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王妃が死んだ日  作者: 伊沙羽 璃衣
番外編

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暗殺者は生を乞う

「レネ。どうか、生きてくれ。生きて、そして、幸せに.......」


***


39番――それが少年の呼び名だった。生まれは西の国だ。灼熱の太陽が照らしつけ、褐色の肌と暗い色彩を持つ人々の中、白い肌と白い髪、赤い瞳を持ち、光を厭う少年は気味悪がられ、唯一少年を守ってくれた伯父が殺された後、呆気なく奴隷商に売られた。少年が5歳の頃だった。1年程して脱走した少年はすぐに捕まえられ、逆上した奴隷商の主に折檻されていたが、そこを通りすがった男に買われた。

男は暗殺者を育てていた。39番という呼び名を与えられた少年は、与えられたものをよく吸収した。それは語学であったり、暗殺術であったり、房中術だったりした。少年の特異な見た目は、暗殺者集団でも浮いていて、友達はひとりも出来なかった。

初めて仕事を与えられたのは、少年が9歳の時だ。少年愛好家の商人の元に送り込まれ、閨に上がって男が服をはだけたところで、首を切り裂いた。脱出ルートを通って元のところに帰って、それで終わり。

あまりにも呆気ない。生とはこのようなものか。

血を吐きながら事切れた、少年の生を願う伯父の声は、記憶の中から色褪せていった。


初めて人を殺してから2年。少年に与えられた任務は、当時暗殺集団が滞在していた国の頂にいる女を殺せ、というものだった。女を殺せという命令は初めてで少し驚いたが、権力闘争ならば仕方のないことだろう。元より少年には、従うという選択肢しか存在していないのだ。

少年は給仕として王宮に入り込んだ。護衛の集中が途切れる頃、巡回が来ない時間、危険人物になりそうな男を把握して、任務に臨む。対象のことは調べなかった。武芸も知識もない、宝座に座るだけの女は、どう足掻いても脅威に成り得ない――そのはずだったから。

眠る女の傍らに立った次の瞬間、少年は幾何学文様が施された天井を見ていた。鈍い衝撃が体から頭へと伝わり、少年は驚愕する。


「――こっちに来てからは初めてだなぁ」


少年の腹に足を乗せ、剣を首に当てながら、女は言った。眠いのか、欠伸までした。


「それで、君は誰の差しが――おっと、危ないなぁ」

「うっ」


少年は自由になる手で女の足の腱を切ろうとしたが、空いていた方の足で弾き飛ばされた。しかし、その一瞬で僅かに隙が生まれる。少年はバネのように起き上がると、懐の短剣に手を伸ばした。


「あぁ、久しぶりだから体が鈍ってるなぁ」


鍛錬せねば、と嘆く女は、長剣をだらりと下段に構えている。よく見るとその剣は片刃で反りがある、見慣れない形をしていた。少し気になったが、やることはいつも通りだ。少年は体勢を低くして、一気に距離を詰めた――女は一歩下がって距離を取る。少年の攻撃は一つも当たらず、避ける女は寧ろ楽し気ですらあった。


「――そろそろいい?」

「は、」


気づけば女は目の前にいた。刀身が煌めく。まずい、致命傷は避けなければ――そう思ったのを最後に、少年の意識は途切れた。




***




「おはよう」

「!?」


目覚めると、少年は上質な部屋にいた。特に痛みは感じない。


「そんなに驚かなくても。あっ、お腹空いた? ごはん食べる?」


少年は部屋の隅まで後退する。女は気にしたそぶりもなく、これは君の分、と茶碗に白い何かをよそる。そして自分の分を食べ始める。


「何の、つもりだ」

「え? 尋問の前準備だけど」


少年は絶句する。尋問の前準備にご飯を勧めてくる頭が理解できなかった。というか、現状からして意味が分からなかった。女は何やら調味料をかけて、尚も白い何かを食べている。小鉢も出した。ばりぼりとかみ砕く音がする。汁物は流石にないらしい。安堵していいのか。


「さて、君のお名前は?」

「......」

「私はユーリ。17歳。今は副業で王妃さまやってる。趣味は読書と乗馬と視察と書類作成と機織りと絡繰り作りと手合わせと悪戯と花を育てることと、あと料理も好きよ」


どこから突っ込めばいい? 副業が王妃さまなこと? それとも女人離れした趣味が多いこと?


「帰りたければ帰っても良いけれど、帰ったら怒られるんじゃない? 私死んでないし」

「......」

「あと、確かシラコって――こちらではアルビノというのだっけ? あまり日光に当たれないんじゃなかった? 今出たら大変なんじゃない? 外はお日様燦燦だよ」

「......」


女は躊躇いなく少年に近づいてきた。


「ねぇ、君。私と手合わせしよう」

「......は?」

「ユウリ、君は何してるんだい......」


そこに男がひとり入ってきた。手元の盆からは湯気が出ている。どうやら汁物らしい。


「ユージン! ちょっとこの子と手合わせしたいなって思って......」

「気は確かかい?」


少年は、心の底から男に同意した。





***





「はぁ.......それで、この少年を開放するつもりなんだね?」

「うん。情報は吐いてくれそうにないし」

「拷問はしていないだろう」

「する気はないよ」


女は呑気に汁物を啜っている。


「ユウリ、それは」

「分かっている。この子がここから逃げおおせたとて、この子がいたところで罰を受けるのでしょう。ここで傷を作っても大差ない」

「なら」

「けれどね、この子の剣は楽しかったの。だから、生き延びてほしいと思うわ」

「そんな理由で」

「大した理由よ?――こちらでは、私はあなたや父上としか、手合わせ出来なかったから」

「......!」


男は眼を見開く。


「あちらでは、いろんな人と手合わせをしたわ。護衛や剣術師範、同年代の兵士見習い、旅の途中で盗賊退治をしたこともあった――私の剣は、知らない剣と出会う度に成長した。この子の剣も、また」


女は唇に笑みを浮かべる。


「――それが理由では、いけないかしら?」」


男は眼を伏せる。少年ほどではないが、稀有な色をしていた。


「......君が望むなら」

「ありがとう」


少年、と女は手を差し出した。


「いつかまた、私を殺しに来なさい。生きて、もっと強くなって、私を楽しませなさい」

「――レネだ」


女と男は揃って目を瞬く。


「俺の名前は、レネ――いつかあんたを殺す名だ。覚えておけ」


女は破顔する。





***


解放された後、誰かが少年を尾行しているのを感じた。少年は尾行に気づかないふりをした。

少年は成果を上げずに帰ってきたため、頭の怒りを買って折檻された。しかし、程なくして別の勢力に叩き潰され、少年の命は繋がれた。

――そうして一年が経ち、少年は再び王宮に舞い戻った。

あの女の、命を絶つ為に。


だというのに、どうしてだろう。


女の首目掛けて放たれた同輩の矢を僅かに掠め、その軌道を変えさせたのは。


射手は激高し、揉み合いの最中で顔の左側が傷つけられた。もたもたしている間に捕まえられ、毒薬を飲まされた少年は、落ちていく意識の中で思った。


「――生きたい。俺の手で、あんたを殺したい」


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