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王妃が死んだ日  作者: 伊沙羽 璃衣
番外編

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銀の女王(Ⅲ)

「悠理。久しいな」


成人の宴の準備が終わり、のんびり庭園を散歩していたら、背後から声をかけられた。振り返ると、褐色の肌を持つ唯一の皇族が立っている。


「あら、黎羽(れいう)。お早いお着きね」


黎羽は悠理の従兄にあたる。内乱で父を亡くし、叔父である悠理の父に引き取られた経緯を持つ。4年前に都から一か月ほどかかる東に所領を賜ったが、今回は悠理の成人の宴に参席するため、遥々都までやってきたのである。


「甥御殿は?」

「ぐずっていて、妃が面倒を見ている」

「道理で一人物悲しく皇宮をうろついているというわけね」

「久しぶりに我が家に帰ってきた兄にかける言葉がそれか」

「お互い様でしょう?」


悠理が笑うと黎羽は肩を竦めた。


「順調だと聞いた。いつ頃になりそうなんだ?」

「どうかしら。有能な者たちを引っ張り出してはきたから、四十年は持つと思うけれど」

「三十年という目算ではなかったか」

「有能な者を発掘してあげたの。何もせずに崩壊だなんてつまらないじゃない。少しは足掻いてもらいたいわ」

「相変わらずだな。詳しい話を聞いてもいいか? 東嬴(とうえい)では殆ど話を聞けなかった」

「ええ、いいわよ」


悠理と黎羽は四阿(あずまや)に入った。朝露に濡れた紫陽花(あじさい)が日の光を浴びて気持ちよさそうにしている。


「さて、どこから話したものかしら」




***




「地理、経済、内政.......歴史もやっておいた方がいいわね」


6年前、14になる直前に西に渡った悠理は、一か月ほど男装し、王宮の一室と図書室を往復する生活を行っていた。理由は文字学習のため。子供が読むような本を、内定婚約者ユージンの名で借り、文字の読み書きの練習をしていた――というのは建前。実際は、悠理は幼い時に習得した言語を覚えていた。華胥では暗号として機能する文字を重宝していたためである。敢えて言葉に拙いふりをしたのは、図書室に出入りすることを容易くするため、また、華胥から連れてきた従者との会話を華胥の言葉で行うためだった。


『ユーリ、もし分からないところがあったら言ってね。執務室にいるから』

『ありがとう、ユージン。助かるわ』


地理、経済、内政。監視の目を逃れて読んだそれらを記憶し、暗号化して華胥に伝えた。クレスウェル王家の影が付けられているので、大体は連れてきた従者の千里(せんり)を介して行われた。


「あちらは問題なさそうね。六花(りっか)には御礼を言わなくちゃ」


悠理は華胥からの文を見て、嘆息する。手掛けていた事業は無事らしいが、実りをこの目で見られないのが腹立たしかった。


「小麦、果物はいいとして......紡績も建築もあちらの方が上だし。あちらにない薬草の効能を確かめて、良さそうなら輸出品に加えて......鉱石も多少はあれどあまり変わらないわね」


配下からの報告書を眺めて、悠理は溜息を吐く。

基本的に、西が華胥に勝るところがない。華胥は西の大陸の3倍近い面積を有するから、当然とも言えるが……広げるだけなら領土は要らない。利益あってこその侵略である。


「――現状国が保有して産業化されているところよりも、手つかずの荒地を開拓する方がいいかしら」

「と仰いますと」

「西で開発できるものなど、高が知れているわ。けれど手つかずの地ならば、我らの技術によっては化けるかもしれないわ」

「承知いたしました」


色良い報告が齎されたのは、西大陸攻略見切り期限の半年が近づく頃であった。


「殿下。予想的中のようです」

「あら?」

「六つ西の国で、燃える水を。無価値として放置されております」


悠理は目を見開いた。


「すぐに土地ごとを買いなさい。確か小雪(しょうせつ)がアスカム商会の主を篭絡していたわね? そこから阿明(あめい)に繋げて、華胥への道は私が開く」

「御意」

「海を越えての運送はあまり例がないはずよ。試験的に人的被害が少ない場所を選んで運送を行い、輸出路を確定させて。桂桂(けいけい)はまだマーティンディールに?」

「はい、あとひと月で帰る予定ですが」

「とどまりなさい。そしてそちらからの果物の輸出路も確立させて。それから――」


燃える水――石油の発見により、悠理の長期滞在は決定した。西では未だ使用用途さえ確立されていない石油は、華胥では精製法が研究されており、照明や暖房として使用方法が見出されている。ただ、産出量が多くないため、実用化するには懸念があった。西で無価値と放置されているなら、華胥で利用してやるのが有意義だろう。


「嗚呼、楽しくなってきたわ」


悠理は目を細めた。価値を知らない無知な者から巻き上げるのは、哀れで、憐れで――とても、楽しい。

かくして悠理は己の配下を存分に使い、華胥への交易路を確定させた。西への輸出は、華胥での粗悪品を。それですら、西では十分なものだ。


「ところで殿下」

「何かしら、千里」

「即位式の衣裳合わせまで、あと半刻(1時間)もありませんが」

「あらまあ。それは大変」


悠理は千里に淹れさせたばかりの花茶を口に含み、月餅(げっぺい)に噛り付いた。




***



「――燃える水は実際、かなりの利益になったな」

「でしょう。街灯のおかげで都の犯罪も減って、嬉しい限りよ」

「けれど、随分内政はかまけていたようだな?」


茶化されて、悠理は分かりやすく眉を顰めた。


「微笑みの王妃などと揶揄されていたように思うが?」

「ええ、その通りよ。おかげさまで、以降五年、都への上納品を三倍にせよ、との仰せ」


悠理は深々と溜息を吐いた。


「手ぬるいことだな」

「心の声と建前が入れ替わっていてよ」

「おっと」


改革を成す時、父無し子扱いのままでも問題なかったのだが、反対派を黙らせるのが聊か面倒くさかった。それに、華胥という後ろ盾を持つ王妃が改革を成した、という絵面が欲しくなった。華胥の力を得た女王と、終生得られない女王。どうしたって民は比較する。

今後貿易が滞るように仕向けたから、民の不満は新たな女王へ向かうだろう。

それが古き女王の企みとは、露ほども思わずに。


「けれど、依頼は完遂したのだから褒めて欲しいわ」

「ただの意識による差別、あれほど容易い改革もないというのに?」

「それを言われては返す言葉がないわね」


ふたりは顔を見合わせて失笑する。互いに異民族の血を引く者、その容姿ゆえに、その血ゆえに、初めから玉座を望むことさえ出来なかった。それに比べて――なんと、くだらない。


「ところで、ひとつ気になっていることがあるんだ。あの茶番劇、医師は抱き込んでいないのに、どうやって妊娠・流産を演出できた(・・・・・)んだ?」


悠理は笑う。


「世の中には、医療技術が進んでいない国もあるのよ」


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