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王妃が死んだ日  作者: 伊沙羽 璃衣
番外編

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銀の女王(Ⅴ)

『――学校に女性、か』

『やはり難しいかしら』

『うん、けれどいい案だと思う。懸念点は、監視を厳しくしないと、至るところで性行為が行われそうなことと、女性の護衛かな』

『暫くは女生徒と男子生徒を分けてもいいと思うの。女生徒が授業の邪魔をする可能性もあるし。それに、女生徒だけにすれば、男子生徒との接触も少ないでしょう? ある程度時間を置いてから、統合していくのがいいのではないかと思うの』

『それなら賛同が得られそうだ。女生徒だけの教室なら、己の行動を振り返ることもできるだろうし』

『そう。アビーに入学してもらえたら、きっとすぐにまとまると思うの』

『妹ならきっと承諾してくれるよ』

『そうだといいんだけど』


男女双方に爵位の継承を認めること、女子を学園に通わせること、貿易を活性化すること、貧民街を整備すること、平民の官吏登用枠を増やすこと、他国にも呼びかけること.......。茶番劇の後、女王として玉座に座った1年間で行ったのはそのくらいだ。各地の強みを生かして特産品を生み出す政策が、地味だが反響があったかもしれない。


『お姉様、お時間よろしいかしら』


王位を継ぐにあたり、政策の勉強で忙しくしているオリヴィアが悠理を訪ねてきたのは、国を出るひと月ほど前の、2月のことだった。


『あぁ、オリヴィア。ちょうどよかった、今からお茶をするところなの。一緒にどうかしら』

『では、お言葉に甘えて』


すぐにオリヴィアにもお茶が供された。


『何かあったの?』

『......分からないの』

『え?』

『お姉様は、ほんとうにいろんなことをしていらっしゃる。貴族からの人気も高いし、各国との関係も、良好だわ。それを維持すればいいのだと分かっているだけれど、どこから手を付ければいいのか......』


西に来て間もなく6年だが、幼子程度の知識と教養しかない義妹に教えたのは、今後の国家運営で必要であろう最小限のみ。帝王学も知らない、専門知識もない子供が惑うのは当然だろう。


『そうね。オリヴィアは今の政策では何が一番大切だと思う?』

『......やはり、女性に教育を施すことではないかしら。教育を受けたら、この格差の是正もしやすいし』

『そうね』


格差の是正、言うは容易く行うは難し。この出生率が続くならば、やがてそれは別の格差を生み出すだろう。けれど誰しもが目先の未来を見据えた状況で、水を差すほど野暮ではない。


『そのためには、学園の整備が必要よね。お姉様がお帰りになった後で、統合や入学条件も変えていかなくては......そうすると、貴族の爵位継承についてももっと力を入れて』

『ふふ、私に相談しなくても、すぐに優先事項は見つかったわね』

『あっ』

『オリヴィア、人に頼るのはいいことだし、迷った時に助言を求めるのは正しいわ。けれど、その前にまず、自分が何をしたいのか考えなさい』

『自分が? 国のため、ではなくて?』

『勿論、国も大切よ? けれどね、私はやりたいようにやってここにいるの。国民が生きやすくなるように考えて、その上で、自分が一番気に入った道をお行きなさい』

『自分が気に入った道が、良くないものだったら?』

『それはきっと誰かが止めてくれるわ。あなたには心強い側近がいるでしょう?』

『ええ』

『それにね、よくない道にあなたは進んでいかないと思うわ。だって、私の妹ですもの』


オリヴィアは目を丸くした。分かりやすい幼さが、可愛らしい。


『確かに。ありがとう、お姉様。あたくし、この国をもっとよくしてみせるわ』


嗚呼、この子は、いつか私の謀りに気づくのだろうか。崩壊の足音が聞こえ始めた時、何を思うのだろうか。

私は、この子が死んだら、泣けるだろうか。

答えはとうに決まっている。


『――ええ、よろしくね』


3月。すべての持ち物を先に送っておいて、後は悠理が帰るだけとなった。帰還の日には、関係者のひとりひとりと別れの挨拶を交わした。泣いている者も多くいた。オリヴィアは涙を堪え、国をお任せください、と言った。

クレスウェルで最後に悠理が会話したのは、第二国王のユージンだ。


『ユージン、ありがとう。国王として、王配として。あなたの支えなしに、私はここまで来られなかった』


ありがとう。


『ユーリ』

『なぁに、ユージン』


あなたは本当に、思うままに動いてくれた。


『君が、好きだよ』

『――うん。あなたがいて、本当によかった。あなたがいてくれるなら、オリヴィアもきっとやりやすいわ。どうか、国をよろしくね』


馬車に乗り、悠理は小窓から外を眺めた。国民は女王の帰還を知らない。程なくして、崩御の報が知らされるだろう。国民はきっと嘆くまい。功績が顕にならないうちに、悠理は帰る。在るべきと定められた、東の地へ。


「嗚呼」

「どうかされましたか」

「帰ったら、お父様に扱き使われそうな予感がするの」

「どうでしょうね」

「宴を終えたらすぐに南に下らなくてはならないし。あぁ、忙しい!」


嘆く悠理の頭には、滅びゆく国々のことなど欠片も残ってはいなかった。




***




「――これからも、西は、華胥との友好関係を保ち続けるでしょう」

「それはそうだろうな、得るものが大きすぎる」


悠理は懐から落雁(らくがん)を取り出して卓に置いた。ひとつ口に含んだところで伸びてきた手を叩き落とす。黎羽の膨れっ面は可愛くないので無視だ。


「今後シェルヴィーに代わり、クレスウェルが前面に出てくるでしょうけれど、群島を隠れ蓑に使って、細く長く搾り取る予定」

「油田の権利を持つ者は買収するか、こちらの手の者に買い取らせたのではなかったか? あと欲しいものは薬くらいだろう?」

「ライ麦の輸送も始めていてよ」

「ライ麦? 小麦とか違うのか」

「ええ、生育環境が異なるの。寒冷地域でもよく育つから、北に売り込める。それに、南と西では日照りで不作だったから、買い取ってくれるでしょう。初めは慣れないかもしれないけれど、十分に美味しいし、輸送経路の拡大や食糧生産は雇用拡大にも繋がるわ。一方の西諸国では、主食の一柱がなくなれば、民の不満は瞬く間に膨れ上がる。貿易で赤字を出せばお金を他で賄うしかなくなり、増税に繋がる。それは更なる不満を呼ぶ」

「海路・陸路の開発と貿易商人の買収は.......済んでいるな」

「勿論。貿易に携わる貴族の弱味も把握済みよ」

「流石だ」

「ふふ。それに――あの急な改革は、喜びと同時に混乱を招くわ」

「だろうなぁ。長らく蝶よ花よと褒めそやされた女たちが、どこまでついていけるか。喜ぶ男たちとの落差で貴族も平民も惑うこと間違いなしだ」

「えぇ――ねえ、黎羽、賭けをしましょう?」

「何の、だ?」


悠理は柔らかく微笑む。微笑みの王妃と称された顔と、寸分違わずに。


「――あと何年で、西が堕ちるか」


王を呼ぶ声がする。




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