銀の女王(Ⅳ)
時は2年前の3月に遡る。帰還の期限が迫る中、悠理は母に依頼された革命をまだ起こせていなかった。クレスウェル以西の侵略に時間をかけすぎたのが原因だろう。既に燃える水を産する西の国は事実上の属国と化したが、聖職者集団に気付かれないように細心の注意を払っていて、予想より手間取ってしまった。国の攻略を放置していたのは、マーガレットの対応をするのが面倒くさかったから、と言っては怒られるだろうか。
「いい感じに制度を混乱させて、民の不満が後から芽生えるように調整して、尚且つ女王即位を叶えるため......学園への女性入学強制、増税に繋げるための貿易赤字の調整.......西側では少数民族への迫害が起こっていたから、それを助長させるために少数民族の罪をでっちあげて.......あぁ、侵略じゃなくて革命の話だった」
いかんいかん、と悠理は紙に視線を落とす。上手い具合にマーガレットを失墜させ、『微笑みの王妃』の地位を上げなければならない。執務能力と出生を明らかにすれば叶うだろうが、何かもう一押し欲しいところだ。
「殿下。お手紙です」
「あぁ、千里ありがとう」
悠理は恒例の華胥からの手紙を手に取った。差出人はいつも通り、兄と両親と弟ー加えて、黎羽からだった。珍しいことだ、成人して東に所領を賜ってから、なかなか手紙を寄越さなかったのに。
「あら、子供。よかった、無事に生まれたのね」
本人の性格を表したかのような大きく威勢のいい文字は、長男が生まれたことを記していた。母子共に無事、とのことで、悠理は胸を撫で下ろす。西より遥かに医療技術が進歩している華胥でも、流産、死産、産褥死といった出産の悲劇は一定数起こっている。
「......あ、これだわ!」
思わず手紙を持ったまま立ち上がった悠理を見て、千里は首を傾げた。
「私、妊娠するわ。手伝ってくれるかしら、千里」
「..................................偽装ですよね?」
悠理は笑顔で頷いた。
「いつがいいかしら......うん、狭雲か炎陽ね。魔王酒を取り寄せましょう。みんな酔っぱらうわよ」
「第二国王陛下にいつもの薬を?」
「えぇ。私を抱いたと錯覚してもらいましょう」
それは、普段悠理が伽の時に第一国王に盛っている薬だった。ちなみに第三国王は、下賤の血を引く者とまぐわってたまるか、という理由で一度も褥を共にしていない。第二国王は悠理に好意があるようだが、帰ると宣言しているためだろう、手を出されたことはない。
「月のものの処理は任せる。それに、悪阻も演出しなければ。嘔吐薬とおりものの準備も必要ね。問診の時に心拍数を上げる訓練もしておくべきかしら?」
「訓練は必要ないかと。触診がありませんので」
「あぁ、そうだった」
西では女性への触診は殆ど行われない。悪阻と月経の遅れを提示すればまかり通ってしまう。
「まぁいいわ、楽しくなってきたわ!」
「流産の加工はいかがされるので」
「あぁ、確か収穫祭で私を暗殺する計画を老人が立てていたでしょう。潰すつもりだったけど、折角だしあれを使わせてもらいましょ」
「御意」
***
「お前、あの時実際に命が危なかったよな!? 東の解毒剤は効かないし、今までお前が西で耐性を付けた毒とも違ったと聞いたぞ」
「えぇ、とても反省しているわ。勿論、新たな毒を得られたことは幸いだったと思っているけれど」
「珍しい、お前が反省するなんて一体何が......あ、そういえば、兄上がわざわざ怒りに行ったな」
「ええ! お兄様にこってり絞られたわ! あの時のお兄様、未だかつてないほどお怒りで......随分懲りたわ」
「流石は兄上、お前のことをよく分かっておられる」
「お兄様に頭が上がらないのは黎羽も同じでしょうが」
「我らが兄はお強いからな」
「ほんとうに。私たちがこんなにも性格がねじまがったのは、お父様とお兄様のせいよね」
「違いない」
まぁ、最たる要因が父にあることは疑いようはないけれど。
「さて、終焉までのお話は昼餉の後にする? それとも、もうしてしまう?」
「今、頼む」
「分かったわ」




