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ダンジョン実習

1


金曜日の実習場所である星翔ダンジョンが開くのは、通常授業と同じく一限目の開始時刻だ。

九時ちょうどになるとダンジョン特別棟に担当教員がロックを解除しダンジョンへの門が開く。

真っ黒な穴――ダンジョンの入り口を封鎖する巨大な鉄扉の前には九時に近づくほど学生が集まり始め、鉄扉がゆっくりと開き始めると黒山の人だかりとなっていた学生たちが列を作って穴へと入っていく。

魔晶石の提出が成績となることを発表された週の金曜日でもその様子は変わらない。

その列の中には大きなバッグを背負ったショウイチの姿もあった。


岩石洞窟が広がる最上層の入り口に片足を踏み入れたショウイチは、学生たちが最後の確認している姿を見ることもなく転移してダンジョン内のどこかへと跳んでいた。

ダンジョンショップ特性:ダンジョン迷子ランダムテレポートの力だ。

ショウイチが見ている真ん中から転移先の景色が水が湧き出すように広がっていく。

視界が切り替わり、空気が変わる。

転移が終わったショウイチは周囲を見回しながら耳を澄まし、窟獣や人がいないことを確認した。

ここで窟獣がいればもう一歩動いて転移し、人がいたり足音が聞こえれば店を開店させる。

「よいしょっ!」

そして洞獣も人も周囲にすらいないようであれば、ショウイチは慣れた手つきで背中のバッグから一枚の大きな長方形の紙を取り出して岩壁に押し付けた。

チラシ制作によって作られたダンジョンショップの広告ポスターである。

ポスターはノリもなにもつけていないのにぴったり張り付いて、ショウイチの手を離れても剥がれ落ちなかった。

『ただいまダンジョンショップ出没中!』

ポスターには今ショウイチがダンジョン内を飛び回っていること、ポーションなど使えそうな販売アイテムリスト、魔晶石何個分になるかの凡その目安が書いてある。

ダンジョン内にポスターを貼り付けるという行為は、ショウイチにとって大事なことだ。

この一か月の間、ダンジョン内で学生パーティーと出会っても無視されことがあり、あれ俺無視されてる? とジョブ以外でハブられる原因がわからず首をかしげていたのだが、たまたまミカドにも無視されたことでおかしいと思い、実習後にミカドに問いかけたのだ。

「おい無視すんなよ殿下、泣いちゃうよ俺!」

帰ってきた答えは、え、お前誰……でなく「中で会ってないだろ? 話しかけたのに横をガン無視して通った? 嘘だろ。まったく気づかなかったぞ」だった。

他のクラスメイトでもそういうケースが多発したため、いろいろ検証してみた結果、どうやらダンジョンショップのもう一つの特性、ミッシングが悪さしていることが分かったのだ。

ミッシングはスカウトの身隠しよりも強力な隠形スキル。

効果は誰にも気づかれなくなる。

理解している通りに窟獣にも「人」にも効果があったのだ。

思い込みの怖さというか、理解してるつもりになっていても理解できていない。そんなケースがまさかスキルでも起こるとは。

だからショウイチは、自分が今ダンジョン内にいますよ、ということをポスターで喧伝しているのである。

ダンジョンショップの特性であるミッシングが少しでも人に対して効果が薄れることも願って。これに関しては効果があるかどうかはわからないが。

それにポスターはスキルで作っているため、ショウイチが消えろと意識すれば勝手に消える。後処理も楽なため、やり得なものとしてショウイチはとらえていた。

「さて、と」

窟獣がいないが人も近くにいそうにないため、再びバッグを背負いなおすとショウイチは一歩前に足を踏み出す。

ダンジョン迷子によって再び転移。

こうしてショウイチは誰かに出会うまでダンジョン内を飛び回り続ける。


腕時計が昼近くを指すころ、やっと今日最初の入店者が訪れた。

四人パーティー。

クラスメイトのパーティ-だ。

リーダーは細身で眼鏡をかけて自前のワンドを持っている小野寺浩志。

ジョブはソーサラーであり、本人自身が座学上位の頭脳派で己の性質が上手くかみ合った好例だった。

五分刈りが野球部っぽいタンクの尾野忠広。ダガーを腰に差し、長身長髪ですらっとした女の子ながらスカウトの藤咲美鈴。ごつめのワンドみたいなスタッフを持った典型的なヒーラーっぽい雰囲気を纏ったショートカットの女の子、東原灯里はキヨスクみたいな店内を物珍しそうに見ている。こうなってるんだねとか思ったよりごちゃごちゃしてんだな、という言葉が耳に届く。

ショウイチは四人に挨拶した。

「よー、っと、そうじゃないな。いらっしゃいませーっ!」

「おはよう」

小野寺が笑いながら挨拶を返してくれる。

「なにか買っていかない?」

「あー、ごめん。冷やかしに、かな。余計な魔晶石がないというより、欲しいものがないっていうほうが正しいかも」

「あー、そうか、そりゃ準備して入ってきてんだものんな」

「そそ。それにここってまだ上層の中腹あたりだからそこまで消耗してるわけじゃないんだよね」

「なるほどな……そこを何とか! おまけ! はできないが特価セールぐらいはできるぞ! ……閉店特価セールとか夢ない?」

「あはは。ずっと閉店のやつね」

天井のあたりすら眺めていた藤咲がこちらを見ずに話しかけてくる。

「そうそう」

「でも、小野寺が言ったみたいに必要ないのよねぇ……」

「愛想笑いとかもできるぞ!」

「それは言ってやることじゃないだろ!」

尾野が突っ込み、後ろでくすくすと東原が小さく笑った。

四人と別れたその後も、いくつかのパーティーが店に気づく。物珍し気に来店する彼らに一生懸命交渉するがやはり一個もショップアイテムは売れなかった。

ショウイチのことはも他クラスや上級生たちも知っていて、ミッシングを見抜いたスカウトのいるパーティーは物珍し気に近づいてきてショップアイテムを見ていってはくれる。

主人公もレアキャラ扱い。

だけど話こそしてくれるが何も買ってくれない。普通に考えれば、あえて成績を下げて性能が低いインスタントアイテムを買う理由がない。

「君が大洞か」

「そうそう。買っていかなくていいから、並んでるものだけでも見てってよ。つい買ってくれてもいいけどね! つい、ね!」

「解毒ポーションはよくわからないし、怪我もうちにはヒーラーがいるしなあ。」

「武具も学校支給のアプレンティスシリーズよりも弱いしね……」

アプレンティスシリーズは学校で貸し出している簡易武具のことを言う。大手の企業から大量一括購入した、どちらかといえば質が悪い、企業にとっては大変いい稼ぎになっている武具である。

「いらないかなあ」

「いままで五つほどパーティーと出会ったんだけど、やっぱそこなんだよな。皆もう準備して入ってきてるから買うもんがないっていう。個人的に、どうしたら買おうかなって思う?」

「支払いがお金なら!」

「それができればな……やっぱ魔晶石が成績になるのがつらいわ」

「武器限定のなんちゃら、ってのがあれば考えるけどね。魔晶石ドロップ上昇とか。あー、ダンジョン入ってすぐに出会って、しかも成長補正とかいうゲームでいう特別効果付きの武器防具があればほしいかもしれない。成績を引き換えにするんだからそれ以上なんか返ってこないとね……」

「たしかにな……ぬあー、厳しいわ」

「ごめんね」

ショウイチは、謝ってきた他クラスの女子に謝らなくていいと伝え、店に来てくれただけでもうれしいからと謝意を伝えた。

再び迷子になってお客を探し始めるショウイチ。

時間的に五限目の終わりに近づいてきたあたりで一つのパーティーに出会った。

このパーティーを最後にして切り上げようと思っていたショウイチはパーティーの面子を見て顔をしかめた。

桜町立花のパーティーだった。

三人組。

言わずもがなの魔剣士、桜町立花。小柄だが活発そうなボブの女の子、橋爪りん、多分ヒーラー。長身細身のソーサラー、斎藤あやめで組んでいるらしい。

この三人に共通して言えるのはどいつもこいつも人を見下す舐め腐った目をしていること。類は友を呼ぶというやつだろうか。ことわざなんてあんまり気にしたことはなかったが、馬鹿にしたもんじゃねえなと思いながら、警戒しながら三人に声をかけた。

「あー、ぁー……らっしゃーぃ……」

なんでこいつらにスカウトいないのになんで見つかってんだよ、そんな気持ちを押し殺し、愛想笑いを発動する。

そんなショウイチの様子をガン無視しながら店をぐるりを見て回った桜町立花はショウイチに向かって驚天動地のことを言い放った。

「ポーション三つちょうだい」

「えっ!? マジで!? ポーション一個で上層だと一握り半ぐらいになります!ありがとうございます! お前、実はいい奴?」

「はあ? なにいってんの? 頭の中、膿んじゃった? 無料でよこしなさいよ。当たり前でしょう? 性能ゴミなんだから。それをあえて私が使ってあげるっていってんのよ」

……。

ショウイチは追い払うように手を振った。

「しっしっ! 見せパン女には売るアイテムはねえげふぅっ!?」

ショウイチは呻きながら時間ギリギリになってダンジョンを脱出した。

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