男娼が歌うこと
クレスウェル王国王都、歓楽街。
夜も煌々と輝く街の南。一際大きな建物の窓に腰掛け、ひとりの男が煙管を蒸していた。
男はエドと呼ばれていた。陶磁器のように美しい白い肌。肩より長い栗色の髪は、無造作でありながら、その美貌を損なわせていなかった。エメラルドを思わせる鮮やかな緑の瞳が、彼の美貌を完璧なものにしている。
エドは薄い紅色の唇から紫煙を吐き出す。出窓から街を見下ろし、道行く人に笑みを投げかけた。
「エド、お前に客だ」
「おや。あのお方ではないのかい」
「あのお方の相手を探しているという女だ」
「ふぅん」
エドは煙管を卓に置いた。
「こんばんは。いい月夜ですね、マダム」
女は窓枠に腰かけていた。目深にフードを被っており、その顔は窺い知れない。女はエドの声かけにこちらを向くと、楽し気な声を上げた。
「さる東の国では、月の美しさを愛の言葉に喩えたそうだ――さて、エドゥアルド。私の名前はユーリ。ユーリ・レオーノヴァ。よろしく」
エドは目を見開いた。
エドゥアルド。西の国の名前を、この国の人々は正しく発声できず、エドワードと名乗るしかなかった。
「……よろしくね。なんと呼べばいいのかな?」
「ユーリと」
「ユーリ」
「あぁ。私はそなたに夜伽を命ずるつもりはない。二、三問いたいことがあるのだ」
「私に答えられることなら答えるよ」
「エドゥアルド。そなたに子がいるとすれば、如何する」
エドは瞬く。またか、という思いが強い。
「正直なところ、私の子か否かなど、分からないな。私は所詮男娼、訪れる方々は夫の方とも夜の営みはあるから」
「その通り、せめて期間を分けなければダメだと思うのだが……今はその話ではないな」
ユーリは肩を竦める。
「仮定の話だ。脅迫をしようだとか、そういうつもりはない。ただ、間も無く大逆の罪を問われる夫妻の子の行末に困っていてな」
さらりと告げられた大逆という言葉にエドは目を見開くが、すぐに元に戻す。
「……よしんばわたしと関係を持った方の子だとて、私が子を引き取ったら、その子の行末も男娼。そのようなことは、望まない」
ふむ、とユーリは顎を撫でる。
「そなたは、男娼であることに誇りを抱いているように思ったのだが」
虚を突かれ、エドは黙り込んだ。
奴隷として流されたのは、4歳の時。折しも二ヶ月後には奴隷撤廃制が公布されたが、その時には既に娼館に買われていた。
「……わたしは、そう在るべく育てられたから。他の生き方を知らない」
「おや、似た者同士だなぁ」
小さくユーリは笑う。
「では、男娼で在り続けたいか? それとも、他の職を与えられたら、変わりたいと願うか?」
「男娼あがりにまともな職など」
「男娼は知識も芸も達者、ましてそなたならば比類がないだろう」
エドは何度か瞬いた。褒められるのは顔ばかり、努力して得た知識も芸も、女は当然として受け入れた。
「努力の証だ、卑下していては勿体無い」
「……わたし、は」
「答えは急かさない。また一週間後に来る故、それまでに考えておいてほしい」
それでは、と言い置いて、ユーリは立ち上がる。見送りをしようと慌てて立ち上がったエドは、そのフードの下に、花のような笑みと、翻る宵闇色の髪を見た。
「正直私は、初めに会った時の完璧な笑みより、その迷子のような顔の方が好きだな」
「――ユーリ。教えてほしいことがあるんだ」
「あぁ」
「わたしは、娼館というのは、ある種の情報屋だと思っている......この認識は、正しいかな?」
ユーリは微笑んだ。それで答えが知れた。
「......だとしたら、わたしはこのままでいたい。わたしは、あまりやりたいことはないけれど、情報の流れを見るのが好きだった。それに......」
「それに?」
「王妃である君は、情報の価値を重んじるから、娼館を手厚く遇してくれるだろう?」
にやりと笑ったエドに釣られたかのように、ユーリは笑う。その拍子にフードが外れた。流れる射干玉の髪と、細められた紫の瞳――王妃ユリアーナその人だ。
「そうだ、エドゥアルド。私はそなたらを利用したいのだ――直接的に過ぎるだろうか」
「いや、寧ろ開き直ってくれた方が好感が持てる」
「ならばよかった」
「それで、わたしはまず何をすればいい?」
ユーリは微笑む。
「王宮へ――罪人の罪を、詳らかにするために」
男子に継承権が認められた後、次第に性的な奉仕をする娼館は廃れていき、飲食店や劇場に姿を変えながら、歓楽街としての機能は残った。その変革の初期には、裏の王、と呼ばれる男がいたそうだが、その名を正確に発音できるものは少なく、誰からも忘れられていった。
 




