天秤にかけるまでもないその答えを、ファフニールは確信を持って待っていた。

「……わかった、その条件……呑んでやる」

 地を這うような掠れた声で、黒瀬は告げた。その瞬間、彼の魂は完全に修羅の道へと踏み出した。

「黒瀬! やめておけ、それは悪魔の誘いだ! これ以上、お前自身を地獄へ追いやる必要はない!」

 ヴァルハラが必死の叫びを上げる。黒瀬を案じるがゆえの、熱い叱咤しった。だが、今の黒瀬にとって、その善意すらも永倉を救う歩みを止める「鎖」でしかなかった。

「……ヴァルハラ、お前は黙ってろ」

 黒瀬が静かに手をかざす。次の瞬間、変身もしていない生身の身体から、ミデンの絶無の神力が衝撃波となって爆発した。

「なっ……、あああッ!!」

 至近距離で衝撃を浴びたヴァルハラは、なす術もなく吹き飛ばされ、コンクリートの壁に激突する。そのまま地面にうつ伏せになり、ぴくりとも動かなくなった。

 黒瀬は倒れたヴァルハラを一度もかえりみることなく、ファフニールを見据える。

「くくく……。ついにヴァルハラすら切り捨てたか。いい、最高だな、ラグナロク」

 ファフニールは満足げに頷くと、背後の影に顎をしゃくって見せた。

「決まりだ。ウォルトゥムヌス、この哀れな復讐者に『恵み』を与えてやれ」

 命じられたウォルトゥムヌスが不気味に手をかざすと、禍々しい魔力の奔流ほんりゅうが黒瀬の身体を包み込む。砕けた骨が繋がり、焼けた内臓が再生していく異様な感覚。だが、その治癒の最中でさえ、黒瀬の瞳に宿る憎悪の火が消えることはなかった。

「……あいつらを、朝日奈たちを一瞬で殺しても俺の気は晴れない。だが……月夜を救うための時間も惜しい」

 黒瀬は再生した拳を固く握り締め、冷徹な殺意を口にする。

「とりあえず、変身機能さえ奪えば問題はないだろ。あいつらの力を根こそぎ奪って、二度と立ち上がれないようにしてやる」

「いいだろう。ならば、イザナギの連中が持つ主神の『宝珠チャーム』をすべて持って来い。それが揃った時、お前に約束の答えを与えよう」

 こうして、血塗られた『盟約』は結ばれた。すべては月夜を取り戻すため。たとえその手が、かつての仲間の血でどれほど汚れようとも。

   〜〜〜

 ラグナロク――黒瀬は、掌にある二つの宝珠を見つめていた。足元では、涼風と水崎が泥にまみれ、うつ伏せのまま絶望に震えている。

「……待て……っ、黒瀬……。そんなことを、して、いったいなんになる…!」

 涼風の絞り出すような声が、背中に突き刺さる。だが、黒瀬は振り返らない。

 ファフニールの言葉が嘘か真かなど、今の黒瀬には関係なかった。ただ「月夜を救える可能性」がそこにあるという一点のみが、彼を修羅の道に繋ぎ止めていた。

「……待っていろ、月夜」

 ラグナロクは転移之渦(ブロードボルテックス)を展開して、その場から立ち去った。

   ☆ ☆ ☆

 イザナギのメインホールは、墓場のような静寂に包まれていた。その静寂を破ったのは、ホールの重い扉が開く音だった。

 ふらふらとした足取りでメインホールに現れた朝日奈は、全身から湯気が立つほどに汗だくで、その表情には生気が欠片も残っていない。ミデンの「無」の力を自身の精神で受け流し続けた反動は凄まじく、立っているのが奇跡に近い状態だった。

「朝日奈さん……!」

 駆け寄った氷室が、咄嗟に『冰の神法』を展開する。ひび割れた大地に染み込む水のように、冷徹な冷気が朝日奈の熱を持った肉体を包み込み、強制的にそのオーバーヒートを鎮めた。

「……はぁ、はぁ……っ。……氷室……。早く、炎堂君を……。ミデンの、……『無』の残滓ざんしは……今、俺が、全部……引き剥がした……」

 朝日奈はそれだけ言い残すと、崩れ落ちるように椅子へ沈み込んだ。氷室は一瞬、朝日奈のあまりの衰弱ぶりに躊躇ちゅうちょしたが、託された言葉の重みを受け止め、即座に治療室へと駆け込んだ。

 それから、どれほどの時間が経過しただろうか。重い自動扉が開き、草壁が姿を見せる。だが、その肩には意識を失い、ボロボロになった涼風と水崎がぶら下がるように担がれていた。

「美土里……!? 2人とも、どうした!?」

 朝日奈が震える声で叫ぶ。草壁は無言で2人をソファに横たわらせたが、その表情はかつてないほど痛ましげに歪んでいた。

 ちょうどそこへ、炎堂の緊急処置を終えた氷室が、肩を落として戻ってくる。

「炎堂くんは……なんとか一命を取り留めました。でも、まだ……」

 氷室の言葉は、ソファに横たわる二人の惨状を見て凍りついた。

「氷室、悪いけど……この2人の治癒も頼める?2人の意識が戻ったら、何があったか訊かなきゃいけないから」

 草壁の指示に従い、氷室は疲弊した身体に鞭打って再び治癒の神法を編み上げる。やがて、氷室の必死の治療によって、2人が「っ……!」と短く息を呑み、弾かれたように上半身を跳ねさせた。

「……涼風、水崎、気がついたか」

 朝日奈が傍らに歩み寄る。2人は焦点の定まらない目で周囲を見渡し、やがて自分の腰元に触れた瞬間、顔色が絶望に染まり、先刻の戦いのことを思い出す。

「……黒瀬に、……宝珠チャームを、奪われました……」

 その一言が、メインホールに集まった全員の希望を打ち砕いた。

 主力である2人の変身能力の喪失。それは、イザナギという組織が戦う術を失い、完全に詰んだことを意味していた。

「……詳しく話してくれるか。何があったのか……すべてだ」

 水崎の震える唇から語られたのは、抗う術すら与えられない「0.5秒」の蹂躙だった。主神の宝珠チャームを奪われたという事実に、メインホールには重苦しい沈黙が垂れ込める。

「……そう、か。2人とも、よく生きて戻ってきてくれた」

 朝日奈は、力の入らない拳を膝の上で握りしめた。今の自分たちには、黒瀬を止める術がない。それどころか、次に黒瀬と相対すれば、自分たちの宝珠も同じ運命を辿るだろう。

「……草壁さん」

 水崎が、涙を拭いながら顔を上げた。その瞳には、一縷の希望を求めるような縋る色が宿っている。

「永倉、は……。永倉は見つかったんですか? 彼さえ……彼さえ見つかれば、黒瀬もきっと……」

 その問いに、壁に寄りかかっていた草壁が、痛ましげに目を伏せた。

「……ごめんなさい。周辺の神力残滓、監視カメラ、天使の索敵…組織の持てる全リソースを注ぎ込んで捜索したわ。でも、かすりもしない。永倉月夜は……まるでこの世界から消えてしまったかのように、どこにも……」

 草壁の言葉は、水崎にとって最後の支えをへし折る宣告だった。

「そんな……、イザナギでも見つけられないなんて……っ」

 イザナギが見つけられない――それは、彼が「この世のどこにもいない」か、あるいは「人智を超えた領域」にいることを示唆していた。

   ☆ ☆ ☆

 寒風が吹き抜ける高台。街の灯が遠く、星すら見えない空の下、黒瀬廻――ラグナロクは、独りで立っていた。

傍らに、かつてのように声をかけてくるヴァルハラはいない。先ほど自らの手で叩き伏せ、振り切ってきたからだ、だが今の黒瀬にはあいつが今どこで何をしていようと、知ったことではなかった。今の自分に必要なのは、月夜を救うために突きつけられた「条件」を満たすこと。それだけだ。

 掌の中にある、奪い取った二つの宝珠を握りしめる。硬質な感覚が指に食い込む。だが、これだけでは足りない。あと4つ揃えなければ、ファフニールは「答え」を明かさない。

「……ハァ、……ハァ、……ッ」

 荒い呼吸が、冷たい空気の中で白く弾ける。全身を巡る「ミデン」の力が、主の焦燥に呼応して白銀の火花を散らす。身体の芯が焼けるように熱く、それでいて指先は氷のように冷たい。

 相棒を失い、途轍もない程の悲しみと消失感から手に入れたこの力。だが、その代償を支払ってもなお、掌にあるのは、冷徹な石ころが二つだけだ。

「……待っていろ、……月夜」

 黒瀬は血の滲む唇を噛み切り、闇に沈む街のどこかを見据えた。一秒が過ぎるごとに、永倉の命が削られていく。そんな強迫観念だけが、逃げ場のない檻のように黒瀬を締め付けていた。

 その光景を、遠く離れた廃ビルの屋上から見下ろす影があった。ファフニールは、暗闇の中で愉悦に肩を揺らし、獲物が罠にかかる瞬間を今か今かと待ちわびている。

「くくく……。そうだ、焦るがいい。独りで足掻き、苦しみ、せいぜい私の役に立て。……お前がすべてを揃えた時、最高の『救済バッドエンド』を用意して待っているよ……」

ーーーーーーーーーー

【仮面ライダールドラに関する現在公開可能な情報】

暴風ノ制裁(テンペストジャッジ)

全長2.06m 全幅0.75m 全高1.08m シード高0.89m 乾燥重量167kg 最高時速900km

【仮面ライダーインドラに関する現在公開可能な情報】

迅速ノ雷鳴(スピーディボルト)

全長2.00m 全幅0.74m 全高1.05m シード高0.87m 乾燥重量158kg 最高時速1000km

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次回予告

 イザナギの主力4人を圧倒的な力で蹂躙じゅうりんし、全ての宝珠チャームを強奪したラグナロクは、月夜を救う鍵を求め、天照大御神をまつる自らの実家へと向かう。立ちはだかる最高神に無謀な戦いを挑む黒瀬だったが、そこに現れた母・菫の口から、己の存在そのものを根底から覆す「ある真実」を告げられる。

第31話:掠奪りゃくだつ宝珠チャーム/母の想い

 仮面ライダーラグナロク第30話『深淵の盟約/剥奪の三足烏』を読んで頂きありがとうございます。柊叶です。今回は永倉と黒瀬の完全な決別からのラグナロクの闇堕ちでしたが、いかがでしたか?最っ高な鬱展開になっていたら嬉しいです!

 そして次回はこれまた一波乱あり、何やらとんでもないことが黒瀬菫から告げられるようですね、この先、独り戦う黒瀬に何が起こるのか、ぜひ見届けてくれたらと思います。

柊叶

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