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王妃が死んだ日  作者: 伊沙羽 璃衣
番外編

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二代目女王が秘めること(Ⅱ)

オリヴィアが本を読んでいると、ガコっと天井の一角が外れた。降ってきたのはここ数日で見慣れた宵闇だ。


「ごきげんようオリヴィア!」


今日も今日とてうるさい姉は、オリヴィアの居室を訪れた。


「だからドアから入れって言ってるでしょ! なんで窓やら天井やら床下やら隠し通路から入ってくるのよあなたは!」

「だってあなた、機嫌悪いと入れてくれないじゃない」

「あなたに関しては締め出しても無駄だと分かったから入れるわよ!」

「あらそうなの? じゃあ今度は扉からお邪魔するわね」

「そうしてちょうだい――ってなんでまた来るのよ! もう来るなって言ったでしょ!」

「ええ嫌よ。私、妹って初めてなの。可愛くってしようがないわ!」

「だ、誰が可愛いよ大きなお世話よ!」


息を荒げるオリヴィアは、それでも従者にお茶を淹れるように命じる。


「あら、もう第八章までいったの? 早いわね。流石オリヴィア」

「当たり前でしょう、あたくしを誰だと思っているの」

「私の可愛い妹」

「だから可愛いって言わないでちょうだい、耳が腐るわ!」


妹、の部分を否定されなかったために姉が口元を緩めたことを、そっぽを向いていたオリヴィアは知らない。


「もう法律を覚えてしまったのなら、次は歴史をやるといいわ。そうね、一番とっつきやすいものだと、クレスウェル歴史総まとめかしら。あれなら10冊足らずで歴史の重要なところは押さえられるはずよ」

「法律の本は読んだし、覚えたわ。でも、これが何の役に立つのよ。あなたが言ったように、この国では女は政に参加できないわ」

「そうね。でも、知っていることと知らないことでは、大きな違いがあるのよ」


たとえば、と茶菓子を摘まみながら姉は言う。


「これはマドレーヌよね。原材料は分かる?」

「......知らないわ」

「小麦粉、卵、砂糖、バター。フルーツが入っているものもあるから、それも考える必要があるわね」

「お菓子について何を考えろと?」

「小麦粉の最も有力な生産地は分かる?」

「!」

「正解はリンド川下流域のハンティントン。だけれど、リンド川が昨年氾濫した影響で、流域の小麦畑が壊滅的被害にあった。そのため現在小麦の価格が高騰している。最近お茶菓子で見慣れない品が入ってきたのはそのせいもあるわ」

「......お菓子ひとつで、それだけのことが分かるの?」

「そうよ。些細なことでも経済が関わり、それに付随する貴族や商人の動向が絡んでくる。ねえオリヴィア。そういう思惑をすべて掌の上で出来たら、楽しいことだと思わない?」

「......分からない」


すぐに答えなくていいから、次に来た時に答えを教えてほしい。そう言って、姉はいつも、ひとつだけ質問して、以前の質問の答えを聞いて帰っていった。


「昨日の質問の答えを聞かせてもらえる?」

「......美しいからだと、思ったの。あなたに言われた場所に行くまでは」


王族のミドルネーム、或いは貴族のファーストネーム。その大半に花の名前が付けられる訳は何か。

それが、前回の問いだった。

美しいからだと、聞いた時は思った。その場でそう言うと、姉は少し考えてから、北の第五庭園に行ってごらんなさい、と言った。発言に従うのも(しゃく)だが行かずに馬鹿にされるのはもっと癪なので、翌日足を運んだ。

最初は、ただの花だと思った。茶色の花なんて珍しい、と触れた花の花弁がぼろぼろ落ちて、花が枯れることを、オリヴィアはその時初めて知った。


「――花は、手入れされないと枯れてしまうのね」

「ええ」

「あたくしたちは、男に手入れされて初めて、咲けるのね」


姉は微笑んだ。


「花の価値は見る者が決める。この国の女性は、男に育てられ、男に評価され、価値がなくなれば打ち捨てられる」


ぐっとオリヴィアは口を噛む。

違和感がなかったわけではない。姉がふたりの国王を父上と呼ぶように、オリヴィアも国王二人をお父様と呼んでいるが、それは稀なことだと知っている。法律の本を読めたのだって、前から国王ふたりがさりげなく話題にしたり、物語を装った本を渡してきて、知識があったからだ。

男の権利のことは書いてあるのに、女の権利がどこにもないことから、目を背けていた。

だって、真っ向から認めてしまえば、自分は籠の中の鳥で、どうすることもできないという無力感に襲われることが分かっていたから。


「......あたくしにどうしろと」

「そうね、ひとまず、あなたは女王にならないとね」

「......はあっ!?」





後に、二代目女王オリヴィアは語る。

初代女王である姉は、快活な人だったと。彼女無しには、この国の改革はなしえなかった、と。

大陸の英雄と称されるユリアーナ女王が、木からバルコニーへ勢いよく飛び移って頭を打ち付け、床下から顔を出して踏まれ、天井から足を滑らせベッドに落ちたことは、彼女の名誉の為に守られたのである。


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