最初の授業 2
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「まずはこれを見てくれ」
角刈り担任ミキトが皆に向かって球状のものを取り出した。
担任の掌の上に乗せられたそれはソフトボール大ほどの黒い玉だ。
ショウイチはもちろんクラスメイトもおそらく全員が知っている代物。
アーティファクトだ。
材質、機能、作られた物か、自然物か。あらゆる科学的調査を行ってもその正体が全くわからない出所の伏せられたUO(Unidentified Object)。
ダンジョン時代に入って突如科学界より公表されたそれに対し”正体不明である”という潜在的危険性は常に各方面より警鐘を鳴らされていたが、それでもエクスプローラーやダンジョンに関係するところでは使われ続けていた。
なぜか。
人類がそれに触れるとジョブに覚醒するのだ。
「えーと、出席番号……一番は安宅か。安宅、どこにいる? まずはお前からだ」
角刈り担任が安宅というクラスメイトに前へ出るよう指示する。
小柄なクラスメイトが皆の間をすり抜けて担任の前に立った。
「うし、ちょっと触るだけでいいぞ。それで”わかるから”な」
安宅は腕をアーティファクトに伸ばす。
震える手のひらがアーティファクトに触った途端、安宅は、驚いたような表情になってその場で固まり、すぐに角刈り担任を見た。
「おう、どうだ。”だいたいわかった”だろ? 理屈で考えると意味がか分からんからそういうもんだと理解しといたほうがいい。……んじゃあ、聞くぞ?」
角刈り担任はにやりと笑って安宅を見た。
「お前が覚醒したジョブはなんだ?」
安宅は一瞬、言葉に詰まったようだったが、すぐに「ソードみたいです」と答えた。
「お、スタンダードなのが来たな」
角刈り担任は少し離れた場所にいた教師に目配せする。
「よし、安宅。先生方のほうにいって指示に従って面談してこい。終わったら帰っていいし、教室でクラスの奴が戻ってくるのを待っててもいい。初めてのことでよくわからないのは当たり前だから気楽にな。今後も困れば俺に質問に来ればいいからな。……遠藤先生お願いします」
遠藤と呼ばれた教師が安宅を手招きし、そのまま連れ立って体育館を出ていく。
クラスメイト達がざわめていた。
そのざわめきを無視して次のクラスメイトの名を呼ぶ角刈り担任。
「お前たちも一通り先生方から説明が終わったら教室で待っててもいいし、帰宅してもいいからな」
クラスメイトのジョブ覚醒がはじまった。
担任に覚醒したジョブを伝える言葉に聞き耳を立てていると、やはりというかタンクが多く、次にデストロイヤーとサポーターがトントンのようだ。
世間一般で言われている割合では全体のおよそ半分いかないぐらいがタンク、残りがデストロイヤーとサポーターで振り分けられているぐらいになると言われている。これまでのクラスメイトの覚醒具合も言われている通りだ。
覚醒した生徒が教師に連れ立って体育館から抜けていくと同時に、順番が回ってきたクラスメイトが友人たちから送り出される。その繰り返しの中でまだ授業初日だというのに何人か集まって話し合っている姿がちらほら目に飛び込んできた。
(初日からもう友人作って固まってる……んじゃないな、これ)
今日初めてあったとは思えないクラスメイトたちの雰囲気にさすがにショウイチは気が付いた。
(出身中学が同じなのかね)
ショウイチの出身中学から星翔高校に来たのは自分だけ。
県下初の冒険専科高校なのだから自分の他にも何人かいてもいいと思うが、ふたを開けてみれば皆、自分の成績に合わせた普通高校に進学していた。
(あいつら、エクスプローラーしてるアイドルの話はしたことがあったのに……)
とはいえ、エクスプローラーは常に命がけで、安全に滅茶苦茶配慮されてるとは言え事故は起こるし、自動車事故なんて比較にならないほど多い。
(さすがに一緒に命張ろうぜとは言えないよな。よし、寂しくない。寂しくない……! 俺は一流エクスプローラーを目指す男っ……)
そんなときである。
「魔剣士です」
やけに通る声が体育館に響いた。
皆の視線が声の方向へ吸い込まれていくのがわかった。
ショウイチも目を向ければ、角刈り担任の前に、引き締まった体躯の、だが、背がかなり低いショートカットの女子が立っていた。
背さえもっと高ければ胸を張った立ち姿ががもっと堂に入っていたはずだが、そんなハンデを微塵も感じさせず、キレ目がちの瞳が自慢げに弓なりになって皆を見ていた。
その女子に友人らしき子たちがすごいすごいと歓声を上げる。
いや、彼女らだけでなく、クラスメイト、担任、教師たち、そしてショウイチも思わず声を上げていた。
「おおっ!」
「マジか!?」
「おっ、早々にレア職出たな。魔剣士っちゃー三次職はブラックナイトか。北陸でトップパーティーの一人がそれだったはずだ。幸先がいいな、桜町」
「ぴーす」
魔剣士ジョブはレア職の中であたりと言われている職だ。
タンクとマジックのいいとこどりをしたスキル開放ツリーをしており……つまり、近接職と遠距離職両方の強力なスキルを使えるようになるため、タンクながら近遠距物に対応できるデストロイヤーとしてどこでも引っ張りだこだった。物魔ともに扱えるようになることもまた高評価ポイントだとか。
ショウイチが欲しいと思っているジョブの一つ。
自分がなりたいと思っていたレア職の一つの出現に、ショウイチはつい隣へと話しかけていた。
「いいな、魔剣士だって」
「おお、いいよな。防御は完全に捨ててるらしいけど一次職の最初から三次職の最後までひたすら高火力スキルばら撒く職とか聞いたわ。もうお前ひとりでいいんじゃないかな状態とか」
ショウイチの隣にたまたま立っていたクラスメイトは、ショウイチと同じく一人だった。中肉中背の男子だ。
筋肉質の体というよりも鍛えられた体格をしていて、スポーツ刈りの毒のない容姿をしている。笑みを浮かべると受ける印象が驚くよど優しくなった。
うーん、ずるい。もてそう。
「らしいね。物魔両方ある程度使えるわ遠距離スキルも解放される近接職じゃ届かないところに手が届くめっちゃ使い勝手オールマイティなタンク職なんだってさ。器用貧乏とか言われることもあるけどデータの三倍優秀なジョブなんだってさ」
「まじかよ。あいつ将来テレビとか出そうだな。……えーっと?」
顔をじっと見てくる男子クラスメイト。
「……?」
クラスメイトの探るような表情を察してショウイチは短く答えた。
「南門中」
「あぁ、そりゃ知らないわけだわ。街でも見たことねえ奴だなって思ったんだよ。南門中って進学校だろ。お前もしかして頭がよろしいやつ?」
「ここにきてんだからよろしいわけないでしょ。てか、それほめてる?」
「ほめてるって。つーか、そうか、将来を溝にダンクした馬鹿たれか。よく親が許したな。こんな……言い方はわりぃけどちょっと風が吹いただけで命が消し飛びそうな仕事。あ、俺、龍仙中特攻隊長、風連ミカド」
まず日常で効くことのない単語に一瞬言葉に詰まるショウイチ。
(――特攻隊長とは……?)
「防衛大学付属高校みたいなもんで公立の冒険者学校の卒業生は大勢が防衛大学に入っているといって親にごり押しした。親も自衛隊にいかなかったとしても大きい会社に引っ張りだこってわかったら手のひら超合金ドリル。三年の終わりには変更許されなくなってた。龍泉も地元っちゃ地元だけど悪名高き龍泉高までエスカレーターでいけるんじゃなかったか、こんなとここないでも」
「そうなんだけどな。やっぱロマンよロマン」
「oh、ロマン、ロマンか……。……お前も馬鹿たれの一員じゃねえかっ」
「うっせ。で、名前何?」
「しょっぱなに呼ばれただろ、聞いてろよぅ。……大洞。大洞ショウイチ。オオボラじゃなくダイドウだからな。大事なことだからな」
「おーけーおーけー、オオボラ野郎な、よろしくなオオボラ」
「いい加減しつこいと頬を張り飛ばしてさしあげますよ、殿下」
「おいそこ遊んでんじゃねえ」
「「すんません」」
教師が大声で叫んだ。
ショウイチたちの会話が少しうるさかったらしい。
一週間に一回程度定期的に投稿して、ダラダラと投稿したものを手直ししたいなと思っています。
あと正式な題名はそういう流れになるところまで書ければ「ダンジョンショップ、閉店大セール中! ~ほんと買ってくださいなんでもいいんでお願いしますお願いします~」って感じなのになると思います。