最初の授業 4 覚醒
「がんばれよ大洞!」
ただ一人風連ミカドに応援されながら、ショウイチは担任の前に立った。
担任まで歩く間、少し足が震えることがあったのは誰にも内緒だ。
担任の手のひらの上にはソフトボール大の大きさをした継ぎ目のない黒い球体が乗っている。
効能が判明しているだけで分析が全く進んでいないと言われている代物。実際はどこまでわかっているのだろうか怪しいものだ。もしダンジョンで手に入ったものなら、ダンジョンがこの世界に現れた原因もおおよそつかんでいるのではないか、目の前ののっぺりとした黒球を見つめているとそんなことを思う。
世界の至る所にダンジョンが出現したのはノストラダムスが世界の終わりを予言した1999年の春のことだ。
泡のようにぶくぶくと地面に現れた大穴は、その内部に広大な空間を持ち、地球上の動植物に酷似した動物が徘徊していた。
各国の調査隊がすぐに大穴へと足を踏み入れるが、その姿形から地球上の野生動物と同じものだと見誤った隊全員が穴内部の動物たちに喰い殺される事件が続出。
破壊された機材や中継映像からそれが自然現象を模した破壊的な力を行使する危険な生き物であることが判明し、環境も含めてあまりにもゲームでの空想上の存在と酷似していたことから、大穴をダンジョン、その内部に徘徊する化け物たちをダンジョンビースト……窟獣と仮称されることになった。
世間では突如各地にあいた大穴の詳細が判明していくにつれ、まるで小説や漫画のようだと色めき立っていく。連日連夜ダンジョンの話題でニュースが染まり、地学や生物博士だけでなく漫画家や小説家、映画監督、ゲームディレクターまでもテレビ番組に呼ばれて無責任な討論を繰り広げられていく。
そんな緩い世間の反応とは一線を画し、世界各国の権力者たちは時間がたつにつれ仮称ダンジョンに対してヒステリーに近い反応を示した。架空の物語の中でダンジョンとは定期的に魔物の大群を放出して国を滅ぼすなどして物語の流れを激変させる力を持つギミックである、など、いろいろな意味で頭の痛い報告が上がってきていたたからだった。
人の命が軽いいくつかの国では秘密裏に核が撃ち込まれ、だが、ただ世界を、特に自国領土をひどく汚染しただけで終わった。ダンジョンは確かに核の破壊力に晒されたが、ダンジョン「だけ」はまるで何事もなかったかのようにそこに残っていたという。核兵器を使うほどの過剰反応をしなくとも各国は保有する地上戦力の大半を使ってダンジョンを包囲した。
緊迫した状況が続くダンジョン発生からおよそ2年程度が経過した2002年元旦。ダンジョンからは未だ一度も魔物が姿を現さない中、世界最強国アメリカの大物政治家が「……出てこないんじゃね?」と呟いた一言で事態は一気に収束へと向かっていく。
その流れは放言した自国至上主義を隠さない大物政治家すら驚いたようだった。
ただ、実際のところといえば同時期に国連主導で行われた窟獣研究によって人喰い生物の体がダンジョン外においては時間と共に消滅していく未知の物質で作られていることが証明され、魔物は外に出てこないのではなくて出られないのであると結論付けられたことが大きかった、らしい。
のちの「仮称ゴブリン、仮称コボルトを使った実証実験」によって、ダンジョンの外へ魔物が出た場合、十分以内には蒸発することが実際に確認されることになる。なにが蒸発したのかは不明だったが。この結果をもって、各地各国の軍隊によるダンジョン包囲が時期こそ違えど例外なく解かれていく。
このノストラダムス・ショックと呼ばれたダンジョン発生からの2年間、その後に頭角を現したのはエネルギー産業とがっしり肩を組んだメディア産業だ。
彼らはエクスプローラーの役割を「ダンジョン攻略」としてコンテンツの形に整え、莫大な利益を上げ始めた。彼らが大々的に提供を始めたのは、現代社会では失われて久しかった古代剣奴のように命がけで戦う人の姿や人のあり様というエンターティメントだった。
今でも変わらないエクスプローラーたちの主な収入源としての配信、ゲーム、小説、漫画、音楽……。
本来、野蛮だと批判し社会的なストッパーとならねばならない良識人や常識人たちはポリシーコレクトネスのような現実を無視した極端な偏向思想やオカルトテックを信奉する異常者たちと結びついたことで瞬く間に発言力を失い、世界は企業を中心にダンジョン探索時代へと突き進むことになる。
現在。
社会は様相をがらりと変化させたが、人類が未だダンジョンという未曽有の異常現象に対してなんら有効な手を打てていないことに変わりはなかった。
ショウイチの手が担任の手のひらの上のアーティファクトに接触した。
(タンクこい。タンクこい、タンクこい!)
ショウイチの体の中に一つの力が芽生えたのをショウイチは感じた。頭の中にイメージと共に知識が湧き上がってくる。
頭の中に浮かび上がるダンジョンショップという意味、感覚、単語。
ジョブの覚醒。
「ダンジョンショップ……?」
天啓に似たこの覚醒の現象には知識感覚という名がついている。
ダンジョン発生後に産まれた言葉で、知らない知識が突然感覚的に理解、記憶されることを言う。覚醒したジョブの力を一瞬にして言語化できるまで理解してしまう不思議現象に対して脳機能の研究を専門とする学者たちが偉い人たちのためにでっちあげた言葉であるらしい。
今、ショウイチの脳内にはそのダンジョンショップというジョブの知識が浮かび上がっていた。
◇◇◇◇◇
ダンジョンショップ。
特性であるダンジョン迷子は移動が限定的なランダムテレポートになること。
特性であるミッシングはダンジョン内で何者にも発見されづらくなること。
現在のジョブ包含スキルは開店Lv1、閉店Lv1。
◇◇◇◇◇
ショウイチは、ひーろーなんちゃらという漫画の主人公のごとく、ジョブについては好奇心に突き動かされるまま勉強し、現在公表されている三次職までのすべてを把握しているといっても過言ではなかった。
そんなショウイチでも聞いたことがない。
未発見ジョブであるということ。
ショウイチの呟きを聞きつけた周囲が、ダンジョンショップ……? とざわつきはじめる。
ショウイチは周囲のざわめきが大きくなっていくことにも気づかずに、必死に頭の中を知識を整理しようとしていた。
(ダンジョンショップはダンジョン内で開店スキルを使用することでダンジョンショップを開店することができ、ダンジョンショップ限定アイテムを販売できる)
な、なるほど?
(ダンジョンショップ限定アイテムは魔晶石でのみ取引することができる)
ショウイチは困惑しながらも販売アイテムのことを考える。
瞬時に頭の中にリストが浮かび上がってくる。
剣、弓、斧、槍、ワンド。
鎧、盾、ローブ、胸当て、兜、手甲、靴、膝当て。
指輪、ネックレス、タリスマン、各種ポーションなど。
テントやつるはしなんてものまである。
(ダンジョンショップはダンジョンショップ限定アイテムを販売することによって成長する。成長することで販売アイテムが強化され、ショップ自体も拡張されていく)
ほ、ほうほう……?
(ダンジョンショップは戦闘によって成長することはなく、店内において戦闘が行われたり店内が破壊されれば退化する)
へえ……え、えええ?
(このジョブがダンジョンショップと名付けられた理由は、地球のゲームシーンにおいて間接的、偶発的に難易度軽減を行うことを意図した、一切のレベル攻略能力を持たないサポートギミック”ランダムエンカウントお助けショップ”に類似する性質を持つためである)
(……)
目を見開くショウイチの背後にスペースな宇宙が広がっていく。